【第二章】   [ 京都の猛虎斑  作 ]

月日は流れ2001年オフ。
球界に衝撃が走った。野村辞任。星野仙一監督就任、そして田淵幸一の打撃コーチ就任。
思わぬ朗報に戸惑いは隠せなかった。
星野監督就任の報道は、阪神ファンのみならず世間を騒がせた。
連日スポーツ紙のトップは星野だらけ。
阪神タイガースが星野一人で闘うような記事ばかり。
星野仙一には感謝していた。
ドラゴンズのエース、闘将として名を馳せた星野仙一が、田淵幸一を長い旅から連れ戻してくれたのだから。
いや、本当は田淵が星野を呼んだのだ。
  ※ここからの話は、光文社発行・田淵幸一著『新猛虎伝説』を参考にしたもの。
   詳しく知りたい方は是非読んで欲しい。(税抜き1,500円)

星野監督誕生後。沈黙を守っていた野村克也が、星野を推薦したのはワシや!と豪語していた。
しかし、2001年キャンプイン直前に田淵は阪神球団の幹部に呼び出されていた。
「球団OBとして、阪神再生のアドバイスをいただきたい。」
そう聞かれた田淵は、堰を切ったように阪神の体たらくの原因を語り、再生への布石を投じることの出来る男の名を告げた。
それが当時、中日の現役監督であった星野仙一その人だった。
田淵は幹部との会見後、気持がスッキリとしたと語っている。
1978年の深夜のトレード劇から25年。田淵は阪神への愛着を忘れていなかった。強くなって欲しいと思う自分自身を確認してすがすがしい気持になってくれたのだ。
球団幹部については言及していないが、野崎球団社長だと思っている。
社長であり阪神ファンでもある野崎氏の気持ちは想像できる。
先人が追いやったヒーローとの会見。それだけでも画期的なのに、阪神再生について意見を求める。
真意は田淵監督への布石だったかも知れない。
しかし、その幹部は自ら田淵に歩み寄ったのだ。
それが出来るのは野崎球団社長しかいない。そう思えてならない。

2001年12月某日。田淵・星野・山本は名古屋のゴルフ場に集っていた。
タイガース監督に就任したばかりの星野仙一はこう言った。
「ブチ、いっしょにやるぞ!」
「ゴルフだろ?」
「バカ違うよ、“シマ”だよ!」
男達の会話はそれだけだった。大学時代から数えて37年。田淵は友と同じ舞台で闘う。
それも再び縦縞のユニフォームを着て…。

友を監督と呼ぶ日が始まった。
いつも陽の当たる場所を歩んできた男が、一歩下がり監督をたてる。
マスコミは星野・田淵の亀裂を早くから予言していたが、それは的外れだった。
阪神を追われてから、田淵は旅の途中で多くの財産を築いていたのだ。
「己を知ること。」それが田淵を男にしていた。
振り返れば、星野阪神はそんな男達に支えられていたのだ。
島野育夫、田淵幸一、佐藤義則、和田豊、岡田彰布…
友を捨て部下として2年間を過ごした田淵を何が支えていたのだろうか?
親友星野仙一のためか、OBとしての使命感か?
今となっては知る由もない。しかしどちらか一方ではないはずだ。

コーチ経験のない田淵を疑問視する声も聞こえた。
俺自身、スラッガー田淵の姿から脱してはいなかったが、2002年のペナントレースが始まるとそれも杞憂に終わった。
何度もいうが、田淵は旅の途中で多くの財産を築いていたのだ。
俺の知っている大らかな笑顔は変わらなかったが、懐の大きさ、確かな打撃理論、豊富なブレーンは田淵をより大きく見せていた。



2003年ペナントレース。
前年4位。確かな手応えを確信しながら臨んだシーズン。
前年終盤の息切れを修正するため、25人に及ぶ血の入れ替えを決行した。
危機感は競争意識を産み、闘う集団に変貌したシーズンでもあった。
勝利の女神は阪神に降り立った。
女神は星野に恋したのか、田淵に恋したのか?
ライバル球団は尽くトラブルに見舞われ、戦力ダウンを余儀なくされた。
戦前、話題を一身に集めるも三年目が勝負の年と思っていた人は多いはずだ。
しかしチームは驚異的な粘りと、他球団の潰し合いに救われ快進撃を続ける。
そして7月8日。球界最速のマジックが点灯した。
この一年間、阪神の快進撃に星野の評価は上がるばかりで、田淵の顔が紙面を飾ることは少なかった。
阪神ファンよ。それでええんか?
あの田淵幸一が帰って来てくれて闘っているんやで。
星野ばかりに注目せんと田淵も見ろよ。
あの田淵やで。甲子園に美しい軌跡を何度も刻んだ田淵やで!
田淵幸一よ。マスコミやファンが見てなくても、俺はずっと見てるで!
長い旅から戻ってくれて、ヒーロー時代よりデッカイくなった背中を…

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