【後始末】   [ 京都の猛虎斑  作 ]

花博の記憶が完全に薄れた金曜日の夕方。地下鉄御堂筋線の淀屋橋駅の改札を抜けて京阪淀屋橋駅へと続く短い地下道を歩いていた。

ここ数年、急にモテだした。理由は簡単である。三十代半ば、バツイチ。
同じような三十前後の女性から、頻繁に酒に誘われるようになったのだ。
二十代で二度の十二指腸潰瘍を患っていたので、酒にはめっきり弱くなっていたが女性からの誘いを断るほど無粋じゃない。
でも酒を飲んでいると、必ずと言っていいほど離婚の経緯を聞かれる。
適当にあしらっていると、これまた再婚の意思を確認される。
容姿端麗とは程遠く、当時から変態オヤジと面と向かって言われたりする男に何の興味があるのか理解不能である。
「寂しくないの?」そう聞かれた事もあった。
「私でよければ、いつでも誘ってね!」とも言われた。
離婚をした男は寂しいに違いない。そう思われていたようだ。
その日も仕事仲間のコピーライター女史に誘われたが、以前と同じような展開を想像し適当に嘘を付いて辞退した。

御堂筋線は一日中混雑しているが、朝夕はそのピークを迎える。
大阪の地に就職した当初は、この異常な人波には馴染めないと思っていたが知らぬ間に平気になっていた。
それでも人混みから一息付く為に喫煙コーナーで一服していると、懐かしい顔が笑顔で近づいて来た。
マリ子と逢うのは5年ぶりかな?そんな事を思いながら笑顔を返す。
「久し振りやん。元気にしてたん?」
マリ子は関西弁で話しかけて来た。
しばし近況報告をした後「どこ行くの?」と聞くと京都に取材に行くらしい。
「こんな時間からかいな?」
「取材は明日からやけど、前乗りするねん。」と言い終わるや否や
「今から用事あるん?なかったら京都で飲まへん?」
さしたる断る理由も見つからなかったが、マリ子と話したい自分が居た。
特急電車の中でも他愛ない話は尽きなかった。
5年前はこんな風じゃなかったのに不思議と話が弾んだ。
多分にマリ子の関西弁がそうさせているのかも知れないが、彼女の謎に触れたがっている自分がいたのも事実だった。

彼女に宿泊先を聞き、程近い馴染みのダイニングバーに行った。
他愛もない話は昔話となり、酔った勢いで不倫相手の事を聞いてみた。
すると迷う事なく、マリ子は他人事のように淡々と語りだした。
彼が編集に加わっていた著名な雑誌が廃刊になった事。
その雑誌ではそれなりのポストに就いていた為、降格となる新しい部署への転属をためらった事。
結局は希望退職したが再就職はままならなかった事。

ここまで話すとジンライムを一気飲みし、彼との出逢いを話し出した。

マリ子は学生時代から雑誌編集に憧れていた。
大学の先輩に彼を紹介してもらったのも、編集者への足掛かりのつもり。
夏休みを利用し、その出版社のアルバイトに就けたのも彼の口利きだった。
しかし彼の親切は別の目的の為であり、彼が借りてくれたアパートで半ば強制的にオンナされた。マリ子には拒めなかったらしい。
彼の行為は、普段の紳士的な素振りとは裏腹にいつも乱暴だったが、事が終わると一転マリ子に優しくした。マリ子も次第に、彼の暴力的な行為を受け入れるようになった。
その行為がエスカレートしたのは、マリ子が就職してからだった。
東京と大阪。ふたりの距離が彼を倒錯させ、マリ子も服従する喜びを感じ出したという。
驚いたのは、僕との行為も彼に指示されてした事だ。
「見知らぬ男と寝ろ。その男に虐められてこい!」
それが彼の命令で、その経緯を事細かに話させる。
その果てに待っているのは彼の壮絶なお仕置きだ。
ここから先はとても此処では書けない。


エロ雑誌などに書かれている世界が身近にある。
その事が受け入れられないでいたが、マリ子は微笑んでいた。

彼とはマリ子から別れを切り出したそうだ。職を失ってからの彼は、以前の自信を無くしマリ子の前で弱音を吐くようになった。
立場が逆転したんだろうか?別れを告げた時には子供のように駄々をこね、泣きじゃくったそうだ。

気が付けば終電の時間が迫っていた。
「ほな帰るわ!」マリ子の肩を叩き、席を立ち上がった。
店の前で別れの言葉を探していると
「泊まってく?」無邪気に笑うマリ子に先を越された。
「やめとくわ!」苦笑いを浮かべ辛うじて空元気を出す。
「元気でな!」「あんたこそ!」
高瀬川の北と南。別々の道を歩きだした。
振り返るとマリ子が大きく手を振っていた。
僕といえば、カサブランカのボギーのように軽く右手を挙げ、彼女を見送った。

元気で生きてるか?マリ子。

《 完 》
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