【最終話3 俺達は天使じゃない】   [ 京都の猛虎斑  作 ]

−前編−

大槻模型店の入り口はシャッターが下りていた。その店の奥、商品倉庫の隠し棚の向こう側に工作室があった。
テーブルには分解されたコルト・パイソンの部品がきれいに並んでいる。その横に小さなルツボがバーナーで熱せられていた。ルツボの中身は水銀のように輝く溶けた鉛だ。テーブルの端には万力に固定されたセラミック製のペンシルキャップのような容器が並んでいる。大槻はルツボをラジオペンチで慎重に掴むと、セラミック製容器に次々と中身を流し込んだ。容器は弾丸の鋳型だ。
大槻は鋳型の中身が冷める間、分解されたコルト・パイソンの部品を丁寧に磨き始めた。そして指先で鋳型の中身が冷めたのを確認すると万力を弛め鋳型をテーブルに打ち付けた。鋳型はきれいに二つに外れ、出来たての弾丸が現れる。
大槻はその弾丸をもう一度万力に挟み、目打ちのようなモノで先端を凹ませた。
ホローポイント弾の出来上がりだ。
コルト・パイソンはマグナム弾を使用する。それだけでも破壊力は驚異だが貫通力がありすぎる。
撃たれても急所ではない場所を貫通すれば一命を取り留めることが出来る。しかし先端の凹んだホローポイント弾は人体に入ると押し潰され、むいたバナナの皮のように広がり、筋肉や神経組織を破壊する。
大槻がホローポイント弾を用意する理由は目標を破壊することだ。それが人体ならば死を意味する。
大槻は磨き上げたコルト・パイソンの部品を組み立て始めた。
その瞳には冷たい決意が込められているようだ。

          *          *          *

昭和カフェに向かう市之丞くんの車内は静かだった。
水原は子ギツネ達を捕獲するために少年探偵団達のそれぞれの自宅に向かったがどれも不在だった。三人の自宅は小さな建て売りであったり公団マンションであったりした。両親はともに共働きだった。裕福とはいえないものの、ごく普通の一般的な家庭に育ったようだ。
近所での評判は普通というより良好だった。明るく快活で人当たりもよく、誰からも好かれる少年少女だった。
その後、彼等の通う高校にも向かったが帰宅部の彼等はいるはずもなかった。
私立セイント学院。ミッション系のこの高校は県内有数の進学校だった。アン達の成績も学年トップ。入学以来彼等が常にベスト3を独占していたのだった。それも塾も家庭教師も使わずにだ。
夏期講習に来ていた生徒達で三人を知らぬ者はいなかった。そして彼等の友人もいなかった。
ふと茜の高校時代を想像したが、何故か恐れているのは他の生徒のようだ。
清く正しく美しく。非の打ち所がない特別の存在。未来に選ばれし者。三人が何処かに隠れているかのように生徒達は讃辞を並べる。違和感が水原を襲うがアン達に接した経験がそれを消そうとし、残された事件との接点をも消そうとしていた。
水原は小林アンの無邪気な笑顔を思い出しながら、たったひとつ残された接点について話しだした。
「恭子ちゃんの病室で殺られたジローな、死に際に大槻に言ったんだ。ノックは2・1・3だったって」
「何それ?」
茜は唐突な話に意味が判らないようだ。
「覚えてないか? 2・1・3のノックは大槻と決めた合図だ。知っているのは俺とアカネ、大槻とジロー。そして俺の電話を聞いていた少年探偵団だけだ。恭子ちゃんの病室に入った奴は合図を知っていた。漏らしたのは誰だ?」
「何言ってるの? 仲間を疑っているの?」
「可能性を言ってるだけだ!奴等が殺人犯だとは言ってない。しかし参考人であることは確かだ」
「嘘よ。そんなの嘘よ! 信じない。絶対信じない!」
「信じようが信じまいが、本人から事情を聞く必要があるだろうが…」
「……………」
水原の言っていることは正論だ。それが判っていても納得はいかなかった。
「アカネの師匠。チラベルトだっけ?」
「ロ・ベ・ル・ト!」
「そうそう、ロベルト…なんだっけ?アレアレ…あっ!ハンセンか?」
「さ・ぬ・き! ロベルト讃岐!」
「そうそうそれ! アカネの師匠がこの前ウチに来ただろう」
「うん。ロベルト讃岐ね」
「その師匠がだ。少年探偵団を見て言ったんだ。“お気をつけられよ”ってな。アカネも武道家の端くれなら、何か感じてたんじゃないのか?」
「わたし一応師範代だけど…」
「師範代なら尚更だ!」
感じていなくはなかった。事務所に一緒にいるとき、ふと気配が消えたり殺気のようなモノを感じたりはしていた。それが師匠の言う危険信号なのかは判らなかった。
茜は水原の言葉を聞くと体ごと助手席の窓に向け黙りこくってしまった。
それっきり車内は静寂に包まれた。

          *          *          *

昭和カフェは夕暮れに包まれようとしていたが、ドアには「CLOSE」の札が下がっていた。店内の照明は消え一番奥のポーカーテーブルだけが照らし出されていた。そのテーブルに太子橋今市はモップ片手に眠り込んでいた。お別れ会の後片づけの途中、そんなところだろうか。
昭和カフェの店内には森田童子の『ぼくたちの失敗』が流れていた。

 春のこもれ陽の中で
 君のやさしさに
 うもれていたぼくは
 弱虫だったんだヨネ♪

ふたりの足音に気付いた太子橋が顔を上げる。
「おかえり〜」
「イマイチさん。この暗い曲なんとかなんないの?」
「なんない!」
茜のクレームを拒否した太子橋はまたテーブルを枕にする。
ふたりは太子橋を挟んでテーブルに座り『メコン…』と言おうとしたが「勝手にやってね!」と太子橋に先制された。仕方なくカウンターの中に入ると「俺コロナ!」と太子橋の注文が入った。
三人はチビチビと飲みだした。酒のアテも話題もなかった。
「お前の契約を完了する」大槻に啖呵を切ったものの、水原には為す術はなかった。
情報屋、金竜、三原、そしてBlackImpulseの七人を失い、恭子ちゃんまで死の淵を漂っている。
それなのに事件の糸口はまだ見つかっていない。
三人はそれぞれに思いを巡らせ自分の殻に閉じこもっているだけだった。
リピート操作で『ぼくたちの失敗』が五回目のイントロを流し始めた時、昭和カフェのドアが開き誰かが入ってきた。
「すいません。今日は閉店なんですけど…」
誰かは太子橋の声には応えずドアの前に立ちつくしていた。茜もテーブルから顔を上げ三人は誰かに目を向けるが、照明の落ちた店内では黒いシルエットにしか見えない。
「誰ですか?」太子橋が語気を強めて問うと、誰かはこちらに歩を進めテーブルの照明が作る光の輪で立ち止まり編み上げのブーツとジーパンが浮かび上がった。それでも誰かはシルエットに過ぎない。
「大槻か?」
水原の声に誰かはポーカーテーブルの照明に全身を晒した。
「えっ!大槻さん?」
大槻らしき男の着ているのはカーキ色の戦闘服。右肩には古い血痕らしきシミがあり、その中心にはぽっかり穴があいていた。なにより茜を驚かせたのは大槻の頭がモヒカン刈りだったことだ。
「なんの呪いだ、そりゃ?」
「ロバート・デニーロだ!タクシードライバーのトラヴィス・ビックルですよね」
水原の呆れ顔も、太子橋の突っ込みも、大槻には通じず茜と水原の間に立った。
「どうした大槻の…」
さすがの水原も唯ならぬ雰囲気を感じ取っていた。茜も危険を察したのか大槻の前の椅子を空にした。
「ミズさん。あんた信用しろって言ったよな!」
大槻の声は少しうわずっていた。
「ああ…」
「それがこれか?このざまか?」
水原を見下ろす大槻の瞳に表情はなかった。大槻を見上げる水原にも言葉はなかった。
昭和カフェは大槻が作り出す緊張感に支配されていた。
沈黙を破ったのは大槻だ。ジャケットの内ポケットからシルバーメタリックのコルト・パイソン357マグナムを取り出し、水原のこめかみに突きつけたのだ。
「動くな!」
大槻は度肝を抜かれ立ち上がろうとする茜を制した。太子橋は小さな万歳のように両手を顔の前で開いたまま固まっている。
「ミズさん。俺に納得させてくれ!」
大槻は水原に突きつけたパイソンの撃鉄を“カチリ”と引いた。

          *          *          *

この公園は駅前ということもあって賑やかだ。昼間は待ち合わせする恋人達。軽食を楽しむ若者達。小遣い節約のため弁当を喰うサラリーマン。延々と立ち話をするおばさま達。しかし今は草木も眠る丑三つ時。本来なら静寂に包まれているはずだが、夏の到来を告げる蝉達の歓喜の鳴き声で真夜中なのにやっぱり賑やかだ。
公園は野球が出来るぐらいの広さで外周を木々が取り囲んでいる。公園内の照明も随分前に壊れているので、新月の夜は道路の街灯が木の葉の隙間から差し込むだけの闇となる。
公園の奥には藤棚がありその下にベンチが置かれているが、藤棚の横には青いビニールシートの家が並んでいるため誰も近づかない。そのベンチにひとりの老人が道路側に背を向け横になっていた。
藤棚近くの植え込みに三つの影が潜んでいる。影は黒っぽい服装で動かなければ夜目にも人だとは判らないだろう。影達は何かを確認すると藤棚を中心に散開した。足音は蝉の声でかき消されている。
影達が目指しているのはベンチの老人のようだ。暗闇に紛れジリジリと距離を詰める影達の手には光る何かが握られていた。ホームレス狩りだろうか?しかし手にしているのはバットではなかった。
ベンチの老人は熟睡しているのか身動きひとつしない。影達は老人に触れられる距離まで近づくと中心にいる影が左右の影に合図をする。三つの影は逆手に持ったモノを同時に振り上げた。
躊躇いや迷いは一切ないように見えた。目的を達成する意志のみが振り下ろす手に込められていた。
木々から漏れる街灯の明かりが三つの軌跡を浮かび上がらせた。
“ガツッ”
三つの影が下ろしたモノは木のベンチに突き刺さったが、ベンチに老人の姿はなかった。
『き、消えたよ!』
影のひとりが文化包丁を手に驚きの声を上げた。三人は目の前で起こった出来事が理解出来ずに、ただ背もたれのない木のベンチを見下ろしていた。
『何処に消えたの?』
真ん中の影がベンチの向こう側を覗き込んだ瞬間、ベンチの下から出てきた手が影の胸ぐらを掴んでベンチの向こうに引きずり込んだ。
残された影はしばし呆然としていたが、いわれのない恐怖に襲われたのか脱兎の如く公園から逃げ出した。
囚われの影は老人に組み伏せられていた。左腕は襟元を絞り上げ、右手に握られた大型の軍用ナイフが影の首に突きつけられていた。
「理由はなんじゃ?」
影は応えなかった。いや、応えられなかったのかも知れない。
「口が利けぬか?」
老人は片方の目だけを影に向け、不敵な笑顔を浮かべた。
「理由を聞いておるんじゃ。言わねば…」
握っているナイフに力が入り、首の薄皮に一筋の赤い線を描いた。
「待って、言うから待って…」
影は絞られた襟元から辛うじて声を絞り出した。
「ほぉ〜。そちも命が惜しいか?」
影が応えたことに老人は何故か嬉しそうな表情を浮かべる。
「ホ、ホームレスを排除したかったんだよ」
「排除とな?排除とは殺すことか?」
「そうだよ。生きていても仕方がないからね…」
影は始めて笑顔を浮かべた。その笑顔は作り笑いにしては魅力的だった。
「よい顔をするの〜それに正直じゃ。だが、儂はホームレスではない。残念じゃったの〜」
老人は理由を聞いて納得したのか、再度ナイフに力を込めた。命乞いを期待した老人だったが、意に反して影の笑顔は消えなかった。
「何故笑う?儂が殺らぬと思っておるのか?」
「そうだよ。おじいさんにボクは殺せない」
殺ろうとした相手に殺られようとしている。それなのに殺られないと信じている。老人の興味は急速にこの影に向けられた。
ふいに老人は立ち上がると、影の襟首を掴みベンチに無理矢理座らせた。
影は『殺せなかったでしょ?』とでもいうように先程以上の笑顔を老人に向けた。
影の顔も老人の顔も街灯のかすかな光で明らかになった。
「ほぉ若いの〜!ぬしは学生か?」
「高校一年生!」
先程までの出来事を記憶していないかのように、影は屈託なく答えてみせた。
「逃げた奴等は友達か?」
「友達?ん〜ただの同級生かな?」
「今の学生は、ただの同級生と人殺しをするのか?」
「ボクはただの高校生じゃないよ。一緒にしないで欲しいな」
「では、逃げた奴等とぬしは特別なのか?」
「そうだよ。特別だから不要な人間を排除するんだよ!」
ほっほっほ…。老人も満面の笑みを影、いや、殺人未遂の高校生に向けた。
「ホームレスに間違えて殺ろうとしたことに謝罪はないのか?」
「ん〜。どっちにしても年寄りは不要だけどね!」
「間違ってはおらぬというのか?」
「そうだね!」
上下黒いジャージの高校生は笑顔で答える。
「では、その不要な老人に負けた気分はどうじゃ?」
黒ジャージの高校生は笑顔を崩し、しばし考えていた。
「ちょっと悔しいかな?」
照れ笑いのような表情も何処か憎めない。
「罪悪感もないか?」
「罪悪感?弱い生き物や不要な生き物を始末するのは罪じゃないよ。地球上の生き物はそうやって淘汰されて来たんだよ」
この高校生のいうことは一理ある。老人はそう思った。
「学生さんは負けたままでいいのか?」
「よくない!」
黒ジャージの高校生は初めて悔しそうな表情を浮かべた。老人は表情の変化を見逃さなかった。
『こいつは負けず嫌いじゃなく、負けたことがないんじゃな…』老人は見抜いていた。
「では聞くが、ぬしはもう一度儂を狙うつもりか?」
黒ジャージの高校生はまた考え込んだ。しかし答えがなかなか見つからないようで、沈黙の時間は短くはなかったが、老人もまた答えを急いたりはしなかった。
公園には蝉の鳴き声だけが残り、ふたりの影も景色にとけ込んでしまった。

          *          *          *

有本千晶はお別れ会の後片づけを済ませて新聞社に戻ろうとしていた。どんなイベントがあったとしても新聞記者に休みはない。まして連続殺人は解決の糸口さえ見つかっていなかったのだ。
しかし気持ちの整理はついていなかった。気が付くと千晶の足は三原が殺された公園に向かっていた。公園に着くと無意識に水原の姿を探したが、見つけたのは少年探偵団のひとりだった。
少年は立入禁止の芝生の中に座っていた。どこかしら元気がなさそうだった。
「サトシ君!だったよね…」
少年はふいに声を掛けられ少しだけ動揺を見せたが、千晶の顔を思い出したようで笑顔を浮かべた。
「ええっと…」
「有本千晶よ。これでも中央日報の敏腕記者なのよ!」
千晶も立ち入り禁止の柵をまたぎサトシの横に座った。
「お別れ会こなかったね。あっ!被害者とは知り合いじゃなかったっけ?」
「いや…行こうと思ったんですけど…」
千晶は続きを期待したが、サトシは押し黙ってしまった。
「どうした少年、元気だせよ。失恋でもしたか?お姉さんが聞いてやるぞ、言ってみな!」
千晶はサトシの背中をバンバン叩き励ました、つもりだった。
「ショックですか?」
「えっ?」
サトシは急に千晶に問いかけた。
「亡くなった方は千晶さんの大切な人だったんですか?」
「ん〜どうだろう。暴走族君達は面識がなかったからね。でも情報屋、いや丸木戸さんや三原は別かな?大切…居なくなったら大切だったなって思う。生きている時は気付かなかったんだよ…」
千晶はついさっきまで行われていたお別れ会を思い出してしまい胸を詰まらせた。
「ごめんね…」
鞄からハンカチを取り出し目頭に当てる千晶にサトシは質問を続けた。
「無くなったから悲しい…ですか?赤字路線が廃線になって悲しむのに似てますね」
「どういうこと?」
「ほら、赤字路線って乗客が少ないから赤字なんですよね。採算が合わなくて廃線になるのは自然の摂理ですよ。人間だって、必要とされていない人が死ぬのは淘汰ですよ」
「なんてこというの?必要とされていない人間なんていないわよ!」
「そうかな〜。暴走族なんていなくなった方がいいに決まってますよ」
「彼等は恭子ちゃんを守るために死んじゃったのよ。それぐらい知ってるでしょ!あなただって大切な人が死んだら判るわよ!」
「そうかな…」
千晶は悔しくて瞳に涙を溜めながらサトシを睨みつけた。
サトシは…。千晶の目を見つめていられなかった。そして…
「ボクが死んだら、悲しんでくれる人はいるのかな…」
そう呟いた。
「いるわよ。あなたの両親だってアンちゃんやカズヤ君だって、ピンちゃんやアカネちゃんだって悲しむわよ!」
「そうかな…」
「そうよ。そうに決まっているわよ!」
千晶の声はサトシには届いていないようだった。

          *          *          *

昭和カフェの店内には相変わらず『ぼくたちの失敗』が流れていた。
大槻は水原にパイソンを突きつけたままだ。
「ミズさん。俺はBlackImpulseの連中が死ななければいけない理由を知りたいんだ。だから俺を捜査に加えてくれ!」
水原はパイソンの冷たさをこめかみに感じながら大槻を見た。
「大槻の、それは依頼主としてか?それとも探偵としてか?それによっては返事が違う!」
大槻は水原の吐く言葉を察していたかのように、パンツの後ろポケットから一枚の紙を取り出しテーブルに叩き付けた。紙は大槻自身の履歴書だった。
「勿論。水原一朗探偵社の一員としてだ!」
「なら、俺の指示には従ってもらう。ウチは人殺しはやってねぇんだからな」
「じゃぁ交渉成立ですね」
「でも臨時雇いな」
「判ってますよ」
大槻は笑顔を浮かべ、パイソンをテーブルに置くと茜が空けてくれた椅子にドッカと座った。
それを合図に、昭和カフェに漂う緊張感は一気に解けた。
「あ〜びっくりした〜!ピンちゃんの脳味噌飛ぶかと思ったよ〜!」
茜は大きなため息をつきながらテーブルに延びた。
太子橋も万歳の手を解いて肩の力を抜いたが強がってみせた。
「俺は判ってたね。だってこれモデルガンでしょ!」
そう言ってテーブルに置かれたパイソンに手を伸ばしたが大槻に阻まれた。
「本物ですよ、イマイチさん!実弾も入っているからいつでも殺れますよ」
「う、嘘〜!」
太子橋に新たな緊張が走った。この場所で大槻の裏の顔を知らないのはこの男だけだったのだ。
大槻は悪戯っ子のような笑みを浮かべると、着ていた戦闘服を脱ぎ座っている椅子の背もたれに掛けた。戦闘服の下は黒いTシャツだった。その左胸には羽ばたく翼が衝撃を象徴するように図形化され、中心に“BlackImpulse”の文字が収まっていた。背中にはそのマークが全面に踊っているのだ。
「どうしてモヒカンなの?」
茜が無邪気な質問をした。
「BlackImpulseは俺が作ったチームなんです。現役時代の俺はこれがトレードマークなんす」
大槻は照れながら自分のモヒカンを指さした。
「大槻の。確かにこのヤマは俺達の弔い合戦だ。でもな、仇討ちじゃない!」
「判ってますよ、ミズさん」
水原は大槻の笑顔の意味を計りかねていたが、今は信じるしかなかった。

水原一朗探偵社に強力な助っ人が入ったことで、昭和カフェは緊急対策会議場となった。
太子橋は場所と飲み物を提供する代わりに、会議を傍聴することを許され誰よりも興奮していた。
「とりあえず、知っていることを全部教えて貰おうか?」
「新人のくせに態度デカイねぇ〜」
水原は大槻をからかったが、大槻を一番頼りに思っているのは水原自身だった。
「事件のあらましは知ってるな?」
大槻は頷いた。
「じゃぁ〜核心を言おうか…」
「うんうん、それでそれで…」
大槻よりも太子橋が身を乗り出したので、茜が太子橋のおでこを叩いて制した。
太子橋はすまなそうにしたが、目は好奇に満ちていた。
「大槻が聞きたいのは、俺が決めた合図が誰かに漏れてたことだな?」
大槻は大きく頷いた。
「で、漏らしたのは誰か?」
「勿体ぶらずに言えば…」
茜はふてくされたように吐き捨てた。手掛かりがそれだけと判っていてもまだ納得していなかったのだ。
水原は茜には目もくれず話を続けた。
「俺は、合図を漏らしたのは少年探偵団だと思っている」
「ミズさんとこに押し掛けた学生か?」
「そうだ!」
「で、ホンボシも彼等だと…」
「有り得ない。絶対有り得ない!」
「何度も言わせるな!可能性を言ってるだけだ!」
茜はふてくされたまま俯いた。
「大槻には俺が言うことの可能性を判断して欲しい」
水原は双葉文化大学の門脇教授の話をした。三人の子供を操るミーシャの手口。茜を襲った子供らしき三人が口にした『じいちゃんち』という言葉。そして唯一合図を知り得た少年探偵団。三人の子供という接点は繋がっているように見えた。
「金竜と恭子ちゃんを撃ったのはアーマライト…だったな?ミズさん」
「限定は出来ないが自動小銃であることは間違いない」
「俺が情報屋さんに渡したのがブローニングM1935ハイパワー。栄村が持っていたのはベレッタM92F。共に9mmだ。そして22口径のアーマライト。犯人達は最低三丁のエモノを持ってることになるな…」
大槻はしばし考え込んだ。
「ミズさんの話によると、ミーシャは子供には銃を持たせなかったと…。それなら子供達が栄村を殺す動機は単に銃を撃ちたかったという可能性もあるな…。ナイフだけでは物足りなくなった。ナイフの使い方と銃の使い方に熟練の差は明らかだ」
「アンちゃん達は人殺しなんか出来ないよ…」
大槻は茜の言葉を無視して話しを続けた。
「ミズさん。栄村と少年探偵団に接点があったとして三人のリーダーは誰だ?」
「アンだな。カズヤもサトシもアンの指示には逆らわない」
「そうか…。で、アンちゃんの身長は?」
水原は立ち上がって少年探偵団達の体格を思い出し自分と照らし合わせてみた。
「アンは150cm台。サトシは160cmちょっとで、カズヤは170cm近いか…」
「もし彼等が犯人ならリーダーはアンちゃんではないな!」
「何故そう言える?」
水原の質問に大槻はパイソンを差し出した。勿論安全装置を掛けて。
水原はパイソンを握ってみるが意味が判らなかった。
「握り心地はどうですか?」
「う〜ん。グリップは思ったより太い感じがするけど…違和感はない」
「今度はアカネさん」
大槻は茜にパイソンを渡す。茜は恐る恐るパイソンを握った。
「重くて持ちにくい…」
「アカネさんの身長は?アンちゃんより高い?」
「私は158cmぐらいかな?アンちゃんは私より低かった」
次は自分の番だと太子橋は手を伸ばしたが、大槻に無視されてしまった。
「パイソンはリボルバーの中ではグリップの太い方だけど、オートマチックはグリップにカートリッジを入れるようになっているので9mmだとパイソンほどではないにしても女性には持ちにくいはず。ましてアカネさんより背の低いアンちゃんなら扱うのは難しい。撃てても片手では無理だ」
「どういうことだ?」
「身体的な優位がリーダーを決める重要なファクターだ。三人が犯人ならリーダーはカズヤ君だろう。グリップが一番太いベレッタは栄村の持ち物だから予備のカートリッジがあるかも知れない。しかし俺はブローニングの予備カートリッジなど情報屋さんに渡していない。リーダーが持つのはどっちだ?それに、自動小銃なら女子供でも持てるからな」
「成る程…」
水原が納得し、茜がふてくされ、太子橋がパイソンを握りたがっている時に、昭和カフェに訪問者が現れた。
“ドンドン、ドンドン、ドンドン”
ドアはせわしなく叩かれ、その度にドアガラスがビリビリと響いた。
しかし、訪問者は入ってこようとはしない。常連なら大槻のようにドアも叩かず入って来るはずだ。
「は〜い!」太子橋が堪らずドアを開けに行こうとしたが、その腕を大槻が強く握りしめた。
『様子が変だ!』大槻は囁くように皆を制した。そして目配せでポーカーテーブルの上の照明を消すよう指示した。
昭和カフェの店内は一瞬にして暗闇に包まれたが、訪問者はドアの前にいるようだ。大槻は太子橋が握っていたモップを取ると、椅子に掛けていた戦闘服を着せモップの柄を持ってドアに近づいた。
水原は大槻の手招きで這いずるようにドアの前に行き、大槻の合図でドアを開けた。
“バスッ!バスッ!”
ドアが開いた刹那、戦闘服を着たモップは銃撃を受けた。大槻はドアの前に立つ人影にパイソンを向けたが、人影は最新モードを着たマネキンだった。大槻と水原はマネキンを楯に道路に目を向けたが怪しい人影は見つからなかった。
「見たか?」
水原の問いかけに大槻は首を横に振った。水原は大きな溜息を吐くとドアの鍵を閉めた。
「もう襲ってはこないでしょう!」
今度は大槻の言葉に水原が頷いた。
『大丈夫ですか?』
太子橋の死にそうな声にふたりはユニゾンで「大丈夫!」と答えた。
ポーカーテーブルの照明を点けると、太子橋と茜が床にへばり付いている姿が浮かんだ。
「なんだ、その様は?」
水原の罵倒にも茜は『だって、だって…』と愚痴るしかなかった。
「威嚇だな…。下手に嗅ぎ回ると危険だぞって警告のつもりだ」
「たぶんそうですね」
水原と大槻は冷静に分析していた。三人はとっくに椅子に座っていたが、太子橋だけは大槻を楯にへっぴり腰でドアに目を向けていた。
「もう大丈夫ですよ。太子橋さん!」
「本当に?本当に?絶対?絶対?絶対?」
太子橋のヘタレは筋金入りだったのだ。
戦闘服は内側が防弾チョッキになっていた。調べると二発の弾丸は見事に腹に命中していた。
大槻は腰に携帯していたサバイバルナイフで弾丸をえぐり出し水原に渡した。
「9mmですね」
手の平の弾丸を見つめる水原に大槻は補足を入れた。
「仕方ねぇな。連絡だけ入れとくか…」
水原は頭をボリボリ掻きながら携帯電話を取り出した。
「もしもし、あ、ゲンさん………えっ?」
水原は急に立ち上がった。
「本当か!判った。直ぐそちらに向かう」
水原の表情が曇った。
「どうしたの?恭子ちゃんの容態?」
水原は首を振り小さく呟くように言った。
「サトシが殺られた!」
その言葉に他の三人も立ち上がり息を飲んだ。そして昭和カフェに新たな緊張が走った。

          *          *          *

水原は大槻と太子橋を昭和カフェに残し、茜を乗せて市之丞くんを警察病院に向け走らせた。そこではサトシの司法解剖が始まっているはずだ。
茜は何も言わなかったが、犯人と思ったサトシが被害者になったことで疑いを掛けた水原を責める気持ちでいた。水原も自分の推理に自信を失い掛けていた。
病院に着くとサトシの両親が警官に詰め寄っていた。一連の事件の犯人を野放しにしていることへの憤りをぶつけているようだった。水原が頃合いをみてサトシの両親にお悔やみを言うと、標的は水原に移った。
『何故探偵の真似事をさせたのか?自分たちの息子はあんた達の巻き添えを食らったのではないか?』と…。
水原はひたすら謝るしかなかった。殺された被害者がホンボシだと思っていたとしても。
サトシの両親に絡まれたことでなかなか源田と会うことは出来なかったが、源田の指示で警官が割って入ってくれた。
被害が子供にまで及んだことで、源田の表情は冴えなかった。
「ガイシャは三原が殺された公園で転がっていた。後ろから撃たれたようだ。凶器は情報屋を殺ったのと同じだ。鑑識はライフルマークが前のガイシャのと一致したと言ってきた」
水原は源田に弾丸を渡した。
「俺等も襲われた…」
源田は慌てて近くにいる警官を呼び、水原から受け取った弾丸を渡し何やら指示を出した。
『仲間割れか?』サトシが殺られた理由を想像したが、それは口が裂けても言えなかった。病院にはアンもカズヤも来ていたからだ。もし奴等がホンボシなら、今警察に動かれたら何をするか判らない。これ以上被害者を出したくない。その思いが水原を支配していた。
廊下の隅で密談をしている水原と源田の所へ千晶が飛んできた。
「ピンちゃん。あたし、あたしサトシ君と会ってたの。さっきまで、お別れ会が終わってから会ってたの…」
絞り出すようにそう言うと千晶は床に泣き崩れた。
「本当か!」
源田は、僅かでもいいからなにか手掛かりを、と千晶を問いつめようとしたが、動揺している千晶からは何も聞き出せなかった。
待合室ではやっと落ち着きを取り戻したサトシの両親が放心状態で座っていた。そこにアンとカズヤが挨拶をしに向かっている。
水原は千晶を源田に任せ、アン達がいる待合室に足を向けた。
アンとカズヤはサトシの両親に何か言っていたようだが、息子を失ったふたりには届いていなかった。手持ちぶさたのアン達に水原が声を掛ける。
「大変だったな!」
アンは水原を確認すると顔を逸らし涙を拭った。カズヤも水原から目を逸らしたが、アンのそれとは異質なものを感じさせた。
「ちょっといいか?」
水原はふたりを廊下の端まで連れて行った。
「こんな時になんだが、聞きたいことがある」
アンは『何でしょう?』という表情をしたが、カズヤはやはり水原から目を背けていた。
「昨夜恭子ちゃんの病室が襲われた。知ってるな?」
水原の問いかけにアンだけが頷いた。
「病室にはBlackImpulseのひとりが護衛をしていたんだが、押し入った犯人は合図を知っていた。合図は直前に俺が大槻と決めたんだが、その場にお前もいたはずだ。合図を誰かに喋ったりしなかったか?」
本来なら不躾な質問だ。もし彼等が犯人ならこの場で殺られるかも知れない。それを承知で水原は賭けに出たのだ。
「合図って何ですか?」
目に涙を浮かべながら聞き返すアンに不審なところは見つけられなかった。しかし、カズヤは俯いて質問には上の空を装っていた。
「いや、知らなかったらいい。俺の勘違いだったようだ。疑ってすまなかったな」
水原はふたりに詫びを入れ解放した。
さぁ種は撒いた。後は収穫を待つだけだ。水原は大槻に電話をして何やら指示を出した。

「なぁ水原。ナタリー・ポートマンはレオンの時が一番よかったな」
「は?」
気が付くと源田が横に立っていた。さすが刑事といったところだろうか、気配はまったく感じなかった。
「だから、ナタリー・ポートマンのことだ!大人になったら色気がなくなったってことだ」
「なんすか唐突に…」
「いや、この前テレビでレオンを観てな。色々考えたんだよ。レオンは殺し屋だ。でも憎めないんだよな。人間のクズだがマチルダを守ろうとした。必死でな…。三原もそうだ。駄目刑事だったが、アカネちゃんを必死で守ろうとした。結局守れねぇで、ひとりで無駄死にしやがったがな」
源田は水原から顔を背けているので表情は見えなかった。
「んじゃ西船橋のおっさんはゲイリー・オールドマンだな!」
「違いねぇ!ありゃ間違いなくイカレデカだ!」
源田は笑った。しかしその笑いには陰があった。水原はそう思った。
「俺もレオンみてぇになりてぇな…」
源田は独り言のように呟いた。
「誰かの為に死ぬんですか?」
「いや、俺は殺されても死なねぇよ…」
「違いねぇ!」
水原は笑ってみせたが本心は違った。
『俺もレオンになりてぇよ。ゲンさん…』水原は心で答えた。

−中編−

県道を真っ赤なカワサキ・バルカン1500が疾走していた。金竜の亡霊ではない。バルカンには大槻にしがみつくように太子橋今市が乗っていた。昭和カフェが襲撃され、その犯人が判らないままでは太子橋ひとりを残すわけにはいかなかったからだ。
『おお〜つき〜さ〜ん!安全運転で行きましょうよ〜!』
太子橋の悲痛な叫びは、時速120kmですっ飛ばす大槻には届いていなかった。
『こんなところで死にたくないよ〜店に返してよ〜』
太子橋の涙が風圧で耳の穴に大量に流れ込んでいたことも大槻は知らなかった。
『あ〜。おかぁ〜さ〜ん』
大槻はヘロヘロの太子橋を県警本部の前に降ろすと、水原の指示通り警察病院に向かった。
病院の駐車場には水原と茜が待っていた。
「なんじゃそれは?」
バルカンから降りた男は、黒い毛糸の帽子を被り、これまた黒いヨレヨレのロングコートを着ていた。コートの襟元からはヘンリーネックの白いシャツが覗いている。大槻は水原に歩みながら内ポケットから丸ぶちのサングラスを出し、はめてみせた。
「ゲンさんが見たら泣くぞ!」
「なんすか?それ」
「いや別に…それより今夜はトラビィス・ビックル気取りじゃなかったのか?」
「だって、あのままじゃ尾行出来ないっしょ。それにイマイチさんたらロクな服持ってないんすよ」
そう言いながら大槻の笑みはまんざらでないことを物語っていた。
「無精ヒゲ足んないっすけどね」
「ケッ!」
長身の大槻の姿は水原にも格好良く映っていた。それが気に入らなかった。
「で、どうでした?」
大槻の問いに、水原は茜をチラと見て話し始めた。
「小林アンはサトシの死が相当ショックのようだ。相葉カズヤは…落ち着きがなかったように見えた」
「動揺していたってことですか?」
「まぁな…」
水原は自分の見たままの感想を述べたが、感じていた違和感については口をつぐんだ。
「アカネさんは?」
茜はしばし考え込んだ後、口を開いた。
「カズヤ君は確かに狼狽えて見えたけど、動揺というより何か恐れているような…。アンちゃんは泣いていたけど、心はとても冷めているような…」
そこまで言うと茜は小さく首を振った。自分だけでは判断出来ない。何かが判断を鈍らせていた。
「俺、今回の事件、イマイチさんの店で考えてたんすよ」
「それで…」
水原はこの新米探偵の意見に興味が湧いた。
「この街の連続殺人事件の最初の被害者はチンピラでしたよね。でも情報屋さんと栄村の件とは接点がなさそうだ。でも栄村と少年探偵団に接点があるとしたら、金竜・恭子さん・アカネさん・三原刑事、それにさっき俺達が襲撃された事と繋がるなって。恭子さんは関係ないように見えるけど、犯人が撃ち損じたって可能性もある。本当の狙いはアカネさん」
水原はなんとなく最終ターゲットは自分だと思っていた。
「しかしアカネと情報屋なら判るが、アカネと栄村にどんな接点がある?一度会っただけだろう」
「可能性を言ってるんです」
大槻が水原の言葉を真似ているのをみて、茜にも笑みが浮かんだ。
『茜は栄村の元女房に似ている』水原は引っかかっていたことを思い出していた。しかし似ているからどうだというんだ。そんな事が接点になるのか?
「あくまでも仮定ですけど、情報屋さんと栄村にとってアカネさんの存在がキーポイントだったとしたら、無作為に思える被害者達もアカネさんと繋がる。さっき襲われたのもターゲットは我々の中の誰かではなくアカネさんだったということです。今一番危険なのはアカネさんじゃないですか?」
「確かに」
茜から笑みが消え困惑の表情となった。その姿を見て水原は決断した。
「アカネ。お前、ゲンさんとこでかくまって貰え」
「どうして?どうしてあたしが警察の厄介にならなきゃいけないのよ。あたし栄村なんてこの前初めて会ったんだから、全然関係ないわよ」
「可能性だ!」
そう言い切る水原の表情には、確信めいたモノが浮かんでいた。

県警本部のすぐ隣、ファミリーレストラン『ざ・さぱす』の駐車場に市之丞くんは停まっていた。
窓際の席には不安そうな太子橋がポツンと座っている。ふたりを見つけると余程心細かったのか立ち上がって手を振った。太子橋は事件の経過を知りたがったが、茜は不機嫌そうだったし水原は何も語ろうとしなかった。これ以上太子橋を巻き込むわけにはいかなかったのだ。
注文したコーヒーが届く頃には源田警部も現れた。
「怖い物知らずの探偵さんも、遂に尻尾を巻いて逃げ込んで来たか?」
水原が助けを求めたことが気持ちよくて堪らない。源田の顔にはそう書いてあった。
「で、何を掴んだ?言ってみろ」
源田はそう言うと水原の前の席にドッカと座った。
源田に茜を保護して貰うことは水原にとって屈辱だったが、今は自分のプライドより茜の身が大事だった。
「犯人はウチの少年少女だ。と思う」
「は?なんだそりゃ。弱気にも程があるぞ。子供が怖いってか?焼きが回ったんじゃねぇか?」
源田は半ば呆れ顔で驚いていた。
水原は言える範囲のこと。これまでの経緯と推理、すべてを話した。しかし刑事である源田には受け入れがたい絵空事だった。
「情報屋と栄村が元KGB? お前んとこでウロウロしてたガキが栄村に鍛えられた殺し屋ってか? 熱あんじゃねぇか水原」
水原を見つめる源田は“宇宙人にさらわれた”と県警に飛び込んで来たヤク中を見るような目つきになっていた。可哀相に…そこまで追いつめられているのか。
「判った。しかしお前の戯言で警察は動けねぇ。動かしたかったらもっともらしい嘘をつくんだな」
目の前の男は源田のよく知っている切れ者探偵ではなかった。追い詰められ尻尾を巻いて源田の股ぐらに逃げ込んできた可哀相な野良犬だった。同情はするがどうすることも出来ない。
「じゃぁアカネちゃんは預かる。しかし今晩だけだぞ」
水原は立ち上がり源田に向かって頭を下げた。
源田に腕を掴まれた茜は、引きずられるように出口に向かった。
「ピンちゃん…」
頭を垂れる水原は、去っていく茜を一度も見ることはなかった。

警察病院の駐車場には、闇に乗じて車の陰に潜む大槻の姿があった。ターゲットは市之丞くんが『ざ・さぱす』に向かってからもなかなか出てこなかった。
『事情聴取でもされているのか?それとも裏口から出たか?』
大槻の不安をよそに、小林アンと相葉カズヤは何喰わぬ顔で出てきた。ふたりは一言も喋らず駐車場横の駐輪場に向かった。ふたりは自転車で来ていたようだ。しかし、駐輪場には金竜のカワサキ・バルカンが停まっている。彼等がホンボシなら気付くかも知れない。
ふたりは自転車を押して出て来た。しかし、その姿に不審な所はなかった。ふたりは道路まで出ると、やはり無言で自転車を走らせた。大槻も駐輪場に走りバルカンに跨ろうとしたが思いとどまり、手頃なママチャリを見つけるとコートの中から高枝ばさみのようなニッパーを取り出し、鍵をちぎった。
大槻がふたりを見たのは初めてだった。水原には犯人の可能性を示唆したが、夜目にも彼等の優等生ぶりは明らかだった。髪型も服装も乱れはなかった。
『こいつ等に人が殺せるか?』
疑念は湧いたが目的は果たさなければならない。
病院の前は暗い。街灯がポツリポツリと立っているだけだ。その道の彼方にふたつの夜行灯が揺れている。大槻は無灯火のまま自転車を漕ぎ出した。彼等の住所は水原から聞いている。もし彼等がホンボシならアジトに向かうかも知れない。大槻の目的はそれだけだった。
十分ほど走るとポイントとなる交差点に差し掛かった。ふたりの自宅は此処を起点に左右に別れる。しかし大槻の期待は裏切られ、ふたりはそれぞれ自宅に針路を向けた。
『外れか?』
大槻は溜息をひとつ吐くと相葉カズヤを追った。最初から決めていたことだ。カズヤはアンと別れると急にスピードを上げた。まるで誰かに追われているように…。
『気付かれたか?』
しかしふたりは病院を出てから一度も後ろを振り返ってはいないし会話をした形跡もない。
大槻は慎重にさっきよりも距離を置きながら尾行を続けた。
橋に差し掛かった。この橋を渡ると昭和カフェのある我が街だ。相葉カズヤの自宅もこの橋を渡った先にある。しかしカズヤは橋を渡らず、川沿いの道へ方向を変えた。
大槻は自転車を停めた。この時間のこの道は人気もなく行き交う車も極端に少ない。このまま尾行を続ければ悟られる恐れがある。この道は一本道だ。このまま距離を取っても見逃すことはないだろう。
大槻は充分な距離を取ると自転車をゆっくり漕ぎ出した。
川沿いには工場が並びだした。その先の閉鎖となった配送センターの前あたりで夜行灯は消えた。
大槻は自転車を降りると歩き出した。
配送センターは高い塀に囲まれていた。入り口は鉄格子の門で閉じられ南京錠が掛かっている。その門の前にカズヤの自転車は停まっていた。大槻はポケットから携帯電話を取り出すと水原に連絡を入れた。
鉄格子の隙間から中を覗く。テニスコートふたつ分ぐらいの広さだろうか?対岸のネオン広告の光が敷地内に引かれた駐車線を浮かび上がらせていた。その向こうに二階建て程の倉庫があった。
窓はなくプラットホームに沿って大きな扉が並び、一番右の扉だけが開いていた。
『此処が彼等のアジトか?』
大槻は今すぐ確かめたい欲求に駆られたが、水原の到着を待つことにした。

          *          *          *

病院で事情聴取を受けた有本千晶は、社には戻らず県警に向かっていた。新たな殺人が起こったからには社にいても仕方がない。それより記者クラブにいる方が情報を掴みやすいからだ。
県警本部に入ると、源田に腕を掴まれ階段を登る本城茜の姿を見つけた。肩を落とした茜の後ろ姿は犯人のようでもあった。
千晶は気付かれぬように忍び足で後を追った。二階の刑事部屋。茜はその横の応接室に連れていかれた。
「宿直室のベッドに空きがあるか確認してくる。それまで此処で待っててくれ」
そう言い残すと源田は出ていった。取り残された茜は見捨てられた子猫のように心細くなった。
ふいにドアが開いた。半開きの隙間から有本千晶が顔を覗かせた。
「あっ!千晶さん…」
「千晶さんじゃないよ〜アホんじょうバカねぇ。こんなとこで何してんの?」
「ピンちゃんに見捨てられた」
「えっ!何言ってんの?」
「犯人のターゲットはあたしだって、大槻のバカとピンちゃんが言うの」
「判るように話せ!アホんじょうバカねぇ」
「大槻のバカが言うには、栄村さんとあたしに何らかの接点があったとしたら被害者は全部あたしと関わり合いのある人だって。恭子ちゃんが撃たれたのも本当はあたしを狙ってたって言うの」
「あっ!」
千晶は門脇教授から聞いた追加情報を思い出した。お別れ会の後に携帯電話に掛かってきたのだ。
「えっ!何々?」
「ん?なんでもなんでもない…」
やっぱり、こういう事は水原に伝えるべきだ。千晶はそう思った。
「なんなのよ〜気になるじゃん!」
「そ、そんな事より大槻さんの説は一理ある。ウン。でもアンタがココにいることと何の関係があるの?」
「犯人に銃撃された。昭和カフェで打ち合わせしてる時に…」
「え〜っ!聞いてないよそんなこと〜」
「千晶さん病院でパニくってたから言えなかったの。でも、犯人が少年探偵団だと決まったわけじゃないからピンちゃんはあたしをゲンさんに預けたの…」
「な〜るほど。そりゃ賢明だわ。で、ピンちゃんは?」
「カズヤくんをマークするって言ってた」
「じゃあの女の子、アンちゃんだっけ?その子は誰がマークしてるの?」
「誰も。三人のリーダーはカズヤくんだって結論に達したの」
「ふ〜ん」
「でも、あの子達があんなことしたとは信じられない。ピンちゃんも半信半疑のはずよ」
千晶が彼等に会ったのは数回。すれ違う程度だったが、彼等が犯人だとは信じがたいことだった。
「ところでゲンさんはどう言ってるの?警察は動いているの?」
「全然。どうせつくならそれらしい嘘をつけって」
「そりゃそうだ。単に推理だし証拠もないんじゃね〜」
千晶は腕組みをして『うんうん』と頭を上下に振っていた。
「千晶さん。あたし確かめたい。アンちゃんに直接聞いてみたい」
「うん!私も確かめたい。んじゃバックレルか?」
千晶はドアを開け廊下を覗いた。誰もいない。
茜に手招きをするとふたりで廊下に出て一気に階段を駆け下り、県警本部を抜け出した。
しかし、その姿を誰かに見られている事をふたりは気付かなかった。

          *          *          *

“キィー”遠くで車のサイドブレーキを引く音がした。あの音は市之丞くんのモノだ。
大槻が音の在処に目を向けると水原らしき影が近づいてくる。
「此処が『じいちゃんち』か?えれぇ〜豪邸じゃねぇか」
「まだ決まったわけじゃないですけどね。でも様子は変だったすよ」
「アンはどうした?」
「まっすぐ自宅に向かったようです」
「そか…。しかしこれじゃぁ手が出せねぇな」
「そうですね」
まだカズヤが犯人と決まったわけではないが、もしそうなら敷地内に入った者に容赦はしないだろう。
「とにかく待つしかねぇな」
水原が腹を括っていたとき、市之丞くんを停めている方向から重低音が迫ってきた。ふたりの前に停まった重低音の主は真っ黒なホンダ・シャドーと真っ赤なカワサキ・バルカンだった。
「アニキ、お待たせしました!」
バルカンに乗っていたのは満面笑みの桂だった。が、彼を待っていたのは礼の言葉ではなく大槻のげんこつだった。
『おめえ〜どこ停めてんだバカ。それに声がでけぇんだよ』
桂はヘルメット越しにもう一発喰らった。
「す、すいません。今すぐ動かしますから…」
エンジンキーを回そうとする桂に、強烈なもう一発が落ちた。
「いて〜!」
『だから声がデカイんだよ。こいつはこのままでいい』
大槻の怒りはホンダ・シャドーのライダーにも伝わり『次は自分だ!』と覚悟を決めさせていたが、飛んできたのは冷たい言葉だった。
「ごくろう。もう帰っていい」
「えっ!俺達にも何かさせてくださいよ」
「駄目だ。とっとと帰れ。これは命令だ」
元総長の命令には逆らえない。桂は渋々ホンダ・シャドーのバックシートに座り、大槻に会釈をすると不服そうな顔のまま進行方向に走り去って行った。
「大槻の。ちょっと冷てぇんじゃないか?」
「いや、これ以上舎弟を失いたくないですから」
「……。余計な事を言っちまったな。すまねぇ」
水原は墓穴を掘ったことに気付きボリボリ頭を掻いた。責任の半分以上は俺にある。水原はそう思っていたのだ。
その言葉に大槻は笑顔で答える。男の会話はそれで終わるのだ。

小一時間経っても配送センター跡には何の動きもなかった。
「寝袋でも持ってくりゃよかったな」
大槻は水原の冗談にも笑えなくなっていた。
「桂のバカの所為で敵さんは気付いたはずです。でも気配はまったくない」
「やっぱホンボシか?」
「ええ、可能性大ですね」
「………」
水原は今更ながら複雑な思いに駆られていた。
「もし彼等が犯人なら、どうしてあんな簡単に人を殺れるんですかね?」
「判らん」
「ナイフで殺るってのは一番度胸がいるんです。血も出るし内蔵丸出しだし。殺るか殺られるかの状況なら必死になれますけどね。恨みもなにもない相手を冷静に殺るには、経験よりも資質が重要になる。ところが傭兵やってて痛感したんですよ。生まれた時から“死”がすぐ側にある。経験ってのはそういう事なんです。だから俺は尻尾を巻いて逃げて来た。まっ、どのみち資質もなかったんですけどね」
「お前って、お喋りだったんな」
「失礼っすね。俺は元暴走族すけどおもちゃ屋でもあるんすよ。オタクの饒舌は定説っす」
「成る程こりゃ失礼。でもな大槻の。今のゲーム世代の子供って喧嘩もしねぇ痛みも知らねぇから案外冷酷かもな。そういう意味では資質がある奴は多いんじゃねぇか?」
「資質か。って事は経験が足らない可能性ありか…」
大槻は何かを思いついたように考え込んだ。水原が大槻の結論を待ち大槻が何かを喋ろうとした時、安っぽいエンジン音がこちらに近づいて来た。
「ヤバイ!サツですよ」
大槻が指摘するまでもなく、誰にも判る反射シートが水原の目にも映っていた。
程なく、水原と大槻の前に警ら中の二台のバイクが停まった。ふたりは、小太りの中年とまだ若そうな熱血っぽい警官だった。熱血はバイクから降りるなり懐中電灯を水原の顔に向けた
「お前等!こんなところで何してる」
「ちょっと立ち話してたんですけど。立ち話は犯罪でしたっけ?」
熱血警官は熱血らしく水原に尋問する。水原は水原らしく嫌味たっぷりに答える。
「なんだと!どうも怪しいなお前等は」
『お前等って言うなポリ公』
「おいっ!そこの黒ずくめ。今なんて言った」
懐中電灯を向けられた大槻は眩しそうにしながらコートの中に手を入れた。それを見た水原は慌てて警官に取り繕った。
「まぁまぁお巡りさん。僕達探偵なんですよ」
そう言って探偵登録書を見せた。熱血警官は登録書に光を当てながらも、まだいぶかしげだった。
「探偵さん。この街もこの頃物騒なんでね。早々にお引き取り願えませんか?」
小太りの警官は水原を上回る慇懃さでこの場からの退去を願い出た。
「実はね。連続殺人事件の手掛かりを掴んだんですよ」
「探偵風情が捜査ごっこか?」
熱血は嘲笑した。その姿にむかついていた大槻を制し水原は言葉を続けた。
「とにかくですね。県警捜査一課の源田警部に連絡してくださいよ」
「この倉庫に何かあるってんだな?」
「そうです。だから源田警部に連絡してくださいよ」
「判りました。聞いてみましょう。でも一端この場から離れてください」
小太りの言い回しは丁寧だったが聞く耳持たぬの姿勢は明らかだった。
「素人が。何かあるんなら調べりゃいいじゃんぇか。なんだ、体はデカイのにビビってんのか?」
熱血は大槻をあざ笑うように見つめていた。
「ようし!根性無しの探偵さんに代わり、何があるか俺が調べてやるよ」
熱血はそう言うと鉄格子の門に近づいた。
「あっ!危ないですよ。危ないって…」
水原の制止も聞かず熱血は高さ150cmの門に飛び乗った。が、その胸に赤い小さな光が当たっている事に気付いていなかった。
熱血が門を跨ごうとした刹那、その体は何かに引っ張らるように後ろ向きに道路に投げ出された。小太りは慌てて熱血に駆け寄ったが躓くように倒れ尻を押さえ悶絶しだした。尻を撃たれたようだ。
「だから止めたのに…」
大槻は腹這いになって小太りを死角まで引きずり出したが、熱血はピクリともしない。
助け出された小太りは、塀にもたれながら半泣きで応援を要請していたが源田の名を出すことはなかった。
「気にいらねぇ〜」
水原は携帯電話を取り出すと源田の番号を呼び出した。

          *          *          *


「だから、もし捕まってもボク達は実刑にはならないんだって」
「でもそれじゃ少年院送りは間違いないじゃないか」
「じっちゃんに洗脳されたって事にすれば大丈夫さ。医療少年院で大人しくしてたら名前を代えて直ぐ出てこれるって。人生それからやり直したらいいじゃない」
「でもなぁ〜」
「カズヤもサトシも無駄な人間は死ねばいいって言ってたじゃない」
「そうなんだけどなぁ〜」
「こんな経験今しか出来ないよ。それにじっちゃんは拳銃も持ってるんだよ!」
「ほんと!アンちゃん」
「ホントだよ。映画に出てくるヤツとか、兵士さんが持ってるような長いのもあったよ」
「ん〜。それには興味を惹かれるなぁ〜」
「それに捕まるのは最悪の場合って言ってた。それにそれにじっちゃんは一度も捕まってないんだ」
「ボクも拳銃だけは見たいんだけどな。アンが捕まった時みたいにジイさん暴れない?」
「全然平気!おじいさんはボク達に素質があるって言ってたんだよ」
「じゃ、アンを信じて話だけ聞いてみるか…」
「拳銃かぁ〜。ちょっとワクワクするね、アンちゃん」


          *          *          *

建て売り住宅が並ぶ新興住宅。その一角に小林アンの自宅はあった。
昼間はどれも同じに見えた家々も、闇を灯す玄関の照明、微かに聞こえる家族の声などがそれぞれの個性を醸し出していた。それは有本千晶には懐かしく、本城茜には辛い景色でもあった。
小林アンの家も小さいながらガーデニングで飾られ、木製の門扉はレンガ色に塗られていた。
その門扉の前で茜は固まっていた。
「ちょっと、アホんじょうバカねぇ。何たそがれてんのよ。」
「あ、うん」
「しょうがないなぁ」
インターフォンの前で固まる茜を押しのけて千晶がボタンを押した。
「………」
しかし、何度押しても応答はなかった。玄関横の窓からは明かりが灯っており室内からは話し声も聞こえているのに。
千晶は門扉を内側から開けると玄関の前に立ち茜を手招きした。
「夜分すみませ〜ん」
しかし返事はない。ドア越しにテレビの音が聞こえる。話し声はこれのようだ。
「どうする千晶ちゃん」
千晶は茜に答える間もなくドアノブに手を伸ばしていた。
「あっ!開いた…。すみませ〜ん。誰か居ませんか〜」
半開きにしたドアから顔だけ入れて呼びかけても返事はなかった。
「ちょっと」
千晶はドアを全開にすると茜の手を取り土間に入った。
玄関先もキレイに片づけられていて、下駄箱の上にはサボテンの鉢植えが置かれていた。
廊下の先にはキッチンが見えている。右手のドアは応接間に繋がっているのようだ。
「すみませ〜ん。お客さんですよ〜」
「アンちゃ〜ん。アカネで〜す」
茜も叫んでみたが返事はなかった。
「靴は三人分あるし、何かおかしくない?アカネちゃん」
言い終わるまえに千晶は靴を脱ぎ、家に上がると右手のドアを開けた。
茜も続こうと靴を脱ぎかけた時、千晶は口をパクパクさせながらその場にへたり込んでしまった。
「ギャーッ!」
千晶は口に手を当て後ずさりしながら叫び声を上げ続けている。
茜も慌てて部屋を覗く。そこには地獄絵図があった。
ソファーには父親らしき中年男性が座っていたが、その首はパックリ割れて背もたれの上に乗っかっていた。着ているパジャマは元の柄が判らないぐらい赤く染まっていた。テレビの前には小学生ぐらいの男の子が俯せに倒れていたが、テレビとカーペットにはおびただしい血飛沫の跡があった。
茜は吐き気を覚えながらもキッチンに走った。そこには、母親らしき女性が流し台に頭を突っ込んだまま事切れていた。
茜にはもうシンクの中を覗く気力は残っていなかった。喉の奥が詰まり、食道から酸っぱいモノが上がってくる。
吐き気を堪えて玄関に戻ると、千晶がうずくまりながら吐いていた。
『しっかりしなきゃ。頑張れアカネ!』自分に喝を入れると携帯電話を取り出し源田警部に電話した。
「あっアカネです。大変です。大変な事が…」

          *          *          *


「あれから一年か…。ぬしらも上達したもんじゃ」
「ねぇねぇじっちゃん。明日ミーシャさんを殺ったらどうするの?」
「そうさなぁ。この街で余生を送るのも一興じゃの」
「余生って、練習はどうするの?」
「ぬしらも充分経験したじゃろ。そろそろ潮時じゃ」
「え〜っ!銃撃ったのアンだけじゃん。ボクにも撃たせてよ」
「そうだよ。ボクもまだ撃ってない」
「判った判った。終わったら撃たせてやる」
「ほんと?じゃぁアカネちゃん殺っていい?」
「だ、駄目じゃ!それだけは駄目じゃ」
「どうして?じゃぁボクがナイフで殺る」
「駄目じゃアン!絶対駄目じゃ」
「奥さんに似てるから?」
「とにかく駄目じゃ!」
「じっちゃん。情けは禁物だって言ってたのに…」
「駄目じゃ!駄目じゃ!もし殺ったらわしがぬしらを殺る」
「………」


          *          *          *

「駄目だ全然繋がらねぇ」
源田の携帯電話はずっと話し中だった。仕方なく県警本部に電話しようとした時、水原の携帯電話が震えた。茜からだった。
「どうした?」
『アンちゃんが、アンちゃんのお父さんとお母さんと、おとうと君が殺された!』
「えっ?何言ってんだアカネ。落ち着け。何があったって?」
『だから、アンの家族が殺されたのよ。全員クビ切られてた』
水原は茜の言葉に戦慄を覚えた。それは側で聞いていた大槻も同じだった。
「お前、今何処にいる?」
『アンちゃんち』
「どうしてそんなとこにいるんだお前は!」
『そんなことどうでもいいっ!とにかくゲンさん呼んだから。ピンちゃん大丈夫?』
「俺は大丈夫だ。それよりサツはまだか?お前ひとりか?」
『千晶さんと一緒』
「がぁ〜!どうしてチーちゃんがいるんだよっ!」
『いるんだも仕方ないじゃん』
「判った。落ち着け、いいか落ち着いて聞くんだ。そこはヤバイ。すぐそこを離れろ。いいな!」
『だって、まだゲンさん来てないし』
「ゲンさんには俺が連絡する。とにかく『ざ・さぱす』に行け。着いたら電話すること。いいな!」
『うん。判った…』
一部始終を聞いていた大槻も驚いていた。
「殺されたって、一家全員ですか?」
「そうらしい」
「ということは小林アンが帰宅してから殺ったのか。それとも待ち伏せ?」
「判らん。とにかくカズヤが殺ってないことは確かだ。それに、もうひとりいることも確かだ」
「四人だったってことですか?」
「判らん」
著しい分析能力の低下。一番冷静さを欠いているのは水原かも知れない。
水原はひとつ深呼吸をすると源田の携帯に電話した。今度は繋がった。
『おお水原、アカネちゃんに聞いたか?』
「聞いた。すまないが、現場に犯人が潜んでいるかも知れないからアカネとチーちゃんは『さぱす』に向かわせた。」
『そうだな迂闊だった。すまん。で、何か掴んだのか?』
「工場街の外れにカズヤを追い込んだ。俺の横に尻撃たれたポリ公がいる。もうひとりは仏さんになってる。カズヤに殺られた」
源田は電話の向こうで絶句しているようだ。
『お前の推理は正しかったってことか。判った。俺もそっちに向かう』

「ミズさん。ちょっと思いついたんですけど、試していいっすか?」
思考回路が停止している水原に、大槻が提案を持ちかけた。
「何するつもりだ?」
大槻は悪戯っ子のように笑うと水原に向かってコートを開いた。
「は、裸じゃなかったか」
「は?ミズさんにナニ見せても仕方ないっすよ」
コートの内側には銃口の大きいライフルのようなモノが右肩からぶら下がっていた。腰にはチェーンカッター。左肩にはコルト・パイソンがホルスター収められている。
「グレネードランチャーか?」
「銃はね。でも弾は発煙筒っすよ。敵が経験不足だってことは判ったんで、ちょっとからかってみようかなと思って。敵は狙うことは練習していても狙われることは知らないはずなんです。狙われることは実践でしか学べないから」
「お前、殺るんじゃないだろうな?」
大槻は屈託のない笑顔を水原に見せた。
「冗談じゃない。いくら俺でも子供は殺れませんよ」
そう言うと塀に体を隠しながら鉄格子の隙間から中をうかがい、目標の距離を測った。
「30メートルか…」
そう呟くと、グレネードランチャーに馬鹿デカイ弾丸を装填し塀越しに構えた。
“ポン”
形状とは裏腹に間の抜けた音を残し、闇に白い軌跡を描いたソレは開いた扉の中に見事に飛び込んだ。
『うわ〜っ!』
倉庫からカズヤの悲鳴を聞いた大槻は、一気に門を飛び越え倉庫に向かって走りプラットホームの下に滑り込んだ。
“ババババババッ”“ババババババッ”“ババババババッ”
水原が胸を撫で下ろす間もなく、カズヤは自動小銃をデタラメに撃ちだした。
“ビシッ”“カン”“キーン”
弾はあちこち無茶苦茶に当たり、跳弾は小太りの足下にも飛んできた。
驚いた小太りは水原の足にしがみつき、また泣き出した。
プラットホームの下で息を潜めていた大槻は、おびただしい弾丸をやり過ごすと打ち終わった瞬間に二発目の発煙筒を打ち込んだ。
『うわ〜っ!』
カズヤの悲鳴が聞こえるやいなや、プラットホームに駆け上がり扉の横にへばり付いた。
「殺るんじゃないだろうなってか?殺るにきまってら」
大槻の右手にはコルト・パイソン357マグナムが握られていた。

−後編−

『ざ・さぱす』にひとり置き去りにされた太子橋今市は、三杯目のコーヒーを飲んでいた。
「あっ!アカネちゃん。警察行ったんじゃなかったっけ?」
「んと、色々あったのよ。とにかく出ましょ」
小走りに近づいた茜は、太子橋の腕を掴んだ。
「えっ!何処に?」
「昭和カフェに決まってるでしょ」
「どうして?」
「だ・か・ら、昭和カフェに着いたら説明するから…」
太子橋は意味が判らぬまま茜に従い店を出る。するとタクシーが停まっていた。中には魂が抜けたような有本千晶が座っている。
「あれっ!千晶ちゃんだ」
「後で説明するから、乗って乗って!」
「はいはい、判りました」
太子橋は軽い疎外感を覚えながらタクシーに乗り込んだ。
千晶はぐったりしていた。外傷はなさそうだが、息遣いは荒く目線は定まらず茜が支えていなければ倒れそうな状態だった。
『昭和カフェに着いたら…』千晶の姿を見て茜の言葉の意味が判るような気がした。また何かが起こったのだと。

昭和カフェに着くと、太子橋はクローゼットからマットと毛布を取り出し店の奥に簡易ベッドを作った。千晶はベッドに横になると太子橋の作った暖かいココアを飲み、そのまま眠ってしまった。
茜もココアを飲んで落ち着きを取り戻していた。
太子橋は聞きたい気持ちを抑えながら茜を見つめていたが、茜の口が開くにはそんなに時間は掛からなかった。
「アンちゃんちに行ったの。そしたらね、みんな死んでた…」
「死んだって、誰が?」
「アンちゃんの家族。首を切られて死んでた。千晶さんはそれを見て気が動転したんだと思う」
「犯人は誰?」
「わかんない。でも、カズヤ君はピンちゃん達が追ってたから…」
茜はそこで言葉を飲んだ。アン達が犯人ではないと思いたいが、見知らぬ犯人がアンの家族を殺害する道理がまったく判らない。カズヤには水原達がついている。自由に動けるのはアンだけだ。
しかし、それ以上は考えたくなかった。
「アンちゃん達が殺されたなら、犯人は少年探偵団以外の誰かってことになるんじゃないの?」
「えっ?」
「だって、アンちゃんも殺されたんだろ」
「ううん。アンちゃんはいなかった」
「うっそ!それじゃ一家を殺したのは…アン、ちゃん?」
「………」
茜は言葉を失った。『殺したのはアン』聞きたくない言葉だった。しかし自分も脳裏に浮かべた言葉でもあった。
太子橋は言葉を飲んだ茜を見て考え直した。
「そか、まだ強盗殺人って線もあるんだな…」
「それは違うと思う」
茜は一度飲み込んだ言葉を吐き出した。
「あの殺し方は金竜の仲間を病院で殺ったのと同じ。だから犯人は同じ…だと思う」
その言葉を最後に昭和カフェは沈黙に包まれた。ふたりはお互い顔も合わせず、手元のカップをただ見つめていた。
太子橋は店内にBGMが流れていない事に気が付いたが、今流す曲を思いつかないでいた。
茜は店の奥で眠っている千晶に目を送った。目覚めれば、あの衝撃を思い出すのだろうか。それとも悪夢に悩ませられるのだろうか。
「俺さ…」
どれぐらいの時間が経ったのか、長く短い沈黙を破ったのは太子橋だった。
「俺、あの子達の事はよく知らない。でも、あの子等は今時珍しい素直な子だと思ってる。殺された、サトシだっけ?あの子も高二とは思えない可愛い少年だったし、カズヤだって体は大きいけどまだまだ子供だった。アンちゃんなんて、あの笑顔を見れば誰だって気分よくなる。そんな奴が人殺しなんて出来るはずがない」
太子橋が何故そんな事を言ったのか茜には想像もつかないが、茜自身の疑心もその部分だった。
水原や大槻の言う事は理にかなっている。確かに可能性は否定出来ない。それでも信じたくない思いに満たされていた。
「あたし、あたしには家族は殺せない…」
茜は自分の発した言葉に驚いていた。
『家族は殺せない?…家族、身近な人、お母さん、お母さんは何処?』今、茜の母は病院にいる。茜に辛い思いをさせた事を悔い、自ら命を絶とうとした母が魂を違う世界に閉じこめ今も苦しんでいる。
自分は手を染めていない。でも、母をあの世界に閉じこめたのは自分自身だ。苦しみを与え続けているのは『あたし』だ。
テーブルに肘を突き、うなだれる茜の手元にポタポタと落ちるモノがある。太子橋はそれが涙である事に気付いた。
「どうしたの?どうしたアカネちゃん!」
茜は鼻をすすると顔を上げた。その顔は涙で濡れていた。
「イマイチさん。あたし、あたしもお母さん殺した。お母さんを殺したのはあたし…」
そう呟くとテーブルに泣き崩れた。
「そんなことはないよ。アカネちゃんのお母さんは生きてるじゃないか」
「だって…」
太子橋は茜のいわんとする事が痛いほど判った。水原から聞いていたのだ。
『あいつが落ち込んでいる時は助けてやってくれ。酒でもケーキでもなんでもいい。あいつの気が紛れることなら…』
『気が利いた曲でもかけるか?』
そう思い太子橋が立ち上がった瞬間に、昭和カフェは闇に包まれた。

          *          *          *

倉庫の開いた扉からは発煙筒の白い煙が流れ出していた。中から咳き込む声が聞こえる。
「ボウズ観念しろ。俺はサツじゃない。お前が殺した奴等の身内だ。何しに来たか判るか?お前を始末しに来たんだ」
『ゴホゴホ…』
返事はなく、代わりに苦しそうな咳き払いが聞こえる。音は扉から随分離れたところから発せられているようだ。
白煙はなおも流れ続けている。それを確認すると大槻は水原に向かって大きく手招きをした。それに応え門を越えた水原に、今度は体を低くするように合図を送る。
“パンパン”
水原がプラットホームに登り損ねた時にカズヤは撃ってきたのだ。
「すまねぇ」
「大丈夫ですよ。ヤツは追い詰められたネズミですから」
遠くでサイレンの音がする。パトカーのサイレンだ。一台ではなさそうだ。音の群は次第に近づいてくる。
「ゲンさんだな」
大槻は大きく頷いた。
数台のパトカーが配送センターの前に停まり、車内から人が出てくる様子が確認出来た。
同時に水原の携帯電話が震えた。
「おまわりさん、ご苦労さん」
小声で答える水原の耳に源田のデカイ声が響いた。
『うるせぇ!それより中はどうなってる?』
「入ってないから判らねぇけど、ここがアジトだってことは確かだ。それと声デカイ」
『す、すまん。で、中はひとりか?』
「ああ、カズヤだけだ。他に出口がないか周りを確認してくれ」
『判った』
水原が携帯電話をたたむのを確認すると、大槻はカズヤに話しかけた。
「怖いかボウズ。もう逃げられないぞ。大人しく殺られちまえ」
『警察が来たから、おじさんに僕は殺せないよ』
カズヤの声はコンクリートの密室に響いている。それが孤独を際だたせているようだ。
「バカかお前は!俺には警察なんか関係ねぇんだよ。それに、お前がサツを近づけないようにしてたら誰がお前を守るんだ?」
『………』
自分は法律に守られている。未成年のカズヤはそう思っているようだ。しかし現状はカズヤに不利だった。扉の前に居座っているのは自分を葬るために弾丸をくぐり抜けるような輩だ。この男に法律は通用しない。そして警察はカズヤの銃を恐れて近づいては来ない。
「お〜い、そっち行くから撃っていいぞ。撃ってくれりゃ〜こっちは正当防衛だ。銃持ってたって銃刀法違反だけだ」
『来るな〜!』
「だから、撃っていいって言ってるだろうが。撃てよ。俺を殺ってみろ!」
大槻はコートから車用の赤い発煙筒を取り出すと、水原に入り口の方を指さし手招きのポーズをした。
水原は大きく頷くと源田に向かって大きく手招きをした。門の向こうから源田らしき人影が手を振っている。
水原は大槻と目を合わせると右手を挙げた。水原の合図で大槻は発煙筒に着火し扉の中に放り込んだ。
水原は右手を下ろす。3人の影が門を乗り越えこちらに向かってくる。水原は頭を低くするように合図を送る。カズヤはまたも無茶苦茶に発砲し出した。源田らしき男と刑事らしき男は躓きながらもプラットホームの下までたどり着いた。しかし、刑事のひとりは銃声に驚き来た方向に踵を返し門を飛び越えたが、“ドシッ”という音と共に動かなくなった。門に足を取られたようだ。
源田と刑事はニュー南部を片手に水原の後ろに張り付いた。
「模型屋。その手にあるのはなんだ?」
源田は大槻が握っているコルト・パイソンを目ざとく見つけた。
「エアガンですよ」
そう言うと持っていた銃を源田に渡した。源田は左手で受け取ると弾倉を確認したが、間違いなくオモチャだった。
「まっいいか…」
源田は苦笑いを浮かべながらエアガンを大槻に返した。
「こっからは本職の仕事だ。お前等は下がってろ」
源田は一番後ろにいた刑事に扉の横に来るように合図をする。
「お、俺ですか?」
「他に誰がいる。仕事だバカ」
「公僕は公僕らしく一般市民を守ってくださいね」
源田に続き水原の放った嫌味に反応して、若い刑事の顔に怒気が宿った。そして、その勢いのまま刑事は最前線に陣取った。
『死ぬなよ若者』
大槻はエールのつもりだろう。しかし若き刑事の震える背中には死亡宣告に聞こえたのだ。
「け、警察だ!お、お前は包囲されている。おと、大人しく、で、出て来なさい〜!」
刑事の声は見事に裏返っていた。それを聞いた源田は襟首を引っ張ると自分の後ろに下がらせた。
「ホント、使えねぇなお前は…」
若き刑事は照れ笑いを浮かべていた。その顔は前線から退いたことの安堵と自分に対する落胆に満ちていた。
『ホント使えねぇ』
今度は大槻の言葉にも反応せず、自ら水原の後ろ、最後尾に下がった。
源田はその姿を確認すると短い溜息を漏らし、すぐさま深呼吸をした。
「相葉カズヤ!俺は県警の源田だ。お前が撃った警官は死んだ。他の警官は怒り狂っている。判るな!今度お前が撃つと威嚇なんかしねぇ。未成年であろうが撃ち殺す。だから、銃を捨てて大人しく出て来い!」
遠くで救急車とパトカーのサイレンが交差している。負傷した警官の収容と応援の為に駆けつけて来たようだ。そんな状況に追い詰められたのか、しばしの沈黙の後にカズヤは叫びだした。
「ボクは命令されただけだ。アンに命令されたんだ。本当なんだ!逆らうことなんて出来ない。出来なかったんだよ。」
「判った。とにかく武器を捨てて出て来い。出て来たら全部聞いてやる」
「無理だ。絶対無理!アンを殺してよ。そうしたら出て行く。それまでココを動かない。近寄る人は撃つよ!」
「これ以上罪を重ねてどうするんだ。お前はまだ若い。充分やり直せるだろうが」
「だからアンを殺してくれって言ってるんだ。あいつ、ボクにナイフを突きつけてこう言ったんだ。『これで死ね。自分でやれないならボクが殺ってやる』って…。ボクが警察に捕まってもアンならどんなことをしてもボクを殺しに来る。そういう奴なんだ」
カズヤの声は震えていた。その恐怖の対象は警察ではない。ましてや大槻でもなく、あの愛らしい笑顔の小林アンに注がれているのだ。
「大槻の。どういうことだ?」
「俺の判断ミスです。ちょっと考えられないけど、首謀者はアンってことですね」
大槻の予想は大外れだった。しかしアンはもう死んでいる。
「そうか…カズヤは自分で殺った亡霊を恐れてるんだな」
「誰が死んだって?」
小声で話すふたりの会話を源田は目ざとく聞いていた。
「小林アンは一家もろとも殺されたんでしょ?」
源田は振り返ると対岸のネオンサインに照らされた水原の顔を凝視した。
「お前、それ誰に聞いた?」
「アカネから…さっき電話で」
「アカネちゃんは何て言った?」
「だから、アンの家族が殺されたって…」
「確かに、アンの家族は惨殺されてたけどな、アンの姿はどこにもなかったぞ」
『あっ!』
水原と大槻は同時に声を上げた。
「アンは死んでないのか!一家を殺ったのはカズヤじゃないのか?ゲンさん」
「模型屋は病院からカズヤを尾行してたんだな?」
「そうです」
「だったら、カズヤが警察病院に来る前に殺った可能性は残ってるが…」
水原は嫌な胸騒ぎを感じていた。
「カズヤ!俺だ、水原だ。お前、アンの家族が殺されたのを知ってるか?」
『………』
カズヤは聞き取れないような小さな声で何かを言った。
「おいっ!聞こえないぞ。何て言ったんだ?」
「ボクじゃないよ…アンの家族に手を出すなんて…そんなこと…ボクに出来るわけないじゃないか!ダメだ。もうダメだ。今度はボクを殺りに来るんだ…」
カズヤの声は途切れ途切れでさっきより震えていた。
「自分の家族を殺ったのか?あいつにそんなことが出来るのか?」
大槻は自分の判断ミスが大事を招きかねないことに気付いていた。
「ミズさん。俺、昭和カフェ行きます」
「俺も…」
水原の言葉を待たずに、大槻はプラットホームを駆け降り、門に向かってジグザグに走っていた。
すでに倉庫内の煙幕は薄れている。大槻を追い水原もプラットホームから降りようとしたが、カズヤの銃弾が大槻を襲った。今度は闇雲ではなく、大槻目掛けて足下に着弾していたが、元傭兵は辛うじて弾を避け難なく門を越えると死角に身を隠した。
しかし水原に大槻の真似は出来ない。
「ゲンさん。俺も昭和カフェに向かう。援護頼めますか?」
源田は頷くと携帯電話を取り出した。門の外ではカワサキ・バルカンの重低音が夜を切り裂き走り去っていった。

          *          *          *


「ボクにはもう耐えられないよ」
「何言ってんだよサトシ。証拠なんてないんだから黙ってればいいじゃないか」
「手に血が付いてるんだよ。洗っても洗っても落ちないんだよ…」
「だからって自首することないじゃん」
「アンちゃんやカズヤ君の事は絶対言わないよ。だから許して…眠れないんだよ血が落ちないんだよ…」
「判った。サトシ行っていいよ」
「ありがとうアンちゃん、ありがとうカズヤ君」
「………」
サトシの後ろ姿を見送るカズヤに、アンは冷酷な指示を出した。
『カズヤ、殺っていいよ』


          *          *          *

「ブレーカーかな?」
闇に包まれた昭和カフェでは、太子橋がカウンター内にあるブレーカーの在処を探っていた。
茜は暗闇の中、店外に気配を探したが人影はなかった。
『うぐっ』
呻き声はカウンターから聞こえ茜がそちらに走ろうとした時、店内の照明が点いた。
「こんばんは、茜さん」
カウンターの中には、首に軍用ナイフを突きつけられた太子橋が立っていた。ナイフを突きつけているのは上下黒のジャージ姿の小林アンだった。
「何してるの?アンちゃん…」
「えっ?後始末だよ」
アンはこの場にそぐわぬ屈託のない笑顔を浮かべていた。
「後始末って何よ」
「おおっと、近づくとこのおじさん殺るからね。まっどっちみち殺るけど」
そう言うとアンは『くすっ』と笑った。太子橋は声にならない悲鳴を上げていた。
「どうしてこんなことするのよ?」
「ん〜。どうしてって言われても…茜さん達ボクに気付いてたでしょ。だから…」
アンはまた笑った。
「何が可笑しいのよっ!」
茜の叫び声は昭和カフェに響いていた。
「そんな大声出すと、そっちのお姉さんが起きちゃうよ。とにかく座ってください」
アンは茜が座るのを確認すると、太子橋をカウンターから引きずりだし椅子に座らせた。ほっとした太子橋がテーブルに顔を伏せようとしたが、髪の毛を鷲掴みにされ、また首元にナイフを突きつけた。
「言うこと聞かないとホント殺っちゃうよ」
アンの笑顔とは対照的に太子橋の顔は引きつり変な脂汗を流している。
「ボクはね。殺る時はスパッと殺るんだ!苦しまないようにね。殺られた方は自分が死んだことも気付かないはずだよ。そっちのお姉さんは眠ったまま逝かせてあげる。でも茜さんは別」
「あ、あんた。こんなことしてる場合じゃないわよ。あんたの家族、みんな殺されたんだから…」
「あ〜それね。茜さんは誰が殺ったと思ってるの?」
「カズヤくん?」
「あははっ!茜さんって、ホントお人好しだね!」
アンは笑い声を上げた。
「あれもボク。みんなあっと言う間に逝ったよ」
「嘘よ…あんな酷いこと出来るわけない」
「あれっ?茜さん見たんだ。そっか、そこまでは計算できなかったなぁ〜。でもキレイに殺れてたでしょ」
「何言ってんの?自分の家族よ。あんたを生んで育ててくれた人よ。何でそんなことが出来るの?」
茜の目には涙が浮かんでいた。『アンがもし犯人だったら…』自分が母親にやった仕打ちをアンに重ねていたが、今は想像も出来ない。こんな愛らしい少女が両親と弟を殺せるなんて、茜には到底信じられなかった。
「どうして…」
「茜さんは、ボクを頭のおかしい殺人鬼とか思ってるようだね」
「そうよ。あんなこと、まともな人間のやることじゃない!」
「あれはね、計算外だったんだよ。カズヤが自分で逝ってくれりゃ問題なかったんだけど、死ぬのを嫌がったからボクの家族を殺った犯人に仕立てあげたんだよ。殺ったナイフもカズヤが持ってるし、カズヤが捕まれば頭のおかしいジイさんに洗脳された可哀相な少女ってことになる」
アンは悪戯っ子のように肩をすくめ戯けてみせた。
「両親には感謝してるよ。ここまで育ててくれたからね。でも、もう役目は果たしてくれたから充分だよ。じゃぁ茜さんに質問で〜す。地球上の生き物の目的はな〜んだ?」
「………」
茜は馬鹿馬鹿しくて何も答える気にもならなかった。
「そんなことも判らないの?じゃ教えてあげましょう。地球上の生き物の目的は、より優秀な子孫を残すこと!優秀な子孫を残すことに成功したら用済みなんだよ。だからボクの両親も役目を全うしたんだよ」
「だったら、弟まで殺すことないじゃない」
「判ってないなぁ〜。弟はまだ子供だよ。親がいなかったら可哀相じゃない。でしょ?」
「嘘よ…。あんたサトシ君の為に泣いてたじゃない。あれも演技だって言うの?」
「演技に決まってるじゃない。だって、サトシはボクがカズヤに殺らせたんだよ。自首するとか言い出すし。あれから計算狂いだしたんだよね」
アンは悔しそうな顔をした。
「悪魔よ。あんたは悪魔だわ!」
「悪魔か〜。ボクにとっては褒め言葉だね。じっちゃんもボクは悪魔のようだって言ってた。悪魔のように選ばれた人間だって。ボクもそう思うよ。他の人間とは違うってね。でも、じっちゃんはボクを見捨てたんだ。ソーニャを殺ったら茜さんを見ながら余生を送るって。だから、じっちゃんも逝って貰った。じっちゃんにそう思わせた茜さんもね」
「ひっ!」
ふいに太子橋が叫んだ。茜が目線を落とすと太子橋の頬に赤い線が引かれていて、そこから鮮血が流れていた。
「動くと殺るって言ったじゃない。今すぐ殺られたいの?それともちょっとだけ長生きしたい?」
「ふぁい。もう動きません」
「そうそう可愛いねぇ〜言うこと聞くんだよ」
太子橋はナイフが当たらない範囲で小さく頷いた。その姿を見た茜はもう耐えられなかった。
「アンちゃん。殺すのはあたしだけにしなさい!」
「勿論!そのつもりだったよ。でも全部喋っちゃったからなぁ〜もう手遅れだね」
今ではアンの愛らしい笑顔も、茜には悪魔に見えていた。
「あんた、イマイチさん殺ったらどうするの?その後であたしを殺れるの?」
太子橋は動ける範囲で必死にイヤイヤをした。
「そこなんだよね、悩んでいるのは…。最初に茜さんを捕まえるつもりだったんだよね〜」
アンの表情はコロコロ変わる。今は難しい顔をしているが、それでも愛らしさは薄れない。それだけに、アンから語られる現実を受け入れる事は出来なかった。
しかし状況が状況だけに、茜も根性を入れ直した。
『恭子ちゃん、情報屋さん、リロ、金竜、その仲間達。そしてイマイチさん。仇はとるよ…』
茜が身構えた時、アンは意外な行動に出た。左手で握っていた太子橋の襟元を離し、襟首を持って床に転がしたのだ。そして、持っていた軍用ナイフを取りやすいように柄の方を茜に向けて投げたのだ。
茜は反射的にナイフを受け取った。目の前には丸腰のアンが佇んでいる。茜はナイフの柄を握り直すとアンに突進しようとしたが、アンは後ろ手からブローニングを取り出し茜に向けた。
そのためらいのない一連の動きで引き金が引かれようとした時、轟音が窓ガラスの割れる音と共にこだました。
茜が呆然としていると、店のドアが押し破られ何かが突進してきた。何かは茜の前で前転するとアンに向けて銃口を構えていた。
「間一髪セーフ!だな」
黒ずくめの男はレオン、いや大槻だった。
アンの握っていたブローニングは、大槻のコルト・パイソンが発する357マグナム&ホローポイント弾によって弾き飛ばされていた。茜の前には右手を押さえたアンが転がっている。
「手首やられたか…」
大槻はアンの状態を確認すると、店内を見渡した。
「みんな大丈夫ですか?」
太子橋は救世主が現れたことに感激し、泣きながら大槻に抱きつこうとしたが右足で拒否され、また床に転がった。
「ひ、ひどいよ〜!」
店の奥では、物音に気付いた有本千晶が寝ぼけ眼でこちらに目線を向けていたが、状況を把握した途端に金切り声を上げた。
「大槻さん…」
茜もやっと事態を認識した。『助かった』そう判ると茜らしくなく腰砕けとなって床にしゃがみ込んでしまった。
「お嬢ちゃんがアンか?」
アンは大槻の問いかけには答えず右手を押さえ苦しんでいた。その遙か向こうに鉄の塊が転がっている。見るも無惨なブローニングの成れの果てだ。357マグナム&ホローポイント弾はブローニングを跳ね飛ばしただけではなく、アンの手首も粉砕していたのだ。
「聞いてんだよコラッ!」
大槻は悶え苦しむアンに容赦しなかった。両手で握ったパイソンは正確にアンの頭頂部を狙い、蹲るアンの頭を右足で起こした。
アンの顔が上がる。それは茜が見たこともない醜悪で憎悪に満ちた顔だった。
「金竜を殺ったのはお前か?」
「そうだよ」
「何故殺った?」
「尾行されたからだよ」
「それだけか?」
「それだけだよ。あんな人間のクズを殺るには充分な動機だね!」
それを聞いた大槻は思いっきりアンの頭を蹴り上げた。大槻の履いている編み上げブーツはアンの顔面にヒットし、アンは鼻から大量の血飛沫を上げながらもんどり打って床に転がった。
「大槻さん駄目!」
茜は大槻の足にしがみついて最悪の場面を阻止しようとしたが、大槻の怒りは茜をも振り払いアンの髪の毛を鷲掴みにしパイソンを眉間に押し当てさせた。太子橋は両手を胸の前で握り、今後大槻には絶対逆らわないことを誓っていた。
「大槻さん駄目よ!殺しちゃ駄目。殺したらその子と一緒になっちゃう…」
「判ってるよアカネちゃん。でも止まらないんだ」
大槻は震えながらパイソンの撃鉄を起こした。
「模型屋!そこまでだ」
大槻の後頭部にはニュー南部が突きつけられていた。いつの間にか大槻の背後に回っていたのは西船橋だった。
「俺は撃つで!相手が誰でもな。早うチャカ渡しいや」
撃鉄を起こすのは今度は西船橋の番だった。
「刑事さん。見逃してくれ頼む」
「そらアカンわ。これでもワシは刑事やで。目の前で子供、それもこないに可愛い女の子を殺るのは見逃せん!そういうこっちゃ模型屋。耐えてくれ」
言葉とは裏腹に、西船橋のニュー南部は大槻の後頭部にゴリゴリ食い込んだ。
大槻はパイソンの銃身を握ると後ろ手に渡した。
「おおきに。ほな椅子にでも座っといて。そこのマスターもアカネちゃんも、奥でボーっとしてるブンヤの姉ちゃんも…」
大槻はコートに付いた埃をはらうと椅子にドッカと座った。その姿を見た太子橋は『デジャブだ!』と心の中で呟きながら座った。アカネも千晶もふたりと同じテーブルに着いた。店内には妙な安堵感が漂っていた。
「大槻さん。ピンちゃんは?」
「ああ、カズヤが撃ちまくるんで来そびれたようだ。でもカズヤは追い詰めたからもうすぐこっちに来るんじゃないか」
「そっか、ピンちゃんも大丈夫だったんだ…」
「大丈夫さ。でもこの惨状を見たら卒倒するかもな」
大槻に笑顔が戻った。茜はそれだけでほっとした。千晶も愛する水原の安否を聞いて安心していた。
西船橋はアンを抱き起こすと、壁にもたれかかせた。
「お嬢ちゃん。聞いてええか?」
西船橋はアンに聞いておきながら返事も待たずに問い出した。
「チンピラやったのお前等か?」
アンは大量の鼻血を流している所為か、声は出さずに頷くだけだった。
「そうか…。ほな、栄村と丸木戸やったんもお前等か?」
アンはまた頷く。
「金竜ちゅう暴走族と仲間殺ったんもか?」
アンは頷くばかりだった。
「ほな、三原ちゅうデカ殺ったんは何でや?今度は口で返事せえ」
アンは鼻血を手で拭うと口の中の血も吐き出し喋りだした。
「ボクは栄村ってお爺さんに洗脳されてたんだ」
「アカン!そないな嘘はアカン。ワシ全部聞いてたんやで」
アンは西船橋を睨み付けると小さな溜息を吐き開き直ったように答えた。
「茜さんをちやほやしてたから…」
「何やそれ?そないな理由でデカ殺ったんか?」
「そうだよ。でもボクは未成年だから罪にはならないよ」
アンは悪魔のような笑顔を西船橋に向けた。
「ほな、未成年ちゅうことを利用したんやな」
「そういうこと」
西船橋は頭をボリボリ掻き、ガーとかウーとかの奇声を発しながら店内をウロウロしだした。
「あははっ!刑事さんおかしくなっちゃったよ〜」
アンは西船橋の歩く姿を指さして馬鹿笑いを始めた。それでも西船橋の悶絶は終わらない。
「ア〜ッ!」
西船橋は天上に両手を突き上げながら一際大きな奇声を発した。
その刹那、西船橋の手からコルト・パイソンが転げ落ち、アンの目の前に転がった。
アンはすぐさま前転してパイソンを左手で掴むと何のためらいもなく西船橋を撃った。
『ドォーン』
交差する銃声。アンの撃った銃弾は腹部あたりに命中し、その反動で西船橋の体は茜達の座っているテーブルまで飛ばされて来た。
「イヤ〜ッ!」
千晶の悲鳴が昭和カフェにこだまする。太子橋は椅子から転げ落ちていた。茜と大槻は西船橋に駈け寄った。
「だ、大丈夫ですか?」
大槻に抱きかかえられた西船橋はぐったりしている。
茜ははっとしてアンに目を向けた。アンも床に仰向けに転がっていた。血の海の中に…。
「いててっ。こりゃあばらやられたな…」
西船橋がさするジャケットの肋骨あたりはボロボロになり、その下から防弾チョッキが顔を覗かせていた。
「模型屋!あの弾〜なんだ」
「ホローポイント弾です」
「そういうことは先に言っとけバ〜カ」
「確信犯ですね」
「しらねぇ〜な。そんなこたぁ〜!」
「刑事さん。関西弁崩れてますよ…」
「うるせぇ!あっそれからな、お嬢ちゃんが撃ったチャカ。アレあいつが持ってたことにしてれ。でないと俺が始末書書かされるからな」
西船橋は笑った。大槻も笑った。
この刑事の真意は判らない。だが自分をかばおうとしてくれている。それだけは判ったからだ。

          *          *          *

茜に時間の観念はなくなっていた。何時間経ったのだろう。昭和カフェは多くの捜査員で溢れていた。鑑識はあちこちに白い粉を撒きビニールシートのようなモノで指紋を採っている。
大槻は警察が来る前にコートに隠した大量の武器を店に持ち帰っていた。千晶は泣きながら社に連絡を入れスクープをモノにしていた。太子橋は店内の損傷具合をメモに取り溜息を吐いている。
茜は尋問を受けながらそれらを眺めていた。
源田と水原が来たのは外が白けた頃だった。千晶は水原を見つけると胸に飛び込みまた泣き出した。水原も千晶の頭をくしゃくしゃに撫でなだめていた。
茜は太子橋が作ってくれたホットチャイを飲んでいる。そこへ源田がやって来た。
「大丈夫か?」
「はい」
「大変だったが、すべて終わったな!」
「はい」
「俺はレオンになり損ねた」
「はい?」
「いや、いいんだ。忘れてくれ…」
源田はポケットからハイライトを取り出すと唇に挟みジッポーで火を付けた。そして目を細めて煙を吐き出した。茜にはそれが父親の姿のように映っていた。
「カズヤ君は?」
「ああ全部吐いたよ。水原の言ってたことは全部本当だった。またあいつに出し抜かれたわけだ」
源田の笑顔はちっとも悔しそうでなかった。
店内の捜査員は引き上げようとしていた。中央日報の記者達も社に帰る準備をしている。
千晶は社に強制連行されようとして嘘泣きを始めていた。それを水原がなだめている。
「ピンちゃん帰りたくないよ〜!」
「おう!チーちゃんは頑張った」
「じゃ〜今度デートね」
「はいはい、判ってますよ」
千晶は水原の腰に回した手に力を込めた。水原も抱き返した。
『本当に帰りたくないな…』幸せに満たされている千晶の脳にある事が浮かんだ。
「そうそうピンちゃん。門脇教授から電話あった。ミーシャの娘が日本に来ているらしいって噂があるんだって。それで、もし生きてたら22か3だって」
「そうか、ありがとうチーちゃん。でも終わった話だ」
水原は千晶の頭をなでなでした。『23才か…』水原は胸に引っかかるモノがあったが忘れる事にした。
「じゃアカネちゃん。俺も帰るわ」
源田は茜の肩をポンと叩くと昭和カフェを後にした。
店内には、茜と水原、そして大槻と太子橋の四人だけとなった。

昭和カフェの店内には、また『ぼくたちの失敗』が流れ出した。
「当てつけかイマイチ!」
水原は文句を言いながら茜の横に座った。
「かんにんしてぇなイマイっつあん」
大槻は変なイントネーションで文句を言いながら、店の後片づけを手伝っている。というか、太子橋に手伝わされているようだ。
「アカネ。大丈夫か?」
「大丈夫じゃない」
茜は水原の顔を見ると胸が熱くなった。それを悟られないように俯いたままでいた。
「そか、大丈夫じゃないか…」
水原も明後日の方向を向いていた。
「イマイチに聞いた」
茜は水原の顔を見た。でも明後日の方向を見たままだ。
「アカネ。お前はお母さんを殺しちゃいねぇ。ちゃんと生きている。でもな、心を生かすのは、アカネ。お前の仕事だ」
「うん」
「お前には守るモノも帰る場所もあるんだ」
「うん」
茜は水原を見続けていた。水原も明後日から今日に戻っていた。
「ピンちゃん」
「なんだ?」
「あたし、お母さんに会いたい」
「そうか…」
「すぐに会いたい」
「うん。判った」
水原はテーブルに置いた茜の手をギュッと握った。茜はただただ頷くだけだった。
「みなさ〜ん!朝食でも作りますか?」
「チャレンジはなしな!」
「え〜っ!凄いの作ろうと思ったのになぁ」
「何々?イマイチさん」
茜は涙でボロボロの顔で聞いた。
「ん〜とね。血みどろユッケ!」
三人は無言で立ち上がると出口に向かった。
「うそうそ、冗談ですよ。帰って来てよ〜。こらっ大槻。お前は戻れ!」
昭和カフェにいつもの風景が戻って来た。



【最終話・了】《エピローグへ》

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