【エピローグ】   [ 京都の猛虎斑  作 ]


清々しい朝だ。頬を撫でる冷たい風も、僕を迎え入れる挨拶のようだ。
非番の今日。事前に新しい赴任先を訪ねる僕はこの街の救世主だろう。
着任した暁にはみんなが僕を頼るようになる。そして君たちは僕が守る。

駅舎の前はバスターミナルになっている。
バスを待つ列のひとつにいちゃつく高校生カップルを発見した。
女の子は茶髪を巻き髪にし白いダウンコートを着ている。男の子はきちんとした学生服を着て分厚い鞄を持っている。女の子は男の子の腕に絡み付き甘えていた。
しかしこのカップル、顔が似ている。兄妹か?そんなことはない。刑事の勘がそう言っている。
判った!このオンナ、男の子をたぶらかそうとしてるな。ひとつ注意してやるか。
ふたりに近付こうとすると、革ジャンを着た見るからにチンピラ風の男がやって来た。
革ジャン男はいきなり男の子の首根っこを掴むと、頭を締め付けた。
その横で女の子が笑っている。こりゃ美人局(つつもたせ)だ。間違いない。
しかし今日は非番だ。着任したら速攻で捕まえてやる。
僕は後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。

          *          *          *

「おう。久しぶりだなツインズ」
水原はそう言うなり“みすみ”の頭を掴みヘッドロックを仕掛けた。
「痛いですよ〜探偵さん」
「なに言ってんだ。スキンシップじゃねぇか」
水原は技と解くと笑って答えた。
「もう。みすみちゃんをいじめないでください」
“すみれ”はすぐさま“みすみ”の乱れた髪を整える。
「お前等ほんとに仲いいな。みすみに彼女でも出来たらどうすんだ?」
「許さない。絶対!」
「でもこいつ好きな人が出来たんですよ。最近そんな話ばっか」
“すみれ”は人差し指を口に当てシーのポーズをした。
「で、オヤジさんは元気か?」
「元気過ぎますよ〜。口開くとみすみを見習えってうるさいうるさい」
「そか、婆さんも元気にしてるか?」
「最近、すみれが料理習ってるんですよ。僕にも本当のお祖母ちゃんみたい優しいです」
「そか。そりゃよかったな」
水原はふたりの笑顔をみて心からそう思っていた。
「で、すみれちゃん。ちょっと聞きたい事があるんだけどいいか?」
「なんですか?」
「すみれちゃんの学校でシャブやってる子の話を聞いたことない?」
「シャブって麻薬のことですか?」
「覚醒剤だけど、まぁ似たようなモンだ」
「ん〜高校じゃないんだけど、わたしの後輩がそんな噂を聞いたって言ってた。なんでもよく効く痩せ薬ってことで最初はタダでくれるんだけど、二回目からはお金取るんだって。噂だけど…」
「それだけ?」
「ん〜と、お金がなかったら体で払うんだって」
「それってウリってことか?」
「そうみたい…」
「そのシャブをくれる場所って判る?」
「知らないけど、後輩に聞いてみよっか?」
「頼むわ。で、判らなかっても連絡くれる?」
「オッケー」
「でも、すみれちゃんはそんな話に乗っちゃ駄目だぞ」
「大丈夫。そんなことしたらみすみちゃんに殺されちゃうから」
水原は笑えなかった。“みすみ”ならやりかねないと思ったからだ。
「茜さん元気ですか?」
その“みすみ”が聞いてきた。
「辞めたんだ事務所」
「え〜っ!」
「どうして?喧嘩したんですか?」
「そんなんじゃなくて、お母さんが入院しててね、今は看病に専念してるんだ」
ふたりは急に神妙な表情になった。
「あっ!入院って言っても深刻じゃないからもう退院してるかも知れねぇよ」
「じゃ、お母さん退院したら水原さんとこに戻るの?」
「それは判らねぇな。バイトしながらの看病だし退院しても無理出来ねぇだろ」
そっけない返事にふたりは黙ってしまった。
「おいおい。別に喧嘩別れじゃねぇ〜んだから」
水原はふたりの頭をポンポンと叩くと笑顔を向けた。
「また事務所に遊びに来てくれ。なっ!」
ふたりは笑顔で頷いた。
「じゃぁ連絡よろしく!」
ふたりは立ち去る水原にいつまでも手を振っていた。

          *          *          *

僕が朝早くこの街に訪れたのには訳がある。街は時間帯によって表情を変えるからだ。
駅からしばらく歩くと商店街があった。しかし早朝ということもあって人通りは少ない。
商店街はどこにでもありそうな平凡な雰囲気だから、大した事件は起こりそうになかった。
通りの外れに一軒のビリヤード屋を見つけた。学生時代は毎日のように通ったものだ。
ビリヤード屋の店先をベスト姿の中年男が掃除をしている。そこに革ジャンを着た男が近づいてきた。
バス停で見たチンピラ風の男だ。店主らしき男はしきりに頭を下げている。
革ジャン男はズボンのポケットに片手を突っ込みながら頭を掻いている。
こいつはヤクザだ。ヤクザに違いない。
ショバ代を徴収しに来たんだ。店主は払えないから頭を下げているんだ。
しかし今日は非番だ。着任したら速攻で捕まえてやる。
僕は後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。

          *          *          *

聞き込みは朝まで続いた。水原は仮眠を取るために事務所に向かっていた。
事件はだいたい夜から朝に掛けて起こる。だからこの時間に商店街を歩くのも久しぶりだ。
「おはようございます」
深々と頭を下げているのは『ロンゴーニ』のマスター松崎邦彦だった。
「あっ、おはようございます」
「最近お見限りですね」
「いやぁ〜色々忙しくて。落ち着いたら勉強させて貰いに来ますから」
水原はポリポリ頭を掻きながら恐縮していた。
「それより、奥様はお元気ですか?」
「ええ、規則正しい生活なのでこっちの生活より健康そうですよ。でも、寂しがるといけないんで、出来るだけ面会には行くようにしてるんです」
水原は松崎の笑顔を複雑な思いで見つめていた。
「水原さん。どうかお気になさらないように。美佐代はもうすぐ帰って来ますから」
「はい。帰られたら連絡ください」
「それはそうと、茜さんはお元気にされてますか?」
「あっ、彼女辞めたんです」
「そうですか。それでは水原さんこそお寂しいでしょう」
「いやぁ〜じゃじゃ馬娘がいなくなって清々してますよ」
水原は笑ってごまかした。
「強がってはいけませんよ水原さん」
松崎はたしなめるように言った。
「はぁ」
水原はまた頭を掻いてごまかした。
松崎はまた深々と頭を下げた。その襟元にバッジが光っている。
そこには“International Billiard Tournament WORLD CHAMPION”と刻まれていた。
『かなわねぇな』水原は黙礼するとその場を去った。


          *          *          *

ビリヤード屋のほど近く、玩具ショップの前に大型バイクが数台停まっていた。
なにやら勇ましい恰好の若者が立ち話をしている。暴走族だ。どの街にもいるクズの代表だ。
その輪の中心に黒ずくめの長身男がいた。暴走族のリーダーにしては老けている。
男は安っぽい布製のロングコートに毛糸の帽子、無精ヒゲに丸縁のサングラスを掛けていた。
レオン?なんだコスプレ野郎じゃないか。可哀相に、こいつは暴走族にたかられているんだな。
助けてやりたいが、今日は非番だ。着任したら速攻で捕まえてやる。
僕は後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。

          *          *          *

「いいか、お前等はもう暴走族じゃねぇ。この街の自警団の一員だ」
「判ってますって。自覚を持て、そういう事でしょ」
「判ってんのかホントに?」
大槻はBlackImpulseの面々を見渡した。頼っていいのか悪いのか判断に苦しむ面々だった。
「本日の指令は中学生のシャブ売買の情報とそれに関するウリ情報な」
「関するって、シャブ手に入れるために中学生がウリやってるってことですか?」
「そうだ」
「近頃のガキはろくなモンじゃねぇな!」
「お前等も充分ガキじゃねぇかバ〜カ。とにかく、しらみつぶしに情報を集めてくれ」
「判りました!」
BlackImpulseのメンバーは大槻に向かって敬礼をした。
「そんなことより、チャカ撃たしてくださいよアニキ」
「駄目だ。あれは封印した。西船橋のおっさんに約束しちまったからな。それにあれはガキの持つモンじゃねぇ」
「じゃぁ大人になったら撃たしてくれるんすか?」
「俺もう大人ですよ」
「だ〜め!」
「ちぇっ!つまんねぇな」
「まぁそう言うな。年が明けたらアカネちゃんの師匠がお前等を鍛えてくれるからな」
「え〜っ!」
一同は不満を露わにした。
「でな、師匠が連れてくる師範代ってのがアカネちゃんより可愛いらしいぞ」
「おおっ!」
感嘆の声を上げる中で桂だけは不服そうだった。
「俺、アカネさんがいいな…」
その言葉に一同が黙ってしまった。
「ねぇアニキ。アカネさんはいつ帰ってくるんすか?」
大槻は表情を曇らせた。
「アカネちゃんはな、お母さんの看病してるんだ。頑張ってるんだ。お前等の気持ちは判るが、応援するぐらいの気持ちでいてくれ」
大槻はBlackImpulseの連中をなだめながら、彼等の気持ちに胸を痛めていた。

          *          *          *

街をあちこち探索している内に二時間程経っていた。繁華街はどの街も危険な香りがする。
ここも例外ではなさそうだが、まだ眠ったままだった。
もう一度夜に来てみよう。そう思ったが、早々に怪しげな男を見つけた。
風俗店は夜明けから開店している店もある。呼び込みは少ないはずだが、朝帰りの客目当てに店頭に出ている者もいる。
ブラジル人らしき派手な服装の女が呼び込みをしていた。それ自体違法だが、この女と抱き合っている男が問題だった。
肩を怒らせて歩く姿はどこから見てもヤクザだ。この街は加茂組と紫紅会がしのぎを削っている場所だ。そのどちらかの幹部に違いない。覚えておこう。
今日は非番だが、着任したら速攻で捕まえてやる。
僕は後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。

          *          *          *

「あ〜らケイブさん。こんな早く何してるね?ちょと抜いてくか?」
「お〜マルシアちゃん。朝早くから働き者やねぇ」
マルシアと西船橋は朝っぱらから熱い抱擁を交わしていた。
「サービスするね」
「いや、今は要らねぇ。それより、ここんとこ中学生がウリやってるって話を聞いたことないか?」
「アンタロリコンか?子供よりワタシサービスするね。」
「いやそうじゃなくて、中学生にウリやらせてる悪い奴を捕まえるのよ」
「アンタ、ワタシ捕まえるか?」
「ちゃうちゃう。ちゃうがな〜」
「チャウチャウ?チャウチャウは中国の犬ね」
西船橋は頭をボリボリ掻きながらウロウロしだした。そしてポケットから千円札を出すとマルシアに握らせた。
「あっ!ワタシ判たね。加茂組のチンピラ、売りの元締めね」
「そいつは何処にいる?」
「ワタシ日本語苦手ね」
西船橋は頭を掻きながら、またマルシアに千円札を握らせた。
「あっ!ワタシ思い出したね。そこのラブホテル通りの雀荘にいるね」
「いつもいるのか?」
「それ知らない。あいつ商売敵ね」
「ありがとうマルシアちゃん」
ふたりはまた熱い抱擁を交わし別れた。

          *          *          *

繁華街を抜けると国道が横切っていた。その先は住宅地だ。国道を見渡すと一方に橋が見える。
河の表情は街を知る手掛かりのひとつだ。僕は河を眺めるべく橋に向かった。
堤防の上は道路になっていて橋のたもとに信号があった。その路肩に一台の古びたタクシーが停まっていた。信号の手前に停めるなんて、完全に駐車違反だ。しかし僕は一課の刑事だ。越権行為は出世の妨げになると思ったが、運転手は不在だった。
河は一級河川とまではいかなかったが、河川敷は野球のグラウンドがあり、そこでキャッチボールをする人影が見えた。僕は堤防の中程まで下り野芝の上に座った。
キャッチボールをしていたのは少年野球チームだった。一丁前にユニフォームを着て練習している。
しかし、コーチのひとりは革ジャン姿でボールを投げている。
あれっ?あの革ジャンは…駅前のバス停で少年に乱暴していたチンピラだ。キャッチボールの相手は息子だろうか?チンピラにも可愛い息子がいたんだ。あの子は父親がヤクザだと知っているんだろうか?
今日は非番だが、着任したら君の父親を真人間にしてやるからな。
僕は後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。

          *          *          *

ひと眠りした水原は市之丞くんの空腹を満たすために走っていた。街外れの橋を渡れば恭子ちゃんが働いていたガソリンスタンドがある。
「恭子ちゃん」
水原は無意識の内に口に出していた。しかし、今はあの爽やかな笑顔と声に接することは出来ない。
水原の楽しみだった市之丞くんの食事も味気ないモノになっていた。
信号待ちで感傷的になっていた水原の目にユニフォーム姿の軍団が映った。水原は堤防を下りようとしている彼等を追うために市之丞くんを路肩に停めた。
プラネッツのメンバーは河川敷に下りてストレッチをしていた。その中に薬研堀監督と雄一もいた。
「お〜い!」
堤防の上から手を振る水原を見て雄一は飛び跳ねて答えていた。
「お久しぶりです水原さん」
薬研堀監督は右手をだした。
「いえ、こちらこそ。平日なのに冬季キャンプですか?」
水原は握手を交わしながら冗談で問いかけた。
「今日は学校の創立記念日の振り替え休日なんです。それよりちょっとやりませんか?」
水原に断る理由はなかった。すぐさま雄一がグローブを持ってやって来た。
「雄一。ちゃんと練習やってるか?」
「うん。濱中選手の分までね!」
「ホントか?」
雄一とのキャッチボールは、感傷的な気持ちも憂鬱な事件も忘れさせてくれた。
そして白球のコミュニケーションは冬の青空に幾度となく繰り返された。

          *          *          *

この街は思ったより物騒だ。朝っぱらからヤクザがウロウロしている。
僕は先輩から聞いた店で昼食をとることにした。
『ざ・さぱす』県警の隣にあるこのファミリーレストランは一番安全な場所のはずだったが、店内には朝会った革ジャンのチンピラとさっき会ったヤクザが暴走族に絡まれていた黒ずくめの男と話をしていた。
黒ずくめの男は、さっきの暴走族を締め上げることをヤクザに依頼しているのろうか?
そうに違いない。
しかし、ここのヤクザはなんて大胆なんだ。県警は目の前だ。今だってどこかに刑事がいてもおかしくない。
それとも、ここの警察はヤクザと癒着しているのか?
今日は非番だが、着任したらこいつら纏めて捕まえてやる。
僕は後ろ髪を引かれる思いで和風ハンバーグ定食を食べた。

          *          *          *

「シャブの売人はジョニー笹錦」
「ハーフっすか?」
「いや、芸名だそうだ。本名は判らねぇ」
「げ、芸名?そいつは芸人すか?」
大槻は笑い転げていた。水原は小首を傾げて呆れている。
「西船橋のおっさん。そりゃ芸名じゃなくて通称って言うの」
「でだ、この通称ジョニーはとっくに加茂組を破門になってやがる。本人は組に戻りたがっているが、とんでもねぇドジ踏んでやがるから戻るのは無理だな」
「俺が幹部なら名前だけで破門だな」
水原の言葉に大槻はまたバカ笑いを繰り返した。
「本人的にはなんとしても組に戻りたいから上納金稼ぎに女の子を食いモノにしてるが、組は面子を潰されているからサツに任せるってよ」
「そりゃそうだ。加茂組ともあろうものが子供相手に商売してるってだけでも赤っ恥だわな」
水原は子供がらみの事件が続いた所為かどこか不機嫌だった。
ウエートレスが料理を運んできた。
「Aランチの方は?」
水原と大槻が手を上げた。このウエートレスはさっき注文を聞いたはずだが覚えていないようだ。
「こちらAランチになります」
「いつ成るの?」
「えっ?」
「だから、いつAランチに成るの?成る時間が判らないと食べられないでしょ」
「こちらAランチになってますけど…」
「あ〜もう成ってるの?」
ウエートレスは水原を無視して和風パフェを西船橋の前に置いた。
「こちら和風パフェになります」
「いつ…」
「もうええちゅうねん!パフェがマズなるやんけ」
西船橋は水原の言葉を遮った。ウエートレスは気分を害したらしくレシートをテーブルに叩き付け去っていった。
「ミズさんてああいうの好きね」
「俺は正しい日本語にこだわってるだけだ」
西船橋はそんなこたぁどうでもいいと思っていた。パフェさえ喰えれば…。
「シャブの売買はエンパイヤビルに入ってるカラオケボックスで行われてる」
大槻はポケットから三角形に折られた乳白色の小さな紙包みを出した。
「後輩のオンナが買ってきた」
「ウリもそこでやってるらしい。そのカラオケボックスが女の子の待機場所だ。俺の元依頼者からの情報だ」
「ジョニーはホテル通りにある雀荘に居座って指示を出しているそうだ」
西船橋はパフェを喰いながら話していた。これがマル暴デカだと誰が信じるというのだ。
「じゃ俺はゲンさんとカラオケボックスに向かう」
「水原、模型屋借りるぜ。俺はジョニーを引っ張る。模型屋、本物は駄目だぜ」
「判ってまっせ朝吉親分」
「判ってんのかホンマに?」
大槻は返事の代わりにジーっと西船橋を見つめていた。
「な、なんだ気持ち悪い」
「ちょっと聞いていいすか?」
「事と次第による」
「俺、ずっと気になってた事があるんす。俺がアンを殺ろうとした時、警部はどうして昭和カフェにいたんすか?」
「偶然だ」
「じゃぁ偶然に防弾チョッキ着てたんすか?」
「そうだ」
「ふ〜ん」
大槻はハンバーグを喰らいながら『いつか尻尾を掴んでやる』そう思っていた。
水原はというと、わけ知り顔でニヤついていた。

          *          *          *

『事件は足で解決しろ』尊敬する先輩の言葉だ。
僕もそれに習ってこの街を歩き回るつもりだったが、この敏腕刑事もさすがに疲れた。
都合良く信号待ちで停まっているタクシーを見つけた。ドアを叩こうと中をみたら、なんとさっきからウロウロしている革ジャン野郎が運転しているではないか?
きっとタクシー強盗をして車を奪ったに違いない。車内には運転手の死体が転がってるはずだ。
しかし、悔しい事に今日は非番だ。着任したら絶対こいつを捕まえてやる。
僕は後ろ髪を引かれる思いでタクシーを見送ったが、すぐに次のタクシーを見つけた。
今日は非番だが刑事魂が許さなかった。僕は強奪されたタクシーを追った。
着いた場所は繁華街の外れにあるホテルの並んでいる通りだった。革ジャン男は車を適当に停めると、今度は道を歩いている紳士に難癖をつけて喫茶店に連れ去っていった。紳士はロマンスグレーの髪に鼻の下に綺麗に整えた髭を生やしていた。
僕はタクシーのナンバーと連れ去られた紳士の特徴を県警に連絡した。勿論匿名で。
非番で管轄外の刑事が出しゃばってはいけない。
またまた僕は後ろ髪を引かれる思いでその場を立ち去った。

          *          *          *

河川敷で一汗かいた水原は、市之丞くんを満腹にして源田の待つ場所に向かった。
源田はエンパイヤビルの向かいにある喫茶店の前に立っていた。
「どうだゲンさん」
「まだガキは集まってないようだ。とにかく中で待とう」
水原は喫茶店に入ると早々にすみれから送ってもらった写メールを見せた。
「俺は老眼だ」
「そう思って」
水原は写メールを拡大したプリントを源田に差し出した。
「最初から見せろバカ」
源田は内ポケットから老眼鏡を出しプリントをマジマジと眺めだした。
「こんなにいるのか?俺の情報だとウリは4人のはずだが…」
「いや、全部が全部じゃない。噂になってる女の子だけです」
プリントには12人の女の子が笑っていたが、水原は全員シャブに手を出していると思っていた。
源田の怪訝そうな顔もそれを物語っている。
「で、これが大槻の舎弟が手に入れてくれたジョニーの携帯番号」
水原はメモ用紙を出した。
「じゃぁよろしく頼むな」
源田はすまなそうに頭を下げた。

本来なら源田にとってこの事件は管轄外だ。それは西船橋も同じだ。
源田が聞きつけた噂を水原に調べさせたのが昨日だった。
『痩せ薬と称して中学生にシャブをバラ撒いている奴がいる』噂はそれだけだったが、ウリまで付いてくるとは誰にも想像できなかった。ちんけなヤクザの仕事だが、小林アンの事件を経験した者には許せない事だったのだ。
持ちかけたのは西船橋だった。自らアンを始末した人間が何故?その事について然したる理由は語らなかった。ただ、『俺なら奴をひっぱれる』それだけだった。
おとり捜査は麻薬Gメンだけに認められている。少女の犯罪は少年課の担当だ。本来ならふたりのデカには手出しの出来ない事件だが、事件解決の糸口は水原一朗探偵社が握ってたのだ。
探偵の水原が独自に洗っていた少女売春は、探偵のおとり捜査で発覚する。それに偶然一課の源田が出くわす。
探偵の大槻が独自に洗っていた麻薬密売事件の犯人は元組員。それを大槻が突き止めて、偶然マル暴デカの西船橋がヤクザを引っ張る。
最終的には麻薬Gメンと少年課が事件を引き継ぐのだが、この事件を自分たちで解決したい。その思いが男達を駆り立てていた。少女を食い者にするヤクザは栄村の幻影か?少女を更生させたいのは、二度とアンを作らないという願いか?しかし男達は何も語らなかった。

源田の携帯電話が鳴った。どうやら県警からのようだ。
「水原。お前の車が盗まれて放置されてるってよ」
「どこに?」
「そこのホテル通りの横だとよ」
「は?俺が停めてる場所ですよ」
「ついでに、俺がお前に拉致されたらしい」
「ひ?」
「お前、誰かに恨まれてねぇか?」
「ふ?」
水原には皆目見当がつかなかった。

少女達の下校時間が迫ってきた。水原はジョニーの携帯に電話をする。
ジョニーは少女達が揃ったら連絡を入れると言ってきた。連絡が入れば水原はカラオケボックスに行って少女を物色する。気に入った娘をホテルに連れて行く。事が終われば少女はジョニーの待つ雀荘に向かう。そこでヤクを貰うのだ。
ただし、水原の出番は少女をホテルに連れていくまでだ。後はそこらじゅうに張っている私服刑事の仕事だ。
ふたりの少女がカラオケボックスのあるビルに入っていく。
源田は顔を確認する。少女達は間違いなく写真に映っている中学生だった。

          *          *          *

一度は喫茶店の前から立ち去ったが、僕の刑事魂がそうはさせなかった。
しかし現場に戻ってはみたものの、警察の姿はなかった。
もう捕まったのか。確認するために喫茶店の店内を覗こうとしたら革ジャン男が出てきた。
男はそのまま目の前のビルに入っていった。後をつけようとしたら喫茶店から例の紳士が出てきた。
紳士はビルの入り口で仁王立ちすると、携帯電話を取り出しどこかに電話を掛けた。
このロマンスグレーの紳士もヤクザなのか?何故ここで仁王立ちしてるのか?
そうか、殴り込みだ。このビルに敵対する組の関係者がいるんだ。
今日の僕は非番で、尚かつ管轄外の刑事だ。ここは事件解決より逃げるが勝ちだ。
とにかくこの繁華街から脱出しよう。そう思ったが駅の方向が判らなくなってしまった。
どっちだ?どっちに行けばいいのだ。
僕が迷っていると前方からこちらに走ってくる男が目に入った。
紫のダブルスーツを着たパンチパーマの男は僕めがけて走ってくる。
僕が刑事だとバレたんだろうか?逃げなくては、この男から逃げなくてはいけない。
後ろから銃声が聞こえた。男が撃っているのか?赴任前に殺されるのか?
僕は必死に走ったが、パンチパーマの男に抜かれた。へ?抜かれた?何故?
足を弛めると、僕を抜き去るもうひとりの男が現れた。
黒いロングコートに黒い毛糸の帽子の男。手には銀色の回転式銃を握っている。
暴走族に絡まれてた男だ。こいつもヤクザなのか?
ロングコートの男はまた発砲した。その音にビビったパンチパーマは路地に逃げ込んだ。
なんだこの街は?とにかく身を隠さなければ。僕は近くの喫茶店に逃げ込んだ。

          *          *          *

男は逃げていた。全力で逃げていた。走るのは久し振りだ。もう足も上がらず、息も切れてきた。
酸素が欲しい水が飲みたい。しかし立ち止まるわけにはいかなかった。
追跡者は笑いながら追ってくる。黒いロングコートに黒い毛糸の帽子。丸縁のサングラスに無精ヒゲを蓄え、笑いながら追ってくる。捕まえようと思えばいつでも出来るのに、男の体力が減るのを待っているかのように一定の距離を保っている。
追跡者の手には銀色のリボルバーが握られている。男の足が鈍ると空に向かってぶっ放す。すると男は、気力を振り絞りまた全力で走り出すのだ。
銃声に驚いた男は毛抜き通りの路地に追い込まれた。路地は行き止まりだった。
「お、俺を誰だと思ってやがる。かか、か、加茂組の者だぞ。わわ、判ってるのか!」
紫色のダブルにパンチパーマの男は、懐からドスを取り出し右腰に構えていた。
「知ってまっせ兄ちゃん。知ってて捕まえに来たんやがな」
ロングコートの追跡者は、コートの内側からサイレンサー付きの真っ黒なサブマシンガンを取り出した。
イングラム・M11・CQB。世界中のシークレットサービスやマフィアに愛されたマシンガンだ。
何故この追跡者がイングラムを持っているのか皆目見当がつかなかったが、パンチパーマは職業柄このマシンガンの威力を充分知っていた。
「ま、待て、落ち着いてくれ」
「兄ちゃん。ワテは充分落ち着いてまっせ。アルファー波出まくりやで」
無精ヒゲの追跡者は白い歯を見せながらマシンガンを構え直した。
「お、お前。し、紫紅会だな!わ、判った判った。もうお前んとこのシマは荒らさねぇ〜。だから見逃してくれ。頼む!」
「人にモノを頼むのに、お前はないんちゃうか?」
「わ、悪かった。兄さん、お兄さんご免なさい」
「だ〜め」
丸縁サングラスの追跡者は白い歯を全開にして引き金を絞った。
“パパパパパパパパパパパパパパパパパパパッ”
無数の弾丸は男の体のあらゆる場所に命中し、地面に転がった。
「へ?」
両手で顔を覆っていた男は薄目を開けた。確かに手や頭に痛みはあったが、何処からも血は出ていない。地面にはオレンジ色の小さなボールが転がっているだけだった。
「お、おもちゃ?」
男の顔はみるみる赤くなった。
「ふざけやがって!」
男はドスを構え直した。追跡者はマシンガンを左手に持ち替えると右手を内ポケットに入れ、銀色のリボルバーを取り出した。
「もう、騙されねぇぞ!」
男の目には、追跡者の後ろから近寄る中年男が映っていた。手には黒いリボルバーが握られている。
「模型屋そこまでだ!」
「ちぇっ!もうちょっと遊ばせてくださいよ」
追跡者は文句を言いながら中年男の後ろに下がった。
「模型屋。お前、殺るつもりだったろ」
「いえいえ、滅相もない!」
「おめぇら何くっちゃべってやがる!そんなおもちゃ怖かないぞ!」
“パンッ”
男の耳元ギリギリに弾丸は通り過ぎた。
「殺すどオドレ!」
チャカは本物だった。そして中年ヤクザの形相も本物だった。『殺される』男は悟った。
しかし、中年ヤクザはわけの判らない事を言いだした。
「え〜銃刀所持違反の現行犯な!それと麻薬取締り法違反・売春教唆・児童買春法違反もトッピングな」
「えっ?ヤクザじゃないの」
ヤクザ風の男はポケットから警察手帳を出して見せた。
「しばくどボケッ!俺のどこがヤクザに見えるんじゃ!」
「じゃ、こいつもデカ?」
ロングコートの男はドスを取り上げながらリボルバーで男の頬を軽く叩く。その冷たさは本物だった。
「梅に鶯、松に鶴。朝吉に清次やおまへんか!わてが清次。こちらが朝吉親分だ!」
「せいじ?模型屋じゃないの?」
「アカンなぁ〜。きょうびの若いモンはそないな事も知らんか〜」
「アホか。お前もリアルタイムで知らんやないか!」
「えろうすんまへん」
無精ヒゲの男は頭を掻きながら照れている。ワッパを掛けられた男は意味が判らないまま通りに引きずり出された。そこには仲間らしき革ジャンを来た男が立っていた。
「おう、ご苦労さん」
「水原。模型屋借りてすまなかったな」
「いいっすよ。で、こいつが子供食い物にしてたカスっすか?」
「そうだ。二度と悪さをしねぇようにみっちり絞ってやる」
「朝吉親分。勘弁してくださいよ〜」
「誰が朝吉や、ボケッ!」
パンチパーマの男は西船橋に頭をしこたま殴られ連れていかれた。
「ミズさんの方も片づきました?」
「ああ、大捕物だった。ウリ4人に客3人、シャブ喰ってたのが8人、カラオケ屋と雀荘の店主も引っ張られた。そういやぁ客の中に面白い奴がいたな」
水原は不敵に笑った。
「面白い?ジョージ以外に芸人がいたんすか?」
「芸人じゃねぇが、及川ってケチなロリコン弁護士だ。チーちゃんに記事してもらう」
「誰っすかそれ」
「アカネが聞いたら泣いて喜ぶ奴さ」
「ミズさんの顔からすると『チョ〜気持ちいい!』ってヤツっすね」
「そういうこった!じゃ飯行くか?」
「賛成!俺腹ペコペコっすよ」
ふたりはバカ笑いしながら昭和カフェに向かった。

          *          *          *

僕は事件の証人として、奴等の悪行三昧を喫茶店のドアガラス越しに見つめ続けた。
ヤクザの抗争だった。『ざ・さぱす』にいた三人は敵対するヤクザを拉致したのだ。
しかしパンチパーマを連れていったのは幹部風の男だけで、革ジャンとサングラスが笑いながらこっちに向かってくる。
僕は店の一番奥の席に座って隠れたが、なんとふたりはこの喫茶店に入って来るではないか!
ふたりが窓際の席に座ると、人の良さそうなマスターが手紙のようなモノを持って近づいた。
するとふたりは奇声を上げて喜んだ。ここのマスターもヤクザの一員か?
もうわけが判らない。早く帰りたかったが、ふたりがいるかぎりここからは出られなかった。

          *          *          *

昭和カフェには荒井由実の『卒業写真』が流れていた。
水原と大槻は窓際の席に座った。以前は店の一番奥にあるポーカーテーブルが指定席だったのに。
ひとりで来た時もふたり共窓際に座り窓の外を眺めている。太子橋はあえて理由を聞かなかった。
太子橋も客が一杯になるランチタイムでも、窓際の席を開けるようになっていた。
窓の外に何があるのか?三人は言葉にしなかった。
そんなふたりに太子橋はとっておきのプレゼントを持ってきた。
「これな〜んだ?」
太子橋の右手にはエアメールが握られている。
「エアメール?」
大槻は自信なさげに答えた。
「誰からでしょう?」
「あっ!」
ふたりは同時に叫んだ。
「恭子ちゃん?」
「正解〜!」
何故か三人は立ち上がり万歳のポーズをとった。そしてしばし固まった後に慌てて座った。
「見せて見せて!」
はしゃぐ水原を太子橋が左手で制した。
「え〜不肖わたくし太子橋今市が朗読させて頂きます」
「ちょっと貸せ」
「だ〜め。僕に来たんだから」
「いいから貸せ!」
「じゃあ見せない」
太子橋は子供のように手紙を後ろ手に隠した。
「もったいつけんなよ」
「そうだイマイチ!」
「うるせぇ模型屋!」
「じゃあイマイチ読め。早く読め!」
「イマイチ早くしろっ!」
「お前等出ていくか?」
「はい」
水原と大槻は神妙に聞く振りをした。

「では、ディアー昭和カフェマスター、お客さんアンド奥様。その後いかがお過ごしでしょうか…」



Dear 昭和カフェマスター、お客さん&奥様

その後いかがお過ごしでしょうか。
イギリスに来て早3ヶ月が過ぎ、少しずつ生活にも慣れ足先が地に着いてきたこの頃です。
街はすっかりクリスマス準備に入りプレゼントをあれこれ見て歩いたりウィンドゥの飾りつけが目を楽しませてくれたりします。聞きしにまさるお天気の悪さにはさすがに気がめいりそうですが、長く暗いウィンタータイムだからこそよけいに人々がクリスマスを待ち望む気持ちがよくわかります。

さて私がステイしているのはロンドン郊外の閑静な住宅地で治安も良いところなので両親も安心しています。ホストファミリーのウィリアムスさんはリタイアされたばかりの親切なご夫婦でとてもよくしてくださいます。娘さんが独立して空いた2階の一部屋を間借りしていますがセントラルヒーティングで寒さ知らず、娘さんの置いていかれた勉強机も使えるし奥様はカーテンとお揃いの小花柄のベッドカバーなど心地よく整えて下さって私の小さなお城です。ただ蛍光灯は使わないため電球の間接照明だけなので夜勉強するには薄暗いし、ゆっくり肩まで浸かれる日本のお風呂が恋しいなと思います。
ご主人はDIY(Do It Yourselfいわゆる日曜大工)大好きで住まいのメンテナンスは何でもまめに自分でなさるのも微笑ましい姿です。そうそうガソリンスタンドはすべてセルフなので奥さんの代わりにガソリンを入れてあげると喜ばれるし私もなんだか懐かしくて嬉しいです。食事については、海外経験も多く食べることが好きなご夫婦で奥様もお料理上手なので意外と!美味しく満足していますが量の多さには閉口です。週末はビーフやポークのロースト料理が多くこれを切り分けるのはご主人の役目です。ティータイムにはジャムとクリームがたっぷり添えられたスコーンや甘いジャムドーナッツをよく食べているので体重の方がちょっと心配です。
地元のパブにも連れていっていただき、冷やさずに飲むリアルエールという生ビールにも少しトライしてみました。味の方はよくわかりませんが生ぬるいのがイギリスの気候には合っているような気がします。中華は地元スーパーでも出来合いのものが手に入るしテイクアウェイも人気があり、もちろん中華街で飲茶も楽しめます。最近は日本食もなかなかブームとかでロンドンにはレストランもたくさんあるのでたまに食べる日本の味もありがたいものです。それから語学学校にも通いヨーロッパの学生たちと交流したり週末にはロンドンの美術館(たいてい無料で学生には助かります)巡りを楽しんだり毎日が新鮮で充実した日々を過ごしています。TVにラジオ、新聞や雑誌と日常すべて英語漬けで正直大変ですがそれなりに進歩もしている実感があり本当に来てよかったと思っています。あとボーイフレンドもできればいいのですが今のところは英語の勉強でいっぱいいっぱいです。

裏庭にのぞむ窓からレースのカーテン越しに重く垂れこめたグレィの空を眺めていると、あの街で暮していた日々が遠い昔の幻だったような、そして自分は何故こんなところにいるのだろう、というような不思議な気持ちになります。
ガソリンスタンドでお客さんと交わした挨拶、マスターのお店で聞いたことのない懐メロを聞きながらへんなモーニングセットにチャレンジしていた日々、一度は生死をさ迷った自分が生き長らえて、ここ新天地に生まれ変わったように生きている毎日がいとおしい、そんな気持ちにもなります。おかげさまで奇跡的に回復できた後は体調もよく、心配していただいた皆様には本当に感謝しています。ただあのときの傷は今も棘のように私の中に残っています。
心のどこかであれはなかったことだと思いたい、本当はそんなものはさっぱり取っ払ってしまいたいのですが、それがあるから私はあの街とつながっていられるのかもしれない、そんな気もするのです。

あ、そろそろ宿題にとりかからないといけません。
じつは学校の宿題で自分のホームタウンについて作文を書かないといけないのです。
あの街のことを書いているうちに、ついマスターやお客さんのことが懐かしくなってしまったというわけです。少しホームシックなのかもしれません。今度いつあの街に帰る日が来るのかはわかりません。そのときは必ず昭和カフェを訪れてマスターのおもしろい新メニューをいただくつもりです。
もし機会があればお客さんも奥様とご一緒にぜひイギリスにいらして下さいね。私が案内させていただきますからお待ちしています。
では、マスターもお客さんも奥様もどうぞお元気で。いつか再会できる日を楽しみにしています。

Yours Sincerely
恭子




読み終えた太子橋は、ひとりで何度も読んでいたはずなのにしんみりとしていた。
水原も大槻も同じだった。しかし寂しさというより安堵や懐かしさだった。
「恭子ちゃん頑張ってるよな」
「うん」
「元気になってよかったな」
「うん」
「僕は美味しいモノを食べさせてあげたい」
「チャレンジか?」
「茶化すなよピンちゃん」
「あの〜俺達の事は書いてないっすよね」
「BlackImpulseの事か?書くわけねぇよ」
「どうして?」
「だって言ってねぇもん」
「へ?」
「大槻には悪いが、恭子ちゃんを守るために7人も死んだって本人に言えるか?」
「あ〜成る程」
「死んでいったあいつ等には申し訳ないが…」
「そんなこたぁ気にしてないっすよ。あいつ等も元気な恭子ちゃんを見たら喜びますよ」
「すまねぇ…」
「ミズさん。もういいって」
「そうそう、ピンちゃんが謝ることないよ」
「今気付いたけど、イマイチさんもミズさんも恭子ちゃんに名前言ってなかったんすか?」
「あの子にとっちゃ、俺はガソリンスタンドのお客さんだからな」
「僕も、変なモーニング喰わせるマスターだね」
「じゃ奥様ってのはアカ…」
大槻は思わず言葉を飲み込んだ。
「お前も気にし過ぎだ。アカネは別にタブーじゃねぇよ。恭子ちゃんが働いていたガソリンスタンドにはアカネと行くことが多かった。それで恭子ちゃんはアカネを俺の嫁だと勘違いしたんだ」
「どうして本当の事言わなかったんすか?」
「だって、おもしれぇだろ」
「ミズさん。その面白かったらなんでもいいって性格なんとかなりません?」
「不治の病だから治らねぇ」
「ホント極悪」
「はいはい、おしゃべりはそこまで。お客さんご注文は?」
「旨けりゃなんでもいい。あっ!チャレンジはなしな」
「俺も」
「とりあえずメコンな」
「俺も〜!」
「は〜い!喜んで〜」
太子橋がキッチンに戻るとふたりは窓の外に視線を向けた。




チンピラヤクザふたりは散々飲んで騒いで帰っていった。それまでマスターは僕の存在に気が付かなかったようだ。僕を確認すると今来たばかりのような対応をしやがる。
ちょっと腹が立ったが、このマスターが奴等の仲間と判っているので何も言えなかった。
しかし「チキンのバターソテー、温野菜添え」は絶品だった。
改めて店内を眺めるとインテリアも雰囲気があるしBGMも素敵だった。
今流れているのは「卒業写真」という曲らしい。歌っているのは荒井由実という歌手だそうだ。
どこか松任谷由実の歌声に似ていると感じるのは気のせいだろうか?
食後にマスターに勧められてコロナというビールを飲んだ。軽い口当たりが僕に合った。
旨い食事とビールで僕の体もほぐされていった。この街もいいところは沢山ありそうだ。
と思った矢先に、壁に掛かっている変な写真を見つけた。『2004.10.19 町内猛虎会PV記念?』
ここのマスターは阪神ファンか?野球は巨人ってきまってるんだけどな。
そろそろ帰ろうかと思った時、魅力的な女性ふたりが入ってきた。
ひとりは三十代ぐらいのキャリアウーマン風。もうひとりはジーパンに迷彩柄のジャケットを着た細身の若い女の子だった。年上の方はキャンキャンとうるさかったが、細身の女の子は奥ゆかしそうで僕好みだった。しばらく眺めていようと思ったら、急にマスターが『閉店ですので』と言う。
このふたりは客じゃないのか?
僕は本当に本当に、後ろ髪を引かれる思いでこの店を後にした。

          *          *          *

水原達が帰った後、昭和カフェには小太りの男だけになった。
太子橋は何故かソワソワしていた。別に膀胱がパンパンになったからでもなく小太り男に惚れたわけでもない。
太子橋は恋人を待っているような落ち着かない気分だったのだ。
昭和カフェのドアが半開きになった。そこから有本千晶が顔を覗かせている。そして店内を見渡すとほっとしたように入ってきた。その後ろからカモフラの戦闘服を着た女性がおずおずと入ってきた。
「イマイチさ〜ん。お久しぶりです」
「いらっしゃ〜い」
「ピンちゃん達帰った?」
「さっきね。恭子ちゃんの手紙見せたら大騒ぎだったんだぜ」
「あたしにも見せて見せて」
「ピンちゃんが持って帰った」
「え〜」
千晶は残念そうに肩を落とした。何故かカモフラ戦闘服の女性も溜息を吐いていた。
「明日見ればいいじゃない。あっ!ちょっと待ってね」
太子橋は小太り男に閉店を告げ、窓のロールスクリーンを降ろした。
小太り男は千晶達の方をチラチラ見ながら名残惜しそうに店を後にした。
「なんか気持ち悪いわねアイツ」
千晶の問いかけにもカモフラ女は照れくさそうに笑うだけだった。
「さて、ご注文は?」
「その前に、この娘わたしの妹分」
「あっ!そういうことね。初めましてイマイチです」
千晶の妹分は恥ずかしそうにペコッと会釈した。
「妹分さんはチーちゃんと違っておしとやかですね」
太子橋は意味深な笑顔を浮かべた。妹分は益々恥ずかしそうにした。
「じゃ、改めてご注文は?」
「美味しかったらなんでもいい。あっ!チャレンジはなしね」
「なんだよ、ピンちゃんと同じこと言うねチーちゃん」
「そっ?」
千晶は嬉しそうに肩をすくめた。
「こちらのお嬢さんはとりあえずメコンでいいですか?」
妹分はコクンと頷いた。
「え〜あたしには聞いてくれないの?」
「お飲物は?」
「メコン!」
千晶はなにがおかしいのか膝をバンバン叩いて笑った。
太子橋は千晶にアッカンベーをしながらキッチンに消えた。

食事が終わりテーブルを片づけた太子橋は、電気ブラン片手に話の輪に入った。
「この娘ね。今日近所に引っ越して来たの」
「へ〜ひとり住まいですか?」
「いえ、母とふたりです」
太子橋の表情が明るくなった。
「それはよかった」
「なにがよかったのよ」
「いや、別に…」
太子橋は何故かモジモジした。
「お母さんはお元気なんですか?」
「だから、なんでそんなこと聞くのよ」
「あっ!全然平気です。母は元気になりました。少しずつですけど」
「そうですか」
太子橋は何故かほっとした表情になった。
「でね、この娘あした面接なんだ」
千晶は履歴書をピラピラさせて見せた。テーブルの端には妹分の書き損じが沢山転がっている。
「でも就職の面接は初体験なんだ。だから面接のプロが指導するの」
「誰が面接のプロだって?」
「あ・た・し」
千晶は憎々しげに太子橋を睨んだ。それでも太子橋は嬉しそうだった。
「イマイチさん、ちょっとこれ見てくれる?」
千晶は持参した紙袋から数枚のスーツを取り出した。
ひとつは紺色の定番リクルートスーツ。
ひとつはダークレッドのスーツでスカートは短そうだった。
最後はサーモンピンクのパンツスーツ。
「イマイチさんが試験官ならどれがいい?」
「ん〜僕はこれかな」
「どうして?」
「いや、ミニだから…」
「かぁ〜エロオヤジ!そういう理由は却下」
「あたし…」
妹分が照れくさそうに口を開いた。
「あたし、スカートはちょっと」
「じゃこれね!」
千晶は両手でサーモンピンクのパンツスーツを広げて見せた。
「いいんじゃない」
太子橋は妹分が着た姿を想像していた。
「じゃ着てみて」
お嬢さんはモジモジしている。
「いいからほらっ!」
千晶に押しつけられて、妹分は恥ずかしそうに化粧室に消えた。

昭和カフェには荒井由実の『卒業写真』が流れていた。

  ♪悲しいことがあると
   開く革の表紙
   卒業写真のあの人は
   やさしい目をしてる

   町で見かけたとき
   何も言えなかった
   卒業写真の面影が
   そのままだったから

   人ごみに流されて
   変わって行く私を
   あなたは時々遠くで叱って

「あたしさぁ、この曲聞くと胸がキュンとなるの」
「俺も。歌詞のような想い出はないんだけどね」
「そうなのよ」
ふたりが感傷に浸っていると、化粧室からパンツスーツを着た妹分が出てきた。
「おおっ〜!」
千晶と太子橋は感嘆の声を上げた。細身の体にフィットしたサーモンピンクのパンツスーツ。
「サイズもぴったり。ホント馬子にも衣装だね」
千晶は誇らしげに言った。太子橋は、ただただ見とれていた。
「これであんたも卒業ね」
「えっ!就職だろ?」
「ううん。卒業だよ」
サーモンピンクが彼女の表情を明るくしていたが、彼女の笑顔はそれ以上に輝いていた。



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Cast
Honjo Akane

Dou Chunyen
Rai Xiuquan
Dou Haidong
Kimura Kiyotaka
Gouda Sumire
Gouda Souichiro
Nohara Misumi
Nohara Erika
Matsuzaki Kunihiko
Matsuzaki Misayo
Domoto Seiji
Oikawa Junichiro
Maehata Shunzaburo
Horinouchi Seiichi
Horinouchi Michiya
Horinouchi Mizuki
Yoshihara Yuuichi
Yoshihara Ai
Yagenbori
Susukino
Anabuki Nobuyuki
Nakamozu
Ogoto
Shuta

Genda
Mihara Keiji
Nishifunabashi

Ichinotani Kanji
Ichinotani Touko
Ichinotani Suzuna
Yamada Seishiro
Yamada Yoshiyuki
Yamashita Noriko
Honjo Reiko
Kashima Keisuke
Kido Mitsuhiko
Ikegaya Yasuharu
Kanemura Ryuichi
Marcia
Hamaco Maria Inoue
Mr Tailor
Sakaemura Touru
Kobayashi An
Aiba Kazuya
Ninomiya Satoshi
Robert Sanuki
Kiya Kakichi
Kadowaki Hyoma
Kanemura Akiko
Kawarazaki Satomi

Arimoto Chiaki
Hounoki kyoko
Marukido Sadao(Jouhouya)
Otsuki Yuuji
Taishibashi Imaichi


Mizuhara Ichiro


Chapter1. by INGRAM
“ANGEL HAS COME TO THE TOWN!?”

「よお、マルシア。蚊取り犬はどうしてる?」
「また逃げたよ、あははは。探して」
「またかよ、しょうがねぇなあ、ちゃんとつないどかなきゃ」
「そんなカワイソなことできないよぉ。つながれてんのはアタシらだけで十分サ」
「……そうだよな。わかった、気にかけとくわ」
「ウン、頼むな」
「アカネ。昭和カフェ、行くか。メコン飲みに」水原が誘うと
「おう」茜はふたつ返事で乗ってきた。
【天使が街にやって来た!?】
2004.2.4



Chapter2. by KYOMOH
“FOR WHOM THE FLOWERS SAY”
「1月5日と6日生まれか…」
そう呟くと自分の鞄から小さな本を取りだした。
表紙には『誕生花と花言葉』と書かれている。
「みすみちゃんは1月5日生まれ。誕生花は『みすみ草』…ふきのとうね。
花言葉は『忍耐』。
すみれちゃんは1月6日生まれ。誕生花は『白すみれ』
花言葉は『無邪気な愛』か、お母さんは花言葉に思いを込めていたのかな?
お母さんは絵里花さんか。8月5日生まれ。誕生花は『エリカ』
花言葉は『孤独』か…なんだか運命感じちゃうな…」
【花言葉は誰が為に?】
2004.2.24



Chapter3. by TSUKIFUTATSU
“I NEVER SAY GOOD-BYE”
口笛であの刑事が好きだった「ジュピター」をふきながら、
アカネは水原の顔を思い浮かべて、くすっと笑った。
アカネはもう一度外を振り返り、街をぐるっと見渡す。
大きな夕日が街を紅に染めている。
「あたしは・・・あのときあの人と黙って別れたままだ。あのまま会わずにいたのは、きっと・・・さよならを言いたくなかったから。あのままだと、いつかどこかで、さよならを言わなくちゃならなくなる・・・あたしはあの人にさよならは言ってない。だからきっと、あの人に会える。この街のどこかで・・・そして冬のあの日本海で」
【さよならは、言わない】
2004.2.28



Chapter4. by GIRAS
“THE BREAK SHOT IN MIND・THE QUIET MAN”
美佐代の呼ぶ声に松崎が振り向いた。
そして笑みを浮かべ大きく手を広げた。
美佐代は松崎の胸の中へ飛び込んで行った。
「貴方…御免なさい…本当に御免なさい」
美佐代は少女のように泣き崩れた。
「もういいんだよ。美佐代…罪を償って来なさい。その間に私は君を本当に幸せにする準備をしておくから・・」
二人は抱き合った。
会場の拍手が一段と大きくなった。
水原と茜も松崎と美佐代の姿をみて涙した。
【心の撞点・静かなる男】
2004.3.6



Chapter5. by ZATOPEK SHUGI
“ONE MORE TEAR IN THE FIELD”
力強く返事をした雄一は、ホームランの軌道を確かめるため柵の方を見た。
「あれ?」
柵の方からひとりの男が歩いてくる。水原一朗だ。
雄一は水原に向かって拳を高く突き上げる。
水原はニヤリと口元を緩めながら、
「雄一!そらホームランボールだ!」
雄一に向かってボールを投げた。
ボールは真っ直ぐに雄一のグラブに収まる。
硬球だった。
「えっ?」という顔をしてボールを見つめる雄一。
その瞳がやがて太陽を反射する水面のようにキラキラ輝きだした。
【フィールドにもう一粒の涙を】
2004.3.20



Chapter6. by TABITORA
“THE TEMPEST HAS COME.
〜OR WHY SHOULD WE STOP TO LISTEN AT THE DOOR OF MIZUHARA DETECTIVE AGENCY”
「…そんなんじゃないよ」
茜がいつになく力無い声で答える。
「秀太のことはもういいの。これからはお母さんのとこへ戻れるらしいし、これでよかったんだよ…」
「じゃあ、何で泣いてるのさ」
「……あのさ、ピンちゃん。実はあたし」
水原はショートホープの灰を落とすのも忘れ耳をすます。
「……ゴメン、やっぱ何でもない。おやすみ、ピンちゃん」
チーンと鼻をかむ音がして、それっきり会話は終わった。
ポトッ。ジュッ。
「あっ ちィィィィィィィィィっ!!!!」
煙草の灰を顔面に落とした水原の悲鳴が夜の街に響く。
ネオンの点滅だけが、変わらずそれぞれの部屋の片隅で踊り続けていた。
【嵐、来たりぬ〜あるいは、我々は水原探偵社を訪ねるとき
 何ゆえにドアの前で耳をそばだてねばならないか〜】

2004.3.26



Chapter7. by FUUCHISOU
“AHEAD OF OCHIUDO BRIDGE”
大きなカーブの手前で、水原は車を止めた。振り返る。
「あれが俺のアメリカ」
はるかな高みに小さな集落がもやっていた。
「ここを曲がるともう、見えない」
その先に落人橋があった。
「大雨の後なんか突然前がなくなってたりするんだ、陸の孤島になる」
「食べ物とかどうするの」
「ヘリで降ろすのさ」
落人橋。昔々、ここまで来て道がなく、引き返したことがあった。
「俺は…」
あの時が最後だったと、水原は自分に言う。
陸の孤島になっても、異界に住み続けることを選んだ女。連れ出せなかった男。
思いを込めて、橋を渡った。
【落人橋の先には】
2004.4.5



Chapter8. by SHODAI SHOUBUSHI
“THE TREASURE I WANT YOU TO FIND”
「ねぇ、ピンちゃんの人生の宝物って何?」
そう聞く茜の目はいつになくキラキラと輝いている。
水原の頭の中に様々な想いが駆け巡った。
それは一瞬の出来事であったが、ひどく長い時間かけたようにも感じられた。
「茜、お前だよ」
「もう冗談はよしてよ」
水原の冗談に茜の言葉がどこかまんざらでもないようだった。
車は勤め人が行き来する目覚めの時を迎えた街の中をゆっくりと走っていく。
ふと目を外にやると「宝石強盗犯時効寸前で逮捕」の文字の躍る朝刊が見えた。
どうやら、源田の芝居も上手くいったらしい。
見つけて欲しいものを見つけた気持ちと見つかりたくないものを見つけた気持ちははどこか正反対のようで不思議と似ているようだった。
【見つけて欲しい宝物】
2004.4.17



Chapter9. by T.A
“TALKING ABOUT LOVE IN THE MIDDLE
OF THE COUNTER”
とあるバー。
店に居るのは初老のマスターとカウンターに数時間前この店で出会った男と女がふたり。
女「えーそんなんだ。あなたよく知ってるわねそんなこと。ところで何してる人?」
男「ん?俺?……えー………探偵」
女「探偵!探偵って浮気調査とか経歴調べたりとかしてるの?」
男「そういうのもするけど、何かと事件に巻き込まれたり…」
女「えっ事件?何々、聞かせてよ!」
【カウンターの真ん中で愛を語る】
2004.5.8



Chapter10. by INGRAM
“BOOM! BOOM! BOOM!”
「黙っててごめん」
「で?」タバコに火をつけながら水原はいう。
「その後学校はどうしたんだ」
「通信制の高校に変わったんだ。スクーリングっつって決められた何日かだけ学校にいけばいいの。好きな勉強好きなだけして、楽しかったよ。伯心流獅童剛気拳って拳法習いだしたのもそのころ」
「強くなりたくて?」
「うん。自分の身は自分で守れるようにしなきゃと思って。体が強くなれば心も強くなれるって思った」
「なれたのかよ、強く」
「ごらんのとおり。迷惑ばっかりかけてます」
「本当は、もうひとつ話さなきゃなんないことがあるんじゃないか?」
「……………………、それは」
【BOOM! BOOM! BOOM!】
2004.6.4



Chapter11. by Sayonakidori
“A PIE 〜 PARCEL OF COD”
ブラジル人って約束があってないようなもんらしいよ。会話本のコラムにもそう書いてあった。
マルシアが連れてきたハマコ、いやぁ実物の方がなんというか、マジそこらのおねぇちゃんよりずっと大和撫子なのよ。マルシアも言葉遣いが変なふうにバカッ丁寧だが、ハマコ、いやハマコさんはしとやかだね。マルシアが霞むさ。
これ、畳の上なら絶対三つ指ついてるだろうね。
ただ、日本に来て日が浅いらしくて、言葉がね、喋る方がちょっと不自由そうだったね。
こっちの言う事はわかるってことだったし、俺が普通に喋った方が向こうもリラックスできるだろうと、努めてふだんのまんまに喋ったわけだわ。
ああ、それが悲劇の始まりよ・・・・・
【鱈のパイ包み焼き】
2004.6.14



Chapter12. by TAIFU(TORAMARU KIPPEI)
“WEEKEND SHUFFLE”
でも、俺には、一つ分からないことがあった。
なんで、俺には真実を言ったのだろうか。曲がそうさせたと彼女が言ったが、それは、ただのきっかけだと思った。
彼女は、なんだか、俺には前から言いたいと思っていて、言っているような気がした。
「なんで、彼女、俺に言ったと思う?」
イマイチは、こともなげに言った。
「そりゃ、お前、『普通の恋人に見えた』って言っただろ。そう言うの、不倫カップルにしたら、嬉しいんじゃないか?」
ハッとした。
「お前、勘いいね。」
「そう?」
【Weekend Shuffle】
2004.7.3



Chapter13. by MIYU
“RIRO'S GROURMET TOUR”
ばんざーい!ばんざーい!!ばんざーい!!!
三原は最高潮に興奮していた。万歳三唱も六甲颪も歌った!後は…
「ああっ!そうだっ!」
昭和カフェのプチPVも盛り上がっていた。
「いやぁ、会長最高の試合でよかったですね。今頃大興奮じゃないですか?」
とワイワイしてるとテレビが観客席を移した。
副会長が叫んだ。
「あっ!ワシ達が作ったプラカードだ!会長が映ってる!」
そこには岡田監督が胴上げされている2004.9.5「夢の日付 第二章」と書かれた大きなプラカードがピョンピョンと跳ねていた。
【リロのグルメ紀行】
2004.7.14



Chapter14. by TATEJIMAN
“THE HERO NEVER SLEEPS”
「…オレよく分かんないっス。…だって今、“悪”とか言われてるチームのアタマ張ってるわけだし…」
『そういう事じゃねぇんだよ。オレが言いたいのは人様がどう思うかとかそんなんじゃねぇんだ。金竜、おまえにとっての“正義”ってもんがあんだろ?』
「オレにとっての“正義”?」
『そう。おまえにとって許せないモノ、おまえにとって譲れないモノ、おまえにとって守りたいモノ…何も地球の平和を守るヒーローだけがヒーローじゃねぇんだ。それが家族でもオンナでもツレでも、てめぇんとこの悪ガキ共でもな。おめぇにとって大切なモノってなんだ?それをしっかりと体張って守ってやれればおまえも立派なヒーロー初級編なんだよ』
【ヒーローは眠らない】
2004.7.24



Chapter15. by YAMAMOTOKAZU 25
“KYOKO'S BLACK SHEEP CHASE”
辺りは急速に暮れてきた。朝から働きづめで足は棒のようだったがそれでも恭子は歩を進める。
似たような通りが迷路のように入り組んでいるので方向音痴の恭子にはお手上げだ。
あの人を追っかけてアリスみたいにウサギ穴から不思議の国に落っこちたみたい・・・・・
壁際に何かが動いた、と思ったらショーウィンドゥに映る自分だった。
中は暗くて何の店だかわからない。ウィンドウに顔をくっつけて中をうかがうと、
とてもかぶって外を歩けないようなド派手な帽子が並んでいる。
一体誰がこんな帽子をかぶるっていうの?
ウィンドウの上の方に店の名前が書かれていた。
「Mad Hatter(マッド・ハッター)」? なんなの、ここは?
今さら後戻りもできそうにない。あの人もどこに消えちゃったんだろう。
とにかくもう少し行ってみよう・・・
【黒羊をめぐる恭子の冒険】
2004.8.5



Chapter16. by ZATOPEK SHUGI
“ANGEL WAS CRYING IN THE TOWN!?”
「こ、この街で死ねて嬉しいぜ……ありがとよ」
「定男さん!」
「さ、栄村……ちょっくら……先に行くぜ」
肩の息遣いがピタリと止まると、丸木戸はそのままの姿勢で首を垂れた。
「…………定男さん!」
栄村は瓦礫から這い出ると、丸木戸に掴みかかる。
丸木戸は銃弾が貫通した背中を見せながら栄村の膝に倒れた。
栄村は丸木戸の肩を抱きながら、しばらく瓦礫の山を見下ろした。
無造作に敷きつめられた鉄屑、ガラスの破片、プラスチックの大地………。
ところどころ爆発によって煙が燻っている。
「この街って?……ふふふ、見なよ定男さん……ここは木が一本も生えてない、イルクーツクよりひどいや……」
【天使が街で泣いていた!?】
2004.9.6



Chapter17. by INGRAM
“ANGEL DUSTER”
水原と茜、千晶が源田に呼び出されたのは、それからわずか二時間後のことだった。
「なん……、で」千晶は明らかにうろたえていた。
「さっきまで、すぐそこで変な歌うたってたんですよ、掛布がどうしたとか、かっとばせとかって。で、バカ話して、みんなでからかって…………、三原くん楽しそうにしてたのに。ゲンさん」
「なにも盗られてはないんだ。ただいきなり撃たれてる」
源田はうめくようにつぶやいた。
「三原さん……」茜は言葉がなかった。
水原はお互いに憎まれ口をききあってきた男の変わり果てた姿にぽつっとつぶやいた。
「三原……。刑事部長に、なり損なっちまったな…………。なんでこいつ笑ってやんだ」
うっすら笑みの浮かんだような三原の眉間には、哀しい穴がぽつんと空いていた。
【エンジェル・ダスター】
2004.9.26



Chapter18. by KYOMOH
“WE ARE NOT ANGELS”
「ミズさん。あんた信用しろって言ったよな!」
大槻の声は少しうわずっていた。
「ああ…」
「それがこれか?このざまか?」
水原を見下ろす大槻の瞳に表情はなかった。大槻を見上げる水原にも言葉はなかった。
昭和カフェは大槻が作り出す緊張感に支配されていた。
沈黙を破ったのは大槻だ。ジャケットの内ポケットからシルバーメタリックのコルト・パイソン357マグナムを取り出し、水原のこめかみに突きつけたのだ。
「動くな!」
大槻は度肝を抜かれ立ち上がろうとする茜を制した。太子橋は小さな万歳のように両手を顔の前で開いたまま固まっている。
「ミズさん。俺に納得させてくれ!」
大槻は水原に突きつけたパイソンの撃鉄を“カチリ”と引いた。
【俺達は天使じゃない】
2004.11.6



Present by Tigers DATA Lab Literature Club



Conceptual Designer
INGRAM



「昭和カフェ」Menu
宇治金時パスタ
白みそスープ
京都産チキンライスインフルエンザ風
狂牛丼
虎印甲子園カレー挟みお好み焼き
堀川ごぼうのトラッキー煮梅香風
牛挽肉の小判焼きとピラフの富士山盛りと血みどろのパスタと火星人風ウィンナー添え
ハブとマングースのにらみ合いシチュー
打倒!広島東洋カープ
鱈のパイ包み焼き
薬草入りってカクテル
トマトをベースにしたイタリア風みそ汁
定食ブルーシャトー
本格的イングリッシュ・ブレックファスト
パパイヤとタピオカのお茶漬け
肝心ドッグ
血みどろユッケ(料理化ならず)



「昭和カフェ」BGN
「白い色は恋人の色」〜♪ベッツィ&クリス
「月光仮面は誰でしょう」〜♪モップス
「メケメケ」〜♪丸山明宏
「赤色エレジー」〜♪あがた森魚
「コーヒー・ルンバ」〜♪ザ・ピーナッツ
「別れの朝」〜♪ペドロ&カプリシャス
「学生街の喫茶店」〜♪ガロ
「亜紀子」〜♪小林繁
「愛があるなら年の差なんて」〜♪にしきのあきら
「空いろのくれよん」〜♪はっぴいえんど
「甘い生活」〜♪野口五郎
「五番街のマリーへ」〜♪ペドロ&カプリシャス
「恨み節」〜♪梶芽衣子
「クソクラエ節」〜♪岡林信康
「Oh!チンチン」〜♪デュークエイセス
「モナリザの微笑み」〜♪ザ・タイガーズ
「ブルーシャトー」〜♪ジャッキー吉川&ブルーコメッツ
「カサブランカ・ダンディ」〜♪沢田研二
「八月の濡れた砂」〜♪石川セリ
「ポーリュシカ・ポーレ」〜♪仲雅美
「誰か故郷を想わざる」〜♪霧島昇
「大阪へ出てきてから」〜♪上田正樹、有山淳司
「白鷺小唄」〜♪高田浩吉
「知床旅情」〜♪加藤登紀子
「六甲おろし」〜♪町内猛虎会の生演奏
「ぼくたちの失敗」〜♪森田童子
「卒業写真」〜♪荒井由実



Title English translation
YAMAMOTOKAZU 25



Original theme Music
SAYONAKIDORI



End roll Designer
ZATOPEK SHUGI
KYOMOH



Tigers DATA Lab Supervisor
Mr T.A






水原一朗探偵社は夕方の気怠い空気に抱かれていた。窓の外はダークオレンジに染まり事務所の中も染めていた。日が暮れる時間はあの日より随分早くなっていた。
夕焼け色に染まったソファーには、恭子ちゃんから届いた手紙を読み直す水原がいた。
水原は彼女の頑張っている姿をずっと見守って来たが、目標に向かって異国の地に暮らす様は嬉しくもあり寂しくもあった。
「昨日、昭和カフェでさんざん読んだじゃないすか。まだ物足りないんすか?」
夕焼けを背景にした大槻は、本物のコルト・パイソンをオイルで磨きながら薄ら笑いを浮かべていた。
「そんなんじゃねぇよ」
言葉の半分は嘘だった。茜が出て行ってから水原一朗探偵社の様子は一変した。念願のソフビ人形も手に入れたが、大槻が持ち込むモデルガンやエアガンが水原のソフビ人形を押しやっていた。
良くも悪くも男臭さに満ちあふれ事務所は、昔の水原には堪らない筈だったが…。
「店番しなくていいのか?」
「桂に任せてますから大丈夫っすよ」
「お前さぁ、こっちは臨時雇いってことを忘れてるんじゃねぇか?」
「そんな細かいこといいじゃないっすか。俺が来てから事務所も結構繁盛してるし、俺の店も桂がちゃんと仕切ってくれてるし、な〜んの問題もナッシングですよ」
「ナッシングって、そこら辺が問題なんだよ。ホントお前が来てからオヤジ臭くて堪んねぇんだよ」
「そのオヤジ臭さのお陰で、警察からも仕事が入ってるじゃないすか」
「警察ったって、ゲンさんと西船橋だろ。華がねぇんだよ華が…」
「華っすか?」
大槻は水原の顔を覗き込んでニヤニヤ笑った。
「もうすぐ四ヶ月ですもんねぇ〜」
「なんだよ、なにが言いたい」
「いえいえ、オジサンも寂しいのかなぁ〜って」
『くっくっくっ』大槻は口を押さえイヤらしい笑い声を上げていた。
「それより、三原の後釜が来週早々来るってゲンさんが言ってたぞ」
「マジっすか?どんな人なんです?」
「ゲンさんも経歴しか知らないらしいが、あんま期待出来そうもねぇってよ」
「部下運悪いっすね、ゲンさんも」
「俺はいじり甲斐があればいいけどな」
「またそんな極悪なことを…」

オヤジ達が盛り上がらないウダ話をしていると、事務所のドアをノックする音がした。
『失礼しま〜す』
ノックの後に聞き覚えのある声がした。大槻と水原は手を止め顔を見合わせた。
『失礼します』
見つめ合うふたりの顔が自然にほころんだ。
「はい、どうぞ!」
事務所に入って来た女性は、サーモンピンクのパンツスーツに身を包み深々と頭を下げた。
「面接に来ました。よろしくお願いします」
「今、募集してませんけど、それに得体の知れない人は雇わないことにしてるんですよ」
水原は緩みそうな顔の筋肉を必死に緊張させていた。
女性はふたりの座っている場所にツカツカと歩み寄ると、テーブルの上に履歴書を置いた。
水原の顔はすでに緩んでいる。大槻は優しい笑顔で答える。
「ほ、本城茜。只今戻りました…」
なにかをぶちまけたいムズムズする静寂。それに負けたのは水原だった。
「お帰りアカネ」
茜は水原の言葉に唇を噛み締めていた。大槻は大きく頷いている。
「じゃアカネちゃんの歓迎会やりますか?昭和カフェで」
「お前のお別れ会もな」
「えっ!マジっすか?」
水原一朗探偵社は冬の夕暮れ色に染まっていた。でもそれはとても暖かい色だった。



【DOG RACE・完】





DOG RACE
2004

※[DOG RACE]は[Tigers DATA Lab.]の住人たちがオリジナルで創作したフィクションであり、ここに登場する人物、組織・団体、事件、すべての台詞、設定は架空のものです。尚、文書、および、音楽は著作権上の保護を受けていますので、著者の承諾を得ずに、電子的・機械的に複写・複製、および、転載することは禁じられています。
http://www.asakura.pos.to/tigers/dograce/main.html

To the next“part2”?

《 完 》
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