【第6話 見つけて欲しい宝物】   [ 初代勝負師  作 ]

「ああっぶねぇぇぇ〜〜」
さっきまで快適に進んでいた市之丞くんが急にストップした。隣に乗っていた茜の「うげっ」という小さなうめき声は水原の叫び声にものの見事に掻き消された。
「こら!お前ら急に飛び出したら危ないだろうが!」
窓から顔を出した水原は危うくひきかけた子供二人に声をかけた。職業柄警察との交流も多いが、こういった時に厄介になる交通関係の連中とは以前に一悶着あったからできるだけ避けるようにしているのだった。せっかく山村に行って気分も落ち着いてその余韻に浸っていたのに全部ふっとんじまったぜ、と悪態をつきたくなるところをこらえてまた車を走らせようとした。
「君たち何してたの?」
フロントガラス越しにさっきまで横にいたはずの茜が見えた。急ブレーキのダメージをもろともしない素早い動き、一体いつの間に車からおりやがったんだと水原はエンジンを止めて車を降りた。
「宝探し!」
一人がそう元気良く大きな声で叫んだ。もう一人のおとなしそうな子がその声に頷く。
「これ、宝の地図だよ、おねえちゃん」
そういいながらおとなしそうな子が大事そうに持っていた紙切れをもう一人の子が勢い良くかっさらって茜に見せる。古めかしい地図だった、いや・・・
「なにこれ、裏がちらしじゃん」
その地図はまるで子供に向けてかかれたように丁寧な地図が新聞広告のちらしの裏に書いてあった。地図はちゃんと定規を使って書かれており、場所が確認しやすいように目印になる建物が大きく描かれている。
「今そこの交差点でしょ。タバコ屋の前で、この地図の真ん中の所」
おとなしそうな子がそういって地図を指差した。なるほど、地図の右上に青い星が光っている。これが宝のありかだろう。
「ねぇ、おねえちゃん!この車おねえちゃんの?」
「そうだよ。そうだ!宝の在り処まで乗せてってあげようか?」
元気な子の質問に茜はそう答えた。水原がお前のじゃないだろと文句を言う間もなく、「わ〜いわ〜い!」と子供二人はさっさと後部座席に乗り込み、それに続いて茜も助手席に座り、水原は一人車の外に取り残された。
「ピンちゃ〜ん、何してんの?ほら、行くよ」
ガラス越しの茜の声がなおいっそう遠く聞こえる。どこか吹き抜ける風が冷たく感じられた。水原は運転席に座りエンジンをかけた。地図はこの街には土地勘のある水原には一目でそこが何処を意味しているか分かった。街はずれの廃材置き場だ。あんな所に宝があるとも思えないが、この地図からしてどこかの大人が仕組んだものだろう。その大人がどんなつもりでこんなことをしているのか?それが水原の一番の関心事となった。
茜はさっきから後ろを向いて子供と話をしている。二人の名前は元気な子が喬、大人しい子が駿というらしい。茜はさっきからこの宝探しだけでなく二人の普段の遊びについて色々と聞いているようだった。時折水原の耳に「へ〜今でもドラクエってあるんだぁ」とよく分からない単語が飛び込んでくる。
「着いたぞ〜」車を停めて水原が振り向くと、もうすでに子供たちと茜は車から降りていて走って廃材置き場に向かっていた。「あいつら、いつの間に!」そう言う間もなく水原も走って追いかけた。先についていた三人は何かを探している様子だった、いや、正確には探している物がなんであるかが分かっている様子だった。
「そういえば宝ってなんだったんだぁ!」
大声で三人に向かって叫ぶ。
「あったぁ!!」
「え、どれどれ、ほんとにあったの?」
宝を見つけた茜の下に二人が走る。遅れて水原もやってきた。駿が嬉しそうに持っていたもの、それは青いドラえもん人形だった。
「おねえちゃんすご〜い」
子供二人の尊ぶ視線を浴びて茜は得意げな表情を見せた。
「はっはっは!本城茜、伊達に探偵稼業をやってません!」
「へぇ〜、おねえちゃんって探偵なんだ、かっこいい〜」
子供に褒められ、さらに大きな声で高笑いの茜。そして、一人蚊帳の外の水原。
「よく見つけたな、偉いぞ」
水原のすぐ後ろから声がした。白髪交じりの整っていない頭をしたおっさんがゆっくりとこっちに向かってきた。
「おい、あんたがこの・・・・」
「おじちゃ〜ん、またみつけたよ!ボクらえらいでしょ」
水原の言葉をさえぎって喬が見つけたお宝をおっさんに見せていた。「いい子だぞ〜」そういっておっさんは喬の頭をなでた。「ボクも〜」と駿も寄ってきて同じように頭をなでなでされている。
「この子等がお世話になったようですね、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ」
深々と頭を下げるおっさんに、恐縮して頭を下げた水原と茜。
「どうですか、その辺でお茶でも?」
「その前にせつめ・・・」
「じゃあ、あたしの車で一緒にいきましょう」
茜の言葉にまたもさえぎられた水原の声。前をさっさと進む四人の背中が目で測る距離よりひどく遠く感じられる。
「気に入らねぇ」
そう吐き捨てて後を追ってゆっくり歩き出した。

五人は宝のあった場所から程近い喫茶店『アーバンライフ』に入った。店内は明るい雰囲気を醸し出す装飾でまるでチェーン店ファミリーレストランのような清潔感溢れる店だ。店内ではモーニング娘。の「Do it! Now」がかかっていた。おっさんに向かい合って座る水原と茜。子供二人はおっさんの横に座ったが、ついているTVに夢中になっているようだった。車の中で山田と名乗ったおっさんは自分から勝手に喋りだした。「最近のぉ〜子供はちゃんとした遊び方を知らん!」そこから山田の独演会がえんえんと続くこと30分。TVゲームは害にしかならんとか、パソコンは引きこもりの元凶だとか。その喋り方や尋常ではなくウエイトレスが注文を取りにくるのを躊躇わせるくらいだった。さっきから二人は水をすするしかなかった。水原は段々と退屈になってきた。ふと見渡すと昼下がりのレストランらしく、わいわいと喋る主婦の集団、コーヒーを飲みながら商談をする会社員。一人で遅めの昼食を食べるサラリーマン、彼の読んでいる新聞の見出しが目に入った。「宝石強盗犯 時効間近」そういえばこの前チーちゃんが言っていたなぁ「この宝石強盗犯しとめたら大スクープだよ〜ピンちゃん協力してよぉ」って。もちろんそんな面倒な捜査に首を突っ込む気もないのであっさりと断ったのだが。
「ねぇねぇ、すごいよ!まいぞうきんだって〜」
喬がTVを指差しながらこっちに嬉々とした顔を向けている。
「それはねぇ〜徳川の埋蔵金と言ってね〜」と、茜が山田の話から抜け出すチャンスだとばかりに話題を変えた。子供たちがその話に顔を光らせながら聞き入っている。
「おじさん、今度は埋蔵金を掘り出す地図を作ってよ!」
「じゃあ、今度は埋蔵金を探す地図でも探してくるか」と答えると山田は立ち上がった。そして店の出口で「今日はこの子等のことありがとうございました」そういい残すとさっさと帰ってしまった。
「聞きたいこと何にも聞けなかったぜ、なんだあのオヤジは!」
水原は吐き捨てるように言ってタバコに火をつけた。
「ほんと、あの山田っておじさん自分ばっかり喋ってたもんね」
茜はそういうと、くるっと後ろを向いて、
「ねぇ〜僕たち、あのおじさんとはどこで知り合ったの?」
「吉田さんちの隣の空き地だよ、二人で遊んでいた時にあのおじさんが声をかけてきたんだ」
駿がこう答えた。
「それで、『毎週火曜日においで、宝の地図をおじさんが持ってくるから』って言うから毎週火曜日はそこで遊ぶようにしているんだ、ね、喬」
「そうそう、これでもう5回目だもん」
と言って、喬はかばんから赤、黄、緑、橙、そして今回の青と五色のドラえもん人形を取り出して茜に見せた。
「本当に宝探しゲームやってるんだぁ」
「あ、もうそろそろ帰らないとママが心配するや!じゃあね、お姉ちゃん」
「バイバイ〜」
そういうと二人は仲良くじゃれあいながら山田の帰った方向とは逆に歩いていった。あんなおっさんと遊んでいること自体ママが心配するんじゃないのかよ、と心の中で呟きながら、「帰るぞ」と一言言って水原はタバコを消して車の元へ歩き出した。

「帰ったらすぐ飯に行くかぁ、さっきの店じゃなにも頼めなかったし」
「ほんと、あのオヤジ喋りすぎだっつーの」
車をいつもの場所に停めて、昭和カフェのドアをくぐる二人。店内の雰囲気はいつもと違っていた、心なしか普段より照明が落とされている。それにかかっている曲は梶芽衣子の「恨み節」、それがまたどんよりとした空気に拍車をかけた。
「イマイチ〜、どこだぁ」
いつもカウンターの奥にいるはずの太子橋がいない。夕方のこの時間帯は夜の営業に向けて忙しいといつも口にしている太子橋が店を留守にすることは考えられない。
「買い物にでもいってるんじゃないの〜」と茜は一番近くのテーブルに腰掛けた。しかし無用心だなぁ、とカウンターに腰掛けた水原はカウンターの奥に人の気配を感じた。身を乗り出して覗き込むと、そこには太子橋がうずくまっていた。
「何してんだ?イマイチ」
「・・・・・・・・・・・」
無言で立ち上がる太子橋。その視線はどこか他を見ているように焦点があっていない。
「ピンちゃん、お腹空いてるだろ、今から支度するから」
と、突然何でもなかったかのようにそういって厨房に消えていった太子橋の背中を不思議そうな目で茜と水原が見つめている。
「つーか、音楽なんとかしてくんないかな、暗くてしょうがないなだけどぉ」
茜がテーブルの上で頬杖をしながらブツブツと何か言っている。水原は水原でさっきの山田とかいうおっさんのことを考えていた。一体何のためにあんなことをしているのか?ただの子供好きなのか?考えれば考えるほど何かが引っかかる気がする。
「お待たせ〜できました!今回の料理はこれです」異臭を放つ赤い代物が目の前に出された。なんだこれは?赤い。赤いとしか表現できない。『打倒!広島東洋カープ』と名付けられて料理は、広島の如く赤く、東洋の如く魚醤の匂い、カープの如くど真ん中には鯉が乗ったスープらしい、いや米が入っているから正確にはおかゆだろうか。
「うげぇ〜」
先に口をつけた茜が叫び、ごほごほとむせている。水原はこれがどんなものか想像がついた。おそるおそる一口食べた。一呼吸おいて、
「かっら〜〜〜!!!!」
口から火を吹きそうになるとはこのことだと思い太子橋のほうを見ると、やけにうれしそうににやにやしている。
「おいしいだろ、ピンちゃん」
その目には有無を言わせぬ輝きが宿っている。
「おいしいだろ、ピンちゃん」
もう一度同じ台詞を吐いた太子橋に水原は「ああ」と一言搾り出すのがやったとだった。辛さだけでない、独特の香辛料が使われているのか喉がしびれてきているのだ。
「あそこで食う飯より上手いだろ」
その一言でぴんときた。そうか、あの店に入ったのがまずかった。『アーバンライフ』だ。最近この近所に喫茶店が出来て太子橋がことあるごとに愚痴をこぼしていたことを思い出した。「あそこにいくような客はうちに入れない」そう真剣なまなざしで言った太子橋の顔が浮かんだ。その時の顔と今の顔では目の輝きだけが同じであった。
「いやな、イマイチ、あれには事情があってだな、実は・・・」
「ん?何のこと?」
表情一つ変えないで太子橋は水原を見つめている。こうなりゃ食べきるしかないな。そう覚悟して二口目を口にした水原に太子橋はこういった。
「広島を倒したら次はヤクルトだな」


カタカタカタカタ・・・
機械のような冷たい音が部屋にこだまする。灯りはディスプレイの放つそれしかない。
「ふ〜ん、そうかそうか、こうすればよかったんだ」
その画面を眺めながら青年は呟く。画面にはなにやら碁盤目に整った地図らしきものが描かれている。
「Aの8からCの7にまで飛んでから、Eの3のこまを動かして・・・いや、その前にHの13を先に動かさなきゃダメだな」
碁盤目の中の色とりどりのこまが動き出す。そして、全てのこまの色が赤に変わった時、
「パンパカパ〜ン♪」
場違いな明るい音がなった。
「よっし!STAGE45クリアだ」と小さく呟く声がほんの少しだけ部屋の空気をよどませた。
「やっぱり6枚目の地図、このAの9の金色の象の謎に気付いたのが決め手だったな。この調子で50まで一気に進んでやる」
カタカタカタ・・・・
キーを叩く音だけが響く部屋に時計はない。まるで時間が失われているかのように。


「ああぶっなーーーい!!!」
先週と同じように急ブレーキをかける市之丞くん。違ったのは運転していたのが水原ではなく茜であったということくらいだった。
「また、あんたたちね。気をつけなさいって先週あれほどいったじゃないの!」
茜が窓から顔を出して怒鳴っている。水原は首をぐらぐらさせて何も異常のないことを確認して、衝撃で足元に落としてしまったタバコの火を足で消した。そしてまた新しいタバコを取り出して火をつけた。この先の展開がある程度、いや完全に読めていたからだ。
「お姉さんも宝探しに参加してもいい?」
やっぱりそう言うと思ったんだよ、と呆れ顔でシートを倒して車の天井を眺め煙を吐く。聞こえてくるのは隣の運転席からはすでにいなくなった茜の声。
「ねぇ、おねえさん探偵でしょ」
「そうだよ」
「だったら、ボクらの依頼をうけてよ。なんだって、この地図は本物の宝の地図なんだから」
そういって駿の手からかっさらって地図を茜に見せる喬。その地図は以前のようなちらしのうらへの殴り書きではなく、手触りからして高級感の漂う和紙に書かれた何か暗号のような地図だった。
「よし、じゃあさっそくいってみよう!まずはこの真ん中の大きな木を探す所からだね。お宝探検隊隊長について来い〜!探検隊隊員一号、二号行くぞぉ!」
「おー!」
「はい!」
早くも二人を仕切って探検隊気分の茜に、ノリノリの喬と駿。「最初は街を一望できる所だね、中学校の裏山にでも行ってみるか」そういって歩き始める茜たち。
「で、話は終わったのかな?」
タバコを吸い終わって車から降りて水原はそう三人に向けて話しかけた。返事はない。そう、すでに三人は車の前から消えていたのだった。
「おいおい、これから車に乗って宝探しじゃなかったのかよ!」
予期せぬ事態に焦り市之丞くんを走らせようとする水原、しかし彼の手元にキーはなかった。茜がご丁寧にエンジンを切って車から降りていたのだった。
「あの、ばっかやろーーーー!!!」
どかん!
「ぷぅわ〜〜〜ん」
思いっきりハンドルを叩くとクラクションの情けない音が辺りに響いた。気まずくなって窓から外を見ると買い物帰りの奥様方がひそひそ話をしながらこっちを変なおじさんでも見るような目で見て通り過ぎていく。なんなんだ、この屈辱は・・・と水原がタバコをくわえた瞬間だった。
「何してるのぉ〜探偵さぁ〜ん」
情報屋が窓のすぐ外でこちらを覗き込んでいる。しめた!あの山田のことを聞きだせる。
「情報屋、いいとこで出会った。こないだ話した山田っておっさんの・・・」勢いよくドアを開けて車を降りるとそこにはドアに吹き飛ばされた情報屋が足を押さえてうずくまっていた。
「いたぁ〜い、もう何すんの!」
「すまんすまん」
こりゃ何か機嫌取りをしなきゃ話が始まらないな、と水原はああでもないこうでもないと思案し始めた。


はぁはぁはぁ・・・・・
息の切れる音、青年は急いでいるようだ。
「くそ〜、はぁはぁ、ここの山のどこかだということは分かったんだ。この地図の真ん中の大きな木、これさえ見つかれば・・・」
焦れば焦るほどに、彼は山道の木々が纏わりつくようにみえた。彼はそれを振り払って先へと先へと向かった。ようやく森を抜けて見通しのいい丘に出る。その壮大な景色は彼をここに連れて来た異様な欲求を少し和ませた。この時期特有の優しい風が彼の頬をなでる。見下ろすその景色の中でひときわ輝きを放つ水面は太陽の光を浴びてきらきらと輝いている。彼はその景色と地図を見比べた。
「そうか、そうだったんだ、僕は根本的に間違っていたんだ」
青年は急いで山を下りだした。血眼になって探すその目にはもう色づき始めた山の緑が映っている様子はない。
はぁはぁはぁ・・・・・
静かな森林に彼の息を吐く音だけが響いている。


「う〜ん、もう少しだったのよ!もう少しぃ」さっきから茜は同じことばかりを口にしている。宝の地図を解けなかったことがよっぽど悔しかったらしい。さっきから何も食べないで呑んでばかりいる。しかし、この時間の居酒屋ならそう珍しい人種でもないようだ。
「なんていってもこの真ん中のでっかい木!これぇ〜がどこにも見あたんないのよ〜大体木なんてみんなでかいじゃん!」
地図をバンバン叩きながら、一人でわめいている。水原は「熱燗もう一本」と店員に告げると横から「かしすぅ〜うーろんもぉ追加ぁ」と茜の声がした。一体何杯こいつはカシスウーロンを頼む気なんだ、と言いたくなったが相手は酔っ払いだ、絡まぬ酔っ払いからのゲロはなし。水原は情報屋から仕入れた山田のおっさんのことを考えていた。名前は山田清四郎というらしい。山田というのはこの土地に代々住んでいる旧家であること、そして山田自身は数年前までは貿易会社を経営していたが、業績好調にもかかわらず昨年急にたたんでしまったこと。その好調な業績は7,8年前の時期に急に伸びたものでそれの原因が何であったかは詳しく分かっていないこと。今は特に仕事をすることも無くブラブラしているということ。
取り立ててどうこういう情報は見当たらないな、そう整理し終えてお猪口を口に運んだ。癖のきつい辛口の酒、しかしこれが喉を通る瞬間がたまらないのだ。さらにもう一口注ごうとしたところだった。
「ここにいたのか、水原」
「その声は源さんか」
「アカネちゃ〜ん、ひっさしぶり〜」
「だぁぁ!あたしゃ機嫌悪いんだぁ、あっちいけ!」
刑事の源田と三原だ。こんなところまで仕事で来ているとはどうも例の宝石強盗犯の事件で忙しいらしい。
「丁度よかった。三原がこっちの話から離れているうちに水原お前に聞きたいことがある」
「時効寸前の宝石強盗犯のことなら俺は何もつかんじゃいないぜ」
「察しが早いな。しかし、お前が全くなにも関係ないというわけじゃない」
「どういう意味だ?」
源田は生中を頼むと、今回の事件について話し始めた。今回の事件の起こった経緯を詳しく、そして捜査の現状を。
「犯罪ってのは一種の自己アピールみたいなもんだ。その後始末といったら難しいことこの上ない。自分の出した色を消さなきゃなんないんだからな。しかし、今回のこればっかりは違った。最初から殆ど何も無いんだよ。計画が無いという主旨の名の下の計画というと聞こえがおかしいがそんな感じだ。残ったものが少ないだけじゃなく、残ったものからは全く何も分からない。」
枝豆をつまんでそう語る源田。水原は何も言わないでただ呑んでいる。それをよそに周りでは、茜と三原をはじめとして喧騒状態が続いている。
「水原、お前に頼みたい用事はだな・・・・・」
「そんなことか、おやすい御用だ」


夜の闇にろうそくの炎が揺れている。それが部屋に厳かな輝きを放っている。
山田は仏壇の引き出しからその紙を取り出した。ひどく丁寧に取り出して、じっくりと眺めた。紙の両端にしわが入っている。きっと他の誰かがこれを触ったからだろう。
間違いないな、そう心の中で呟いた。
あいつは動き出す。すでに今夜、そして明日の朝にも。
遠くでドアの開く音がした。誰かが帰ってきたらしい。ゆっくりと出したときと同じように丁重に紙を元の位置に戻すと、山田はその場から立ち去った。
別の足音が近づいてきた。ふすまが開いて仏壇の前に立ち一言。
「あんたの残した宝は実在したんだな」
それだけ言うと、またすぐに部屋を出て行った。
ろうそくの灯りが揺れる。大きく、そして激しく。その動きはしばらくするとすぐ元通りの落ち着いた輝きに変わった。何事も無かったかのように


「三原、次に行くぞ!早くしろ」
「はい!アカネちゃ〜ん、またねぇ」
手を振る三原に「もう顔も見たくねぇよ!」と目もくれず吐き捨てる茜。一体どんな会話があったのか知らないが、二人の意思疎通が相も変わらず上手くいってなかった事は確かだろう。
「ふ〜ん、やっぱりあの男が怪しいんだ」
と、源田が去った隣に腰掛けた女が言った。
「やっぱ、つけてやがったのか、チーちゃん」
「あったり前じゃん!こんなスクープの種わたしがそうやすやすと逃すわけないでしょ〜」と千晶は水原越しに酔いが回ってカウンターで寝始めた茜をみて「今日は邪魔されずにすみそうだわ、うふっ」と心の中で呟いた。千晶はさっきの源田との会話が気になるらしくあの手この手でしきりに水原に探りを入れてくる。水原がその策に乗らないことで諦観した千晶はふーっとため息をつきながらこういった。
「でもさぁ、やっぱりここまできたら犯人は見つかりたくないよね、見つけてほしくない人の気持ちってどんなのかしら?わたしには全く想像つかないんだけど」
「そりゃあ、追われた事がない人間だからだろ、普通の人はそうじゃねぇのか。それに分かりたくもねぇよ、そんな気持ちは」と呟いた水原はふと茜が手にしている宝の地図をみた。「あのおっさんはどうして見つけて欲しいものをわざわざ隠したりしたんだ?見つけて欲しいものはなんなんだ?」と素直な疑問が湧いてきた。
「でも、怖いんじゃないかな?誰にも自分を悟られず生きていくなんて。あたしには無理。やっぱり誰か愛しい人に認めていてもらいたいなぁって」
「ああ、そうだな」
千晶の意味ありげな言葉を水原はあっさりと流した。
「でもやっぱりさぁ、見つかりたくないんだったら、目立たないように暮らしていると思わない、なんか潰れそうなアパートに住んでいるとか、路上でその日暮らしをして寝床を転々としているとか」
「ああ、そうなんじゃねぇか」いつもなら「ば〜か、そんなことしたら逆に周りから怪しまれちまうだろうが、そうじゃねぇよ」という所だったが、水原の心の中にはすでに別の問題で頭が一杯だったのだ。
「もう、折角二人っきりなのにピンちゃんたらつれないのね!・・・・あ、はい!有本です。・・・はい、二丁目のバー『ウイング』ですね・・・・分かりました。すぐ向かいます!・・・・ごめんね、ピンちゃん、わたし行かなきゃ!ごめん」
そういって水原の返答を待つまでもなく、携帯を握ったまま千晶は席を立つとすぐに外へと消えていった。どうやら上手くいっているみたいだな、どちらにしても。残された水原は酒を一杯追加すると同時に茜が握っている地図を取って眺めた。
真ん中に大きな木。そして宝を記す星印はその木の幹と葉の緑色の間にある。今回の星印はきらきらと輝いている。木の周りには色々な印が並んでいたが下地は木の色より濃い緑で塗られている。これは、山か草原か?当たり前の如く思考はその方向に進んでいく。いや、これでは茜のやっていることと同じだ。すぐに行き詰まる。こういう時は以前の地図の傾向も踏まえて考えて・・・
「そうか、そうだったんだ!」今までわだかまりががすっと消えていった。朝一で行ってみるかな、大きな木の元へ。全てが解けた水原は眠る茜を横目に謎解きの祝杯をあげると同時に、たこわさびを追加注文した。勝負は明日の朝、日の出とともに始まる。


じゃらじゃらじゃら・・・
「これだ、これこそ本物のお宝なんだ」
その青年は机の上に広げた袋のなかの宝石を手ですくっては戻し、すくっては戻しを繰り返していた。宝石はみな紫がかった赤色だ。
「こんなことがまだこの社会で現実になるなんて」信じられない、そんな風に彼の目は輝いている。
「これで、これで、僕は・・・・」震える彼の手から宝石が数個零れ落ちた。もう何もすることも無い、これさえあれば僕は一生このままで暮らしていける。この生活を続けていけるんだ。うざったいつき合いも無い、外と隔離された今まで通りの自分の中だけの生活が。
じゃらじゃらじゃら・・・
乾いた音が響く、輝きは部屋の明かりだけではない。彼の目、彼の手のひら、机の上の宝石、そして彼を影から見ている目も輝いていた。その光は全てこれから起きる現実を暗示しているかのような不気味な光を発していた。


「茜起きろ!すぐ出発するぞ」
事務所のソファーから茜がのそ〜っと起き上がる。まだ頭が眠っているようだ。きょろきょろと当たりを見回して「リロがいない」と小さな声で呟いている。水原は茜の目の前にいって頭を掴んでこう叫んだ。
「宝の地図の謎が解けた!今からその在り処に向かう」
はっと茜の目の色に灯りがともった。
「ピンちゃん本当に?」
「この天才探偵水原様に解けない謎はない!つべこべ言わずについて来い!」
「でもどうしてこんなに朝早くからなの?」
「何事も善は急げだからな」
車で行こうと市之丞くんのキーを探す水原。しかし、ポケットから机の上から探したが見当たらない。
「キーならあたしが持ってるよ」
と茜がキーを水原に放って渡す。早く言えよな、と思っていた水原は大事なことを思い出した。
「しまった!車あそこに置きっぱなしじゃねぇか」
そう、昨日子供らと茜の三人とはぐれた場所に置きっぱなしだったのだ。少し出鼻を挫かれた形だが水原は急いで靴を履いて部屋を飛び出した。
「待ってよ〜ピンちゃん!」寝癖を直すと言って洗面所に向かった茜の声がする。そんな声にかまっちゃいられねぇ、水原は走り出した。

朝もやの中にその車は浮かび上がるように景色から遊離していた。いや、単にその場に不釣合いだっただけなのかもしれない。何の変哲も無い住宅地の、センターラインなんて存在しない狭い道路に停められた一台のタクシー。いや、実はタクシーではないのだけれども、そんなことはそこの住人にはどうでもいいことだった。そのタクシーもようやくこの場から抜け出せる時が来た。水原と茜がやってきたのだ。彼らは急いで車に乗り込んだ。エンジンをかけようやく市之丞くんは走り出す。走り出すとすぐに分かった、いつもよりこの車が重たいことを。
「おい、お前ら、乗ってるのは分かってるんだぜ」
「な〜んだ、つまんないの」
後部座席から二人が出てきた。
「アカネが今日朝一番に連れていってくれるって、ここで待ち合わせだったんだ。だって宝を早く見つけないと誰かに取られちゃうかもしれないって」
謎も解けていないのに余計なことをしやがって、と水原は茜を見やったが二日酔いの疲れからかうとうとと頭をもたげていた。俺がわざわざ朝早くした意味がないじゃねぇか。
「僕らも連れて行ってよ!宝の在り処が分かったんでしょ」
「ああ、そうだ」
喬と駿の二人が「すご〜い」と歓声をあげた。その声に助手席で眠りかけていた茜が少し反応した。
「お前らにもこの地図の秘密をおしえてやらなきゃいけないな」
市之丞くんは朝日を浴びてまだ目が覚めていない街を快適に走り抜けていく。目的地まで迷うことなく一直線に。

船のエンジン音が鳴り響く朝の砂浜。人気は殆どない。港にも程近い砂浜だが、この季節ではまだ水に入る人もおらず、閑散としている。
人影が駅の方からやってきた。年はまだ30にいっていないくらいか、茶髪に肩まである髪を後ろで束ねている。緑の縁のメガネはファッションのためだけのようにも見える。その若者は人気のない砂浜の真中にある海の家らしき建物の前で立ち止まった。当然店は営業しておらず、かろうじて建物という形を見せているに過ぎない。その奥の倉庫に彼は向かった。昨日来た時にすでに見つけてあったのだ。しかし、夜の月明かりの中では詳しく探すことが出来なかった。幸い満月であったこともあり、その多少の月明かりが彼に一部の宝のありかを教えたのだった。彼はさらに部屋を探し始めた。しかし、この建物には倉庫以外に目立った家具は無い。やっぱりこれでおしまいだったのか、彼はそう確信して残りの宝を持ってこの場を去ることに決めた。

砂浜に一台の車がやってきた。中から勢いよく子供が飛び出してくる。それに水原と茜も続いく。喬と駿はすでに走り出していた。その後を水原と茜が追う。
「ところでさ、ピンちゃん。あの宝の地図は山の中を表しているんじゃなかったの?」
さっきまで寝ていたため未だにあの地図の謎が解けていない茜が走りながら聞いてきた。
「あれはそうじゃない、木のように見えるが、あれは木の形をしただけの別のものさ。今までが本当の地図だったことを思い出してみろ、だったらこれだってそういう地図なのさ。大きな木があるからって山だ、森だなんて単純なもんじゃないんだ。周りの緑色に騙されてるんだ。あの緑色は標高、地図の緑色は一番低い標高を意味していたんだ」
「そうだったんだ!さっすが〜天才探偵!」
茜が茶化しながらそう言った。
「でも木も緑色じゃん。どうしてこの砂浜なの?」
「ば〜か、だから標高だって言ってるだろうが、0mより上は緑色なの、ここがどこか分かるだろ?」
確かに普通は緑色では表現されないが、理屈からいえば間違っていない。それに木の形から考えてその薄い緑の一部分だけが周りから沈んでいる箇所と言えばここしかないのだ。
「な〜るほど、で星の意味は前と一緒で宝の位置なんだよね。そして幹の色の茶色はあれだね」
と茜は見えている小高い山を指差した。
「そうだ、そして宝のありかは見えているだろう、あそこに」
子供たちがたどり着いたのは古ぼけた人気の無い木造の建物。夏の暑い時期には人々から海の家と呼ばれているものだ。
「ああっ!それは僕らの宝物だぞ、邪魔するな!」
水原たちの向こう側から声がした。急いで建物の中へと入ると喬と駿が見知らぬ男に食ってかかろうとしていた。すると男は鋭い目つきで子供らを見やると、
「お前ら、近寄るなぁ!この宝石は僕のものだぁ」
子供らともみ合いになり男の手にした袋からは数個のキラキラした石が零れ落ちた。それを見た男が震える手で喬を掴む。男はもう片方の手を握りこぶしに変え、喬に向けて振り下ろした。
「助けてー、アカネ!」
「やめろ!」
声は二重に響いた。叫んだのは茜だけではなかったからだ。
「そんなマネはよせ、義之」
そう言って建物の奥から姿を現したのはあの山田と名乗ったおっさんだった。
「子供を放せ!」
「ふん、いくら父さんの言うことでもそればかりはできないさ。この宝は俺のもの、いやうちの家代々に伝わってきたものじゃないのか?それを正統に手に入れる権利が俺にはある。こんなガキどもに取られてたまるか!」
「その宝は偽物だ!」
抗う空気に冷たい静寂が訪れる。その一言は渚の如く場の雰囲気を沈めた。
「な、なんだと!そ、そんなはずはない。あの地図は確かに、幼いころみた宝の地図であったはず・・・そうだ、そうに違いないんだ」
「まだ分からないのか!宝なんてものは最初から無かったんだ」
動揺する義之の手から隙を突いて逃げ出した喬は一目散に茜のもとに走った。そのことに義之は気付きすらしない。視線は山田だけを捕らえている。
「ふん、そんな嘘は通用しないぜ、事実俺は昨日ここに来て既に宝石の一部は持ち出したのさ、あれがあってもまだ嘘だと言えるのか?」
「あんなもん、ただの光る石だ。お前が今こんな明るい状態で見間違えるのに、昨日みたいな夜でそれが偽物で無いと気付けたのか?」
言葉に詰まる義之。
「実はあの地図はおまえをここにおびき出すためのもの、というと聞こえが悪いがお前を家から外に出すためだったんだよ」
山田は言葉を続けた。
「お前は今まで生きていくうえで不自由なく生きてきたかもしれない。しかし、その後のお前はどうだ、大学を出てが就職もできず、引きこもる生活が始まったな、もう5年にもなるか、その中で一体お前は何を見つけたんだ?いつもと変わらぬ生活でいつもと変わらぬ日常を手にしたつもりか。誰にも悟られず、ただそうやって毎日を過ごし、老いて行く人生に何の意味があるんだ。お前は本当に大事なものを見失っているんだ」
義之の目からさっきまでの反発の色が消えていく。
「どうだ、この外に出る楽しみ・スリルそれがお前に今一番分かってもらいたかったことなんだよ。ほら、子供たちを見てみろ。こんなに楽しげで、宝探しにも夢中じゃないか。誰にだって自分から外のものに対する恐れはある。しかし、何事も外に出てやってみないと始まらない。内側の世界にいたんじゃ、お前は自分の中の世界でしか生きれなくなる。それに気づかせるためのすべてはお芝居だったんだ」
そして、どこか穏やかな表情で言葉を繋ぐ山田。
「大切なのは宝石なんかじゃない。人生の宝物はどこにだって転がっている。それは見える時もあるし、見えない物であることもある。でも唯一つだけいえることがある。それは自分から探しに行かなきゃ動き出さなきゃ見つからないということだ。それに今回みたいに描かれた地図どおり何かを探すことが人生じゃない。人生はお前が地図を描く所から始めなきゃいけない。いや本当は地図なんてなくたって生きていけるんだ」
そう言い終えて、山田は水原たちに向かって頭を下げた。
「すまなかった、子供たちだけじゃなくてあんたらまで巻き込んで」
山田は初めて水原たちと顔をあわせた時と同じように深々と頭を下げた。この芝居は本当は義之と二人で話し合うためのものであったこと。子供たちが水原たちに出会ったことでもしかしたら子供たちにもこの地図の意図する所を示せるのではないかと思って利用させてもらったこと。そう告げて呆然と立ち尽くす義之の下へ歩み寄った山田は義之の肩にそっと手を置いた。


別れ際に山田はまたこないだの場所でお茶でも?と言ってきたが水原は丁重にお断りしておいた。太子橋が「次回は日本シリーズだな、ピンちゃん」なんて意味深な言葉を残していたからだ。しかし、あの料理の味といったら食えたもんじゃない。まだ広島が一番ましだった。これがパリーグになるとしたら、牛やハムはまだわかるが、獅子に鷹、青波にマリン、一体何が出てくるのやら?想像もつかない。
外はすっかり暖かい日差しになった。だが、まだそれは本調子というわけではない。そんなやわらかなどこか少しよそいきの冷たい風を感じて車は前の道を帰っていく。喬と駿の二人は山田親子とまた新たな宝探しゲームを始めるらしい。今度はもっとなにか実物だけの宝物じゃない本当に大切なものを探しにいくことだろう。
「にしてもさぁ、あの親子なんだったんだろうね?」
「ただの引きこもりの更正にしてもやりすぎだったな、俺たちまで巻き込まれたしな」
「ねぇ、ピンちゃんの人生の宝物って何?」
そう聞く茜の目はいつになくキラキラと輝いている。水原の頭の中に様々な想いが駆け巡った。それは一瞬の出来事であったが、ひどく長い時間かけたようにも感じられた。
「茜、お前だよ」
「もう冗談はよしてよ」
水原の冗談に茜の言葉がどこかまんざらでもないようだった。車は勤め人が行き来する目覚めの時を迎えた街の中をゆっくりと走っていく。ふと目を外にやると「宝石強盗犯時効寸前で逮捕」の文字の躍る朝刊が見えた。どうやら、源田の芝居も上手くいったらしい。見つけて欲しいものを見つけた気持ちと見つかりたくないものを見つけた気持ちははどこか正反対のようで不思議と似ているようだった。

「やっと着いたね〜っただいまぁ」
茜が事務所のドアを開けいる誰もはずのない部屋に向かって大声でそう言った。水原も後に続こうとしてふと郵便受けを見るとそこには数通のチラシと一緒に真っ黒い手紙が入っていた。白地でただ一言「依頼状」。それはまるでなにか別世界からの依頼のように・・・



【第六話・了】

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