【最終話1 天使が街で泣いていた!?】   [ ザトペック主義  作 ]

−前編−

(こういう機会は、そう何度もあるもんじゃないが・・・・別に驚きはなかった。ただ勝つことだけを考えていた)
もし自分がランディ・ジョンソンだったとしたら、同じことをいっていたに違いない。
そのコメントはマウンドでキャッチャーと抱き合った瞬間から浮かんだこと。
20分後には開かれるだろう記者会見。一斉に焚かれるフラッシュ。嵐のような恍惚感。
ここで浮かれちゃいけない。眉間に思慮深い皺のひとつでも作らなければ。
そしてホテルに帰ると、やおら素っ裸になってベッドを転げ回り、鏡に向かって親指を突き立てて “イャッホーッ!” と絶叫するのだ。
サイ・ヤングを越えた40歳無安打無得点試合。
ウイニングショットは155キロ・・・・。
(・・・・まだまだ俺にだって時間はある)
不意に強い香水の匂いが鼻をついた。
「あら五郎ちゃん、なに考えごとしてんのよ?」
美也子に声をかけられて藤村五郎の妄想はいきなり中断してしまった。
場違いかと思える『カルミナ・ブラーナ』がどっと耳に流れ込んだ。
(・・・くそ馬鹿野郎・・・)
時計を見る。そろそろ潮時か。
「おい出るわ!」
「あらどうしたの?急に」
「河岸替えるンだよ、勘定」
「だってマスターが五郎ちゃんの誕生祝いにシャンパン用意してくれたのよ」
五郎はチラとカウンターを見た。若いバーテンがグラスを拭いているだけだ。
口うるさいオヤジの姿はない。帰るなら今だ。
「オヤジにヨロシクいっといてくれ」
丸まった1万円札をテーブルに放り投げた後、サングラスをかけて五郎はクラブ“オルフ”を出た。
街の派手な装飾がサングラス越しに乱反射して見える。
少し飲み過ぎちまったか・・・
藤村五郎は『雀荘・美濃→当ビル3F』と書かれた看板の前で足を止めて再び時計を見た。
宵の空から冷たいものが一粒落ちてくる。
そういえば美也子がいってやがった・・・・。
五郎ちゃんは夜なのにサングラスなんかしているから、ネオンの光にばかり吸い寄せられるんだと。
・・・・・ったく笑わせやがる、人を虫みてえにいいやがって!
舌打ちして雑居ビルの軒下に入ると同時に、ひとりの老人がビルから出てきて五郎とすれ違った。
「おっ、ちょっと待ってくれ」
五郎が声をかけた老人は足を止めた。
「あんた・・・丸木戸さんか?」
老人は背中を見せたまま黙っている。
「丸木戸定男さんだな」
「はあ、どちら様でしょうか?」
丸木戸と声をかけられた老人は少ししわがれた声で五郎の方に振り向いた。
「なんだよ、誰かと思ったら街でよく見かけるとっつぁんじゃねぇか」
五郎は顔をほころばせてジャケットから鶯色の封筒を取り出した。
「あるジイさんから、あんた宛に手紙を預かっている」
「手紙?」
眉をひそめた丸木戸は視線を封筒におとした。
「見かけねぇジジイだったけどな、行きかがりで頼まれちまってな、ほら」
「若いの、申し訳ないがその手紙、そのまま地面に置いて立ち去ってくださらないか」
「あん?まぁいいけど・・・雨に濡れるぜ」
「構わねぇ」
「随分ワケありって感じだな」
突然、丸木戸は鋭い眼光を五郎に向けた。
睨みつけられた五郎は老人のただならぬ威圧感に気圧されて一瞬身が竦んだ。
(なんなんだこのシジイ・・・・)
いわれた通りに封筒を地面に置いて、五郎は足早に立ち去ろうとした時、
「そのジイさんとやらは、鳥打ち帽子に黒眼鏡をかけていたかい?」
丸木戸が声をかけてきた。声の調子も鋭さを増している。
「あ?ああ確か・・・そうだ」
「いくら貰った?」
「え?」
「手紙を預かったときに小遣いいくら貰ったんだ?」
「ご、5万だ」
「・・・・そうか、ご苦労さん」
丸木戸は右手を出して手紙を拾うと、
「若いの・・・命は大事にしねぇとなぁ」
と呟きながら雨の街に消えていった。
老人の後ろ姿を見送っていた五郎は急に腹が立ってきた。
なんであんな薄汚ねぇジジィにびびってやがんだ・・・くそ面白くもねぇ!今夜は全部使っちまうかこの金。
五郎はジャケットを頭までたくし上げて雨を避けるように飲食街の軒下を走った。
ランディ・ジョンソンか・・・畜生!
左腕をサイドから振り上げてシャドウピッチングをしてみた。
俺だって肩さえイカレなかったらなぁ。
何が30歳の誕生祝いだ!馬鹿女が・・・!
五郎はふとシャッターが並ぶアーケード街まで歩いてしまったことに気がついた。苦笑しながら繁華街に戻ろうとした時、左肩に何かがぶつかってきた。
70も半ばを過ぎたような小柄な老人が五郎の顔をチラと窺うと、鳥打ち帽をずらして軽く会釈した。
夕方に会ったときは気がつかなかったが、左目が潰れているのが黒眼鏡から透けて見えた。
「何だジイさんか・・・約束は果たしたぜ」
「ありがとさんよ、まあお前さんには丁度いい仕事だったかな?」
老人は五郎を見て可笑しそうに口元を歪ませるとそのまま歩き出した。
「おいコラ!待てよジジイ!」
カッとした五郎が老人を振り向かせようと襟首をわし掴みにした瞬間だった。
突然、大腿部に衝撃が走った。
五郎は視線を落とすと銀色のナイフが刺さっていた。
「なっ!」
不意に頭蓋骨が『カルミナ・ブラーナ』を高々と奏で始める。
その勇壮だが狂ったような戦慄の中で、また別の影が動いたような気がした途端に腹部に連続して鈍い痛みが走った。
「!?」
五郎は自分の腹に二本のナイフが突き刺している現実をにわかに受け入れることが出来ないでいた。
オーケストラのバイオリンがテンポを一気に加速した瞬間、首筋に異様な熱が走った。
老人を掴まえていた手の力が勝手に抜けていく。
次の瞬間、“シャー”と音を立てて五郎の頸動脈から真っ赤な血が噴射した。
「えっ?」
自分の体から止めどもなく吹き出す鮮血の飛沫を浴びるという非現実感の中で、五郎は老人の手に鋭く光るものをぼんやりと見た。
(美也子、何だかわかんねぇよ・・・助けてくれよ・・・)
やがてサングラス越しの視界は漆黒の闇へとフェードアウトし、一体何が起こったのかわからないまま、五郎は血の水溜まりと化したアスファルトに崩れ落ち、『カルミナ・ブラーナ』は前奏を終了した。

     *          *          *

「今年の梅雨は明けねぇなぁ・・・」
丸木戸定男は、ちらりと格子越しに雨空を見ながら呟いた。
老いるままに丸まった背中には、幾ばくかの人生の徒労感を漂わせてはいるが、それを言葉で教えてくれる同居人もなく、本人はただ黙々と雑巾で壁に湧き出した黴を拭き取っていた。
老人はここ二週間、街に出ていない。
ある意味、街に棲息することで生きながらえてきた丸木戸老人にとって、こうして屋根の下に引き籠ることは珍しいことだ。
アーケード街に転がっていたというチンピラの死体。
間違いなく栄村融の仕事だ。
ふと卓袱台に目をやると封を切った鶯色の封筒と一枚の写真が置かれている。
「やれやれ」と老眼鏡をかけると、また吸い寄せられるように便箋を開いた。

―――――――――――――――――――――――――――――――
拝啓、丸木戸定男殿

梅雨の候

貴殿とは少年期より満州で苦楽をともにし、ソビエト軍に統治されるまま
シベリアに抑留されて以来、数奇の運命の中にありました。
あのイルクーツクでの極寒地獄を白樺の皮を燃して灯りとし、暖をとりな
がら、ブラゴベシチェンスクで食した生煮えの小豆を頼りに生き抜いて来
た同志でもあります。
その後数年間のルビャンカでの生活の最中に至っても尚、貴殿に対する敬
愛の念は少しも色褪せることなく小生の悔恨、臍を噛むことの多き生涯の
礎となっております。
思えばあれから幾星霜、貴殿ともに時代の政治、思想の真っ直中にあって、
それに翻弄されながらも数多き死屍累々の局面に奔走せざるを得なかった
唾棄すべき道程も、今に至れば現実感のない空蝉の如き邂逅に過ぎず、胸
に去来するものは、ただただ旧友への深い郷愁であることに嘘偽りは御座
いません。
あのたったひとつの過ちさえ起こらなければ。
ルビャンカから西側と通じた貴殿の射殺命令が、あろうことか小生に下さ
れたときには、これもまた運命の皮肉とあるがままを享受したつもりでは
御座いましたが、遥か北の大地に埋めてきた筈の感情が、貴殿と対峙した
とき、燻された燃え滓の如く逡巡を生んでしまっていたのかも知れません。
そして貴殿の手にかかった妻・八重子、幼き娘・良重の黒い骸を抱いたと
き、人生で初めて自らの過ちに隻眼から流れる慚愧の涙を禁じ得なかった
のであります。
あの後、小生もルビャンカの支配から逃れるように放浪を繰り返し、その
過程でコミンテルンの崩壊を目の当たりとし、激しい失望と喪失感に苛ま
れつつ貴殿との再会の機を窺い続けたものです。
復讐のためであるか否かではなく、ただひたすらに貴殿にお会いしたかっ
た。そしてその時に小生に去来するものが歓喜でも殺意でもどちらでも構
わない。
そして人生の終章に至って漸く貴殿を探し当てたのは、ほんの些細な出来
事がきっかけとなりました。
ふた月ほど前、あてどもなく街に流れ着いたとき、遠目でも八重子と瓜二
つの面影をたたえる娘を見かけたときには我が目を疑いました。
そして憑かれたように娘を追った小生の心臓は何十年ぶりに激しく鼓動を
打ったのであります。
そこにはその娘と談笑する貴殿が居たではありませんか。
その瞬間に小生はすべてを悟りました。
自らの人生の総括は、蘇った八重子の御身とともに貴殿と死ぬことである
と。
すべての喪失を埋めるべく八重子が導いてくれた僥倖と考えるのは穿ち過
ぎでしょうか。

長くなりました。
近々の再会をお約束致します。

追伸。
今を以てルビャンカに立つジェルジンスキーの銅像は何を語るのでしょうか。

                         栄村融 拝
―――――――――――――――――――――――――――――――

その夜、丸木戸定男はおそらく何十年かぶりに夢にうなされた。
いや夢というよりも記憶の断片が脳の中で突然に覚醒し、フラッシュバックのように暴れ出したといった方が正確かもなの知れない。

ブラゴベシチェンスクの氷に閉ざされた真っ白な風景。
炭坑、森林の伐採、餓死する同胞の骸、埋葬の列。
ナホトカの帰還船から再び連れ去ろうとするソビエト将校。
“コムチュード・ゴスタールストベンノイ・ベスパチーノスチ”と書かれた官舎。
鉄爪を引く指。カラシニコフが正確に標的に穴を空ける。
サンボ着を身につけた教官から締め上げられる骨の軋み。
何十年ぶりかで踏みしめる祖国の大地。
“抑留者は共産主義者だ!帰れシベリアへ”の横断幕。
十字架を片手に命乞いをするアメリカ兵。
その瞳孔が開き脂汗でテカテカになりながら恐怖にひきつる顔。
銃声と共に煉瓦に飛び散る脳漿。
栄村が銃口を向けている。
ここは何処だ?栄村の家か?
その蒼ざめた顔は何だ?迷っているのか?馬鹿な、命取りだ。
突然、赤ん坊の泣き声。
視線を動かした栄村の左目を火箸が抉る。
新聞紙に火をつけ、ガス栓を捻って玄関を飛び出す。
家の中に駆け込んでいく栄村の女房。八重子といったか?
一瞬、すれ違いざまに振り向いた表情。
轟音とともに燃え上がる紅蓮の炎。

「ぐわっ」
思わず丸木戸ははね起きた。
古い柱時計がボーン、ボーン、ボーンと3回鳴って後、静寂があたりを包み込んだ。
丸木戸は枕元の電気スタンドのつまみを捻ると、40ワットの灯りが卓袱台に乗せられた写真を照らした。
丸木戸は目を細めて写真を凝視する。
再び、脳裏をかすめる八重子の顔。
「蘇った八重子の御身・・・・茜ちゃん・・・まずいな・・・もう逃げられねぇか」

     *          *          *

例によってここらで一発ケリを入れることをマルシアに見つかってはならない。
「コラ、蚊取り犬、じっとしてろよ。お前の行動パターンはだいたいわかってっからな。よおしよしよしこっちおいでホラ」
水原一朗は部屋の隅に追い込んだ犬を、やれやれと抱き上げた。
「あいよ。こいつどうも毛抜き通りの野良ちゃんに惚れちゃったみたいよ」
「カトリーヌちゃん、避妊手術した方がいいかな?」
「やめときなって、自由にさせときたいんだろ」
「そうだよね。ワタシ今日は1万円払うよ」
マルシアは千円札を10枚、手慣れた手つきで数えて水原に支払った。
「ほんじゃサンパウロに塀くらいは建ったか?」
「日本も日本人もまだまだ景気よくないよ」
事務所の玄関で物音がした。
「ありがとーぉ、探偵さん。今度お店にも来てね」
水原はマルシアが抱きついて頬にキスをしようとするのを軽くいなしながら、受け取った千円札の1枚をマルシアに差し出して、
「マルシア、今夜は蚊取り犬ちゃんにワンランク上のご馳走を喰わしてあげてくれ」
「おう、探偵さんやさしいね」
両手を振りながら出て行こうとしたマルシアは、玄関で本城茜とすれ違った。
「こんばんは、カトリーヌちゃん見つかって良かったね」
マルシアは親指を立てて茜に笑顔で返すと、少し意味深な目を茜と水原に送って出て行った。
茜はやれやれといった表情を作りながら水原に、
「別にほっぺにチューされればいいじゃん。あたしに遠慮したのかな?」
「馬鹿いってんじゃねぇよ。それで見つかったのか情報屋?」
「ううん、一応パチンコ屋、雀荘は全部覗いてみたし、毛抜き通りに西船橋のおっちゃんがいたから聞いてみたんだけど、ここんとこ見かけないって」
「そうか、どこ行っちまったのかなぁ・・・」
「何の依頼なの?」
「例の・・・娘がどっかのソープで働いてっから連れ戻してくれという母親の件」
「ああ、あれ、ほっとけばいいじゃんよそんなの!」
吐き棄てるように茜は奥の居間に消えていった。
茜の毒気に煽られて水原はショートホープを取り出して火をつけた。
「なんなんだあいつ」
そういえば、茜がここに飛び込んできたのもこんな感じの夜だったな・・・・。

     *          *          *

一晩寝て気分も落ち着いたのか、水原が朝食に誘うと茜はすんなりと応じた。
「あーあ夏が来るなあ」
爪楊枝を銜えながら茜が呟いた。
「まだ梅雨あけてねぇよ。イマイチ、梅雨明け宣言っていつだ?」
「知らないなぁ、そういえば季節感ってないねぇこの店」
太子橋がレコードに針を落としながら答えた。

     ♪あたしの海を真っ赤に染めて
      夕日が血潮をながしてゆくの
      あの夏の光と影は
      何処へいってしまったの

石川セリの『八月の濡れた砂』が店内に流れる。
「ほい、とりあえず夏の演出と」
「何だか、おどろおどろしい夏ね」
「そういや何回目の夏だ?昭和カフェ的には」
「えーと、昭和カフェ的には・・・・」
太子橋が指を折り始めた。
「でもイマイチさ、季節感がないといったらこの街にもないなぁ、何だか知らない間に時間ばっか過ぎてゆくような気がするわ」
「ま、そんないい加減な雰囲気がこの街のいいところかもね」
太子橋が自嘲気味に答えた。
「しっかし、ここも暇だねぇ」
「何だよ、ピンちゃんのところはどうなのよ?」
茜が両手を交差してXの字を示した。
太子橋は溜息をついて、
「景気悪いよなぁこの街も。だいたい物騒な事件ばかり起きすぎるんだよ」
「そういえば、この間の通り魔事件って源さんたちに管轄が移ったんだよな」
「それで何回目の夏なのよイマイチさん」
「えーと、昭和カフェ的には・・・・」
太子橋が再び指を数え始めた。

     *          *          *

「アンちゃん、ここでいいんだよね?」
「いいんじゃない住所は合ってるから」
「誰もいないみだいだね、留守かな」
夏服を着た女子高校生を挟むように、ふたりの男子高校生が水原探偵社の入り口で立ち話をしていた。
「探偵か、面白そうだね」
「でも、はやってない感じ」
ちょうどその時、昭和カフェでのブランチを終えて水原と茜が事務所に戻ってきた。
「あれ、お客さん?」
茜が場違いな高校生の三人組を見て少し途惑った表情を浮かべた。
三人とも今どきの若者風ではあるが、決してスレている感じではなく、コンビニの店頭にしゃがみ込んでだべっている昨今の高校生像とは明らかに違う、一見すると美男美女トリオといえるのかも知れない。
「あの水原探偵社さんの方ですか?」
「ほい水原だけど、何かな?少年少女たち」
三人は顔を見合わせると一斉に声を揃えて、
「こんにちは!お世話になりまーす」
と頭を下げた。
「な、なんだ?」
「はい、右が相場カズヤくんで、左が二宮サトシくん。ボクは小林アン」
少女が三人を紹介した。どうやらこの少女がリーダー格で自分をボクというらしい。
「それで何の用かしら、お世話になりますって?」
「あなた誰?」
アンが真っ直ぐに茜の目を見ていった。
「えっ、アタシ?本城茜だけど・・・ここのアシスタントパートナーよ」
「つまり助手だ」
「へっ?」
カズヤが無遠慮に言い放ったので茜は少しムッとした。
「で、君たち高校生が何の用なんだ?」
「うん、夏の間ここで働かせてもらおうと思ってやってきたの」
「へっ?」
水原と茜が顔を見合わせた。
「あの、意味わかんないんだけど」
茜がアンにいうと
「はい、ボクたち夏休みの社会研究に探偵の体験を選択したわけ」
「はっ?」
「今は土日しか働けないけど、夏休みに入れば毎日働けるよ」
水原は軽く咳払いをして、
「あのね少年少女たち、探偵業を高校生たちにやらせるわけにはいかないの。マンガじゃないんだから」
「そうよ、私たちには依頼主さんの秘密を守る義務だってあるし、しょっちゅう危ない目にも遭うの、高校生が簡単に手伝える仕事じゃないんだから」
「でもボクたち、お給料はいらないよ」
「ん?」
茜が息を止めたのを水原は見逃さなかった。
「アカネ、ちょっと」
水原は、茜に後ろを向かせて小声で囁いた。
「アカネ、今ちょっとグラッときただろ?何考えてんだよ・・・・・」
「だってピンちゃん、給料いらないって・・・・・」
「バカ、だからっていくらなんでも・・・・・」
「例の大槻さんの件もあるじゃん、アタシも少し忙しくなるし・・・・」
「あれとこれとは話が別だろ・・・・」
水原は高校生三人組に向き直って、
「少年少女たち、なかなかユニークな申し出ではあると思うが、さっきこのお姉ちゃんがいったように、我々は信用商売だし危険も伴う、さすがに高校生は雇えないなぁ。いつまでもここで立ち話しているわけにもいかないし、悪いけど社会研究なら八百屋とか魚屋とかに行ってくれないかな」
カズヤとサトシが顔を見合わせた。
アンは頷くと、
「わかったよ。今日は帰るけど、また改めて来るから」
アンがカズヤとサトシを促すと、三人は表通りのほうに歩いていった。
「なんなんだあいつら。おいアカネ頼むぞ、これ以上やっかい者は沢山だからな」
「これ以上のやっかい者?ひどいなぁピンちゃん。でもあのアンって娘、なんだか不思議な雰囲気だったね」
「オレはわからんよ、あれくらいの歳の女の子って奴は・・・」
そういいながら水原と茜は事務所の中へ入っていった。

     *          *          *

二週間では街の様子も大して変わらない。
しかし、昨晩のひと雨で濡れた舗道に反射した光りがやけに眩しかった。
梅雨もどうやら明けるようだ。
不思議なことに常に自分以外の誰かを装ってきた丸木戸にとっても、
街の空気は穏やかな風に流されて、張り詰めた心を浄化してくれるような錯覚を感じさせた。
もちろん耳は研ぎ澄まされ、一見すると頼りなさげな目は油断なく四方の気配を窺っている。
「相手が悪すぎるな・・・」
栄村が決して標的を逃さないのは熟知している。
その執拗さが丸木戸と栄村の存在を西側に轟かせたといってもいい。
ソビエト国家保安委員会〔KGB〕の特殊工作員として暗躍した20年間は、
ある意味では奇妙な日本人同士の極東覇権をめぐる攻防でもあった。
しかし当の日本国で二人の存在を認知していたのは一握りの政府関係者に過ぎない。
栄村の狙いは明白だ、自分の命。
ならば刺し違えて果てるまでだと丸木戸はぼんやりと考えていた。
その時、丸木戸は反対側の舗道で、自分と等間隔に歩調を合わせている影を感じ取っていた。
強い殺気。しかしこの殺気には多分に好奇心が混ざっている。まだ若いな。
丸木戸は何気にショウウィンドゥを覗き込みながらその影を確認してみた。
かすかに映っていたのは長髪の若者のように思えた。
「はて・・・女か」
丸木戸が意外な影の正体に訝しがったその時だ。
「よう、とっつぁんやないか!」
突然、背後の交差点から声がかかった。
不覚だ。関西訛りが混ざったおかしな標準語、振り向くまでもない、丸木戸は声の主を熟知していた。
軽く舌を打って振り返ると、案の定そこには県警本部捜査四課・警部の西船橋が立っている。
こいつが表通りを歩くと裏通りがヤクザで満杯になるとまでいわれているクサレ刑事。
丸木戸は心の中で苦笑を禁じえなかった。
またよりによって初っ端に面倒な奴を引っ掛けちまったものだ。
西船橋はやくざが偽善者に思える風貌を精一杯に歪ませながら、
「とっつぁん最近見かけんかったな」
丸木戸は瞬間的に満面の笑顔を作った。
「あらん、西船橋のダンナじゃないのぉ〜もう嫌ん、急に後ろから声かけないでよ、驚いちゃうじゃないのさ」
「水原んとこのネーちゃんが探しとったぞ」
「もうピンちゃんたら、アタシに直接会いにくればいいのにぃ。ほんとシャイなんだから」
西船橋は苦笑しながらも目は笑っていなかった。
「ところで、あんたこの顔知っとるやろ?」
西船橋が胸ポケットから一枚の写真を取り出し丸木戸に差し出した。藤村五郎だ。
「あらあらダンナさん、アタシはピンちゃん専門の情報屋よ」
「二週間前にこいつがとっつぁんとよく似たじいさんと雀荘の前で立ち話をしてたって目撃情報があってなぁ」
「あら全然思い出せないわ、でどうなったの?その坊や」
西船橋の視線が鋭くなった。
「おかしな話やなとっつぁん、あんたがこの街で起こった事件について知らんわけないやろ」
「ごめんなさいね、アタシここんとこずっと寝込んでたのよ。嫌よね、歳とるといろいろと長引いちゃって」
「頚動脈を刃物で掻っ切られて転がっとったわ」
「きゃ怖い、ヤクザの喧嘩も変わったわね」
「いやこれはどう見ても極道の喧嘩とはちゃうな。殺された藤村ってのは紫紅会が飼ってたボンクラだが、殺されるほどのタマは持っとらん」
「あら、そしたらダンナは管轄を外されるってわけ?まぁ可愛そうな西船橋さん」
西船橋は丸木戸を凝視していたが、やがて視線を外し口元を一層歪めた。
「とっつぁん、本当に何も知らんのやな?」
「知りませんっていってんじゃないのぉ」
西船橋は眉間に皺を作りながら何か考え事をしているそぶりを見せた。
「ホシは複数の可能性がある」
丸木戸が一瞬だけ目を瞠った。
複数?あの栄村が徒党を組むのか・・・・。
「どないした?とっつぁん」
西船橋は丸木戸の肩を抱くと、そのまま裏路地のビルの入り口まで促した。
丸木戸は一瞬、反対側の舗道を気にしたが、そのまま西船橋に着いて行くことにした。
「ホシに興味があるようやな?」
いきなり西船橋はコートの裾に手を差し入れ、拳銃を取り出し丸木戸のこめかみに突きつけた。
「・・・・・」
丸木戸は無言で西船橋の目を見据えていた。
「ほう、チャカ向けられても平気のようやな」
西船橋は銃口をこめかみから眉間に移動させた。
「ふふふ・・・ダンナさんがまともな刑事さんじゃないってことが良くわかっちゃった」
「とっつぁんあんた誰や、何者や?」
「ところでどうなの?藤村五郎は複数の人間から嬲り殺しにされたってわけ?」
「・・・・いや、リンチはない、少なくとも殴打された形跡はなかった」
西船橋は丸木戸の顔に這わせながら、相手を値踏みしているかのような視線を送りながら答えた。
「じゃ、一瞬のうちに目撃者もなく藤村は葬られたってわけね。で致命傷は頚動脈を切られていて、不幸にも目撃者はなしだと」
「とっつぁんのいう通りや。どのみち一課に回すことになるやるやろな」
西船橋は少し視線をそらせながら、拳銃をコートにしまった。
「通り魔、変質者の線はどうなの?」
「似た手口が報告されとらんのや」
西船橋は再び丸木戸に目を向けたが、先程までの鋭さは消えていた。
「もいっぺん聞いてええか、とっつぁん何者や?」
「あらん、水原探偵社の情報屋よん」
「食えねぇジイさんだ」
「ダンナも優しいわね、銃の安全装置が外れてなかったもん」
西船橋はやがて笑い始めた。
「どうな、水原みたいなチャランポランを相手にしてても埒明かんやろ?俺の情報屋に鞍替えしてみんか」
今度は丸木戸が苦笑した。
「アタシを引き抜くつもりなの?ダメダメ、ダンナの下にいて街中を敵に回すのつまんないもん。それに本気でピンちゃんたちが好きだから・・・」
「ほうか俺はこの街の嫌われ者か・・・・なら片思いやな」
西船橋の目を丸木戸は真っ直ぐに見据えた。
「西船橋のダンナさん、アタシは逃げも隠れもしないから」
そういうと丸木戸は西船橋との会話を一方的に打ち切ってビルの表に出た。
反対側の舗道にあった若者の影は若い殺気ともに消えていた。

     *          *          *

昭和カフェで、マグカップを前に有本千晶は携帯電話を片手にメモを走らせていた。
「えっ・・・そうなんですね源田警部・・・管轄が四課から一課に移ったんですね・・・これで取材しやすくなるんでしょうね?・・・はい、え?店内のBGM?ちょっと待って」
千晶は携帯の受話口を塞ぎながら、
「マスター、この曲って何?」
「仲雅美の“ポーリュシュカ・ポーレ”」
太子橋がカウンターの向うから大声で答えた。
「聞こました?そう・・・・えっ?歌声喫茶?何ですかそれ?ちょっと警部、そんなことどうでもいいじゃないですか・・・・で、藤村五郎は組がらみの抗争で殺されたわけじゃないんですね・・・・もう、わかりました!」
千晶は携帯電話を乱暴にたたんだ。
「もう源田さんったら、すぐにケムに巻こうとするんだから、次からリロさんに話し聞かなきゃ」
すぐさま千晶の携帯が鳴る。
「もしもし、はい、えっ?・・・・麻薬売買で沖縄に行け?なに馬鹿なこといってんのよ!こっちの事件はどうなるのよ?・・・・冗談じゃないわ、私は遊軍じゃないんだからね!・・・・はっ?人手が足りない?・・・応援が欲しいって、頭おかしいんじゃないの?・・・・デスクいるのね?今からそっち行くから!」
ラテを一気に飲み干すと千晶はバッグを持って立ち上がった。
「マスター、お勘定ここ置くね。ピンちゃんが来たらヨロシクいっといて」
千晶がカフェを出ようとしたとき、カウベルが鳴り入れ違いに丸木戸が入ってきた。
「あら、あなたは」
「知ってるわよ、中央日報の女記者さんね。で、どうなのピンちゃんは、ちょっとは振り向いてくれそうなの?」
「もう嫌だ!この情報屋さんってそんなことだけは知ってんだ!」
やってられないって顔で千晶は外へ飛び出していった。
「珍しいですね情報屋さん」
太子橋が少し驚いたようにいった。
「ふふふ、ちょっと懐かしい曲が外に漏れていたんで入ってきちゃったのよ千林大宮さん」
「太子橋今市です。へえ、情報屋さんがロシア民謡ねぇ」
「ふふ、昔の話よ・・・・」
「なにかお飲みになります?」
「あのピンちゃんが好物の・・・ええーと、なんだったかしらタイの・・・」
「メコンですね」
「あ、それそれ」
「何か曲をおかけしましょうか?」
丸木戸は頷くとカウンター椅子に腰かけ、瓶に貼られた『Mekhong』のラベルを細目で見つめた。
「そうねぇ・・・ “誰か故郷を想わざる”なんてあるのかしら」
「うーん、少し待ってくださいね」
太子橋が棚にある膨大なコレクションを探し始めた。
「実はお願いがあって来たんだぁ」
丸木戸が胸ポケットから真っ白な封筒を取り出した。
「あ、あったあった霧島昇ね」
丸木戸はグラスに注がれたメコンを煽りながら、
「えーと・・・」
「太子橋今市です」
「お願いがあるの、この手紙さぁ、しばらく預かって欲しいの」
「私がですか?」
「そう、でねアタシに何かあったときにピンちゃんに渡して欲しいんだ。」
「はあ?」
「お願いね関目高殿さん」
「・・・・もしかして、わざといってません?」
イントロが店内に流れ始めると丸木戸は口をつぐんだ。

   ♪花摘む野辺に 日は落ちて
    みんなで肩を くみながら
    唄をうたった 帰りみち
    幼馴染の あの友この友
    ああ 誰か故郷を 想わざる

「なかなかいい歌ですね情報屋さん」
手紙を受け取りながら太子橋が声をかけた。
「・・・・流れ者にとって、故郷って生まれたところじゃなくて、辿り着いたところかも知れないねぇ」
「え?」

    ♪都に雨の 降る夜は
     涙に胸も しめりがち
     遠く呼ぶのは 誰の声
     幼なじみの あの夢この夢
     ああ誰か故郷を 想わざる

     *          *          *

「ピンちゃん、何だか表が騒がしいんだけど」
「ん?」
水原が事務所の入り口を開けると、ドッと人が押し寄せてきた。
「うわっ」
「あっ、水原探偵ですか!?お願いですウチのロッパちゃんを捜してください!」
「ちょっと奥さん、順番があるんですからね!我が家の可愛いアチャコを見つけて貰う方が先です!」
「ホームページ読みました!エンタツちゃんをどうしてもお願いしたいの!あの子は寂しいと死んじゃうのよ!」
「あの、ホームページって?」
派手なアッパパを着たおばさんが、手に持っている紙を水原に差し出した。
「へ?」
水原はその紙にプリントされている文字を読んだ。

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かわいいペットちゃん探します!

どっかに行っちゃったあなたの小犬ちゃん、ニャンコちゃん
ウサギちゃん、九官鳥ちゃん、黒羊ちゃん、イグアナちゃん
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「・・・・・・・」
茜がのぞき込む。
「何、これ?・・・・黒羊?イグアナ?2割引?」
「アカネ、何かやったか?」
茜が首を横に振った。
水原が「ハッ」として表を見回した。
騒々しいおばさんたちの列から離れたところに、アンたち例の高校生三人組が可笑しそうに壁にもたれていた。
「オマエら・・・・ちょっと入れ」
水原が手招きをして三人を事務所に入れた。
「スイマセンお客さん方、ほんのちょっと待っててくださいね」
不満顔で入り口に詰めかけてきたおばさんたちを牽制しながら入り口を閉めた。
「なにがロッパちゃんにアチャコちゃんだ・・・・」
水原は三人組を事務所のソファに座らせた。
「さ、説明しろ少年少女たち。一体何をやらかしたんだ」
「ボクたち水原探偵社のホームページを作ったんだ」
アンが落ち着いた口調で答えた。
「は?」
「だって、少しでもお客さんが増えればいいなと思って」
サトシがいうと、隣でカズヤが大きく頷いた。
「あ、ピンちゃんこれだ」
パソコンを操作していた茜が水原を呼び寄せた。
画面には漫画風のシャーロック・ホームズが虫眼鏡で右目を10倍くらい大きくして正面を覗き、吹き出しで「水原探偵社」と書かれていた。
“盗聴・盗撮器発見”“浮気・身上調査”“ストーカー対策”
“人捜し・遺失物調査”“その他諸々ご相談応じます”
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「・・・・・なんじゃこりゃ?おい!」
水原はソファに腰掛けている三人を振り返った。
三人組は何やら話し合っていた。
「おい!」
アンが口を開いた。
「えっと、まず外に並んでいる人たちを種別に3つのグループに分けると。それでボクたち三人がこの街を3つのブロックに分けてそれぞれ聞き込みを開始するわけ」
「は?」
「どうオジさん?」
「は?」
入り口の扉が“ドンドン”と叩かれる。
「水原さーん!お願いしまーす!ウチの子、なんとかしてくださーい!」
アンが「フッ」と口元を緩めた。
水原が茜に助けを求めるように視線を送ると、茜は両手をへの字に曲げて見せた。
「ピンちゃん、仕事作って押しかけられたら負けだよ」
また激しく入り口が叩かれる。
「すいません!もうちょっと待ってください!」
水原は怒鳴りながらソファに腰を下ろして、アンたちと対座した。
「いいか、この周りにあるものは一切触るなよ。それから少年少女たちにはペット捜し以外の仕事は一切やらせない。ギャラも一切なし!それも夏の間だけだ。いいか?」
三人は顔を見合わせて軽くガッツポーズを作った。
「わかったら返事!」
「はーい」
「それじゃ最初のお客さんをご案内しろ」
三人が立ちあがって入り口の方へ向かった。
茜が可笑しそうに、
「ついにここも少年探偵団を抱えたね」
「抜かせ!」

     *          *          *

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指導 大槻模型店・大槻祐二殿

上段陳列物の移動・撤去並びに東側出入り口の避難場所
の確保し、再度、期日までに最寄の消防署からの検査を
完了されること。

      消防庁第七地方管轄局防災指導課

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「・・・最近はソフビしか出ねぇしなぁ、思い切って整理すっかな」
脚立に上った大槻は、棚と天井の間を埋めたTANIYA製のミリタリープラモデルの埃を払いながら呟いた。
「うーん、この1/25パンサータンクは間違いなく高く売れるわな・・・」
「そうそう売っちゃいなさいよ、店内も少しは明るくなるわよ」
突然しわがれたおネェ言葉が薄暗い店内に轟いたので大槻はギョッとした。
「大槻ちゃん、何度かお目にかかっていたわよね」
「なんだ、あなたですか・・・水さんのところの・・・」
「そ、優秀な情報屋さんよ」
「今行きます」
大槻は脚立から飛び降りた。
「ご用は何でしょう?まさかお孫さんへのプレゼントですか」
「そんな面倒臭いもの持ってないわよ」
「はあ」
「アタシの欲しいのは大人のおもちゃよ」
「えっ?そういうのはちょっと・・・・んーお取り寄せは出来ますが」
丸木戸は大槻の耳元に口を近づけた。
「ぎゃ!」
「人・が・殺・せ・る・おもちゃよ」
「えっ?」
大槻の顔が一瞬強張った。
丸木戸はジャケットから大量の紙束を出した。
ビール券だ。
「知ってるのよ、ご自慢のコレクションを見せて頂戴」
「じょ、冗談すよね?」
丸木戸は首を振って、そのまま店舗から続く奥の部屋へズカズカと入ろうとした。
「おいちょっと待った!」
「シャッター閉めといたほうがいいわよ」
「へ?」
丸木戸は本棚に目をやり、枠を掴むと思いっきりスライドさせた。
そこにはライフルが5挺、拳銃が10挺飾られていた。
「ふふふ悪い子ねぇ」
「・・・・・・」
丸木戸は無造作にパイソン357マグナムを掴み取ると銃身を眺めた。
「銃身はズレていないわね。手入れはなかなか行き届いていると、でも少し大きすぎるわ」
大槻がバタフライナイフを取り出した。
「ジイさん、どういうつもりだ!」
「あら男前さん、突くならいつでもOKよん」
丸木戸は尻を突き出し、大槻の前で振って見せた。
「ちっ!」
大槻がナイフを捨てて、丸木戸に飛びかかった。
次の瞬間、驚くべき敏捷さで丸木戸は大槻の視界から消えた。
「なっ?」
大槻はそのまま直立不動の姿勢で動けなくなった。
丸木戸がしゃがんだ姿勢から右手で大槻の股間を鷲掴みにしていたのだ。
「おタマ握りつぶしちゃうわよ」
丸木戸は悪戯っぽく笑いながら立ち上がり、左手に持ったビール券の束を大槻の眼前で扇いだ。
「さ、これで売ってもらうよ」
「・・・・・」
「今度、消防の監査が入ったら渡しておきなさい、あいつらには結構効くわよ」
丸木戸は右手に力をこめた。
「・・・・しかし幾らなんでも」
「あら悪くないわよこの商談」
丸木戸は大槻の目をじっと見ると、一気に喋りだした。
「大槻祐二、元暴走族のリーダー。1984年極東青年同盟にオルグされ、1989年に組織を脱退。凶器準備集合罪で逮捕歴あるも不起訴。翌年にボランティアの名目でベイルートに入国。モサドの工作員と接触、その後、パレスチナに潜入し武器、弾薬の調達、運搬、売買に従事した後、ガザで地元ゲリラに拉致、クエートで拘留された後に1991年湾岸戦争直前の混乱に紛れて日本に帰国」
大槻は目を見開いて丸木戸の目を凝視していた。
「なかなか大したお痛してるわね。このお話って公安が泣いて喜びそうフフフ」
「あ、あんた何者だ・・・・・」
「あら情報屋よん。もうみんなして同じことばかり聞かないの!で、どうなの?アタシこのブローニングが気に入っちゃった、お豆(弾丸)ももらっていくわよ」
「マジなの?」
「そ、マジ」
丸木戸はニヤリと笑うと、ビール券の束を丸めると大槻の胸ポケットに差し込んだ。
「ところでピンちゃんのとこの茜ちゃんどうしてるか知ってる?」
「茜ちゃんなら今頃、ウチの若い奴らを鍛えてると思う」
「鍛えてる?・・・・どこで?」
「JRの貨物駅前の空き地」
「ありがと、これ追加ね・・・・あっ、それから今日のことはピンちゃんには内緒よ」
丸木戸はビール券をもうひと束、茫然としている大槻に渡して出て行った。
しばし立ちすくんでいた大槻は我に返ると、ビール券をじっとみつめた。
「いくらなんでもビール券って・・・商売向いてねぇのかな俺・・・・」
ぶつぶついいながら、大槻は指を舐めるとビール券を数え始めた。

     *          *          *

「はあ、はあ、はあ・・・ほ、本城さん・・・少し休憩しましょうよ」
「ほら金竜!そこ下半身ガラ空きじゃん!茜って呼んでいいよ」
「えっ?」
「膝の関節に前蹴り入れられてジ・エンド!」
「はっ?」
「はっ?じゃないよ!ほら今度は顔面のガード下がった!」
胴衣を羽織った茜が暴走族Black Impulse総長・金村竜一の金色に染めた頭をぴしゃんと叩いた。
「ようし!キューケー!」
茜の号令でBlack Impulseの若者たちが一斉に地べたにへたりこんだ。
梅雨の中休み。
JR貨物駅前のレール操作場には改造バイク数十台が輪を作るように停められ、その中心に茜が仁王立ちしていた。
“本城さんに喧嘩の奥義を教わりたい”と金竜から申し出があったのは5日前のことだった。
最初は断った茜だったが、翌日には大槻から水原を通して正式に話がきた。
なんでもメンバー全員の意志で一回の講義につき、ひとり千円ずつ出すという。
「いいんじゃねぇの別に。チョチョイって教えてあげれば。仕事だって毎日あるワケじゃないんだから水原探偵社の会計を助ける意味でもさ。そもそもアカネもあいつらには借りがあるわけだろ?」
「チョチョイなんて簡単なモンじゃないんだけど・・・・」
結局、水原の言葉に茜は渋々応じることになり、喧嘩は絶対にしないという条件で喧嘩の奥義を伝授するという、よくわからない本城茜師範の青空道場がオープンしたわけだ。
「ほんじょ・・・・・茜さん、ちょっと飛ばしすぎっすよ」
ペットボトルの水を頭からかぶりながら金竜が呟いた。
金竜はまだマシな方で、他のメンバーの中には仰向けになったまま息が上がって動けない者もいる。
茜はへたり込んでいる暴走族たちを眺めながら、
「だいたい君たちは不摂生のしすぎなんだよ。まず体からニコチンやらアルコールやら変なドラッグやらを抜かなきゃダメ。ようし!キューケー終了!」
「マ、マジっすかぁ」
「じゃ金竜、あんたを中心に突き三百本行くよ。ほら総長なんでしょ!」
「信じられねぇ・・・・」
若者たちが声を出して数を唱えながら突きを始める。
「いい、相手がひとりの時ならいいけど、複数と闘うときは地面で揉み合っちゃダメ。上から袋叩きにされるのがオチだからね。倒れたら負け。だから下半身を鍛えなきゃ!そこのスキンヘッド!もっと腰落とせって!」
「は、はい」
茜は坊主頭の若者尻を軽く蹴飛ばしながら檄を飛ばす。
「坊さん、名前は?」
「はい桂といいますです」
「キャハハ、見た目は君が一番かも知れないね、少林寺の胴衣とか似合いそう」
「こいつは呈永寺って寺の息子なんだ」
金竜がニヤリと笑っていった。
「ああ桜の老木があるところ。知り合いのカフェのマスターたちと花見やったとこだ・・・・・」
「あっ、もしかしていつかの夜、酔っぱらって絶叫していた・・・」
「それはチンコロねえ・・・・・あと他に何かあった?」
「あの・・・石燈がふたつほど粉々に破壊されていて・・・」
「んっ・・・・」
「それから釣り鐘が逆さまに・・・・・」
「はーい!みんな気合い入れてるか!」
いきなり茜が桂に背中を向けて檄を飛ばした。
場の空気が一気に和んだ。
(まいったなぁ・・・あのときはメコン呑みすぎて調子に乗っちゃったからなぁ)
金竜も笑いをこらえていたが、ふとコンテナ置き場に逆光を浴びて陽炎ように揺れているシルエットが目に入った。
目を凝らすと、そのシルエットが近づいてくる。
鳥打ち帽子を被った黒眼鏡の男・・・・・・・老人か?
ただの野次馬ではないことは金竜にも察しがついた。
「茜さん」
金竜がコンテナ置き場の方向を顎で指し示した。
「ん?」
茜はその瞬間、射抜かれるような視線を感じた。
「何なんだ手前ェ!見せもんじゃねぇぞコラ!」
金竜が怒鳴った。
「金竜やめろ!」
老人がニヤリと笑ったのが見えた。
金竜と茜の声でBlack Impulseのメンバー全員が色めきたった。
「何だよジジイ!」
「金竜!動くなって!」
視線の強さは殺気とは違う。むしろ黒眼鏡の奥の瞳に慈しみさえもたたえているかのようだった。
まるで底が見えない海のような閑けさ。こっちの感情がすべて見透かされているような錯覚。
茜はこの視線に瞬間、懐かしい記憶を呼び起こしていた。
しかしその左目は無惨にも塞がれている。
「本城茜さんですね?」
「はい。・・・・どうしてアタシの名を?」
老人は鳥打ち帽子を軽くずらしながら、
「これは失敬した、先程からずっと拝見させて戴き、感激しておりました。首里手系・・・・もしや伯心流獅童剛気拳ですな、いやいや久々に見させてもらいました。フフフただのモノ好きなジジイです」
何事にも動じない落ち着き払った口調。
「伯心流をご存知なんだ?」
「少しだけ。お嬢さんもしよろしければ型だけでもやって見せてはもらえんじゃろか」
「型?」
「はい、お先短き老人のお願いじゃ」
茜は老人の右目をじっと見た。穏やかな目だが吸い込まれそうな負の力を感じる。
そうか!この眼差しは師匠とそっくりだ。
「キェェェェー!」
茜がその視線に立ち向かうように気合いを発した。
両方の掌で輪を作り、腹から息を吐き出し、擦り足のまま前蹴りを連続させると、
手刀を落としながら片足をあげてそのまま円運動に移行する。
気合いとともに竹がしなるように伸びた足が、音を立てて空気を切り裂き、突きによって生じる胴衣の擦れる音が金竜や桂たちを茫然とさせた。
まるで太陽の日差しを独り占めしているかのように茜が舞う。
しかしその舞いは優雅ではなく、凛とした緊張感を孕んでいるようだった。
「茜さん・・・・すげェ・・・・」
金竜がボソッと呟いた。
隻眼の老人は唇に笑みをたたえて見続けていた。
・・・・・・・・八重子。
「ハァー!」
茜が再び大きく腹から息を吐き出した時だった。
遠くの方から鋭く光るものが茜をめがけて一直線に飛んできた。
茜は瞬間的に後ろまわしで、それを蹴り払った。
地面に銀色のナイフが突き刺さる。
「何するんだこの野郎!」
金竜が老人に踊りかかるが、老人は反転すると金竜の軸足を払い転倒させた。一瞬の出来事だった。
「金竜!」
茜が老人を睨みつけた。
「他にも誰かいるのか!?」
老人は相変わらず穏やかな表情を見せながら、鳥打ち帽を軽くずらした。
「失敬、失敬。まだ教育が出来てないものでな・・・・いやいや素晴らしかった。久々に楽しいものを見せてもらいましたな」
老人はそう言い残すとその場を去ろうとした。
「待て!このシジイ!」
起きあがった金竜が老人に突進し、背中を掴んだ。
「金竜止めろ!」
老人が半身になったと同時に金竜が崩れ、地面でのたうち回っている。
「金竜!」
「心配なさるな急所は外した。茜さん、見事だったが少々粗い。危うさが行き過ぎるようですな」
「え?」
老人はそのまま背中を見せて立ち去って行く。
その背中から呟くような歌声が聞こえた。
「小川の岸でさみしさに 泣いた涙のなつかしさ・・・・・」
茜はその背中に一寸もの隙が見当たらないことに愕然とした。
我に返って金竜を見ると桂たちに肩を借りてなんとか起きあがろうとしていた。右手で脇腹を押さえている。
「当て身・・・・金竜大丈夫か?」
金竜は痛みに咳き込みながら頷いた
「坊さん、知ってる顔なの?」
「いえ、初めて見る顔っす」
桂が答えた。
茜が再び視線を起こしたときには既に老人の後ろ姿は消えていた。
「・・・・今日は散会しよう、坊さん、金竜頼むね」
茜が膝を折って正座しBlack Impulseに「礼」をした。
あわてて全員が茜に倣って地面に頭をつけた。

改造車の爆音が響き、やがてもとの閑散としたJR貨物駅に戻った時、ひとつの足音が近寄ってきた。
その足音の主は地面に突き刺さったままの銀色のナイフを抜いた。
『栄村・・・・茜ちゃんは八重子じゃないんだ・・・・巻き込むなよ』
丸木戸定男は悲痛な面持ちでナイフを見ながら呟いた。

     *          *          *

茜が水原探偵社に帰ると事務所に来客がいた。
水原と向かい合うように四十歳後半の女がソファに腰掛け、目頭をハンカチで押さえていた。
「おうアカネお帰り、どうだあいつらに根性いれてやったんか?」
「んっ?まあね、で、このお客さんは?」
水原は少し声の調子を落として、
「あの例の娘さんがソープ嬢になっちゃったお母さん。やっと見つけたんだわ娘さんを」
茜は女をチラッと見た。
グレイの地味なスーツで、白髪交じりの髪をしゃれっ気のないゴムで束ねながら、ときおり洟水を啜っている。
茜はあからさまに不機嫌そうな顔を作った。
「汗かいたからシャワー浴びてくる」
「あっ、その前にお茶入れて」
「ごめん、ピンちゃん自分でやって」
茜はふて腐れたようにいうと奥の部屋に消えていった。
「おいアカネ!」
水原は依頼客に軽く頭を下げると茜を追いかけた。
「どうしたんだ?一応客商売の端くれなんだぜ」
「嫌なんだ。ああいうの」
「はあ、またアカネの病気が始まったか?あのなぁ、オレたちお客選べるほど偉かないんだぞ」
「知ってる。で、どうするのよ娘さんのこと」
「なんとかここに連れてくる。それが仕事だ」
「やめなよ、そんなの」
「何かあんのかお前・・・・」
「アカネ」
「何かあんのかアカネ。いいかあのお母さんの娘が勤めてた店は紫紅会の息のかかったヤバイ店なの、とにかく話し合いだけでもやってもらうつもりだ」
「そんなの西船橋警部にやってもらえばいいじゃんよ」
「そんなわけにいくかい。アカネ、こっちをよく見ろ!」
水原は茜の目を自分に向かせた。
「いいかアカネ。何が気にいらないのか知らんけど、オレたちは何もあの母親と娘の仲を取り持とうってんじゃないんだぞ。ここに連れてくればそれで終わりなの。あとはあの人たちの自由。そしてアカネの役目はオレがその娘をここに連れて来るまで、あのお母さんと一緒に留守番すること」
「嫌だ」
「嫌だじゃない。アカネここに来てどれくらいなる?いいか、何かから逃げるのはアカネの勝手だし、四方八方に壁を作ってじっとしているのもアカネの勝手だ。でもな、それはぜ〜んぶ、今ある仕事を済ませてからだ。結局食っていくってのはそういうことだろ?」
「・・・・・・・」
「あの朝、メコンあおりながら7年間分のあれやこれやを全部吐き出したんじゃないのか?」
「・・・・・・・」
水原は時計をちらっと見た。
「じゃ、ちょっくら行ってくるから、あのお母さん頼んだぞ」
水原はそう言い残すと事務所の玄関に向かった。
「お茶入れとけ」
バタンとドアが閉まる音。
アカネは奥歯を噛み締めていた。

     *          *          *

朝まで飲んでいたら尻の毛まで抜かれることから名付けられた、通称“毛抜き通り”。
この街最大の歓楽街の片隅にソープランド『バンクホリディ』はあった。
水原が店の看板を確認していると、後ろから肩を叩かれた。
「何だ水原、珍しくお楽しみか?」
県警本部捜査課警部・源田だった。
「源さん、仕事仕事」
源田は『バンクホリディ』の看板を眺めながら、
「紫紅会絡みか?」
「いやいやそんな勇ましいもんじゃないって。ところで源さんはいいのか、ここはニシさんのシマ内だろ?」
「お前、警察を暴力団みたいにいうなよ。ほら例の通り魔事件、あれがこっちに回ってきた」
源田は、ふと何かを思い出したように、
「そういえばニシから聞いたが、お前のとこの情報屋を昼間、見かけたらしいぞ」
「ほんとかい。今夜もパチンコ屋や雀荘を覗いてみたんだけどな」
「もし会ったら伝えてくれ、実は俺も彼に訊きたいことがあるんだ」
「情報屋にか?」
「ああ、マルガイと事件直前に接触している可能性がある」
「へえ」
「まあ流しの犯行ってのは一筋縄には行かないから協力者は多いほうがいい」
「あいよ。ところで源さんこそ珍しいな、いつもの小っちゃいのは連れていないんだ?」
「三原か?あいつは友人の結婚式とやらで大阪だ」
「ふーん」

     *          *          *

事務所に漂うシーンとした気まずい空気を破ったのは母親の方だった。
「あの、あなた・・・失礼ですが歳はいくつですか?」
手持ち無沙汰に雑誌をめくっていた茜は少し不意をつかれた。
「歳?23だけど」
「あら、じゃあウチの娘と一つ違いね」
「・・・・・・」
「あの娘ったら、それは真面目でいい子だったんですよ。でも高校の時にお付き合いした彼氏の兄がやくざで・・・」
茜は軽く舌打ちをすると雑誌のページを乱暴にめくった。
「ほんとうにお父さんさえしっかりしていれば、由佳もあんな風にはならなかったのに、仕事仕事って全部私に押し付けて・・・・・」
「・・・・・・」
「もう本当に親不孝なんだから・・・・ご近所から良くない噂でも立てられたらと思うと気が気じゃなくて」
「はあー」
わざと大きく溜息をついて、茜は雑誌を放り投げた。
「お嬢さん、あなたのお母さんってお幾つかしら?」
茜は眉を逆八の字にしてソファに座ると正面から依頼者を睨みつけた。
「あなたには関係ないじゃない!だいたいさっきから聞いていると何なの?父親のせいにしたり、世間体ばかり気にしていて!いいこと、娘さんはやくざの店で体売ってるんだ、まずは娘さんのことだけを心配してあげてやればいいじゃない!」
茜に凄い剣幕でまくし立てられ、母親は呆気にとられていたが、みるみるうちに大粒の涙が目に溢れてきた。
茜は腕を組んで依頼者の表情を凝視していた。
「か、可愛くないわけないじゃないの・・・あの娘は私が、私がお腹を痛めて産んだ子なのよ・・・小さい頃からピアノも習わせた・・・お習字にも通わせた・・・それがなんでやくざなんかに・・・」
蚊の鳴くような嗚咽交じりの声で母親がいった。
「お嬢さん、人のせいにでもしないと頭が狂いそうなの・・・そう娘がああなってしまったのは全部私のせいなんです。私、あの娘の声を全然聞いてあげてなかった・・・」
「やめてよ!聞きたくない!」
気まずい沈黙が流れた。
その沈黙を破ったのは不意に事務所に轟いたチャイムの音だった。
誰だ?今時分。茜は時計をチラと見た。午後7時半を回っている。
茜がソファから立ち上がり、玄関を開けると金村竜一が立っていた。
「金竜?」
金竜は少しはにかんだ表情でペコリと金髪頭を下げた。
「どうした?・・・・やられたところ、もう痛まないの?」
「あれしき大丈夫っすよ。それよりウチのオカンがこれを茜さんにって」
「ん?」
金竜は黄色い布で綺麗に包まれたものを茜に差し出した。
「キムチっす。オカンが漬けた奴。鍛えてもらってるって話したら、今すぐ届けて来いって持たされて。もう最悪の鬼クソババァなんですが、キムチだけは美味いっす」
「そっか」
茜は事務所の応接室の様子を窺いながら外に出た。
「金竜ありがとう。いいタイミングで来てくれた」
「はい?」
「ふーんキムチか・・・・いいお母さんだね、どれひとつまみしていいかな」
「えっ?ここでっすか。うちのオカンは本当のクソすよ、平気で俺と取っ組み合ってきますから」
「Black Impulseの総長を息子に持ってたら気も強くなるってもんなんじゃないの?」
金竜が瓶の蓋を開けると香ばしい匂いが立ち込めた。
「おっ、大根もあんじゃん、カクテキ好物なんだ。君も食いなよ」
「うっす」
「金竜は親父さんはいないの?」
「オヤジはやくざもので、俺が餓鬼のときに頭ぶち抜かれて死んじまったんすよ」
「・・・・そうか、苦労したんだ」
「もともとウチは・・・・まあ、よそからの出なもんで苦労はあったんじゃないすかね、オカンもあんまし口には出しませんが、なんかナメんなよって意識は高いみたいっす」
「金竜の家もこの街に流れてきたって訳か・・・・」
水原探偵社の無人の入り口でシャリシャリという小気味の良い音が響く。
「・・・・うん美味しい。こりゃ酒が欲しいな」
「えっ、ダメっすよ単車で来ちまったし」
「暴走族がきいた風なことを抜かすなよ・・・・単車かぁ」
瞬間、昼間の老人の視線が脳裏をかすめる。
茜の目がいきなり輝いた。
「金竜!ちょっと頼みがあるんだ。悪いけどそこで待ってて」
茜は事務所の中に入ると、ソファで俯いている依頼人を素通りして、奥の部屋でポーチに着替えを押し込んだ。
「よし」
最後に胴着の帯を締めると、応接室に戻って事務所の電話の受話器をとり短縮番号をプッシュした。
同時に味気ない着信音がデスクの上で鳴った。水原の携帯電話だ。
「なんだよ慌ててたなピンちゃん。ケイタイ忘れてんじゃん・・・・」
茜は水原の携帯を手にとると鼻歌まじりでボタンを操作した。
急に機嫌が良くなっている茜をポカンと眺めていた依頼者がようやく口を開いた。
「あのう・・・・」
「あっ、お母さん悪いけど出掛けます。ピン・・・水原探偵が戻ってきたら、しばらく暇を貰うからって伝えといて。んじゃ留守番頼みまーす」
「え?」
「お茶、流しにありますから勝手にどーぞ」
「はっ?」
「娘さん戻ってくるといいね」
茜はそういい残して事務所を飛び出していった。

     *          *          *

本格的な夜を演出し始めた街に、ぶっとい集合管から発せられる爆音が轟いた。
茜を後ろに乗せた金竜の真っ赤に塗装されたカワサキ・バルカン1500が疾走する。
「茜さん!」
「あー!何かいった!?聞こえないよ!」
茜が怒鳴った。
「マジっすかこれから空港なんて!」
「そう!しばらく修行する!毎日、突き五百本やっときなよー!」
「修行!?」
「昼間のジイさんに見切られて頭来た!」
「あんなの気にすることないじゃないすか!」
「いや!鍛え直しに行く!」
「もう十分に強いじゃないすか!」
「弱い弱い!もう女々しくて嫌なってんだ!」
「茜さん!ちょっと聞いていいすっか!?」
「なに!?」
「水原さんのことなんすけど!」
「ピンちゃんが何!?」
「茜さんはあの人のこと好きなんすか!」
「あー!何だって!?聞こえない!」
「だ・か・ら!好きなのかって!」
その途端、金竜のドカヘルに頭突きが来た。
「うわっ!」
バイクが危うくスピンしそうになった。
「金竜!つまんねぇこと聞くな!もっと飛ばせ!飛行機出ちゃうだろ!赤信号は気にすんな!こういうときのために暴走族やってるんだろ!?」
「無茶苦茶いわないでくださいよ!わっかりました!ふっ飛ばされそうになっても泣いちゃダメっすよ!」
金竜はスロットルを全開にした。真っ赤なバイクが大爆音とともに加速した。
「ひゃっほー!いいぞ金竜!」
交差点を爆音とともに駆け抜けたとき、歩道からそれを振り返る影があった。
黒眼鏡の老人は茜の背中をテールライトが赤い点になるまで見つめ続けていた。

     *          *          *

水原探偵社では、灰皿をてんこ盛にした水原が苦虫を噛み潰したような顔で煙を吐き散らしていた。
ソファでは、お互い俯いたまま身動き一つしない母と娘が並んで座っている。
娘は頬のこけた顔と荒れた肌を厚化粧で隠しているのが、実年齢よりもずっと老けて見えた。
母親も放心したような顔で自分の爪を眺めている。
水原はこの沈黙に頭を抱えていた。この状態が続いてかれこれ二時間近くなる。
水原は一応咳払いをして、
「えーとですね、何度も申し上げた通り、店のマネージャーには三日間の休暇を取り付けてきました。その間にご家族でですね、今後のことをよく話し合って戴いてですねー・・・・」
そのとき、デスクの上の携帯電話が突然『五番街のマリーへ』を奏でた。
「な?」
着信通知は“本城茜”。
「もしもしアカネか!どういう了見だ?なんでアカネからかかってくるとこの曲なんだ?さては悪戯しやがったな!」
『ごめんねピンちゃん』
「今どこだ?」
『那覇に着いた』
「なは?」
『ピンちゃん聞いてくれる?アタシまだまだ弱いところが一杯ある』
「ああ、そのようだ」
『それをちょっと見つめ直したくなったんだ』
「何いってんだおま・・・アカネ」
『本当にごめん、夏の間は少年探偵団もいるし、しばらく連絡しないと思う』
「おい、ちょっと待て!」
電話が切れた。水原はすぐにリダイヤルをプッシュしたが、電源が切られているというアナウンスが流れた。
「あのバカヤロめ!」
水原が怒鳴るとソファに座っている母娘は顔を見合わせた。

     *          *          *

金竜は茜を空港で落とした後、真っ赤なバイクをクールダウンさせるようにゆっくりと湾岸環状を迂回しながら街に戻って来た。
カレンダーの日付はとっくに変わっている。
昼間、茜にしごかれたことと、無事に最終便間に合わせた安堵で疲れがどっと出たのだ。
大槻の所でも寄るかと思いバイクをUターンさせようとした時、金竜はふとアーケード街から出てきた老人に目を止めた。
間違いなく昼間、JR貨物駅に現れた老人だ。
その瞬間、ズキンと脇腹に当て身を喰らわされた痛みが蘇った。
「・・・・あのシジイ」
金竜はバイクを歩道に寄せ、ドカヘルを被り直しながら、老人の後を追うように歩き始めた。
老人は商店街を黙々と歩いていたが、薄汚れたコンクリートが剥き出しになったマンションの中へ入っていった。
金竜は足を止めて老人が消えたビルを見上げる。
(カチ込むか・・・・しかし丸腰だ。あのジジイは厄介だしな・・・・)
居場所だけでも確認しとくかとビルに足を踏み入れようとした時だった、
“ガツン”瞬間もの凄い衝撃が後頭部に響いた。瞳から一斉に星が湧いたような錯覚の先には吹っ飛んでいくドカヘルが見えた。
思わず足の力が抜ける。でも倒れちゃいけないんだっけ。
「て、手前ェ!」
金竜は恐怖を感じなかった。
再び頭部を襲う激痛!
今度は目の前に霞がかかった。
「やめないか!」
叱咤する老人の声が聞こえる。
「ちっ」という舌打ちが聞こえた。地面に何かが転がった。
次第に朦朧としていく意識の中で金竜は老人を睨みつけた。
「ほう、昼間の威勢のいいお兄さんか、おやおや金髪が真っ赤じゃないか。本城茜さんは一緒かい?」
金竜は膝がつきそうになりながらも不敵な笑みを浮かべて首を横に振った。
「こ、殺せ・・・・」
「ほう、よく立ってるな。なかなかいい根性しているじゃないか・・・・苦しいじゃろ?しかし手遅れだ・・・不本意だが楽にしてあげるしかないようだ」
老人の右手にはサイレンサーつきの自動小銃が握られていた。
金竜の瞳孔が開いたのと同時に銃口から火花が飛ぶ。
その瞬間、生き急いだ19年の青春が儚く砕け散った。


−後編−


「へえー沖縄ねぇ、ま、茜ちゃんらしいちゃ茜ちゃんらしいわな」
「冗談じゃねぇよな、ホントに気の向くままに突き進みやがってよ」
水原一朗はチャレンジモーニングの“パパイヤとタピオカのお茶漬け”を掻き込みながら太子橋今市に愚痴をこぼしていた。
「でも茜ちゃんって、この街に現れてからどれくらいたったっけ?」
「知らねぇよ」
「色々なことが起こったからねぇ。何だかずっと昔から居たような気がするけど、そんなに長く住みついているわけじゃないんだよな」
「・・・・・・・・・」
水原の脳裏に突然、あの日、茜との会話が蘇った。

“うん。自分の身は自分で守れるようにしなきゃと思って。体が強くなれば心も強くなれるって思った”
“なれたのかよ、強く”
“ごらんのとおり。迷惑ばっかりかけてます”
“本当は、もうひとつ話さなきゃなんないことがあるんじゃないか?”
“…………! …………、それは”
“また今度でいいやね。また楽になりたくなったらいえよ。今日は楽になれたか”
“うん。話してよかった。でも、その後のことは、まだ…………”

「・・・・・・・・・」
「ピンちゃん、茜ちゃんもいつの間にかこの街にはなくてはならない人になっちまったな」
水原は茶碗をカウンターに置いた。
「で、どうだった?今朝のモーニング」
「・・・・・・ん?ああ、えーと・・・・・どんな味だったっけ?」
「これだよ」
太子橋が口をへの字に曲げながら食器を片付けた。
「な、イマイチ、この間の続きだけどさ、この店出して何年くらいになるよ?」
「興味ある?」
「全然ねぇや」
今度は口元を緩めながら太子橋は蛇口を捻った。
「・・・・・・・・・上手くいえないんだけどさイマイチ」
「ん?」
「オレらって、この街で生きてるんじゃなくて、何かこの街の物語に生かされているような気がするんだわ」
水原はそういいながらショートホープの箱の中を覗き込んだ。
「・・・・・・・・・なんか、最近そんなことを思うわけよ」
水原はそう呟くと空箱を握りつぶした。
「大槻も情報屋もそれなりに街に馴染んでんだろうけど、どこか別の場所を引きずっているような気がするんだなぁ・・・・・・・」
水原はカウンターに百円玉と十円玉を四つ置いた。
「ピンちゃん、そりゃある意味でよそ者の拠り所のなさって奴なのかもな」
水原に新しいショートポープを手渡しながら、太子橋はふと情報屋から預かった手紙のことが頭をかすめた。
「そういえば・・・・・・流れ者にとっての故郷は、生まれたところじゃなく辿り着いた場所っていってた人がいたよ、その席でね」
水原はショートポープの封を切って一本くわえた。
「ピンちゃん、一杯やりたくなるね、こういう話してると」
マッチを擦る。煙草の煙がゆっくりと漂った。
「よせやい、朝から酔いどれるほど人生達観しちゃいねぇよ」
太子橋がレコードに針を落とした。
「ちょっと古い歌なんだけど聴いてみないか」

     ♪ひとりの姉が 嫁ぐ夜に
     小川の岸で さみしさに
     泣いた涙の なつかしさ
     幼馴染の あの山 この川
     ああ 誰か故郷を 想わざる

水原は黙って吸い殻を灰皿に落とした。
その灰皿が置かれた木製のカウンターテーブルの下、正確にいえばその板の裏側には黒いプラスチック製の消しゴム大のものがガムテープで固定されていた。
そこから小型ラジオのアンテナ状のものが延びている。

昭和カフェからほどない路地裏の電信柱に寄りかかりながら、イヤホンを通じて水原たちの会話に耳を傾けていた丸木戸定男は、不意に流れてきた霧島昇の歌声に聴き入っていた。
その時、突如、電話の呼び出しベルがイヤホンに届いた。
『はい昭和カフェです・・・・・・おや源田警部、はい来てますよ、今代わります』
丸木戸は「はっ」としてイヤホンに手を当てた。
『もしもーし、ほい源さん何?・・・・・・・・・んっ?・・・・・・・・・金村竜一、知ってるよ、ゾクのアタマだろ?・・・えっ!・・・・いつだ?・・・・今朝?わかった、後でそっち寄るわ』
『どうした?ピンちゃん』
『大槻のところの若いの、金竜って奴がいたろ?この間一番騒いでいた奴。あいつ頭を撃ち抜かれて転がってたらしい、イマイチ勘定だ!』
丸木戸はイヤホンを外すと、電信柱の陰に身を隠してカフェから飛び出していく水原をやりすごすと、その背中を悲痛とも思える表情で見送っていたが、やがて安堵が入り交じった表情で空を見上げた。
「茜ちゃん、沖縄か・・・・・・・・・」
厚ぼったい雲に覆われた低い空だった。

     *          *          *

抜けるような真っ青な空、ところどころにアクセントのように真っ白い雲が浮かんでいる。
空を見上げていた本城茜はマングローブの木陰に人の気配を感じた。
振り向くと目をキョトンとさせた老人が立っている。
「おお、おじいじゃないか!」
茜が思わず白い歯を見せた。
「ほ、本城か!?」
「お久だねぇ!相変わらず飲んでるのか?」
茜はそういうと腕を交差させて“押忍”の挨拶をした。
おじいも慌てながら“押忍”を返す。
「本城!ウチナーにはいつ来たね?」
「昨日の夜来て、ヒッチハイクでやっと着いた」
「那覇からね?」
茜は頷いた。
「で、師匠は元気なの?」
「ああ相変わらずさ、最近は師匠ではなく総裁って呼ばせてる。でも本城がいなくなってから少し寂しそう、ほれみんな海岸で稽古してるさ、沙良も莉実も驚くさぁ」
茜はおじいこと喜屋嘉吉と何かと気が合った。
ある意味では命の恩人でもある。
嘉吉は伯心流道場の雑用係として働いていた。歳の割には落ち着きはないが、巨体を揺らせながら人懐っこい笑顔を振りまく姿は門下生の誰からも慕われ、茜が心を許す数少ないうちの一人だった。
茜は苦笑いしながら、南国の日差しに目を細め、やがて足元が砂地に変わった辺りから視界に広がってくる大海原にほっと溜息をついた。
「総裁か・・・・・・・・・」
寄せては引き、引いて寄せる波が乳白色の飛沫を作り、黄緑と青のツートンカラーが太陽の恵みを受けてキラキラと輝いている。
間違いなく自分がいっときの間、ずっと見続けていた少し懐かしい海がそこにあった。
驚くほどに真っ白の砂。
そして、その南の島特有の情緒をぶち破るような喚声と悲鳴が次第に大きくなって茜の耳に届けられる。
「うふふ、やってるなぁ」
砂浜に首と両足を浮かせたままで仰向けになっている列を二人の娘が容赦なく踏みつけていた。
ふと見ると、嘉吉が自分の方を指差しながら沙良と莉実に何やら話しかけている。
自分を見た沙良と莉実がそろって「信じられない」とばかりに両手で口を押さえた。
その二人に腹を踏まれたままの男たちが呻き声をあげているのが笑ってしまう。
茜は照れくさそうに“押忍”の挨拶をすると、やがて履物を放り投げ、砂浜を走り抜けると娘二人ときつく抱き合った。

     *          *          *

回転式リボルバーにゆっくりと弾丸が装填される。
大槻祐二は樟脳の白玉を手で払い、新聞紙を開いてイスラエル軍の戦闘服を取り出すと、銃弾で破られた肩の部分を指でなぞりながら、右肩の古傷が疼いてくるのをじっと噛みしめていた。
(ヒーロー初級編にもなれないうちにバカヤローが・・・・・ジオングに足つけろなんてほざきやがってよ)
そして目を閉じて戦闘服を額に押しつけて祈りを呟くと、意を決したように戦闘服に袖を通し、リボルバーを内ポケットに入れた。
バンダナで頭を縛りあげ、シャッターを開けたときだった。
「水さん・・・・・・」
水原は大槻の出でたちを見て、強引に店の中に押し戻してシャッターを閉めた。
「大槻、そんな格好でどこに行く?」
「どこに行くって?竜一の弔いだ」
「葬式だったら、解剖が済んでからだぜ。しかもそのナフタリンの臭い何とかならねぇのかよ。」
「水さん、あいつは大事な弟分だったんだ、行かせてくれ!」
「行かせてくれって、どこに行くんだ?誰が殺ったかわからねぇのにか?」
「探し出して見せるさ」
水原はレジから椅子を持ち出して大槻を座らせた。
「落ち着けって!あのなぁ、お前が頭に血のぼらせてたらBlack Impulseのガキどもはどうなるんだ」
「・・・・・・・・・」
「あいつらのことがカワイイなら、それを抑えることがお前の役目だろ」
「し、しかし水さん!」
大槻は水原に訴えるような視線を送った。
「あのガキどもが一斉に街に繰り出してみろ、あっという間にパクられるのがオチだ!」
そのとき、大槻模型店の表に無数の爆音が近づいてきた。
「ほら、全員集合だ」
「・・・・・・・・・」
「いいか大槻、サツにパクられるくらいならまだマシだ。あいつらが糸の切れた凧みたいになって、ヘタに極道者にちょっかい出してみろ、コンクリート詰めにされて港に沈められることになる」
「・・・・・・・・・」
「そうならねぇって保証はあるか?オレにはむしろそうならねぇ方が不思議だ」
「・・・・・・・・・じゃ、どうすりゃいいんだ」
水原は一枚の紙を取り出して大槻の目前に突きつけた。
「依頼書だ」
「金村竜一殺しの犯人捜査は、水原探偵社が引き受けるから依頼書を書け」
「・・・・・・・・・」
「大槻、俺を信用しろ!」
「・・・・・・・・・」
改造バイクの空ぶかしが店内に轟いた。
「大槻もう一度聞くぞ、カワイクねぇのか?あいつらが!」
「み、水さん」
「何だ」
「ギャラはビール券くらいしかねぇぞ」
「レッドキングとギガスとドラコのソフビで手を打とう」
「そんなに持っていくのか?」
「セットだから仕方ねぇだろ」
「水さん」
「何だ」
「これ・・・・・・・・・サマーキャンペーン2割引き」
大槻がホームページをプリントアウトした紙を差し出した。
その紙をひったくると水原はシャッターを開けた。
Black Impulseのメンバーたちの強張った目が一斉に自分に注がれる。
水原は彼らの顔を眺めた。皆、殺気に満ちている。無理はない。
「みんな、これから大槻がいうことをよく聞いといてくれ!」
水原はそういいながら振り向くと、大槻と目を合わせた。
もう誰も水原を見る者はひとりもいない。
全員が訴えるような視線を大槻に投げかけていた。

     *          *          *

卓袱台に広げた新聞紙が扇風機にめくられてバサパサと音を立てた。
丸木戸は銀のナイフを新聞紙の重しにすると、畳に置いた6インチTVのスイッチをひねった。

   -------------------
   19歳少年射殺死!
   -------------------
   《今朝未明、住居兼店舗ビルの入り口で、少年が仰向けになって
   死んでいるのを通りがかった会社員が発見し警察に通報しました。
   警察の調べによりますと、殺されたのは金村竜一さん19歳。金村
   さんは深夜、何者かに頭部を殴打された後に射殺された模様で、
   警察は殺人事件と断定して目撃者がいないかどうか付近の聞き込
   みにあたるとともに、金村さんが暴走族のリーダーだったことか
   ら暴走族同士の抗争に巻き込まれた可能性と、先月、同区画内で
   起こった通り魔事件との関連はないかどうか、その両面で捜査を
   開始することにしています》

その時、納戸から物音が聞こえた。
丸木戸は素早く反転してブローニングの銃口を納戸に向けた。
“チュ〜ウ”という鳴き声を発してネズミが畳を横切る。
丸木戸は溜息をついて新聞の[尋ね人]の欄に目を落とした。

 『ラーゲルくらしもダモイのその日まで遠いあの日のカラカンダ』

「なるほど、そうきたか・・・・・・・・」
苦笑いをしながら銀のナイフの先端に油を垂らす。
新聞紙に油じみが拡がったとき、再び納戸が音を立てた。
丸木戸はナイフの油をティッシュで丁寧に拭いとると、シュッと風を切りながら鋭く手首を返した。
「・・・・ラーゲル(牢屋)ではご馳走だったな」
板床にはナイフに喉を貫かれたネズミが悶絶していた。

     *          *          *


「大槻、どうだやつらは納得したか?」
水原は警察署の喫煙室から大槻に電話をかけていた。
「・・・・・・そうか、ご苦労さん。・・・・・・んっ?摘出された弾丸?ちょっと待て」
水原はメモに目を走らせた。
「警察の発表では9mmのパラペラムということだ、わかるか・・・えっ?ブローニングがどうかしたのか?・・・・・何でもベレッタ92Fとかいう奴じゃないかって・・・・・軍隊が採用している?・・・・・そうか」
電話を切ると源田が煙草をくわえながら入ってきた。
「金村のお袋さんには泣きつかれて往生したよ。父親似だったそうだが、死に方まで真似ることないじゃない・・・・・ってな」
「・・・・・・・」
「水原、暴走族はおもちゃ屋がなんとかしてくれそうか?」
「ああ、なんとか抑えたそうだ」
「問題は茜ちゃんだな、随分と慕われてたって話じゃないか」
「あいつとは連絡がつかないんだ」
ふと見ると、喫煙ブースの外から三原が水原に手招きをしている。
「なんだ?」
水原がブースを出ると三原が掴みかからんばかりに迫ってきた。
「おい探偵、事件当日、茜ちゃんが金村竜一と一緒だったてのは本当かよ?」
「なんだよもう帰ってきやがったのか、話しだったらそこで座って話せばいいじゃねぇか?」
「だめなんだよ煙草が昔から」
「親から背が伸びなくなるとかいわれてたのか?」
三原は頷いたが、すぐにかぶりを振って、
「うるせえんだよ!でどうなってんだよ茜ちゃんは」
「だから連絡が取れねぇっていってんだろうが」
「探偵、てめえがボケ〜としてっから、いつもそんなことになっちまうんだ!」
「なんだとリロ、そんなことってどんなことだよ!」
苦笑まじりに源田が間に割って入った。
「お前ら場所をわきまえろ。三原、実況検分の結果を確認しておけ」
“あっかんべー”をする水原に恨めしそうな顔をしながら三原は別室に消えていった。
「水原、ここじゃなんだから空き部屋まで付き合ってくれ」
階段を上っていく源田と水原は、途中で白衣姿の男とすれ違った。
「あ、柏田先生、解剖は?」
「警部さんか、ほぼ終わったよ。今、休憩に入った」
「悪いけど先生も少し付き合ってください」
源田は水原に法医学の柏田を簡単に紹介すると、三人は会議室に入っていった。
「死亡推定時刻は深夜1時から3時ってところだな。致命傷は眉間に命中した弾丸だが、その直前に鈍器のようなもので頭部を殴られている」
「射殺前に鈍器でですか?」
「ああ、裂傷の形状からするとスコップのようなもので後ろから殴られている」
源田が机の上に現場写真のコピーを並べた。
血まみれになって倒れている金村竜一を別角度から撮った数枚と、陥没した工事現場用のヘルメットが写されている。
「鈍器での最初の一撃は被害者がヘルメットを被っている状態で加えられたと見ていいのですな」
源田がいうと柏田は頷いた。
「おそらく二回目の打撃で被害者はほぼ即死状態だった筈です」
源田は腕を組んで現場写真を見つめた。
「何故、犯人はわざわざ瀕死のマルガイを射殺する必要があったのか?」
「先月のアーケードでの通り魔事件との共通性ということでいえば、拳銃と刃物の違いこそあれ、被害者は複数の裂傷を負っているね」
柏田がいうと、今度は源田が頷いた。
「要するに同一の複数犯の可能性がいよいよ濃厚になってきたということか」
その時、会議室のドアが開いて三原が入ってきた。
「警部、現場に足跡はなかったそうです。何やら土で掘り返されているらしく、おそらくホシが消し去ったものかと思われます」
「そうか」
源田が現場写真を手に取ると、柏田が横からいった。
「間違いなく最初の打撃はスコップだな」
「あのう、先生」
源田と柏田の会話を黙って聞いていた水原がようやく口を開いた。
「解剖された被害者ですが・・・・・せめて綺麗な形でお母さんに返してやってください」
水原は椅子から立ち上がって、柏田に深々と頭を下げた。

     *          *          *

アンたち少年探偵団は、めざましい成果をあげていた。
昨日は3人の依頼人の要望に見事に応え、今日もまた迷子犬2匹を確保した。
「おじさーん」
「おじさんはやめろ」
水原はデスクに並べた現場写真を睨みながらいった。
「それなあに?」
小林アンが後ろから覗き込んできたので、水原は慌てて掌で写真を隠した。
「子供が見るもんじゃない!」
アンが口を軽く尖らせながら相場カズヤと二宮サトシの方を見た。
「それより明日の予定はどうなってんだ?」
カズヤがなにやらプリントをめくった。
「明日は川地さんのオウムで“ガッパ”ちゃん」
「楽勝だね」
「あ、そう。わかったから帰っていいよ少年少女たち」
「おじさん、忙しそうだね手伝おうか?」
アンがいった。
「だからおじさんは止めろって、いいから明日はガッパちゃんお願い」
そのとき水原の携帯電話のメール音が鳴った。
携帯の画面を見た。有本千晶からだ。

《ピンちゃん最悪。腹立つし、暑いし》

写真が添付されている。豚の面の皮がでんと正面を向いている。
「チラガー!」
水原は携帯の発信ボタンを押した。
「もしもしチーちゃんか?オレだ、今、沖縄にいるのかよ?・・・・・・えっ?麻薬取引現場?・・・・・お疲れさんだねぇ。そんでちょっと頼みがあるんだわ、取材のついでにさぁ、アカネに連絡とって欲しいんだ・・・・・そう、ウチのアカネ。そっち行ってるの。こっちの事件知ってるよね・・・・・ちょっとメモとってくれる?・・・・えーと、伯心流獅童剛拳・・・ハクシンリュウシドウゴウキケン・・・・・恩に着るよチーちゃん、ヨロシク」
携帯を切った水原の前に三人の高校生が立っていた。
「だから早く帰った帰った!」

     *          *          *

総裁のロベルト讃岐は茜が現れたと知って、市場からハリセンボンを仕入れアバサー汁をこしらえ、日のあるうちから伯心流獅童剛気拳道場では急ごしらえの本城茜歓迎の宴会が開かれていた。
嘉吉が三線を弾いて謡いだすと、その鍋を囲むように門下生たちが床に転がった泡盛の空壷を蹴飛ばしながら踊り出す。

     ♪はんた原胡弓小(くーちょぐゎ)
      音高さ胡弓小 夜中から後どぅふきる胡弓小
      はんたぬばがりヴぁ 吹ち下るす風に
      いやぃ持たちゃしが届ちぇうたんな

「いやー、茜がいるといいね、やっぱりいいよー」
茜と肩を組んだ金城莉実が頬を真っ赤に染めている。
「ほんとだねー、茜がいて初めてグスク三姉妹さー、あたしと莉実だけだとキロロと呼ばれて終わりさー」
沙良が茶碗を叩きながら茜に絡んできた。
「よくいうよふたりとも、今じゃ伯心流の立派な師範代なんでしょ?」
「師範代ったって茜には一度も組み手で勝ったことないものね、総裁も本音はここを茜に継いでもらいたいのさー」
茜は思わずロベルトを見た。
相変わらず顔をほころばせながら、久々の三姉妹の揃い踏みを肴に泡盛を静かに煽っている。
師匠は少しも変わらない・・・・・。
茜にはそれが何よりも嬉しかった。心のうちをすべて見透かすような目には常に優しさを称えている。
伯心流獅童剛気拳は琉球古武術の一種だが、その歴史は深いのだか浅いのだか実は誰もよくわかっていなかった。
一説によると首里拳法の獅童流と中国拳法の剛気流の2つの流派があり、二派の抗争を大東流合気柔術の達人が統合したところを、ブラジリアン柔術の流れを汲むカルロス讃岐が後ろからぶん殴るように覇権を強奪したらしい。
その後、空手道連盟から除籍されるなど、その混合性が先鋭的な実践性を産み、知る人ぞ知るフルコンタクト系最強との異名を持つまでとなったが、カルロスの遺志を継いだロベルトはこの邪拳がヤマトに拡散することを潔しとせず、未だに沖縄本島の北の隅で細々と道場を営んでいる。
どこからか噂を聞きつけた入門希望者は後を絶たず、大半が地獄の稽古に耐え切れずに半日で逃げ出していくのが、この道場の日常風景となっていた。
さすがに門下生に嘉手納基地の米兵もいることから、かつて沖縄戦で創始者のカルロスが上陸した連合軍兵士を十数人殴り殺した武勇伝は封印されたままとなっている。
本城茜が泥まみれで辺土岬に倒れていたのを見つけたのは喜屋嘉吉だった。
嘉吉は茜をロベルトに引き合わせ、道場で介抱するように進言した。
しばらく何も食べていなかったのか衰弱も激しかったが、精神的にも情緒不安定で、数日間の療養の間も声を出そうともせず、ただ首を振るだけの茜に、嘉吉はこの娘は口がきけないのではないかと訝るほどだった。
変化の兆しが見え始めたのは、ロベルトが茜を伯心流の道場の片隅に座らせてからである。
門下生たちの激しい気合と、板床に響き渡る息遣いが、虚ろだった茜の目にまるで灯を燈したような輝きを与え、三日後には胴衣を着けて首里手の稽古に参加するまでになった。
そこから伯心流では今や語り草となっている“本城茜伝説”が始まる。
毎朝、日が昇る前から巻き藁相手に千本突きをこなし、神社の500を数える石段を何度も往復した後に、地獄と呼ばれた伯心流のシゴキを門下生の倍はこなし続けた。
数ヶ月後に道場最大の荒行と呼ばれる百人組手を完遂するまでに至ったとき、さすがのロベルトも世に天才という存在があることを認めざるを得なかった。
相変わらず嘉吉の三線の伴奏で飲めや唄えやの宴は続いていたが、突然、ロベルトが立ち上がって茜に声をかけた。
「どうだ茜、わしと久々に手を合わしてみるか?」
「・・・・・押忍。でもだいぶ飲んでますが」
ロベルトは静かに首を横に振った。
茜は一瞬のうちに全身の血が逆流するような昂揚感を覚えた。
そうそう・・・・・この緊迫感、懐かしい。師匠は優しい目をして鬼になる。
「君たちはそのままやってなさい」
ロベルトは門下生たちにいうと胴衣の帯を締めて庭に出た。
茜も続いて庭に下りてロベルトに一礼した。
ロベルトがゆっくりと頷く。
強い西日が椰子の木影を作っている。
そして次第に輝きを帯びてくる茜の眼光。二つの影が交差する。
伯心流は常にフルコンタクトの状態で相対する。稽古のための組み手とはいえ一切の妥協はない。
茜が気合とともに次々と繰り出す徒手、掌底、下段、中段蹴りをロベルトは確かめるように捌いていく。
ロベルトが後回し蹴りを放つと茜は身を屈めてかわす、背後の椰子の木の幹が真っ二つに折れた。倒れてくる木を手刀で払いながら、茜は渾身の突きを繰り出していく。
そのあとは再び茜が攻めてロベルトが捌くという展開が延々と続いた。
もはや三線の音は消え、門下生の全員がふたりの組み手に息を呑んでいる。
とくに沙良と莉実のふたりは食い入るような視線を茜に送っていた。
次第に茜の息があがってくる。
全身の毛穴が広がり、滝のような汗が一瞬、茜の目に入った時だった。
“ガクン”という音ともに自分の脳みそが揺れるのを感じ、そのまま泥酔したような錯覚のまま意識が吹き飛んでいった。
「嘉吉!」
掌底を突き出した格好のままロベルトは嘉吉を呼んだ。
「茜も疲れたことだろう、屋根裏部屋に布団をひいて寝かせてあげなさい」
「押忍!」
嘉吉は椰子の木に崩れている茜を担ぎ上げ、屋根裏部屋まで運んでいった。
「沙良、莉実・・・・・・・・・どう見た」
「はい総裁、さすが本城茜でした。しかし・・・・・・・・」
「しかし?」
「何か迷いがあるのか・・・・・・ほんの一瞬ですが、稀に軸足がブレるような気が・・・・」
沙良がいうと、莉実が頷いた。
「ふむ」
ロベルト讃岐は口元に笑みをたたえた。

    *          *          *

「あ、もしもし名護支局ですか?社会部の有本です。えーと“ハクシンリュウシドウゴウキケン”という格闘技の道場と連絡を取りたいのですが、調べられますか?」
その時、有本千晶はすれ違ったアロハシャツの男に視線が釘付けになった。
「ちょっと待って」
千晶はメモに挟んであった一枚の写真に目を落とした。
ニグロヘアに髭を蓄えた目つきの鋭い男。間違いない、與那嶺慎司だ!
「すいません、連絡お待ちしてます」
千晶は慌てて路上に停めてあった小型車まで走って蹴りを食らわせた。
運転席でカンカン帽を目深に被って寝ていた男が飛び起きた。
「ヒデリン!寝てるんじゃないわよ!あのでっぷりとした後ろ姿を追って」
「はっ?」
「寝惚けてんじゃないって!・・・・・あっ、ちょっと待った」
與那嶺は市庁舎に入っていった。
「あそこの駐車場に行ったな、ヒデリン、出口に車回して」
千晶が助手席に飛び乗ると、ヒデリンはエンジンキーを回した。
ヒデリンがゆっくりと市庁舎のスロープに車を横付けにすると千晶は携帯電話を取り出した。
「有本です。今、與那嶺を捉えました・・・・はい、車で追跡します・・・・はい・・・・わかりました気をつけます」
しばらくして市庁舎のスロープから一台の黒塗りのセダンが出てきた。
ウインドウにはシールドが貼られていたが、南国の灼熱の太陽が運転席に差し込んで與那嶺の姿をはっきりと照らし出している。
「来た。ヒデリン行くよ」
「千晶さん、デスクはなんていってるんですか?」
「危ないから深入りはするなって」
「ちょっと!だったら止めましょうよ、千晶さん、あんなにヤル気なかったじゃないスか!相手はヤーさんスよ」
「なにバカいってんのよ!こんなところまで来てお土産なしじゃ帰れないでしょ!ほら前に一台入られた!」
千晶はメモにセダンのナンバーを書き写した。
「さっ、スクープのチャンスなんだから、ヒデリン見失うなよ」
「もう、これだから千晶さんとは組みたくないんだよ・・・・・」
ヒデリンは「勘弁してくださいよ」という顔をしながらアクセルを踏み込んだ。
国道58号線は宜野湾を過ぎ、チャタン(北谷)を越えたあたりから東シナ海の大海原が拡がる。
千晶はふと水平線近くに巨大な姿を見せるオレンジ色の太陽に目を向けたが、すぐさま前を行くセダンに視線を移した。

*          *          *

日中の不快指数をたっぷりと吸い込んだアスファルトが、夜のとばりに灯り始めたネオンを陽炎のように揺らしていた。
この界隈は毛抜き通りの外れに位置し、木賃宿の向かい側の通りには赤線の名残なのか、簡易な木造の二階建ての一杯飲み屋が軒を連ねている。
今は路面に5坪ほどのカウンターだけの店舗を残して、二階は住居か倉庫になっているだけなのだが、昭和の年代くらいまでは二階で女たちが客を取っていたらしい。
丸木戸は、破れの目立つ赤提灯の前で足を止めた。
『小料理・麗人』という古ぼけた看板のその店には出窓があり、その格子には赤いリボンが結ばれている。
丸木戸は周囲に目を配らせると左手で引き戸を開けた。
5坪ほどの店内には裸電球のコードがぶらさがり、梁に固定された扇風機が蝿取り紙を揺らしている。
その真下で、薄汚れた割烹着を被った老婆がおでん鍋に竹輪を放り込みながら「いらっしゃいませ」と口籠るようにいった。
L字型のカウンターの左奥には鳥打帽と黒眼鏡をかけた“戦友”が丸木戸には目もくれずじっとコップを見つめている。
丸木戸は栄村融の右隣に腰掛けた。
「おねえさん、こっちにも焼酎もらえるかね」
「あい、冷でいいかね」
老婆は栄村と丸木戸とを見比べていたが、すぐに興味が失せたのか焼酎を一升瓶から丸木戸のコップに注ぐ。
栄村が軽くコップを差し出すそぶりを見せたが、丸木戸は構わず焼酎に口をつけた。「・・・・・・・・・定男さん、来てくれると思ってたよ」
テーブルにコップの水跡がいくつか染みついているのを見て、丸木戸は3杯は飲んでいるなと見当をつけた。
「定男さん何年ぶりになるか知っているか?」
「・・・・・・・・・忘れちまったよ」
「私は憶えている・・・・・・・・・23年ぶりだ」
「・・・・・・・・・そうか。・・・・・・・・・そんなにたつか」
「会えて嬉しいよ」
「カラカンダ音頭に誘われちまったってわけだ」
「・・・・・・・・・」
「左側の壁は押えられたということか・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・そのかわり定男さんの右手は自由だ」
「自信満々だな・・・・・・」
「定男さん」
「ん」
「私もそろそろ人生終わらせようと思ってね」
「・・・・・・そうか、それで俺を道連れにしようてわけかい?」
「そんなんじゃないんだよ」
二人は妙な呼吸でコップに口を近づけて焼酎をあおった。
「世の中もすっかり変わっちまった」
栄村は独り言のように呟いた。
「我々シベリア帰還者にとって、祖国ってなんだったのだろうね」
「・・・・・・さあな、でも俺たちは帰還者ですらなかった」
丸木戸は左手でショートポープから煙草を取り出して口にくわえた。
「帰還者どころか祖国を売ることに奔走していたわけだ」
栄村は丸木戸の煙草に火をつけた。
「ああ、いつ死んでもおかしくなかったな」
「定男さん、私は今でも夏になると死にたくなる。だが、秋が終わって木々が丸裸になってくるとイルクーツクを思い出してしまうんだ・・・・・・そして雪が降る。そのたびに死ぬことを忘れてしまう」
「・・・・・・・・・」
栄村は鳥打帽を脱ぐと、ゆっくり黒眼鏡を外した。
爛れた肉で塞がれた左目が裸電球に照らされ、老婆が露骨に顔をしかめた。
「生き延びてきたのは・・・・・・・・・定男さんがいたからだよ」
「・・・・・・・・・」
「しかし定男さんが生き延びた理由はどうやら私とは違うらしい」
「・・・・・・・・・」
栄村は空のコップを老婆に振って見せた。
老婆がカウンター越しに焼酎を注ぐ。
「この街に住みついて長いようだね」
「うん」
「驚いたよ定男さんが自分の居場所を見つけたなんて」
「・・・・・・・・・そうか」
丸木戸は思わずショートホープの箱に目をやった。
「でも定男さん、あなたは裏切った」
「・・・・・・・・・」
「我々は日本への帰還船に乗れなかった時から居場所なんて決めちゃいけなかった」
「・・・・・・・・・かも知れない」
「興味あるよ・・・・・・・・・実際」
「なにが?」
「そこまで定男さんを心地良くしてくれる街・・・・・・・・・いや人かな?」
「栄村!」
丸木戸は席について初めて栄村の横顔をみた。
「重ねた罪の割には長々と生きてしまった・・・・」
丸木戸は気を取り直すように焼酎を啜った。
「栄村・・・・・・・・・どうやら君も一人じゃないようだな」
「ふふっ、ちょっと面白いのを拾っちゃってね」
初めて栄村が歯を見せた。
「“極東の鷹”の後継者か・・・・・・・・・」
「そんなのじゃないよ」
「・・・・・・・・・ふたりほど派手にやったみたいだ」
「若い奴の方は申し訳なかったと思っている・・・・・・・・・」
丸木戸はコップの残りを飲み干して、お代わりを注ごうとする老婆を手で制した。
「・・・・・・・あれは、まだ二十歳前だった」
栄村は少し眉を上げて苦笑いをした。
「定男さんの言葉とは思えないな・・・・」
「茜ちゃんをどうするつもりだ」
「・・・・・・・・・・」
「栄村」
「・・・・・・・驚いたよ、あの娘は八重子と瓜二つだ」
「だが君の女房ではない」
「・・・・・・・ああ」
「栄村・・・・・・・前にくれた手紙の文面に気になる部分があってな」
「何?」
「“そして貴殿の手にかかった妻・八重子、幼き娘・良重の黒い骸を抱いたとき” ・・・・・・・って書いてあったろう」
「うん」
「君はあの時、本当に幼き娘の骸も抱いたのか?」
「・・・・・・・」
「どうもあの時の赤ん坊の声が頭にこびりついて離れなくてなぁ・・・・・・・当時の新聞とかいろいろ調べてみたんだ」
「・・・・・・・」
「若い女性の焼死体という記述はあったが、赤ん坊については・・・・・・・」
「定男さん、昔のことだ」
栄村は帽子を被り、黒眼鏡をかけると立ち上がった。
「我々は時代から捨てられたゴミみたいなものだ。気が向いたらゴミにふさわしい死に場所で待っててくれ」
栄村は一万札をカウンターに置くと背中を見せて出て行った。
しばらく左手で空いたコップをもてあそんでいた丸木戸は、
「時代に捨てられたゴミか・・・・・・・」
そう呟くと腰を上げた。
右手はスボンのポケットに仕舞ったままだった。

*          *          *

夜の匂いがする。青い光。うっすらと聞こえる小波の音・・・・・・・。
少し頭痛がする。茜はゆっくりと瞼を開いた。
小さな窓から月がぽつんと浮かんでいるのが見えた。
布団がかけられている。ここは?
「気がついたか?」
ロベルト讃岐が日本刀にポンポンと打粉をかけていた。
茜は慌てて布団から飛び出て板目に正座した。
「茜、つくづく面白いやつだなお前は」
「は?」
「今、お前がどこで何をしているのかは知らん。しかしそこはお前にとって大事なもの・・・・ある種の理想郷を見つけた。違うか?」
「はい」
「しかしそこに安住すればするほど、昔の影に怯えている自分がいて、そんな自分に嫌気をさしている」
「・・・・・・・」
「相変わらず勝手気ままな組み手をやりおるが、そこがお前の強みでもある。強みではあるのだが、あまりにも脆い、脆すぎる」
「・・・・・・・押忍」
「何故、汚れを退けようとする?何故、それを受け入れようとしない」
心の動揺を悟られまいと茜は必死にロベルトを見つめているのだが、ロベルトの目は手入れをする日本刀に注がれている。
「この刀身を見てみろ。人をして一切の邪心を捨てさせる研ぎ澄まされた究極の形、わかるか?」
茜は膝をついたまま刀の近くまで擦り寄った。
「茜、お前の拳についてわしからいうことは何もない。もともと奔放を以って極意と成すのが伯心流獅童剛気拳の心。先代から邪拳といわれ続けた由縁でもある・・・・しかし茜」
「押忍」
「混血を以って磨かれしこの邪拳の本懐は、使い手に宿る強い心によって成し遂げられるのだ」
茜は鏡の如く輝く刀身に映る自分の目を凝視した。
「茜、わしが何故、ヤマトに支部を作らぬか、その理由がわかるか?」
茜は首を横に振った。
「簡単なこと、ウチナーが愛しいのだ。知っての通りわしはブラジルからの移民だ」
「押忍」
「沖縄は古より琉球王国として栄えた。中国、タイ、セイロンとの国交も盛んに行っていた。中華思想の冊封体制に組み込まれていたこともある。ヤマトとの交流などずっと後になってからに過ぎない。しかし今の沖縄を見てみるが良い、ここは日本と呼ばれている。しかし膨大な領地をアメリカに占領されてもいるな」
「はい」
「琉球国はヤマトとアメリカに翻弄され続けた。しかし多くのウチナーはそれを事実として受け入れようとする。受け入れることによって、乗り越えられるものがあると信じているからだ。そしてその心はブラジルから来たわしのような者にも痛いほど伝わってくる」
茜はロベルトの言葉を噛みしめながら、刀身の中の自分と向き合っていた。
ピンちゃんやイマイチさんたちがいるあの街・・・・・・・アタシは過去を忘れることであの場所に住みつくことが出来ると思っていた・・・・・・・。
「過去と向き合うのだ茜。この刀に己れの過去を映し出してみよ。そしてそのすべてを受け入れるのだ」
師匠の声が次第に遠ざかっていくのに対し、刀身に映す自分の瞳の奥に微かに燃える炎。
その炎が次第に大きくなり、刀身がやがて赤く染まっていく。

"お母さん、お母さん・・・・アタシもいけなかったよ・・・・"
"お母さんもひとりで寂しかったんだね"
"もうわかったからドアを開けてよ、もういいよお母さん"

突然、ドアの軋む音が耳に響く。
白い絨毯に飛び散っている血・・・・・・・その先には!
刀身が遂に真っ赤に塗りつぶされていく。
茜は眉間にしわを寄せて歯を食いしばる。
つらいよ!目をそむけてはいけないの?

脳を抉るような衝撃に茜はがっくりと首をうな垂れた。
思わず目をつぶる。鼓動が激しく脈を打つ。
「・・・・・・・師匠、申し訳ございません」
ようやく蚊の鳴くような声で茜がつぶやいた。
「ふむ、茜、過去の自分と向き合えるようになるまで、ここでひとりになってみろ。わしも親父にいわれて、この部屋で己の心を見つめてきたものだ」
「押忍」
「茜、その刀はお前の心を鏡の如く写すだろう。しかし無心で刀身と対せば、きっとお前を救ってくれるはず」
「・・・・・・・師匠」
「克服しようとするな。まず受け入れることから始めなさい」
茜は唇をかみしめた。
「沙良たちに本当の笑顔を見せてやるのだ」
「押忍!」

*          *          *

與那嶺慎司が運転する黒のセダンが海岸線を沿うように大宜味町に入っていった頃には辺りもすっかり闇に包まれていた。
「千晶さん、やばいっすよ・・・・・・・こうも車が少ないんじゃ、後ろつけてることそろそろバレますって」
ヒデリンが懇願するようにいった。
千晶は腕時計を見た。午後10時を回っている。
さすがにここまで来ると観光客のレンタカーもまばらとなり、対向車線からの車とすれ違うこと自体が珍しくなっていた。
千晶もそろそろヤバイかなと思い始めたときだった。
突然、国道沿いにコンクリートの建物が現れ、セダンはその駐車場に滑り込んでいった。
「ヒデリン停めて」
「マジっすか?」
「あれに乗っている人間だけでも見ておきたい」
ヒデリンは恐る恐る駐車場へと左折し、セダンから数十メートル離れたエリアに車を停めエンジンを切った。
建物は一階がダイバーショップで、二階の窓にはネオン文字で『BIG WONG』と書かれていた。米兵向けのチャイニーズレストランといったところか。
與那嶺が運転席から降りると、後部座席のドアをあけた。
千晶はウインドウを空けてカメラのズームレンズを絞ってみた。さすがに暗い。
「ちっ」
千晶は舌打ちをしてカメラを座席に置いた。さすがに今、フラッシュを焚くわけにはいかない。
セダンの後部座席から虎柄の派手な衣装を着た若い女が現れ、続いて、少々場違いと思われる紋付袴をまとった総白髪の老人が與那嶺に助けられながら降りてきた。
「あれ?あの老人どっかで見たことが・・・・・・・・・」
ヒデリンが小声で囁いた。
「誰よ?」
「えーと・・・・」
與那嶺は二人を促すと、老人は女に腕を支えられながらゆっくりと建物の方へ歩いていく。
「あっ!」
「しっ」
千晶が人差し指を唇に当てた。
「思い出した・・・・あのジイさん大東寺万吉だ」
「大東寺万吉・・・・・ってあの総会屋の?」
「そう、大万っスよ」
“ヒュー”と千晶は口笛が出そうになるのを寸でのところで抑えた。
こうなってくると琉球登味城組幹部・與那嶺慎司が近々の内に大掛かりな麻薬取引を画策しているという匿名情報もいよいよ現実味を帯びてきたということだろうか。
収穫はあった。少なくとも株式の大立者の資金源の一端が見えてきたわけだ。
千晶がデスクへ報告を入れようと携帯電話を取り出した時だった。
ガツンという音ともに小型車が大きく揺れた。
何者かが後部のバンパーを蹴り上げている。
「ヒデリン!」
千晶が叫んだと同時に、ヒデリンは慌ててエンジンキーを回した。
黒い影がフロントに立ちふさがっている。
「行って!」
アクセルを踏み込み、小型車が発進すると同時に“ボン”という大きな音とともに影がボンネットに乗り上げて転がった。
「手前ぇこのクソ!」
突然の罵声が夜空に響き渡ると同時に、斜め前に停まっていたジープのヘッドライトが点灯し、千晶たちを照らした。
「ちくしょう!」
ヒデリンはハンドルを旋回させ、駐車場を出ると国道58号線の北側に飛び出し、ペダルをベタ踏みした。
「千晶さん来ましたよー!」
ヒデリンがルームライトを見ながら叫ぶ。
千晶が後ろを振り返るとジープが威嚇するように車線を蛇行しながら追いかけてきた。
「ヒデリン!もっと走って!」
「もうアクセル全開すよ〜!」
「左のガードレールに寄せて何とかやり過ごせないの!?」
「このスピードで無茶いわんでくださいよ!それに左側って崖じゃないすか!」
「えっ?」
千晶は思わずウインドウを覗いた。
確かに月明かりに照らされたそこはガードレール1本挟んで断崖になっている。
「そんなことより早く警察に連絡してくださいよ!」
千晶が警察に通報しようと携帯のボタンを押した。
その瞬間、車は[与那トンネル]と書かれた隧道に滑り込んだ。
「あちゃー“圏外”だって!ヒデリン早くトンネル抜けて!」
「そんなこといったって!」
ガタンと物凄い衝撃に千晶とヒデリンがもんどり打つ。
後ろからジープが小型車に追突してきた。
「ひょぇぇぇ〜」
「ヒデリン!ハンドルをしっかり持って!」
ジープの窓から3人の男たちが身を乗り出しているのがトンネル灯に照らされている。
間違いなく琉球登味城組の構成員だ。
2台の車がもの凄い勢いでトンネルを抜けた。
「もしもし警察?!今、やくざに追われてるの・・・・ヤ・ク・ザ!・・・・・・・え、なにっ?場所?北よっ、北の方だってば!国道58号!今トンネル抜けたとこ!・・・・あっ!」
再びガタンという衝撃。ヒデリンが「ひゃっ」と悲鳴を上げる。
次の瞬間、ズドンという音とともにリアウインドウが砕け散った。
「キャッ!」
今度は千晶も悲鳴を上げた。
「うっ、撃ってきた〜!」
ヒデリンは体を硬直させながら泣き声になっている。
「ヒデリン泣くな!ほら道、カーブ!」
ハンドルを回すとタイヤが悲鳴のような音を立てる。
車が旋回したところで車道が下り坂に差し掛かる。
更に銃声と同時に右のフェンダーミラーが吹き飛んだ。
「ち、千晶さ〜ん・・・・もうダメっす!」
「あきらめるな!」
国道を2台の車が猛スピードで闇を切り裂くように坂を下っている。
よしよし、もっと下れ、下れ!
千晶は体を踏ん張りながら念仏のように唱えた。
「ち、千晶さん!」
ヒデリンが前方を顎でしゃくった。
前方に赤いテールランプが光っている。トラックだ。
千晶は咄嗟に横を見た。白波がほぼ目の高さで立っている。
海岸線の先に小さな明かりが見えた。
崖は降りきったか!
「ヒデリン、ギリギリまでトラックの後ろにつけて!」
トラックの荷台が見る見るうちに迫ってきた。
「まだよ、まだまだ!」
次のカーブが勝負だ。でもトラックで前が見えない。
「ち、千晶さん!また来た!」
ガタンという衝撃、再びジープが体当たりを仕掛けてきた。
「千晶さ〜ん!」
前方のトラックの荷台が左に大きく傾いた。
「今だ!ヒデリン!トラック抜いて!」
ヒデリンが必死の形相でハンドルを右に傾けて対向車線に旋回する。
強烈なクラクションとともに、突然現れた対向車のハザードが千晶たちを照らした。
「ひえぇぇぇ〜」
千晶とヒデリンが一斉に叫んだ。
小型車がトラックを全力で抜き去った瞬間、懸命にハンドルを戻すヒデリン。
耳をつんざくようなタイヤの悲鳴。危うくスピンしそうになる。
“プァァァーン”クラクションがドップラー現象を残しながら、もの凄いスピードで対向車はヒデリンの真横を通過していった。
その刹那、急ブレーキによるタイヤの摩擦音が一面に響き渡る。
次の瞬間、後方からドスンと鈍い衝撃音が聞こえる。
ジープがトラックに追突したに違いない。
「よしヒデリン!停めて!車捨てるから!」
「え?」
「早く!」
千晶はヒデリンの腕を掴むと車から飛び出し、ガードレールを飛び越えた。
背丈ほどのヤエヤマヒルギが目の前を覆い、そのわずかな隙間から白波が覗いている。
「海岸線沿いに民宿らしい明かりが見えた!そこまで走るのよ!」
木の枝に何度も頭をぶつけながら、一目散に走る二人の目の前に月明かりに照らされた大海原が開けた。
「千晶さん、波打ち際は目立ちますって!」
ヒデリンがそう叫んだ途端に銃声が響いた。
「キャッ!」
千晶が短く悲鳴をあげた。
振り向くと罵声を発しながら男が4人追いかけて来ている。
体中から一斉に汗が噴き出る。息があがる。もうダメ?
おかしいなぁ、確かに明かりが見えたと思ったのに・・・。
「お前ら!止まらんかいコラ!ぶち殺すぞ!」
再び銃声が響く。
千晶とヒデリンは浜辺に生えている椰子の木の前で足をすくめて立ち止まった。
「動くなや!」
男たちが目の前に迫ってきた。
千晶が思わずヒデリンの手を握りしめた。
「コラ!ヤマトンチューが!なにを嗅ぎまわってやがったんだ、えー!」
「な、なんのこと?知らないわよ」
「おや、おなごか?」
男たちが顔を見合わせて口を歪めた。
「な、なによ!」
「くっ、くそう!」
ヒデリンが千晶の前に立って両手を広げた。
「なんだ?お前」
ヒデリンは唇をぶるぶる震わせている。
「邪魔じゃ!どかんか!」
男がいきなりヒデリンの腹を蹴り上げた。
「ぐっ!」
ヒデリンが前のめりにぶっ倒れた。
「ヒデリン!」
黒服のやくざ者の手が延びて千晶の腕を掴んだ瞬間だった。
「あぐっ!」
妙な呻き声とともに男が宙を舞った。
「ぐぇ!」
今度は右端の男がもんどり打ってぶっ倒れた。
「なんじゃジジイ!」
「えっ?」
千晶はやくざ者たちをなぎ倒す巨体の老人に目を奪われた。
老人は砂浜に落ちていた拳銃を摘み上げて、残りのひとりににじり寄った。
「お前らウチナーの恥じゃ、こんなもん持ち歩いとるから根性がひん曲がるんさ」
「くっ、くそバカタレ!」
やくざ者の必死のパンチが空を切ると同時に老人の突きが体にめり込んでいる。
「げへっ!」
そのまま椰子の幹に叩きつけられた。
「・・・・・・・き、キムジナーか」
男はうわ言のように呟きながら木に磔にされたように首をうな垂れた。
「まったくどこの観光客が花火上げてると思ってたら・・・・・・・おい兄さん立てる?」
老人が巨体を揺り動かしてヒデリンの腕を持ち上げた。
「ヒデリン・・・・・・・大丈夫?」
千晶が心配そうにヒデリンの顔を覗き込んだ。
ヒデリンは何とか立ち上がったが、まだ足がふらついている。
「大丈夫なようさ、兄さんあの先に釣り舟が浮かんでるから、そこから縄を持ってきてくれるかね、こいつら木に縛り付けとくよ」
「あの・・・・・・・」
千晶が老人に何かをいおうとしたとき、椰子の木の先で焚き火が燃えているのが見えた。
そうか車から見えた灯りってあれだったのか・・・・・・・。
そう思った瞬間、千晶の体から力が抜け、へなへなと砂浜にしゃがみ込んだ。
「あれ?えらい気ぃ張ってたねぇ」
老人は目をきょとんとさせて笑った。
「・・・・・・・おじいさん強いんですね、あの、お名前をお伺いして宜しいですか?」
「喜屋嘉吉というケチなもんでござんすよ」
少しおどけた嘉吉に千晶はつられて笑った。
「さっきのは空手とかですか?」
ヒデリンが足元を少しふらつかせながら太い縄を担いできた。
嘉吉は倒れている男たちの襟首を掴み、椰子の幹に放り投げると4人をまとめて縄で縛り上げる。
「空手?ま、そんなもんさー、伯心流獅童剛気拳」
「ハクシンリュウ?・・・・・・・おじいさん!」
「んっ?」
「本城茜って知ってる!?」
嘉吉が改めて千晶の顔をまじまじと見つめた。
「・・・・・・・本城なら今、ひとりで闘っているさー」

*          *          *

「あれぇ恭子ちゃん、珍しいねぇこんな時間に」
市之丞くんに燃料を補給するためスタンドに寄った水原は時計を見た。
深夜の0時。恭子ちゃんがこんな時間に働いているのを見るのは初めてか。
「ええ、いよいよイギリスに留学が決まりましたので、向うでの生活費を稼いでいるんです」
「おおっ、ついに夢を実現させるんだ、偉いねぇ〜」
「いえいえ、留学は夢のための準備です。本当の夢はそれからですよ」
「あらら、どんな夢なのかな?」
「さあて、どんな夢なんでしょうかねぇ」
恭子ちゃんは少し悪戯っぽく笑った。本当に嬉しそうだ。
「あら?さすがにこの時間ですと奥さんはご一緒ではないんですね」
「んっ?・・・・・・・ああ、うん今、旅に出てるんだわ」
「へぇー、旅っていいですよね」
「そういえば今まで聞いたことなかったなぁ、恭子ちゃんはこの街の生まれなの?」
「はい、そうですよ。この街で生まれてこの街で育ちました」
「へえ、そういう人と初めて会ったかも知れんわ」
「珍しいですか?でもイギリスに行ったら、よっぽどのことがない限り帰って来ないつもりです・・・・・・・はい、燃料満タンになりましたよ」
水原は代金を払いながら、
「恭子ちゃん、旅立つ前に昭和カフェで壮行会やらなくっちゃね。そのときに本当の夢とやらを聞かせて」

満面の笑顔で頭を深々と下げた恭子ちゃんに手を振ってスタンドを出た水原が、ハンドルを握りながらショートポープに火をつけようとした時だった。
無人の交差点で自分に向かって手を挙げている人影があった。老人か?
水原は老人の前で車を停め、ウインドウを開けた。
「おじいさんごめんね!これ実はタクシーじゃないのよ!」
「・・・・・・・」
鳥打帽を被り、深夜なのに黒眼鏡をかけた老人は水原の顔をまじまじと見つめている。
「んっ?おじいさんわかる?これタクシーじゃないの」
水原は老人の左目が潰れていることに気がついた。一種形容し難い佇まいにも興味を持ったが、現実、通り魔が徘徊しているかも知れない街で、こんな時間に老人を交差点に残しておくというのも気が引けた。
「仕方ないなあ、乗って」
市之丞くんの後部自動ドアを開けると、老人は鳥打帽をずらせ、静かに微笑みながら車に乗った。
「どうもありがとうございます」
「どちらまで?」
「7丁目の外れまで乗せてくださいな」
ここから3キロほどの距離だ。老人の足では少々こたえるかも知れない。
「おジイさん、この街ではあまり見かけたことはないですね。どちらから?」
水原がルームミラー越しに老人の顔を見て尋ねた。
「寒い国から来ました」
「昔、そんな題名の映画がありましたね。えーと、あれはスパイだったかな」
「・・・・・・・いろいろ旅をして来まして、ふらりとここを訪れただけです。あなた様はここのお生まれですか?」
「いえいえ、実はオレも最初はふらりと訪れただけのつもりだったんですか、いつの間にか住みついてしまったって感じです」
「羨ましいですな。よほどこの街の居心地がいいのでしょう」
「どうなんでしょうねぇ・・・・・・ただあいつとはウマが合うっていい方ってあるでしょ。そんな具合で何となくウマが合ったんでしょうかねこの街とは」
その時、水原の耳に老人の鼻歌が聴こえた。

  ♪小川の岸でさみしさに
   泣いた涙のなつかしさ・・・・・

その鼻歌に呼び起こされるように、恭子ちゃんの満面の笑顔が蘇った。
この街に流れ着く者あれば、旅立つ者ありか・・・・・。
本当に水原はこの街とは寄り道程度の付き合いだと思っていた。
それがいつの間にか、この街の居心地の良さに浸っている自分がいる。
よそ者だらけの街にあって、この街は受け入れる人間とそうじゃない人間とを区別しているのかも知れない。
流れ着いたものの、失意のまま街を出て行った人間を水原は嫌というほど見て来た。
太子橋がぼそっと呟いた言葉が脳裏を駆けめぐる。

“茜ちゃんもいつの間にかこの街にはなくてはならない人になっちまったな”

本当にそうなのだろうか?
茜はこの街に受け入れられているのだろうか?
いや茜自身が本当にこの街を受け入れているだろうか?
そもそも本城茜は、居場所を探し続けて人生をさまよう運命を背負っているのではないのか?
「・・・・・・・いい歌ですね、そろそろ目的地に着きましたよ」
水原は市之丞くんを路肩に停めた。
「ふふふ、ちょっとした感傷ですよ。この歳になれば過去への感傷だけが生き甲斐になってゆくものです」
「人間・・・・・・・忘れちまいたい過去ってあるんじゃないですか」
「ふむ、確かに時間が全てを解決するとは限りません。もう忘れてしまった疵が、何かの拍子にふと顔をもたげてくるなどはよくある話です」
「やはり人って、いつも何かに縛られて生きているんでしょうかねぇ。そこが過去であったり、未来であったり・・・・・・・」
「ふふふ、失敬ですがあなた様はそんな風に悩まれる方だとは思えませんが」
水原は少し自嘲気味に笑った。
「いえいえ、たまーにですけど人の悩みを貰っちゃうことはあります」
「ほう、それではその悩みをくれた方に伝えてあげてください。“人は誰でも原罪を背負っています”とね」
「はっ?」
「有難うございました、ほんのひと時でしたが楽しかったです。あなた様も健康にはお気をつけください」
老人はそういい残すと市之丞くんのドアを開けて舗道に降りると、そのまま暗闇に消えていった。
水原は少し呆気にとられながら老人の後姿を眺めていたが、見知らぬ老人に余計なことを喋りすぎたことを少し後悔したのか「ふっ」と溜息をついて市之丞くんをUターンさせた。
「・・・・・・・原罪ねぇ」

水原はほどなくして大槻模型店の前に到着した。
水原がシャッターを叩くと、中から坊主頭の若者がシャッターを開けた。
「んっ、君は確か?」
「うぃっす、桂っス。中にどうぞ、大槻さん待ってます」
店内にはいると大槻がレジ台に腰をおとしていた。
「水さん、遅かったな」
「ごめんごめん、ちょっと寄り道しちまった」
「実はちょっと気になる話があってね。こいつは桂といって呈永寺の跡取り息子だ」
「大槻さん!Black Impulseの親衛隊長っス!」
「あ、そうか悪りい悪りい。それでさっき俺に話したことをもう一度いってくれ」
桂は「うぃっす」と頭を下げると、金竜が殺された日にJR貨物駅での青空道場に現れた老人の話、その老人に金竜がつっかかって逆にやられた話。そしてその老人が茜の名前と空手の流派を知っていたという話。最後に茜を狙って突然ナイフが飛んできた話などを水原に聞かせた。
「茜にナイフが?」
驚いたように水原がいうと、桂は再び頷いた。
「それはその老人が投げたわけじゃないんだな」
「ういっす、違います」
「ふーん」と水原は腕を組んだ。
「水さん、一部のマスコミがいっているように、金竜は暴走族同士の抗争に巻き込まれたとは思えんのよ。Black Impulseは最強のチームだから喧嘩を売ってくるようなバカはいないって、そうだよな親衛隊長」
「ういっす」
「で、その老人というのは?」
「なんだかサングラスの分厚いのをかけていて、ハンチングを被ってました」
「でもって、左目が潰れてたってか」
腕を組んだまま水原が言葉を挟んだ。
「・・・・・・・う、ういっす」
「水さん!」
「ああ、その老人とさっきまで束の間のデートを楽しんでいた」
「・・・・・・・水さん、老人といえば、この間、情報屋さんがここに来てね」
「情報屋が?」
「何しにきたと思うよ」
水原は首を横に振った。
「いや最近、まったくオレの前に現れてこないんだわ」
「拳銃を買っていった」
「拳銃を?・・・・・・・えーと、そうか、それでブローニングか?」
大槻は頷いた。
「水さん、あの情報屋って一体何者だい?」
「何者だいっていわれてもなぁ・・・・・そういえばいつの間にかオレの情報屋になっていたなぁ」
「それだけ?」
「それだけ」
「もっと情報屋と出会ったときの濃い〜話とかないの?」
「ないような気がすんなぁ・・・・悪りい、あのジイさんとの出会いって全然覚えてねぇや」
「ただ者じゃないぜ、あの情報屋」
「確かにマトモじゃないわな」
「いや、そうことじゃなくてさ」
「うぃっす、探偵さん!」
桂が水原に訴えかけるような目を向けた。
「総長を殺った奴、絶対に許せないっス!マジで見つけてください!総長のお袋さんも犯人が見つからないうちは、総長を焼く気にもなれないって!」
涙声になった桂の肩に大槻が手を置いて水原の目を見る。
水原は腕を組み直し、天井を仰いだ。
情報屋は殺される直前の藤村五郎と接触していたという情報がある。
そしてその藤村が殺され、情報屋がオレの前から姿を消す。
その情報屋は何故か大槻の店に現れて拳銃を購入する。
そして突如として茜の名前を知る隻眼の老人が現れ、茜が沖縄行きを思い立つ。
その直後に金竜一が射殺され、隻眼の老人とオレが出会う・・・・・。
偶然か?いや違う。
あの老人はわざとオレに接触してきたのだ!
「親衛隊長、他にその老人のことで気になったことってある?」
「気になったことすか?えーと・・・・・そういえば何か鼻歌を唄ってたっス」
「鼻歌!」
水原は携帯電話を取り出した。
「もしもしイマイチ?この前、店内でかけた歌あるだろ?あの故郷を思わざるとかなんとかいう奴・・・・・・もしかして帽子を被った黒眼鏡の爺さんが来なかっか?・・・・・・来てない、そうか・・・・・で、なんで突然あの歌をかけたんだ?・・・・・・・えっ?情報屋が来てリクエストした?・・・・・・・わかった明日、そっち行くわ」
携帯電話をたたみながら、水原は親指と人差し指で眉間をつまんだ。
「気に入らないねぇ」

*          *          *

現場到着の遅さにふて腐れている千晶に「明日、署に顔出してください」といい残して警察が組員たちを連行してから1時間が過ぎた。
焚き火を囲みながら嘉吉は釣ってきた魚を串焼きにして千晶に振舞っていた。
「なんだよ、グルクンに古酒(クースー)はぴったりの酒なんだよ。飲めないなんてホントに可哀想さ」
ほろ酔い気分の嘉吉は何度も古酒を勧めたが、千晶が懸命に拒み続けているのでさすがに諦めたようだ。
千晶の傍らではしこたま飲まされたヒデリンがぶっ倒れている。
それでも一生懸命に標準語のイントネーションで話そうとする嘉吉には好感が持てた。
「そんなことよりも嘉吉さん、本城茜について教えてよ」
千晶は匂いだけでも酔っ払いそうな気分をぐっとこらえて、嘉吉の硝子鉢に古酒をなみなみと注いだ。
「本城?あの娘はなかなかのちゅらさんさぁ」
嘉吉は目の前の岬を指差しながら、
「ほら、あの先で本城が倒れてたんだ。死んでるかと思ったさぁ、まだ高校生だったねぇ」
「へえ〜」
「で、本城を道場に担ぎこんで2日後くらいたった時だったかねぇ、ようやく口がきけるようになって・・・・・本城が怯えるように自分のことを話し始めたのさ」


格子からこぼれる月明かりが作る孤独な影。
茜は真剣の刀身を食い入るように睨みつけては、目をそらすという行為を繰り返していた。

“過去と向き合うのだ茜。この刀に己の過去を映し出してみよ。そしてそのすべてを受け入れるのだ”

師匠の静かな声が茜の脳裏を何度もかすめる。
そう、負けちゃいけないんだ。強く。強く。強く。
再び茜は闇の中でさえも光を放つ刀身に目を向けた。
流れゆく水も、かすかに漂う風でさえも真二つに斬り裂くであろう刀身は、鏡のように茜の両眼を映し出している。
そして茜の瞳の中で、刃紋がやがてめまぐるしく波をうち始めると、次第に波光きらめく大海原のイメージに溶けこんでいく・・・・・。

"海?そして波打ち際。アタシ走ってる?"
"背中?男の人、どうしてお母さんが男の人と・・・・・・お父さんじゃない!"
"お母さん・・・・その人は誰なの?"
"アタシ、今、ボロボロなのに・・・・・・"

「結局、なんだかいろいろ辛い目にあって学校を辞めた本城にとって、母親に恋人が出来たのは裏切りだったんだねぇ」
グルクンの頭からかぶりつきながら頬を赤く染めた嘉吉は語った。
「お父さんはどうしたのかしら?」
千晶は椀に古酒を注ぎながら嘉吉に訊ねた。
「もともと夫婦仲が良くなかったことは本城もずっと前からわかってたらしいねぇ、そんな両親を見ているのも辛かったろうねぇ」
「ふーん、そんな思いをしてたんだ茜ちゃんって・・・・・・」
「何だか近所にも母親の浮気が噂になったとかで、本城の家は孤立してしまったさ」

"なんなのよ一体、こっちが頭下げてんのに無視して"
"いつだってそうじゃないここは!"
"どうしてみんなで示し合わせたように意地悪を繰り返すんだろう?"
"お母さんも、お父さんも黙ったきりなの?何故?"
"アタシにはお母さんも、お父さんも信じられない"

「結局、本城が・・・・・えーと、なんてったけね・・・・・決まった日だけ行けばいい学校」
「スクーリングのことかしら?」
「そうそう、それの夜間に行ってたときに両親は離縁したわけさ、一応、本城は父親の姓を名乗ったけど、母親とはしばらく暮らしていたっていってたね」
「ふ〜ん・・・・・昔から単なる甘えたがりのワガママ娘だと思ってた」
「そのあたりからフラリと家を出たりする癖がついてしまったものだから、母親とは何度も衝突したらしいね。もともと自分たちを孤立させた周囲の住民に母親が土下座したことが、よっぽど許せなかったんだねぇ」

"何でアタシの目を真っ直ぐに見れないの?お母さん"
"アタシ、本当はお母さんの子じゃないんじゃないの?"
"なによ、その顔は?"
"いいよお母さんも、アタシのことを娘だなんて思ってくれなくて!"

「・・・・・・それで、お母さんはその恋人という人とはどうなったんだろう?」
「いろいろあったみたいなんだけど、結局は騙されていたらしいさ。それで母親がすっかりノイローゼーみたいになってね」
嘉吉は古酒を呷るピッチを早めてきたようだ。
「その後にもっとショックな出来事が本城に追い討ちをかけてきたのよ」
「え?」

月影が影を延ばし、出窓の格子が作るストライプの影が茜の膝元までにじり寄ってきた。
真剣に映る自分の瞳がまたメラメラと音を立てるように燃え始める。

"火が燃えている・・・・・凄い火・・・・・・・でも見たこともない場所・・・・・・・ここは何処なの?"
"熱い!アタシ・・・・・泣いてる?・・・・・でも・・・・・これは赤ちゃんの声?"

「本城もいろいろ旅する中で、やっと母親のことを受け入れようと思った矢先だったっていってたね」
焚き火に薪を放り投げながら嘉吉は言葉を続けた。

"お母さん、お母さん・・・・アタシもいけなかったよ・・・・・"
"お母さんもひとりで寂しかったんだね"
"もうわかったからドアを開けてよ、もういいよお母さん"
"入るよ"
"お母さん!"

茜の膝ががくがくと震え出す。刀身に映った自分の瞳が同時に上下にぶれていく。
何かを懸命に耐えながら奥歯を噛み締める。
必死になって師匠の言葉を頭の中で反芻した。

“克服しようとするな。まず受け入れることから始めなさい”
“克服しようとするな。まず受け入れることから始めなさい”
“克服しようとするな。まず受け入れることから始めなさい”

「本城が母親の部屋に入ると、血まみれで倒れていた母親の姿があったらしいよ。なんだか自分の体に何度も包丁を刺したらしいさ」
「えっ!」
「なんでも部屋中に血が飛び散っていて、地獄のようだったって本城は怯えながらいってたさ」
「それでお母さん・・・・・・亡くなったのかしら?」
「なんとか一命はとりとめたらしいね。ひどい記憶障害になってしまったさ」
「どうしているのかしら」
「どこかの施設で療養しているらしいよ。本城は一度も顔を出してないんじゃないかな」
「そんなことが・・・・・」
「で、倒れていたお母さんのそばに紙切れが落ちてて、そこに走り書きがしてあったってさ」

   “泣いていたのよあなた、
    街の外れの病院で。
    わたし、やっぱり
    本当のお母さんになれなかった。
    茜ごめんなさい。”

「どういう意味なんだろ・・・・・・」
千晶は嘉吉に古酒を注ごうとしたが、硝子鉢を半分だけ満たすと、壺は空になった。
「さあてね、本城もよくわかってないんじゃないかね」
「でも、おじいさん・・・・・・・よく知ってるね茜ちゃんのこと」
「ぶっ倒れて熱にうなされて、うわ言のように喋ったことだから、本城も憶えているかどうかわからんよ。それから本城は口をつぐんでるしね、それに」
「それに?」
「本城の背中にこれくらいの火傷の痕があってね」
嘉吉は親指と人差し指で円を作った。
「火傷?」
「そのことを何気なく聞いたことがあるさ。そしたら本城も首を傾げていた。あの娘は自分で自分が何者なのかよくわかっていないのかも知れないね。でも必死だったさ。総裁がいってたんだけど、厳しい稽古に耐え抜いて、あっという間に強くなったのは、本城自身がせき立てるように自分って誰なんだろうという、強い思いがあったからじゃないかって」
「・・・・・・おじいさん、茜ちゃんのこと好きみたいだね」
「本城かぁ・・・・・・好きさ。稽古でつらい思いをしたときもおじいだけには愚痴をこぼしてくれたしさぁ」
「・・・・・・・」
「でもちょっと酔って口が軽くなってしまったさ」
「いいえおじいちゃん、私もあの娘のことが何となくわかって来て良かったと思ってる」
「うん、本城とはずっと仲良くしてやってくれね」
千晶は白波の他には音だけを立てていた海が、今はその碧い姿を薄っすらと顕していることに気がついた。
背中越しの山の稜線も少しだけ光を帯びている。夜が明けるか・・・・・・・・。
「ありがとうおじいちゃん、いろいろとお世話になりました。最後にひとつだけお願いがあるの」
「んっ?」
「茜ちゃんに伝えて欲しいの、大至急、ピン・・・水原探偵に連絡をとって欲しいと」
「えー?」
千晶は苦笑しながらメモを破って走り書きをした。
「これを茜ちゃんに渡してください」

        ―――――――――――――――――――
        あかねちゃん

        金村竜一くん、知ってるでしょ?
        彼、死んだの。
        撃たれたの。
        なるべく早くピンちゃんに連絡してください。

                        有本
        ――――――――――――――――――――

千晶は嘉吉に紙を渡すと、爆睡しているヒデリンの頬を叩いた。
「ほれヒデリン!いつまで寝てんの、今日は忙しいぞぉ!」

*          *          *

腕から肩にずしんとのしかかっていた日本刀の重さがすーと消えていくのを感じる。
そして、刀身に映った炎が再びフェードアウトしていく。
刀身に映った自分の瞳から一条の雫が落ちていくのを茜は見ていた。

部屋中を血だらけにして倒れていたお母さん。
そのお母さんの目からも自分と同じ涙が流れていた。
アタシはお母さんに傷つけられた。
でもアタシもお母さんを傷つけた。
お母さんの体についた傷は、アタシの傷でもあるんだ。
アタシは間違いなくお母さんの娘じゃないか。
でもお母さんの傷、痛すぎるよ。
癒えることのない傷であるならば、
一生付き合っていくだけのこと?
そんな強さ、アタシにあるの?
アタシにはまだ自分が誰なのかはわからない。
自分の居場所もよくわからない。
出来れば忘れたい、逃げたい。
でも受け入れなければならないのね。

不意に格子窓から強い光が差して、刀身に反射した。
茜は思わず目を細めた。
「本城!」
突然、嘉吉の野太い声が部屋中に響いた。
「おじい?」
嘉吉は厳しい目で茜を見た。
「本城、今すぐお前の住む街へ帰れ」
茜は当惑した顔で嘉吉を見た。
「でもアタシ・・・・・・・・・・・まだ」
嘉吉は茜に紙切れを差し出しながら、
「これを女記者さんから預かった」
茜は千晶が書いたメモに目を落とすと、思わず眉を吊り上げた。
「金竜が・・・・・・何で?」
「本城、とにかく支度しろ!」
「・・・・・・お、押忍」
茜は一礼すると日本刀を嘉吉に手渡し、部屋を飛び出していった。
嘉吉は茜が夜を徹して対峙していた刀身を眺めながら、
「総裁、どうですか本城・・・・・・・立ち直れそうですか?」
いつの間にかロベルト讃岐が腕を組んだまま階段付近の壁に寄りかかっていた。
「過去と現実は常に合わせ鏡だ。過去の出来事は必ず現実を動かす。おそらく茜は過去とここまで真剣に向き合ったのは初めてだっただろう。まだまだ乗り越えない山はあるだろう。しかしそれを越えるための一歩は踏み出したはずだ」
「押忍」
嘉吉は刀を下段に構え、ゆっくりと中段へ移行し、右足のつま先を立てて上段に振りかぶった。
きえぇぇぇーい!」
気合一閃、刀を振り下ろす。
凛とした空気の中で、差し込んだ光が一瞬、真っ二つに斬れたような気がした。
「嘉吉!」
「押忍」
「茜を空港まで送ってやりなさい」
嘉吉は静かに頷いた。

*          *          *

水原は昭和カフェに向う道の途中で、反対側の舗道にしゃがみこんでいる三人の高校生たちを見かけた。アンたちだ。
「どうした?少年少女たち」
水原は、道路を横切ってアンたちの方に近づいてみた。
アンは水原を振り向くとすくっと立った。
「・・・・・・・おじさん、川地さんの家のガッパちゃん」
水原は一瞬、息を呑んだ。
アンが水原に差し出したものは、白い羽根を赤黒い血で染め、首が半分もげて垂れ下がっているオウムだった。
「多分、猫にでもやられたんだと思う」
「・・・・・・・そ、そうか残念だったな、川地さんにはちゃんと事情を説明してやってくれ」
アンは黙って頷いた。

*          *          *

人の気配を感じさせない休日の川原町廃棄物焼却場。
不燃ゴミ置き場には鉄屑や廃タイヤ、割れたガラス、プラスチックの残骸が真夏の太陽に反射していた。
時折、カラスがやってくるのは、不燃ゴミに紛れた生ゴミの臭いを器用に探し当てているからなのだろう。
それらの残骸を踏み潰しながら丸木戸はせわしく辺りを窺っていた。
歩きすぎたか・・・・・・・。
丸木戸は歩くたびに音を立てる瓦礫に「ちっ」と舌打ちをした。
「栄村、来たぞ!いるんだろ?」
丸木戸はブローニングの弾層を確認すると、弾丸をひとつだけ抜いて放り投げた。
カランと金属同士がぶつかる音が響く。
丸木戸は栄村がどこかに潜んで自分を待ち受けているという確信を持っていた。
今一度、廃棄場の形状を確認するように見回す。鉄屑がいくつかの小山になっており、死角が辺り一面に配置されている。
早く姿を現せ栄村・・・・・・俺たちが今更、決着を長引かせてどうする!
間違いなく栄村はこっちの位置を把握している。
ならば早く仕掛けて来い!
その時“影”が丸木戸の視界を遮った。
丸木戸は反射的にブローニングを発射する。
乾いた破裂音が轟くと同時に不気味な奇声を発し、カラスが丸木戸の目前に落下した。
カラスには丸木戸が打ち込んだ弾痕と同時に、腹から背中にかけて銀色のナイフが突き刺さっていた。
「・・・・・・・」
いるな栄村、どこだ!? ・・・・・・・右か?左か?
次の瞬間、丸木戸は背後に風を切る音を感じた。後ろか!
その刹那、膝に激痛が走る。
「くっ!」
丸木戸は片足飛びで横転しながら、鉄屑の山に身を滑らせた。
左膝が撃ち抜かれている。
すぐさまシャツの肩口を歯で切り裂き、膝を縛りあげた。
こめかみに脂汗が流れ落ちて来るのを感じながら、鉄屑越しに、ベレッタで自分を狙う栄村の姿を捉えた。

*          *          *

「情報屋はいつ来たんだイマイチ?」
昭和カフェに入るや水原は太子橋に訊ねた。
「ついこの間のことだよ」
「そうか」
「ピンちゃん、情報屋さんに何かあるのかい?」
太子橋はレジのドロアを開けて、中から封筒を取り出した。
「ん?」
「これ、実はピンちゃん宛てに預かってた」
「情報屋から?」
「何かあったら渡してくれって」
水原は封を切った。
畳んだショートホープの空き箱が出てきた。
「はっ?」
水原が更に封筒の中身を覗くと、紙切れが入っている。
その紙切れには三行の走り書きが記されていた。

   ――――――――――――――――――――――――――
   愛しのピンちゃんいろいろありがとね。
   あたしが死んだら、香典くらいはこの箱に入れてね。
   恥多い人生だったけど、おかげで面白かったわよん。
   ――――――――――――――――――――――――――

「・・・・・・・・・・・・・・」
水原は紙切れを太子橋に見せた。
「ピンちゃん、これって情報屋さんの・・・・・・・・遺書?」
「イマイチ、付近を探して来る!」
水原はカウベルを乱暴に鳴らしながら昭和カフェを飛び出した。

*          *          *

どうすれば左側の瓦礫の山にあれを誘い込むことが出来るのか・・・・・・・・・。
一か八かの勝負だな栄村。
丸木戸はポケットからナイフを取り出すと、栄村が身を隠しているであろう付近に向かって投げつけた。
ナイフが回転しながら放物線を描くと同時に“バスッ”と消音銃の発射音が聞こえ、ナイフが空中で刎ね上がる。
その瞬間を狙って丸木戸が栄村の視覚に飛び出し、ブローニングを発射した。
銃声が響き渡る間に丸木戸は廃タイヤが山積みされた一角に転がり込もうとする。
栄村も鉄屑から飛び出し、横走りで丸木戸を正面に捉えながら、ベレッタを連射した。
カマイタチに切られたように丸木戸の頬に血の飛沫が走ったが、懸命にタイヤの陰に飛び込むと、激しい息遣いを整えるかのように天を仰いだ。
パックリと裂けた左頬に脂汗が沁み込んでヒリヒリと痛む。
「定男さん!今回はどうやら私が先に詰んだようだね!」
栄村の声が響く。
「楽しそうだな栄村!」
丸木戸は叫び返しながらも、ゆっくりと腹這いになって大型トレーラーのタイヤに肘を固定した。
「ああ、楽しいよ定男さん!大笑いの人生じゃないか!この場所も随分と我々にはふさわしいだろ?」
丸木戸は栄村が楯にしている鉄屑のある一点に視線を集中させる。
その視線とブローニングの銃口が交差した瞬間、一気に引き鉄を三回弾いた。
“パーン!” “パーン!” “パーン!”
連射による矢継ぎ早の銃声がこだました瞬間、真っ赤な炎が膨らみ、耳をつんざくような爆発音とともに周囲の瓦礫が隆起し、鉄板が宙を舞った。

*          *          *

一気にブレーキペダルを踏み込む。市之丞くんが悲鳴を上げながら急停車した。
水原は車を降りると、大きな爆発音がした方向を見廻した。
5メートル四方のフェンスに囲まれたそこには、無造作に積まれた車や電化製品の残骸が山のようにそびえ立っていた。
火薬の匂いがする。
水原は数十メートル先に黒煙が昇っているのを確認すると、
「くそ!」と叫びながら水原はフェンスをよじ登った。

栄村が身を潜めていた山は崩壊し、飛び上がった鉄片が一面に降り注いだ後も黒煙が立ち昇り、無数の塵灰が小雨のように降り注いでいた。
丸木戸はゆっくりと身を起こすと、栄村がいた付近まで足を引きずり始めた。
一陣の風が辺りの黒煙を吹き払うと、そこには瓦礫の下に埋められた栄村の姿があった。
割れた黒眼鏡が無残に潰れた左目を露出している。
丸木戸はブローニングの銃口を栄村の顔に合わせた。
「・・・・・・・栄村、わかるか?」
栄村は仰向けに倒れながらも、静かに頷いた。
「・・・・・・・定男さん、爆弾、いつ仕込んだ?」
「昨夜の晩だ・・・・・雨が降らないでくれて助かったよ」
「そうか、また詰まれたようだ」
栄村は口元を歪めて笑った。
「栄村、動けるか?」
「多分!」
栄村が突然跳ね起きると、不意に瓦礫からサイレンサーつきのベレッタが飛び出した。
丸木戸はブローニングの引き鉄を弾いたが、撃鉄が“カチン”と空撃ちの音を立てる。
栄村が一瞬、狼狽の表情を見せた直後“バスッ”という鈍い銃声が鳴った。
丸木戸の膝がガクッと折れ、そのまま正座するように体勢を崩した。
その右胸には弾丸がめりこみ、微かに煙を立てている。
「ぐっ!」
「・・・・・・・何故だ定男さん・・・・・・弾はあと一発残っていた筈だ」
栄村は身を起こすと黒眼鏡を投げ捨てた。
「さ、栄村・・・・・・・こ、これは賭けだよ・・・・・・爆死させられなかった時点で俺の負けさ」
肩で息をしながら丸木戸は絞り出すようにいった。
「どういうこと!?」
「ふふっ、・・・・て、天使の父親かも知れねぇって人間を殺しちゃいけないわな」
「・・・・・なに!?」
「ち、ちょっとした可能性の話だよ・・・・・・」
「・・・・・・・」
「こ、この街で死ねて嬉しいぜ・・・・・・ありがとよ」
「定男さん!」
「さ、栄村・・・・・・・ちょっくら・・・・・・先に行くぜ」
肩の息遣いがピタリと止まると、丸木戸はそのままの姿勢で首を垂れた。
「・・・・・・・・・・・・・・定男さん!」
栄村は瓦礫から這い出ると、丸木戸に掴みかかる。
丸木戸は銃弾が貫通した背中を見せながら栄村の膝に倒れた。
栄村は丸木戸の肩を抱きながら、しばらく瓦礫の山を見下ろした。
無造作に敷きつめられた鉄屑、ガラスの破片、プラスチックの大地・・・・・・・。
ところどころ爆発によって煙が燻っている。
「この街って?・・・・・・・ふふふ、見なよ定男さん・・・・・・ここは木が一本も生えてない、イルクーツクよりひどいや・・・・・・」
栄村は静かに目を閉じた。
(遠く呼ぶのは誰の声〜幼なじみのあの夢この夢〜ああ〜誰か故郷を想わざる・・・・・)
歌を口ずさんでいた栄村は突然、「ぐっ」という低い呻き声を漏らした。
栄村の首に銀のナイフが突き立てられている。
苦悶に表情を歪ませながら振り向いた栄村は右目を大きく見開いた。
「き、貴様ら・・・・・・・・」


水原は不燃ごみに足を取られ、鉄屑の山に阻まれながら、ようやく黒煙の上がる場所に辿り着いた。
「おい!」
老人二人が寄り添うように倒れている。
「じょ、情報屋!」
情報屋を抱き起こそうとして撃ち抜かれた痕に気づき、慌てて手を引っ込めた。
「くそったれ!」
もう一人の老人には首と背中にナイフが突き刺さっていた。
夕べ、水原が車に乗せた老人だ。完全に息を引き取っている。
水原は周囲を見廻しながら、携帯電話のボタンを押した。
「もしもし源さんか?水原だ!老人が二人死んでいる。ひとりは情報屋だ!・・・・・・場所は川原町廃棄物処理場。ああ、わかっている!現状には手をつけてない・・・・・・早く来てくれ!ここは臭すぎて可哀想だ!」
水原は携帯をたたむと、情報屋の死に顔を覗き込んだ。
頬が傷で抉られ、固まった血に泥がこびりついている。
しかし、目を閉じた表情は不思議と穏やかなものに思えた。
「なにを・・・・・・・・なにをひとりで抱えてやがったんだ馬鹿野郎・・・・」

*          *          *

昭和カフェに『誰か故郷を想わざる』が流れている。
水原は無言でショートホープのデザインを指でなぞっていた。
「で、ピンちゃん、情報屋さんと金竜は同じ銃で撃たれてたわけだ」
沈黙を破るように太子橋が訊ねた。
「ああ、情報屋ともうひとりの老人からは硝煙反応が検出されたらしい、しかし二人とも銃は持っていなかった」
「ということは」
「どこのどいつかが銃を持ち去ったってこと」
「ひゃ〜、警察はなにをやってんだろうね」
「・・・・・・・・・」
「それで結局、情報屋さんって何者だったんだろうね」
「・・・・・・・・・・・・・・さてねぇ」
太子橋は水原があまり喋りたがらないのを察すると、仕方なく木目調観音開きキドカラーに目を移した。
テレビは夜のニュースを放映している。

   宜野湾に米軍所有のヘリコプターが墜落した事件は、
   日米の地位協定をめぐり稲嶺知事が総理官邸を訪れ
   るなど、まだまだ波紋を呼びそうです。
   続きまして、もうひとつ沖縄関連のニュースです。
   沖縄県警は、麻薬取締法違反の疑いで暴力団、琉球
   登味城組・余辺那政吉会長を緊急逮捕するとともに、
   大東寺万吉氏を任意で同行し、東京麻布の自宅を家
   宅捜索しました。大東寺氏は兜町の旋風児と謳われ、
   総会屋の大立者とされる人物ですが、株価操作のた
   めの資金源の一部が琉球登味城組から提供されてい
   る疑いがあるとして警視庁は逮捕状の請求を急ぐ模
   様です。事件の発端は中央日報新聞社が匿名情報を
   もとに内定を続けていたことから明らかに・・・・・・・

「な、イマイチよ」
水原が口を開いた。
「情報屋の過去って、オレあまり知りたくないんだわ」
「うん」
「・・・・・・・よく考えたら名前も知らねんだからな」
水原は情報屋が残した走り書きを手にとった。

  ――――――――――――――――――――――――――
  愛しのピンちゃんいろいろありがとね。
  あたしが死んだら、香典くらいはこの箱に入れてね。
  恥多い人生だったけど、おかげで面白かったわよん。
  ――――――――――――――――――――――――――

「愛しのピンちゃん・・・・・か」
水原は、ウィスキーのロックグラスを傾けた。
「実は事務所にチーちゃんからFAXが来ていて、アカネの昔のことを、どこからか聞き出したらしくてね、それを詳しく書いてくれてるのよ」
「へえ〜、さすがにブン屋だねぇ」
「でも、なんとなくそれを読む気になれなくてなぁ」
「なんとなくわかるけど、全然、気にならないのかい?・・・・・・茜ちゃんの過去」
「まったく興味がないっていったら嘘になるけどさ・・・・・そりゃ本人が喋りたくなったら一生懸命に聞いてあげるんだけど、こっちから詮索するような真似だけはしたくないんだよな」
「・・・・・・・茜ちゃん戻ってきたらショックだろうな」
「・・・・・・・・・・」
警察は依然として事件を通り魔の犯行という線で動いている。
暴力団準構成員、暴走族のリーダー、二人の老人・・・・・・。
確かに被害者に一貫した共通点は見つかっていない。
しかし水原は釈然としないものを感じていた。
この事件はひとつの出発点から捻じれながらも一本の線で繋がっている。
確たる証拠があるわけではない・・・・・・。
ただ間違いのない事実として、犯人は拳銃を持ち歩いている。
この街のどこかでまた血が流される可能性は大きい。
その時、出し抜けに水原の携帯電話が鳴った。

-------------- 着信音は『五番街のマリーへ』。




【最終話1・了】

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