【No.4 鱈のパイ包み焼き】   [ 小夜鳴き鳥  作 ]

モノローグ1 太子橋今市  ---自慢の料理、最高だったんだけどなぁ---

今日という日はいったい何だったんだろう?
俺にとっちゃぁもう今更女の子との出会いなんてどうでもいいんだよ、それでもちっとは期待するよね。
そう、マルシアがいい子紹介するって言ったのよ。
最近知り合ったブラジル3世だそうだ。それが、見せられた写真の娘が可愛い娘でサ。
でもどっから見ても日本人。で、名前がハマコってさ!何だか昔懐かしい名前だね。
きっと爺さんなんかの憧れの芸能人だったんだろうな。
俺はもうこの稼業も長いだろう?バーだったはずが定食屋みたいになってるけど、今日はいつものランチ以上に腕によりをかけて、ついでに店も臨時休業して準備したんだ。
ポルトガル語だってね、古本だけど会話本用意したさ。まあこれが失敗だったか・・・
この日伯友好社め!実用に耐えるもん作れってんだよ。

朝から仕込み、掃除もいつもより念入りにして、準備万端整えて・・・・待ったなぁ。1時間遅刻だよ。
1時から2人で美容院に行くと言ってたが、時間、そんなにないじゃないか。
ブラジル人って約束があってないようなもんらしいよ。会話本のコラムにもそう書いてあった。
マルシアが連れてきたハマコ、いやぁ実物の方がなんというか、マジそこらのおねぇちゃんよりずっと大和撫子なのよ。マルシアも言葉遣いが変なふうにバカッ丁寧だが、ハマコ、いやハマコさんはしとやかだね。マルシアが霞むさ。
これ、畳の上なら絶対三つ指ついてるだろうね。
ただ、日本に来て日が浅いらしくて、言葉がね、喋る方がちょっと不自由そうだったね。
こっちの言う事はわかるってことだったし、俺が普通に喋った方が向こうもリラックスできるだろうと、努めてふだんのまんまに喋ったわけだわ。
ああ、それが悲劇の始まりよ・・・・・

まずは自分の名前をポル語っぽく言ってみた。
そしたらハマコさん、腹抱えて笑うんだよね。
それで自分はというとひとしきり笑った後で「三重の海へ尼困〜りゃ、井上で面倒さ!」だとさ!・・・・#☆●§£□*♂▲なんだよソリャ?!
まぁ、いいや、俺はポル語なんて生まれて初めて聞くんだ。適当に合わせとけ。
「またぁ〜!ハマコさん、ポルファボールですよ〜!」これ『お願い』っていう意味だそうだ。本にそう書いてあったんだから・・・
「またぁ〜!ハマコさん、お願いしますよ〜!」って言ったつもりよ。
そしたらハマコさん、今度は途端に目がまん丸になったね!
見開いた黒目の綺麗な事、まるで那智黒の碁石のような・・・あ、ごめん、いい例えが浮かばないや。
ずっと見てると深淵に吸い込まれる感じよ。
ところがその目は見開いた後、ジワジワもやが掛かったように見えた。いや、気のせいだろ、その時はそう思う事にした。

それより食事だよ。
今日のメインは鱈のパイ包み焼きにしたんだ。めったにしないよ、こんなのは。
本当はスズキといきたいところだけど、ちょっと予算不足でネ。でも、鱈って脂が乗ってる分、パリパリのパイ皮とマッチするんだ。最高だよ。
さて、オーブンで焼きあがったのを大皿でド〜ン!とテーブルに出したわけさ。
いやぁ、ハマコさんもマルシアもびっくりよ。俺としてはちょっと鼻高いわけだ。
こんな店でこんな欧風料理が出るとは思わなかったんだろうなぁ。
2人とも感激しちゃってさ、もう、サンバステップでも踏みそうな勢いだったよ。
それでどんな賞賛の嵐が来るかと、ちょっと俺も腕組みしながら斜に構えて2人を見やった。
「オケケ!!」「オケッケ〜!」妙齢の女性が2人して異口同音だよ。
なんだよ、それはぁ!何がお毛々なんだよっ!
「バカーな!」「イマイチィ、イカれてますねぇ!」
ああ、ああ、そうやって俺をおちょくるのかよ。え?これはブラジルのジョークかい?上等だ!俺ももう立派な大人の男だ。そんな事ではたじろがないよ。
さぁさぁ、熱いところを食べようとナイフを入れてやったさ。

この料理、作り方はシンプルだが材料を吟味してるからね、フランス・ブルゴーニュ産のゲランドの一番塩と一緒に、ここになぜか電気ブランのお出ましよ。
俺の憧れのバー、「神谷バー」のデンキブランをまねてみたんだけどさ、薬草入りってカクテルだよ。
まぁ、本物は秘伝だからね、何が合わさっているのかわからないが、今一流デンキブランってわけだ。おぅ、そこっ!偽物って言うなぁ!!
それからね、それを魚の身にすり込んで、国産小麦幻のハルユタカで作ったパイ生地で包むわけだ。
そうだね、パイ生地に織り込むバターは弓削牧場の発酵バターだね。
香ばしいパイの中からジューシーな鱈がハーブ、ブランデーの香りを身にまとってお目見えだ。
ゲランドの一番塩はかすかにスミレの香りがするんだ。料理人してて良かったねぇと思う一瞬なわけ。
いや、バーを捨てたわけじゃないよ。
ああ、でもやっぱりスズキにしとくべきだったかなぁ?うん、今だからそう思うんだけどね。

2人を半分そっちのけで満足感に浸ってた・・・
と、今度はハマコ・・(もう、さんづけなんかしてらんないよ)・・・料理見て「バカヤロー!」と言いやがった。
マルシアはというとまだ「バカな、バカな」とやってる。
途中で「まらびりょーぞ」って入るのはいったい何のまじないだ?

でも、時間もないんだ、そろそろ食べたいよね。なんて言ったらいいかわからないから「飯を食う?」と聞いたんだ。ハマコまるでストップモーション掛けられたみたいに固まっちまったよ。
あ、メシじゃわからないか?
「此処で魚食う?」
ハマコは一瞬にして表情が険しくなった。
横で踊り狂ってたマルシアもさすがにそれに気がついて間に入ったんだが、ハマコはもうどうにもならない蔑みの表情で俺を見ている。
もういても立ってもいられない様子で帰り支度を始めた。
「ワタシ、こんなブジョークもらったことないネ。日本の男の人、サムライでカバレイリョと思っていました。ヴォヴォに日本でいい人見つけて来いと言われました。でも、もうだめ。来ない、ヌンカマイス。マルシア、ウマイデース ネ?さぁ帰りましょ!ベンカー」
おお!初めて聞く日本語の長文!しかし、意味がよくわからん!不ジョークだのカバだのボボだの・・・これって卑猥な言葉なんじゃないの?便か?って何!・・え?帰る?そんな!引き止めなくては!
アンタ!まだ食べてもいないのに旨いですねって!鱈、自信作なんだよ・・・ポル語でなんて言うんだろな?ええい、こちとら日本語しか話せねぇってんだ・・・
「アンタ、魚っ!ここっ!食うんだよ!せっかく作ったんだからさぁ、食べていけよ!」

バッターーン!!!大きなドアの音の残響といっしょに、彼女は最後の言葉を残したっけ。
そうだ、今思い出した。「コロッケー!!魚!」ああ、魚はコロッケの方が良かったのかぁ。

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モノローグ2 Hamaco Maria Inoue de Mendosa  ---日本の男って最低---

今日は人生で最悪の日だったわ。O meu Deus!(神様)今日という日を忘れさせてください。
私、日本に勉強に来たの。先月来たとこ。
たまたま訪ねた日伯文化センターでマルシアに会って、仲良くなったの。
彼女、私が寂しそうにしてたから、美味しいお料理のお店あるよ、そこのマスター楽しい人よって誘ってくれて。お昼食べに行ったのよ。
マスターさんと仲良くなれればいいなぁとも思ってた。
日本人の男性と知り合う機会なかったし。でも・・・最っ低だったわ。
マルシアはよくあんな店で食事できるわ、信じられないっ!

マルシアってお勤めに出る前に毎日美容院に行ってるの。その前にお昼ごはん。
ご馳走って聞いてて楽しみが半分と不安が半分。
ブラジルの家ではお祖父さんが一番偉くて、お祖父さんの大好きな日本食はよく食べるのよ。でも、私は日系3世。ブラジルのお料理の方が口に合うの。
日本食出てきたらちょっとイヤだなぁが半分、あとの半分が楽しみ。それはマルシアから聞いて、案外日本のお食事、欧風のが多いってわかったから。

ちょっと遅れちゃったかな?でもね、約束の時間は遅れていくものなのよ。早く行って準備まだだったら相手に失礼でしょ?これ、マナーよ。
マスターさん、ちょっと待ちくたびれてたみたい。
でもマスターさん、優しそうな人だったわ。
私、緊張しちゃって日本語が出てこなかったの。
それに、マスターさん『タタトタタトー・・・』って早口だから何言ってるかわからなくって、ますます硬くなってしまったわ。

マスターさん、自己紹介してくれたんだけど、名前がね、おかしいのよ。
『(Imaichi ta ixi-baxi)イマイチー タ イシバーシ』だって!イマイチなのが石橋にいる?
『イマイチ』はマルシアに教えてもらって知ってたわ。もひとつダメってことよね?おかしくって!!
でも、それは礼儀知らずね。気を取り直して私も自己紹介しました。
『Meu nome e Hamaco Maria Inoue de Mendosa.(メウ ノーミ エー ア(ハ)マーコ マリア イノウエ ヂ メンドーサ)』
私の名前はお祖父さんが付けてくれたんだけど、昔の日本の歌手の名前だって。
でもブラジルでは頭のHaはハじゃなくてアと発音するの。
家族はみんなハマコって呼んだけど、友達はみんなアマーコだったわ。
すごく丁寧に言ったのに、イマイチったら怪訝な顔して信じられないような言葉を吐いたのよ。
「お願いだからハマコを殺せ!」ですって!
しかもニヤつきながらよ!この人どういう人?ブラジル語の本片手に言ってるの。
それって調べて言ってるんでしょ?悲しくなってきちゃった。

でもね、すぐにご馳走が出てきたの。
私、美味しいものに弱いから、それにブラジル人だからさっきの事どっかに飛んで行ったわ。
お店のテーブルにオーブンで焼きたてのすごく立派なお料理がドンと置かれたわ。
もうマルシアと2人で大感激。
マルシアは日本に来てしばらく経つけど、実家に仕送りしなきゃいけないらしいの。
だから、あまりご馳走食べてないそうなのよ。もう、私でも呆気に取られるくらい喜んでる。
でも私だって負けてない、こんな立派な欧風料理見たことないもの。
「これなぁに??」「何??何?」って2人で叫んだわ。
「素敵〜〜!」「びっくり!素敵〜〜!」
マルシアはイマイチに向かって「イマイチィ、イカれてますねぇ!」ですって。
あれ?それイカれてーじゃなくてイカしてーじゃなかったですか?お祖父さんがそういう言葉よく言ってたけど・・・おねえちゃん、イカしてるねぇって。
でも、そんなどうでもいいような疑問もお料理の匂いでどっかいっちゃった。
魚の形に焼いてあるパイなんだけど、本当にうっとりするような香ばしさとふくよかさと例えようのない香りだったわ。
嬉しさで私のほうがどっか飛んで行くう!!

ところが!もう大空に飛ぶぞぉ!って時にイマイチったら、そこに冷水を浴びせたのよ。ノンノン、首に縄を掛けて引っ張られて地面に叩きつけられた感じ。
「Mexo o cu?(メシォクウ?)」
オオオオ!!何と言うことを!!神も何もないわ!!『お尻の穴をさわってみる?』ですって?
でもそれでまだ止めないのよ。
「coco de sacana cu?(ココデサカナクゥ)」
ああ、言えないわ、私まだうら若き乙女なのに・・・『下品なケツの糞』なんて!!ああ、言っちゃった!!
「マルシアッ!マルシアッ!もう帰ろう!こんなとこイヤだ!」
イマイチに言ってやったわ。
「私、こんな侮辱受けた事ないわ。
日本の男の人はサムライで紳士だと思っていました。
お祖父さんに日本でいい人見つけて来いと言われました。
でも、もうだめ。来ない、絶対に。
マルシア、1時10分よネ?さぁ帰りましょ!こっちおいでよ!」

それなのに追い討ちをかけるように「糞!下品!ケツの穴だよ!食べていけよ!」って侮蔑の言葉を投げかけてくるのよ。
私は早く外へ出たかった。
マルシアは何だかオロオロしていたけど、もうどうだっていいわ。
飛び出す時に思いっきりドアを閉めてやった。
「Qual ou que!(コロケー!)Sacana!(サカーナ)」『そんな事じゃないのよ!この恥知らず!』




--- No.4 FIN ---

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