【No.7 ヒーローは眠らない】   [ タテジマン  作 ]

ブォーン、ブォーーーーン
最後に一際ウルサイ爆音が響いたあと、街はいつもの静かな午後を取り戻した。
真っ赤に再塗装されたその派手なバイクは、とある店の前に停められていた。

「ちぃーっス!」
決して誰も目を合わせたがらないであろう“いかにも”な金髪の若者は勢いよく店の扉を開けた。
『コラっ、角を曲がる前にエンジンを切れって言っただろうがぁー!』
「・・・スイマセン。」
店に入るなりいきなり怒鳴られた金髪の若者は頭をかきながら何度も店主に頭を下げた。
『何度言ったらおまえは・・・ん?おまえ、自慢の3色メッシュはどうした?』
「はい。やっぱ“オールパツキン”の方がイカすかなって」
金竜こと金村竜一は少し嬉しそうにそう答えた。そして手に持っていたビデオテープを渡しながら目を輝かせて話した。
「シャアはサイコーっス!激シブっス!」
いつもは無口で何を考えているか分からない“イカツイ”金竜がこんなに素直に多弁に自分の感情を表現するのは兄のように慕っている大槻模型店の店主、大槻祐二の前だけであった。大槻はビデオテープを受け取りながら珍しく興奮している金竜を見てニヤニヤしていた。
『完璧にハマったみたいだな?まさかおまえがねぇ』
一週間ほど前、ガンダム世代でもある大槻が金竜にそのアニメのビデオを貸していたのだった。アニメなんて全く興味のなかった金竜だったが、思いのほか“ガンダム”に、その敵役の登場人物シャア・アズナブル大佐にハマっていたのだった。
『で、おまえのヒーローはアムロじゃなくて“赤い彗星”ってわけだ?』
大槻の問いに少し照れながら金竜は大きく頷いた。自慢の3色メッシュをやめて、もはや金竜の、いやっチームの代名詞とも言えるゴールド仕様のカワサキ車まで赤く塗装して・・・コイツにもちゃんと“少年な部分”があったんだなと大槻は笑みを浮かべながら思った。
アニメ“ガンダム”の中で赤い彗星ことシャア大佐が機上する“赤いMS”のプラモデルを物色していた金竜が思い出したように強い口調でこう言った。
「何で“ジオング”には足がないんスかね?足があった方が絶対にカッコイイと思うんスけど。」
金竜の前では“大人”を気取っていたいと思っていた大槻であったが、何も分かっていない金竜の“お子ちゃま”発言に思わず熱く言い放った。
『“ジオング”に足だと?足なんてのはただの飾りなんだよっ!』
予想だにしなかった感情的な大槻の言葉に金竜はとにかくビビった。そりゃもうビビった。
手に持っていた“シャアゲル”を思わず落っことしてしまったぐらいにビビった。
『てかおまえ、いい加減にマニアックな話はやめろっ!ガンダムを知らないお客さんだっているんだよ!!このタコっ!』
金竜が店内を見回すまでもなく、店には大槻と金竜以外誰もいなかった。
少し不穏な空気が流れる中、その沈黙を破るかの如く店の電話が鳴った。
『もしもし、あっ、ミズさん!留守電聞いてくれました?はい。そうなんですよ。なんだかミズさんの方は最近忙しいみたいですね。ははは。しまいに倒れますよ!え?あっそうなんですか!いいんじゃないですか、たまには息抜きってコトで。ははは。っとそうそう、実はね・・・やっと例のブツが手に入ったんですよ!。そうマジで。はい、なかなかのシロモノですよ。ええ、きっと満足してもらえると・・・自分が欲しいくらいですから。え?冗談ですよ、ははは。ええ分かりました。はい、お待ちしてます。どーも。』
大槻はとても得意げな表情でそしてとても満足げな顔でゆっくりと受話器を置いた。
「今の電話、あの探偵さんスか?」
『おお、そうだ。』
「何なんスか?例のブツって」
『おまえに言っても分かんねーよ。』
自分のコトを子供扱いするような大槻の言い方に金竜は少しムっとした。
「教えてくださいよぉ〜!え?まさか、ビームライフルとか・・・」
『んな訳ねぇーだろ、バカ!』
金竜に見せても仕方ないと思いつつも大槻は嬉しそうに自慢のブツを奥の部屋から持ってきた。
「なんスかコレ?ロボットっスか?連邦の新しいモビルスーツっスか?」
『ちげーよ。キングジョーだよ。どうだ?渋いだろ?へへへっ』
「・・・そうっスね。」(こんなロボットオレにでも書けるぜ・・・)
『結構、苦労したんだぜ、これ手に入れるの。このバージョンのキングジョーはほとんど出回ってないからな。オレはセブン派じゃねぇがコイツだけは別モンなんだよ!ま、おまえに言っても分かんねぇだろうけど』
「・・・そうなんスか。」(分かりたくもないけど・・・)
『ミズさんきっと大喜びするぜ!』
金竜が大槻のこんな表情を見るのは初めてだった。自分には親身になってくれるのだが、誰に対してもぶっきらぼうで、他人の為に何かをするとかそんなコトには一切興味がない人だと思っていたからである。そんな大槻が慕う探偵さんこと水原一郎が金竜にはとても気になった。別の意味も込めて。
「探偵さんてどんな人なんスか?」
『ん?ミズさんか・・・うーん、そうだなぁ・・・言ってみればヒーローかな』
「ええっ?ヒーロー???ヒーローってあのヒーローっスか?」
『ああ、そのヒーローだ。あの人は困ってる人がいるとほっとけない性質なんだよ。自分を頼ってくる人がいたらついつい手を貸しちゃうんだ。全く関係ないのに責任感つーか、使命感つーかさ。そしてな、絶対に他人の事を色メガネで見ないんだ。自分の目でしっかりと見るんだよ。あの人の中に在る、あの人の“正義”が、あの人を突き動かしちまうんだろうな。探偵の枠なんかとっくに超えちまってよ!まさにあの人はこの街のヒーローさ』
金竜は大槻が語るその言葉の意味を金竜なりに必死で理解しようと真剣に聞いていた。
「ふーん。あの探偵さんが・・・ヒーローかぁ・・・」
『男ってのは誰だってヒーローに憧れるもんだ。おまえだってそうだろうが、シャアみたいになりたいんだろ?だから髪の毛を金髪にして、単車を赤に塗ったんだろ?』
「・・・オレよく分かんないっス。・・・だって今、“悪”とか言われてるチームのアタマ張ってるわけだし・・・」
『そういう事じゃねぇんだよ。オレが言いたいのは人様がどう思うかとかそんなんじゃねぇんだ。金竜、おまえにとっての“正義”ってもんがあんだろ?』
「オレにとっての“正義”?」
『そう。おまえにとって許せないモノ、おまえにとって譲れないモノ、おまえにとって守りたいモノ・・・何も地球の平和を守るヒーローだけがヒーローじゃねぇんだ。それが家族でもオンナでもツレでも、てめぇんとこの悪ガキ共でもな。おめぇにとって大切なモノってなんだ?それをしっかりと体張って守ってやれればおまえも立派なヒーロー初級編なんだよ』
金竜の思考回路は爆発寸前だった。が、しかし大槻の自分に酔っている演説がとても金竜の脳を揺さぶったのは間違いなかった。
大槻はフリーズ状態の金竜を尻目に今夜の景品に使うプラモデルを物色していた。
「あ・・あの・・・ほ、ほんじょうあかねさんて探偵さんのオンナなんスか?」
10分以上の沈黙を破ったのは金竜の蚊の鳴くような一言だった。
『ん?なんだ?ほんじょうたけし?』
「いやっ、探偵さんとほんじょうあかねさんの・・関係は・・・」
うつむきながら小声で話す“らしくない”金竜を見て、大槻はこれでもかというぐらいイヤラシイ顔になっていた。
『ふーん。そうなんだぁ〜茜ちゃんのウラ拳が効いてたんだぁ〜』
「はっ?何言ってんスか?意味わかんねぇっス」
『おうおう、喧嘩上等の硬派でおっかない金ちゃんよぉ〜!左肩で虎が吠えてる竜ちゃんよぉ〜!青春だねぇ〜』
「そ、そんなんじゃないっスよ!」
『へっへっへっへ。顔だけ“赤い彗星”になってるぞ〜茜ちゃんのヒーローになりたいってか!』
「はっ?何勝手に言っちゃってるんスか!仕事残ってるんでオレ帰ります!」
(・・・っとによぉ〜ったく)
『おーい!茜ちゃん今夜行くらしいぜぇ〜!』
“赤い彗星”こと金竜のバイクは通常のバイクの3倍のスピードで大槻模型店をあとにした。



「水原一朗探偵社」から20分ほど歩いたところにある久万神社では毎年恒例の夏祭りが行われていた。週末の2日間、神社へと続く通りには夜店が数多く並び、浴衣を着た多くの人たちで賑わうのであった。最終日の今日は近くを流れる川の岸辺から花火が打ち上げられ祭りのフィナーレを飾るのである。

「凄い!凄い!ピンちゃんスゴぉーい!!」
艶やかな紺色の浴衣を着た茜といつもと変わらない格好の水原も年に一度の夏祭りを楽しんでいた。
特にラッキーちゃんのお面を後ろ向けに被り、綿アメを右手にもった茜は子供のように無邪気にはしゃいでいた。
「ピンちゃん、天才!!もう全員助けちゃえ〜!次、この黒い子っ!」
「おっしゃあ〜!まかせんしゃーい!待ってろよ、誠の救世主が救ってやるからなぁ〜!」

天才的ともいえる水原の金魚すくいの腕前と、夏祭り独特の開放的な雰囲気に茜はすっかりハイテンションになっていた。
その興奮してハシャギまくる茜を遠くから見ているひとりの金髪の若者がいた。
誰がどう見ても近眼だからとは思えないその鋭い眼光は水原に向けられていた。

「気に入らねぇ……」


その頃、昭和カフェでは近藤真彦の「ギンギラギンにさりげなく」が流れていた
・・・かどうかは知ったこっちゃない。




-- No.7 おわり --

フォント種類 フォントサイズ 行間幅 下線 有/

※[プロフィール登録]をしている作者は、作者名をクリックするとプロフィールが見られます.
※フォント切り替え等は機種,ブラウザにより正常に機能しない場合があります.(特にmacは・・・)
※本コーナーの創作物の著作権はサイト管理者T.Aまたは作成者に帰属します.承諾なしに、転載、複製、二次利用する行為を固く禁じます.