電話が繋がるという事に恐怖を感じるのは初めてだ。 受話器の向こうは多分あの女なのだろう。そして微笑をしながら無言でいるのであろう。オレは動揺していた。繋がらない事を期待していたのだ。そう、あの女のイタズラである事を願っていたのだ。オレはパートナーとほぼ同時に息を呑んだ。
「どっちなのかしら」
スピーカーからあの女の声が響いてきた。その声は何かを楽しんでいる様に聞こえる。
「ねえ・・どっちなのかしら」
パートナーが受話器を取ろうとしたので、その手を振り払い受話器を耳にあてた。
「・・・何がどっちなんだ」
「あら、やっぱり貴方だったのね。私の予想より少し遅かったわね。もう着いちゃったわよ。」
「・・・・何処に着いたんだ」
「・・・・だからどっちなのかしら」
「何がだ!何がどっちなんだ!おいっ!答えろ!」
「貴方が私に電話して来る事は分かってたわ。だからね、もう着いたのよ。」
「いい加減にしろ!どこにいるんだ!」
「私は貴方から名刺を貰ったのよ。分かる?だからどっちなのか聞きたいのよ。この質問に早く答えてね・・・今、コンビニエンスストアを右に曲がったわ。あそこにクリーニング屋さんがあるわね。緑の看板の。その前に郵便ポスト。あら酒屋さんもあるのね。ここでオールドクロウを買ってるわけね・・」
オレは全てを理解した。この女はオレの家の近所にいる。そして確実にオレの家へと向かっている。背筋が凍りついた。この女がこのまま進めば、あと5分程でオレの家だ。そこには女房がいる・・・この女が「どっちなのか」とせまっているのは、先程の交換殺人の件でなのか?やばい。この女、狂っている!
「おいっ!どういうつもりだ!ちょっと待て!おいっ!」
「だからどっちなのよ」
「それは、さっきの交換殺人の件か?それだったら答えはNOだ!そんな事出来るはずないじゃないか。だからやめろ!オレの家に近づくな!」
オレは極度に混乱していた。今日会ったばかりの女が女房を殺しに行っているとでもいうのか?名刺を渡した自分を後悔した。
「・・・・・・・今、坂を上ってる・・ここを左ね・・・あそこに大きなマンションがあるわ・・」
「おいっ!やめろっ!行くな!分かった!お前の要求は何なんだ?おいっ!」
「分かっているでしょう?私の要求は・・」
この女はオレに自分の亭主を殺せと言っている。しかし矛盾がある。この女の要求は交換殺人だ。もし仮にオレが亭主を殺しても、この女はオレの女房を殺すのだ。つまりオレがイエスと言う事は、女房の死を意味する。しかしここで交換殺人を断ればどうなるのか分からない。それも女房の死を意味しているのか?
「分かった。冷静に話そう。オレはその要求・・」
「・・・・・立派な家ね・・・」
その言葉で電話は切れた。オレの全身の血液が逆流しているのがわかる。心臓が激しく鳴っている。危険だ。オレの女房が危険だ!オレはパートナーの存在すら忘れ、家へと急いだ。
続く・・・
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