オレがあわてて部屋を出て行ったあと・・・一人事務所に残されたパートナー・キリコ(ごめん、勝手に名付けます)
「なんだかんだといって、結局、アンタは家に帰るわけ、そうよ、帰る巣があるってことよ」
薄いパープルのルージュ、薄い唇をちょっと引き上げ、キリコはかすかに笑った。 一人でバタバタとあわてふためいた男の姿が滑稽でもあった。 日頃、一人でいきがって仕事をしてるようで、所詮、男というものはあの程度なのだ。巣を乱されては困るのだ。最後に泣きつきに帰る。結局、胎児のように母の懐へ戻りたいのが男の本音なのだ。
電話が鳴った。
「どうせまた、あれこれ仕事のコトでも指図してくるのかしら。まったく、あなたがいなくたって、仕事はちゃんと進むのに。」 舌打ちをして、キリコは受話器を取った。 オレ、つまり、ショウからだと信じて疑わなかった。
「はい・・・どうなんです? 間に合ったんでしょう?」 「・・・・」 「もしもし? 明日のことなら、私ちゃんとやっときますから。奥様大丈夫だったんでしょう?」 「アナタ、なるほど、若いわね、ククククク(くぐもったような笑い)」
女の声だった。 「あ、あなたは・・」 「ふふふ・・・・あなたはあの男のパートナーさん、キリコさんね」 「どうして、私の名前まで知ってるんですか?」 「さぁ・・どうしてかしらね」
キリコはバカらしくなってきた。 今、こうやって電話してるということは、結局、さっきのはただのはったりだったに違いない。あいつ、つまりショウの妻を殺すとか、家に近づいたとかは、単にあいつの思いこみ、この女にいいようにハメられて、踊らされただけなんだ。
「あなたは一体、何が目的なの?」 「目的・・・そうねぇ」 「ばかばかしい、結局、あいつをからかっただけなのね? まあ、あんな男からかったって何にもならないわよ、アナタも暇なんだかどうだかわかんないけど、交換殺人なんておふざけで引っかけるのはよした方がいいわ」
「ふふふ、若いだけあって、威勢がいいわね。あいつが惹かれて当然だわ」 「あいつが?何?」 「いいのよ、私ね、アナタとお話ししたかったんだから」 「じゃ、あいつの家の側にいってるってのは?」 「さぁ、私が今どこにいるのかって、気になる?」 「別に、私はあなたに興味なんてないし、ただ、あいつは今ここ飛び出してったわ、血相変えて」
「ふふふ・・・奥さんは大事ってことなのね。がっかりだわ」 「がっかり?」
キリコは、心の中で同意する自分にがく然となった。 キリコ「そうよ、私もちょっとがっかりだわ」
謎の女性「あなたと話してみたかったの。どう? 少し私と話さない?」
キリコの心は一瞬、「YES」と頷いた。 しかし、その気持ちを打ち消そうとするかのように、強い言葉が口をついて出た。 「ばかばかしい、私、仕事が山積みなの。あいつは勝手にほっぽらかして出ていっちゃうし。今日もここに泊まりになっちゃうわ、あなたのくだらないおしゃべりにつきあってる暇はないわ」
「ふふふ・・・そうかしら? ほんとは、ズバリ、yesだったくせに」 キリコは腋の下に熱い汗がにじんでくるのに気付いた。 キリコ「どうして、そう思うの?」
「あなた、あいつが血相変えて出て行くのを見て、がっかりしたんでしょう?」 キリコ「!!」(息を飲む) 「図星ね・・・ふふふ」
キリコ「一体、あなたは何を・・・何が目的なの?」 女の高笑いが受話器から響いた。
「アーハハハハ」 「何よ、何がおかしいの!!」
「私の目的はね・・・あなたなのよ、キリコさん」 「私?」 「そう、あなた。抱いて欲しい抱いて欲しいと思いながら、男の側で熱くなる体を押さえ込んでる、哀れなアナタ・・・フフフ」
受話器に当てている側の耳がじんじんと痛くなりだした。 体の一番奥の部分がびくっと震えた。 いつもいつも、あいつの腕を感じながら、うずきながら持て余している”おんな”の部分が・・・今もうずき出した。
キリコ「あなたは・・・なぜ、なぜそれを・・」
体がへなへなと崩れそうになった。 切ろうという気持ちが一瞬浮かんできたが、もう今は、その女の声に引きずられるように、おんなになってしまいそうな自分がいる・・・
(続く)
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