【3章】   [ 月ふたつ  作 ]

オレがあわてて部屋を出て行ったあと・・・一人事務所に残されたパートナー・キリコ(ごめん、勝手に名付けます)

「なんだかんだといって、結局、アンタは家に帰るわけ、そうよ、帰る巣があるってことよ」

 薄いパープルのルージュ、薄い唇をちょっと引き上げ、キリコはかすかに笑った。
 一人でバタバタとあわてふためいた男の姿が滑稽でもあった。
 日頃、一人でいきがって仕事をしてるようで、所詮、男というものはあの程度なのだ。巣を乱されては困るのだ。最後に泣きつきに帰る。結局、胎児のように母の懐へ戻りたいのが男の本音なのだ。

電話が鳴った。

「どうせまた、あれこれ仕事のコトでも指図してくるのかしら。まったく、あなたがいなくたって、仕事はちゃんと進むのに。」
 舌打ちをして、キリコは受話器を取った。
 オレ、つまり、ショウからだと信じて疑わなかった。

「はい・・・どうなんです? 間に合ったんでしょう?」
「・・・・」
「もしもし? 明日のことなら、私ちゃんとやっときますから。奥様大丈夫だったんでしょう?」
「アナタ、なるほど、若いわね、ククククク(くぐもったような笑い)」

 女の声だった。
「あ、あなたは・・」
「ふふふ・・・・あなたはあの男のパートナーさん、キリコさんね」
「どうして、私の名前まで知ってるんですか?」
「さぁ・・どうしてかしらね」

キリコはバカらしくなってきた。
今、こうやって電話してるということは、結局、さっきのはただのはったりだったに違いない。あいつ、つまりショウの妻を殺すとか、家に近づいたとかは、単にあいつの思いこみ、この女にいいようにハメられて、踊らされただけなんだ。

「あなたは一体、何が目的なの?」
「目的・・・そうねぇ」
「ばかばかしい、結局、あいつをからかっただけなのね? まあ、あんな男からかったって何にもならないわよ、アナタも暇なんだかどうだかわかんないけど、交換殺人なんておふざけで引っかけるのはよした方がいいわ」

「ふふふ、若いだけあって、威勢がいいわね。あいつが惹かれて当然だわ」
「あいつが?何?」
「いいのよ、私ね、アナタとお話ししたかったんだから」
「じゃ、あいつの家の側にいってるってのは?」
「さぁ、私が今どこにいるのかって、気になる?」
「別に、私はあなたに興味なんてないし、ただ、あいつは今ここ飛び出してったわ、血相変えて」

「ふふふ・・・奥さんは大事ってことなのね。がっかりだわ」
「がっかり?」

キリコは、心の中で同意する自分にがく然となった。
キリコ「そうよ、私もちょっとがっかりだわ」

謎の女性「あなたと話してみたかったの。どう? 少し私と話さない?」

 キリコの心は一瞬、「YES」と頷いた。
 しかし、その気持ちを打ち消そうとするかのように、強い言葉が口をついて出た。
「ばかばかしい、私、仕事が山積みなの。あいつは勝手にほっぽらかして出ていっちゃうし。今日もここに泊まりになっちゃうわ、あなたのくだらないおしゃべりにつきあってる暇はないわ」

「ふふふ・・・そうかしら? ほんとは、ズバリ、yesだったくせに」
キリコは腋の下に熱い汗がにじんでくるのに気付いた。
キリコ「どうして、そう思うの?」

「あなた、あいつが血相変えて出て行くのを見て、がっかりしたんでしょう?」
キリコ「!!」(息を飲む)
「図星ね・・・ふふふ」

キリコ「一体、あなたは何を・・・何が目的なの?」
女の高笑いが受話器から響いた。

「アーハハハハ」
「何よ、何がおかしいの!!」

「私の目的はね・・・あなたなのよ、キリコさん」
「私?」
「そう、あなた。抱いて欲しい抱いて欲しいと思いながら、男の側で熱くなる体を押さえ込んでる、哀れなアナタ・・・フフフ」


 受話器に当てている側の耳がじんじんと痛くなりだした。
 体の一番奥の部分がびくっと震えた。
 いつもいつも、あいつの腕を感じながら、うずきながら持て余している”おんな”の部分が・・・今もうずき出した。

キリコ「あなたは・・・なぜ、なぜそれを・・」

 体がへなへなと崩れそうになった。
 切ろうという気持ちが一瞬浮かんできたが、もう今は、その女の声に引きずられるように、おんなになってしまいそうな自分がいる・・・


 (続く)

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