【4章】   [ イングラム  作 ]

「美紀!」
オレは家に飛び込んだ。
「なんやの、やかましなあ。家に帰ってくるときぐらい静かにしいな」
拍子抜けするぐらい無事だった。
電話はなかったか、誰か訪ねてこなかったか、へんな女がうろついてないか。オレは矢継ぎ早に女房に質問を浴びせた。
「なんもないで。なにをそんなんよ、焦ってんのよ」

オレはことの事情を全部美紀に話した。
「だからおまえ逃げろ、春樹連れて」
「そんなんいうたって、春樹は学校あんで」
どこまでのんきなヤツなんだこいつは、学校と命とどっちが大事だ。
「ああ、もう! ちょっと待て」
オレは電話に手を延ばした。オカマのタロちゃんならなんとかしてくれるはずだ。
「タロちゃん? オレだ」
「あらあ、ショウちゃんじゃない。もう、お見限りねぇ」
「ちょっとタロちゃんを女男と見込んでたのみがあるんだけどなあ。ウチのみーちゃんはーちゃん匿ってくんねぇか」
タロちゃんにも事情を全部はなした。
「よろしおす、そういうことなら任しとき」
「恩にきるわ」
「いざとなりゃぶちのめしゃいいのね」
「そうそう、元D大ラグビー部フランカーのブチかましをいっちょ頼むわ」
「はーい」
「1週間でケリはつくと思うんだ。すんだらもうタロちゃんにいっぱいキスしてあげるから」
「きゃあ、それは楽しみやんかいさ。まかせといてよ、1週間ね」

とりあえず手はうった、オレは事務所に戻ることにした。
すれ違う女すれ違う女が全部あの女に見える。
ショーウインドウに映る自分の顔を見てみた。キリコには見せられない顔だった。
「いるかい」古本屋のヤジマの店に顔を出す。ちょっと落ち着かねばなるまい。
「ショウさん待ってましたよ。ええのが手に入ったんです。ほらこれ」
「『北の鉄人たち』? 新日鉄釜石の本? すげえなよく手に入ったねえ」
「昨日なんですけどね、一見さんなんですけど女の人が持ち込んだんですわ。これショウさん前から探したはったでしょ。こらすぐ連絡せんなんなあと」
「で、いくら?」
「15、000円」
「あ、ヤジマ、おまえそれ、冗談だろ。半額にしろ半額に」
「うーん、まあショウさんのことですからねぇ。考えますわ」

ヤジマの店を出て帰路につく。少しは落ち着いたようだ。
事務所に戻るとキリコがいた。表情が固かった。
「奥様、無事でした?」
「おかげさんで」
「ふーん。よかったね」
「なんだよ、そっけないな」
「別に。で、どうすることにしたん?」
「タロちゃんにしばらく匿ってもらうことにした。あいつならいざってときも頼りになるしな」
「タロちゃんってあのオカマ!?」
「そうイヤそうな顔すんなよ。義理人情に熱くてやたら体力のあるオカマなんてそうおらんぞ」
キリコが吹き出した。が、またすぐに元の固い表情になる。
「なんか、あったのか」他に聞きようがなかった。
「なんもないよ」
オレはまだ気づいていなかった。キリコが転びかけていたことに。

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