【2章】   [ 月ふたつ  作 ]

それはキリコにとっても運命の夜となった。
あの夜の出来事。
時間は、キリコがあの女の出会った夜にさかのぼる。
ショウが血相を変えて出て行った。
酒場であった謎の女に交換殺人を持ちかけられて、その女がどうやら、本当にショウの家の側に行ってるらしい。
ところがショウが出て行ったのを見計らったかのように、キリコの部屋の電話が鳴った。くだんの女からだ。

女の言葉はキリコの押し隠していた欲望をつついた。
女の名前は佐田美緒
キリコは後になって知ったが、彼女は精神科医だった。人の心理を読み効果的な言葉をかける、その道のプロだった。
キリコの若さに美緒は自信を持ったことだろう。
「こんな小娘、簡単に操れる。大したことないわ」

美緒は確かに優れた精神科医だった。

後日三宅が言った言葉通り
「美緒はキリコさんの、内面を鋭く突く。元々精神外科医だった美緒は心理操作は簡単だったようです。時には耳元で囁き、時には罵声を浴びせ精神的に追い込む方法を」

その通り、美緒は優秀だったのだ。
ただし、美緒が意図した通りにはコトは進まなかった。
なぜだったんだろう? 美緒がその回答を得る機会はもう永遠に失われたが。

時計をあの夜に戻そう。
美緒はキリコの若さに自信を持った。
この子なら落とせる・・・大したことない。
「あなたは、抱いてほしい、抱いて欲しいと思いながら男の側で熱くなる体を押さえ込んでる。哀れなアナタ」

この言葉はキリコに効いた。
キリコの体がへなへなと崩れそうになった。
「どう? 図星でしょう? あなたは若い、しかも男の方だってアナタを抱きたいと思ってるのよ」
「男・・・あいつの方も?」
「そう、あいつもアナタのこと、抱きたいのよ。だって若いし、アナタは彼の仕事のパートナー。彼の好む物、彼の望みも分かって理解している。彼の仕事がスムースにいくように動いている。だから知ってる。彼のまなざし、彼の腕、仕草、彼の息づかい、彼の髪の香り、みんな知ってる。だったら、アナタも気付いてるはず。彼だってアナタと寝たいのよ。彼だってアナタを抱きたいのよ」
「じゃ・・なんで」
声がかすれてる・・・キリコは自分で自分の声がどこか遠くから聞こえてくるような気がした。

「じゃ、なんで?」
美緒がオウム返しに、しかし、媚びた笑いを含んで言い返した。

かすれた声でキリコは続けた。
「じゃ、なんで、あいつは私を抱かないの?」

「フフフ・・・アーッハハハハハ」
美緒は、勝利を確信した。高笑いの中で美緒は大きく頷いた。
「この子は落ちる!」

しかし、美緒は間違っていた。

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