腹を据えてかかったときの女は強い。 男には所詮勝ち目はない。 そうなる前に気付けばよかった? でも、大抵の男は気が付かない。自分の側にいる女の変化に。。
あの夜のことをキリコは少し思い出していたが、 男の声を聞いて、現実に戻った。 そうだ、ここから勝負が始まる。
場所をホテルの一室に移した。 キリコがショウにたった一行のメール 「わたしも、いつか邪魔になるの?」 これを送ってから、数時間がたっていた。 キリコは決心していた。 もう、ショウのもとでセカンドの位置に甘んじるのはまっぴら。チャンスはつかむ。自分の手でファーストをつかんでやる。
男は言った。 「それでは、仕事に入ろう。まず、取材したものを見せてもらおうか」 キリコは微笑んでノートパソコンをあけ、自分の書いたものを見せた。 それは、例の、三宅、美緒、そしてタロちゃん、美緒の夫、そして、探偵気取りで得意満面に話すショウ、それを題材に書いた一連の連載だった。 ただし・・・その中ではショウは仕事のパートナーに手を出し、おかまのタロちゃんとの密会を繰り返す粋がったスポーツライターの役になっていた。 各コマ事にスポーツ事情も巧みに盛り込んだ。 これぞ、ショウのアシスタントとして泊まりの原稿書きの手伝いもしていたキリコの隠し味だった。 だてにショウの下でアシスタントをしていたわけじゃない、ちゃんと見る目は養われていた。 彼女は、ショウよりも優れたライターだったのだ。 情感も込め、巧みにユーモアも盛り込んだ。
キリコはこれをショウが原稿を書いている雑誌社に売り込んだのだ。 つまり、ショウに内緒で編集上部につてを使って売り込んだのだ。 自分を使ってくれと。 これが通れば、ショウは間違いなく仕事が減る。 最近、編集部の間ではショウの評判は決してよくなかった。 スポーツライター、替えはいくらでもいる。 態度だけでかい年数だけたってそれ相応の給料を払わねばならないショウのような立場より、若い安い給料で書いてくるライターはごまんといる。 ましてやキリコのような女性、しかもサスペンスタッチの読み物にしたてた作品は、本筋のスポーツ記事だけで少々飽きられてきたこの誌にとっては、目先を変えるにもうってつけだった。
キリコが戻ってこない・・・1日目、ショウはそれほど気にはしてなかった。 だが、2日、3日、携帯に電話してもつながらない。メールは何度も送ったが返事が来ない。 5日目、さすがにおかしいと気付いたとき、電話が鳴った。 編集部からだった。すぐに来るようにという一言。
ショウはいつも通り、慣れた口調で編集長に声をかけた。 「まさかうちのアシスタント、たらしこんでるんやないんでっか」 「ああ、なんやえらい早耳やな。どこぞで誰かがたれ込んだんかい?」
意味が飲み込めなかった。 冗談がマジに返されてる。 「やだなぁ、マジになっちゃって。ジョークもつうじへんようになっちゃおしまいやんか」 「あほ・・・まあええわ、悪いなショウ、実はお前さん、来月からウチも構成変えることになったんや。編集会議でな、ちょっと部数が伸びへんし。ここらでちょっと目先替えたもんを載せよういうことになったんや」 「はあ?」 「つまり、えらい悪いんやけど、お前さんの担当、のうなったんや。代わりにちょっと若いのん、使ってみよういうことになったんや」 「若いのんで、あれ全部できるわけないやろ?」 「だから、構成変えるぅいうたやろ? あそこ減らして、代わりにちょっとした連載ページ作ることになったんや。フィクションや、フィクション」 「フィクション・・・そんなん、書く人見つけたんでっか?」 「そうや」 「だからオレの記事はもう載せないと」 「ま、はっきり言えばそういうこっちゃ、悪いなぁ、まあ、ウチ以外のところでまた頑張ってな」 肩をぽんと叩かれた。
「その連載書く人って誰です? 前に一度話があったあの有名なホシさんですか?」 「ん〜、まあ、ええわ、紹介しとこ」
むこうのドアが開いて女が出てきた。 真っ赤なルージュ、真っ赤な爪、そして、ワインレッドのスーツを着こなし、ゴールドのブレスレットを付けた、キリコが微笑んで右手を差し出した。 「お久しぶり・・やね? そういうことや。どうぞよろしく」
オレははずみで右手を出してしまった。 初めて気付いた。 キリコはこの色のマニキュアをいつからしていたんだろう。
《 完 》
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