【地球の影】   [ 月ふたつ  作 ]

 A day on late afternoon in late summer
市内ではその道路はMullberry st、と呼ばれていた。ひたすらまっすぐ東に車を走らせる。I-25をまたいでさらにさらに東に。バックミラーに山が見えなくなるころ、道の両側に申し訳程度にあった農家もいつの間にか姿を消す。
 時速80マイル(1マイル1.6kmでご計算あれ!)でも、止まってるようにしか感じられない。風景がちっとも変わっていかないからだ。
対向車も後続車もいつの間にか現れなくなった。
まだ首筋に西日が当たって暑い車内。
右手に木の看板が見える。Pawnee National Grassland
National Parkは国立公園、National forestは国有林、ではNational Grasslandは国有野原か?(笑)Pawneeはnative Americanの部族の名前だ。ポーニー族がかつてこの大地をbuffaloを追って生活していた。
 360度の平原。風にそよぐ薄い褐色の草原、車を路肩に止めてみる。標識はHighway 14となっているが、今は1台も車が通らない。

今、私たちが目指しているのは、Pawnee Buttesというビュー・ポイントだ。
「Colorado Scenic Guide」という本に載っているポイントを各個撃破してみようかと、行ったところには赤鉛筆で印を付けて楽しみに回っていた。
 ガイドブックの説明に沿って、highway14から左折し、カントリーロードに入る。ここからは未舗装の道になる。Keotaという「town」と書かれているポイント。確かに家が数軒あって集落のように見えるのだが、人の気配がない。これがゴーストタウンというのだろうか。「Pawnee Buttes R」となっている標識に従って右に、そしてまた左にと曲がっていく。一台もすれ違わない。一台も追い越さない。運転歴の短い・・・というか最初に行ったときは仮免運転になるのだが・・・私がハンドルを握って走らせる。

 だんだん道が細くなり、未舗装でもそれなりに道路だった道が、がたがたした砂利道から「草が生えてないだけ」という道に変わっていく。時々放牧されている大きな牛が固まって見えてくる。
 顔が白く体が茶色い肉牛だが、放牧というのは名ばかりで、ただほったらかしにしてあるだけのようだ。西部劇に出てくるようなwindmillが見えるとかなりアップダウンのある細い道が続く。道の真ん中に大きな牛が寝そべっている。
 まぁ牛の方で、どいてはくれるけどね。
 目的地なんて全然見えない。ほんまにこれであってんの??
 疑いだしたときに、頃合いよく、右にカーブを切ったとたん、視界がぱっと開ける。
 西日を浴びて黄金色に輝く、円錐台形、ちょうど円いケーキのように見える双子の孤立した砂岩の山が見える。ここへたどり着くまで全く見えなかったのに。いきなり、目の前にその全貌が現れる。

 道の左端は崖になっていて、左手前、目の前には、その二つのケーキのようなButtesがあって、あとはずっと広い広い何にも遮るもののない真っ平らの地面が広がっている。地図からは今、眼前に広がる広い広い平原は遠くNebraska州とWyoming州の州境の辺りを見ているらしい。
面積にして、愛知県がすっぽり入るぐらい一帯がまるまる見えている。見渡す限り一軒の家も見えない。木々も見えない。Grassland。ときおり風が削ったのか雨水が削ったのか、何カ所か崖のようにほれている部分が見えるが、ただただ、静寂の音だけがしている。
 双子の岩山といったが、そこへ近づくtrailを通っていくと、これがまたとんでもない、柵も何もない両端が崩れかけてるような細い、一人しか通れないような道しかない。両端はただの崖。子供がすいすいと飛び移るように渡っていく。私たちしかいない。声が吸い込まれてしまう。手で簡単に割れる砂岩の大地。双子の山だが、近づくと両者は相当に離れていることがわかる。あんなに接近して見えていたのに、足元にたどり着くと、次の岩山まで1マイル以上はある。ハイキングしていたら日が暮れてしまう。こんなところでは、やはりライフルの一丁でも撃てなければ夜が越せないだろう。それほど何もない場所なのだ。

 西日が当たる砂岩は黄金色になっているが、空は群青色だ。

 7年たってもこの群青色の空を超える空にはお目にかかっていない。
 西部の荒れ地に似合う名もない草、黄金色の小さな小山のてっぺんに7歳だった長男がぽけっとした顔でポーズを取っている。その背景には群青色の空。
 どこかに応募しようかと思ったぐらいの写真だったが、我が家の外に出したくない写真でもある。

 帰り道・・・少し道を間違ったお陰で、夕日の中で血のように朱(あけ)に染まっていくPawnee Buttesを見納めることができた。

 ここはポーニー族がバッファロー狩りをする日に集合する場所の目印、ランドマークとして使っていた場所とガイドブックにある。何十マイルも広がる大地に、何万頭ものbuffaloが群れ、それを裸馬に乗り、勇壮な闘いのデコレーションを施した若者たちが家族を支える半年分の肉と毛皮を取るために集合して狩りを行った場所だ。
 この大地は彼らのものだった。本来の住人は今はどこにもいない。
 そんな誰もいない大地の姿に、夕焼けはあまりにも美しかった。

 帰り道、刈り取られたコーンフィールドが囲む道のところで日が暮れた。
 360度、地平線が見える中での日暮れである。畑の中の道に車を止め、車外にて空を眺める。
 西にまだ夕焼けの名残かバラ色の雲と金色の空が見える。風で何かが鳴っている音がするが、ときおり隣にいる誰かに声をかけないと恐ろしくなるほど静寂だ。

 東の空に目をやると、東の地平線のすぐ上に濃い青色の帯が一筋見える。青い帯。光は影の部分に回り込む性質(回折)がある。皆既月食の時、月が赤銅色に見えるのもこの回折現象が起きるからだ。
 日没後、ほんの少しの間、東の地平に見える青い帯・・・これが地球の影。

 ゆっくりと・・・ゆっくりと空全体が東の地平線から濃い闇になっていく。空全体が大きな虹になって見えているようだ。
そして、いつまでも明るかった西の地平がようやく黄昏れて辺りが暗くなった。

 南の地平線から天頂に駆け上る天の河。
 天竜という名の通り、その光の連なる荘厳さに、涙が出た。
 ここは誰の場所? 誰のもの?
 何年、何十年、何百年、この大地はいつもこの壮大な星の群れを支えていたんだね。ある時はインディアンたちが狩りの成果を祈って天を見上げただろう。カウボーイたちがたき火のむこうに眺めていたのかもしれない。
悲しい闘いを黙って見ていたのかもしれない。

 私の頭の中には、いくつかの曲が浮かび、いくつかの詩が浮かんでは消えていく。

もう一度見たい。しかし、もう二度とあの「時」と同じ瞬間を味わうことはないだろう。永遠というのはこういうことなのか。

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