【7話】   [ イングラム  作 ]

【8回表】
シュウさんは予定通り学校にいった。大丈夫だろうか。そうとうできあがってたけど。
きょうは休みでいいよ、とシュウさんはいってくれた。
休みをもらっても困るのだ。なにより問題なのは明日まで私がひとりだということだった。ひとりになりたくなかった。怖かったのだ。
営業事務の仕事が残っていたはずだった。でも休みになったのだ。
気晴らしにデパ−トに出かけた。幼稚園の子どもが走り回っていた。お母さんが半分怒った半分笑った顔でその子をつかまえ「もう、この子は。あかん子やなあ」といってぎゅうっと抱き締めた。子どもはなんだか困った顔で、でも笑っていた。
いいなあ。

幼稚園のころ、大好きだったカップがあった。私がお調子に乗ったのだったかサオちゃんがおいたしたのか忘れたが、なにかの拍子に壊れてしまった。私は泣いた。
カップこわれた、カップこわれた、カップこわれた。
頭の中はそればっかりだった。
いまの気持ちに似ていた。私の中で大事にしていたなにかが壊れた。
ひとりになるのが怖かったから、人がいっぱいいるところに来たのに、大勢の人の波の中で私はやっぱりひとりだった。
夕方になった。防衛軍に行こうと思った。居場所がそこにしかなかった。
部屋に戻って、黒のハイネックのセ−ターにドイツ軍のミリタリ−ジャケット、黒のスリムジーンズを着込んで、私の居場所に出かけた。一番気に入っていた服だった。
夜になったらシュウさんが帰ってくる。

「あれ? どうしたんだよカオリ」
8時過ぎ、シュウさんは帰ってくるなりいった。休みの日にはちゃんと休まないとダメだよと。
「それはそうと、いつから『県立地球防衛軍』にはユニフォームができたんだ?」
シュウさんが笑った。
出がけにシュウさんのかっこうをチェックしていなかったのだが、ふたりはまるっきり同じ服を着ていた。
違っていたのはシュウさんのインナ−が黒のトレ−ナーであることだけだった。

【8回ウラ】
「野郎どもすまねぇ、きょうのおらぁ酔っ払いだあ」でその日の授業は始まった。
いろんなことを話したが、頭の中はカオリのことでいっぱいだった。ひとりになりたくないといっていたのだ。まあ、まさか学校に連れてくるわけにもいかないので置いては来たが。

授業が終わるとキウチをつかまえた。キウチも京都の人間だ。
「そのへんでちょっといっぱいやりながら話しましょうか」
とキウチはぼくの表情を見て、学校の近くにある立ち飲み屋に連れ出した。ぼくはこれまでのいきさつ、自分のつもりを全部しゃべった。ぼくはなにか取り返しのつかないことをしたのかも知れなかった。それを確認したかったのだ。
「ミナギはねぇ」とキウチは遠い目をしていった。
ぼくのことが好きだったのだという、1年のときからキウチは何度もそういう話は聞かされたのだと。
「ただねぇ、男と女の話ではないと思いますよ。先生のちょっとコアなファンみたいな感じでしたね」
ビ−ルをあおる。
「あんたおもろい人やからね。ぼくらにもちょっとわからんところがある」
ああそうですか。ぼくは苦笑した。
「それはともかく、思いきったこというたもんやね」
それがカオリのためだと思ったからね。
「で、先生もミナギをかわいがってくれてると。お互い波長が合うてるのに放出せんならんと」
はい、そういうことです。別に話まとめてくれっつってんじゃねんだけどさ。
「やってることは間違いやない思いますよ。ミナギの将来考えたらその方がええやろし。先生のやり方はちょっと強引やとは思うけど、あの子にはそういうやり方が必要かもしれんね」
甘えただしねえ。
「そう。ウチの学科のミナギにかかわった先生の中で、彼女をそういうのは先生だけですわ。あとは優秀やいう評価ばっかりやった。週一で見てただけやのにな。そこが分かっとぉるんちゃいますかねミナギも。だから遠慮なく甘えとぉるんですよ」
必要だと思うならそうしてやってくれ。キウチは要するに、わしゃ知らんといったのだった。
店を出て、駅に向かう道すがらキウチはいった。
「シュウセンか……。あんたに任せて正解やったわ」
いやあね、大人って。

帰ったら8時を過ぎていた。
カオリがいた。ぼくとほぼ同じ服を着てそこにいた。なんなんだコイツは。そんなことされたら、オレ、お前を抱き締めたくなっちゃうじゃないか。そうしようもんなら引っぱたかれるんだろうけどよ。
ちょっとおいで、とカオリを仕事部屋に呼んだ。
最大の勝負どころが、きた。
《あと少しで終わります。もうちょっと我慢してください》

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