【第5話〜破戒〜】   [ ザトペック主義  作 ]

“視線”を感じる。追いかけられているような錯覚。えっ錯覚?
長いらせん回廊。もうどれくらい歩いたのだろう。この建物こんなに深かったかしら。
幸村瑞穂と村内茜は無意識のうちに手を握り合っていた。
「茜、もう帰ろうよ・・・なんだか怖い」
「大丈夫よ、こんなチャンスは滅多にないんだから」
瑞穂がこの回廊を見つけたのは些細な偶然からだった。
昨日の夜、当直だった瑞穂は検診で病棟に向かう途中、
循環器保管室のドアのノブに電子錠が差しっぱなしになっていたことに気がついた。
警備員が抜き忘れたのかしらと思ってドアを確かめようとしたとき、
一般職員資格の自分が立ち入ることが出来ない部屋だったこともあって、
ちょっとした悪戯心から中を覗いてみたのだ。
そこで切開された動脈瘤の標本が並んでいる奥に回廊の入り口を見つけた。
この話を村内茜にしたところ、好奇心旺盛な彼女は当直が明けたら行ってみようといい出したのである。
永遠に続くかと思った廊下に突然壁が現れた。
曲がり角の先で、突然、人の声が聞こえた。
光量が増す。一気に視界が開けた。
フロア全体がオペ室のようであり、SF映画のセットのようでもある空間があった。
ベッドに横たわっているマネキンらしき人型。
その裸身を天井から床まで繋がっている色とりどりのチューブが貫通し、
まるで血管に囲まれた胎児のようにも見れる。
その中心に銀縁眼鏡をかけ、濃紺のブレザーを着た痩身の男が立っていた。
どこかで見た顔だ。ああどこで見たんだろう。茜も握っている手に力を入れてきた。
人型が一斉に起き上がった。10体ともだ。
あろうことか突然、その全部がこっちを向いた。
痩身の男が何かをいおうとしている。逃げなきゃ。逃げなきゃ!
瑞穂は茜の手を引いて廊下を走った。もう足音なんか気にしない。とにかく走る。息が切れる。
手を引いていた茜が重く感じる。頑張って!もう少しよ!茜を見る。首がなかった。


「お前ら、なにやってんだ!」
セント・エルモス大学付属病院の正面玄関を目前とした市瀬刑事と池内刑事は、その声に行く手を阻まれた。
スーツに身を固めた恰幅のいい男が、やはりスーツ姿の2.3人のお供に囲まれるように立っている。
「誰だ手前は!」池内が身構えるのを市瀬が止めた。
「お前らどこの署の者だ。ここに何の用がある?」
御手洗善光。警察庁中央官房審議官という、池内と市瀬にはもはや仕事内容すら理解不能なポジションにいる男。さすがに警察広報で顔だけは知っていた。
「訓告書は各署に配布されたはずだ。早くここから立ち去れ。」御手洗は同行している供の男に目配せすると、懐から書面を取り出し、市瀬と池内の目の前にそれを突きつけた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【セント・エルモス大学付属病院に関する訓告書】

当該施設への捜査・捜索・立ち入り。並びに施設職員・患者、その家族。
施設建設者、土地保有者のあらゆる関係者一切への尋問、職質の全てを
禁止ずるものとする。尚、禁を破りし不逞の輩、あまつさえ侵入せし者に
対し、公務員資格剥奪のうえ懲戒処分に処すものなり。また当訓告書の
存在を外部に通達、漏洩せし者も同等の処分とす。
警察庁長官・高岩茂
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「はは〜!」 刑事ふたりはその場で土下座した。


自慢だった髭もすっかり白くなっていた。
岡松藤次郎は「報告書」を読み終え、老眼鏡をデスクに置くと訝しげに鏡をのぞきこんだ。
「スグルの奴、少し遊ばせすぎたか・・・」
藤次郎の父、藤吉は一代で「世界のオカフジ」の基礎を築いた大立者だった。
岡藤商事 ━━。海運、金融から日用品まで関連会社は世界14カ国数千社に及び、総従業員数は優に170万人を超える巨大コンツェルン。その影響力たるや財界はもちろん、政界・官界にまで及び、岡松藤次郎はその頂点にいる。
父親から叩き込まれた帝王学はときに多くの破滅を生み、何人もの政治家の首をすげ替えてきた。
生き血を啜ることで肥大化した総合商社にとって小国同士の紛争など金儲けのお膳立てに過ぎない。
しかし鏡に映したそれは、金も名誉も権力も、この世に存在するあらゆる享楽を手に入れた男の顔とはほど遠い。
藤次郎には藤三郎という腹違いの弟がいた。
子供の頃から学者肌の男で、系列の大学病院をあてがわれ、某かの研究に没頭していた。
もともと藤次郎との性格的な接点も少なく、後年、謎の死による訃報を耳にしたときも、とりたてて感慨もなかったのだが、驚いたのは藤次郎のひとり息子のスグルが叔父である藤三郎の世話になりたいと言い出したことだった。
岡松スグルは、自ら命を断った妻が残した唯一の血縁者だった。
スエ子が手首を切ってバスルームを血に染めた時からスグルの瞳から少年らしさは消え、父に対して激しい殺意を剥き出しにしてきた。
中学に入って顕在化し始めた犬畜生にも劣る性癖、新聞の社会面に身元不明の変死体が出るたびに藤次郎は肝を冷やしたものだった。スグルに犯罪歴がついていないのは、藤次郎が圧力で握り潰していたに過ぎない。
そのスグルが20歳を越えた時、唐突に世界中を旅したいと言い残して3年間消息を絶ったことがある。
そして別人ではないかと思うたたずまいで日本へ帰ってきた。
父親を憎悪の炎で睨みつけることもなく、むしろ瞳には閑かな湖のような凛とした表情をたたえていた。
そのスグルが、叔父の研究を継続したいと資金の提供を申し出て来た。父は提示された莫大な金額に驚きつつも、変死体に奔走するよりはましだと資金提供を許諾した。
しかし、こうして再生された“GENE”は、藤次郎にとって再びスグルへの悪夢を想起させるものだった。
(・・・警察は使えんな、毒を以って毒を制すか・・・)
老眼鏡をかけ直し再び報告書に目を通すとインタホンを押した。
「マキコ君、私だ、ちょっと来てくれ」


警察庁全国指定暴力団・三代目京猛会系中西組々長・中西勝男は激しい苛立ちを抑えることが出来ないでいた。
(岡松のクソが!調子くれやがって・・・極道以下じゃねぇか・・・)
先代から京猛会がオカフジに“飼われている”ことは重々承知していた。
所謂、平成不況と暴対法の影響は各暴力団の資金源を直撃している。
どの組も表向きは看板を下ろして堅気社会に沈みながら、急速に組織化してきたチャイニーズたちと折り合いをつけながらシノギで躍起になっている。
京猛会が債権回収、総会屋、麻薬、売春から吸い上げられてくるカスリだけで金看板を張っていけるのもオカフジの「仕事」があればこそだ。
バブル期はもっぱら系列のスーパー出店買収の地上げに奔走した。その陣頭指揮をとっていたのが中西だった。
若くして京猛会のNO.2に昇りつめたのも“仕事”を与えられることで才覚が発揮出来たからであり、その意味ではオカフジには恩義を感じてはいた。
だから、いつからか舞い込んできた馬鹿息子の“汚物処理”も黙々とこなしてきたのだ。
しかし今度の「岡松スグルを研究所もろとも消してくれという」という “仕事”ばかりは、さすがの中西も嫌悪感を感じずにはいられない。
やくざはどうしても流血の場に遭遇する。そこで血を意識せざる得ない。
中西は血を信じていた。
「あの親子にはもう血が流れてねぇってことか・・・」
中西はふうと溜息をつき、携帯電話を取り出した。
「例のヤクネタの始末な、ちと大掛りになりそうだ、兵隊50人ほど集めとけ。それで神威の奴はどうした?何?旅に出ているだぁ?ちゃんと見張っとけ馬鹿野郎!」


激しいシャワーの飛沫が黒崎マキコの肩で弾けていた。
岡松藤次郎は手を汚すときに必ずマキコを求めてくる。そんな関係が5年も続いた。
藤次郎はベッドで仰向けになっていた。すでに呼吸は止まっている。
マキコは体にバスタオルを巻きつけたまま、グラスに氷を3個放り込み、天狗舞を注ぐと藤次郎の死に顔に乾杯した。
5年という歳月はマキコが想定していた年月を越えていた。ある意味で誤算だったかもしれない。しかし“その時”が確実に迫っていることをマキコは実感していた。
天狗舞を飲み干すと携帯電話のスイッチを入れる。
「彼は終わったわ。誰か片付けに寄越して・・・そうね、30分でいいわ」
マキコはバスタオルを放り投げ、少々慌しく身支度をはじめた。
警察の方は手を打った。さて、京猛会がどう出てくるか・・・・。
金の鎖に繋がれたネックレスをつけると黒地のブレザーを羽織る。
鏡で自分の姿を確認するとスーツの腰のあたりをきゅっと下に引いた。


池内と市瀬はまだ未練がましくセント・エルモス大学付属病院の敷地内の雑木林にいた。
あれから2時間。ふたりを重い空気が取り囲んでいた。
「市やんよ、さてどうとるよ?」
「どうとるもこうとるも・・・フツー出てくるか?現場に中央官房審議官なんてのが」
「俺たちもうお手上げって奴かい?」
落葉の絨毯を踏みしめながら、市瀬は裸になった楓に虚ろな視線を送っていた。
「佐武やん、人間って小せぇな・・・」
その時、ガサッ、ガサッとかすかだが落葉が音を立てた。
「!」。女が這いずっていた。髪を乱し、体中が泥だらけだ。
「どうしました?何がありました?もしもし、もしもし!」
幸村瑞穂は市瀬を凝視した。これほど恐怖感を顕著にさせた目を初めて見た。
「あ・・・あ・・・茜が・・・首が・・・あああああ!」女は狂ったように暴れ出した。
「落ち着いて!我々は警察です。首がどうかしましたか?」
「病院に長い長い廊下があって・・・そこでチューブに繋がれた人たちが・・・」
「セント・エルモス病院ですね」
瑞穂は頷くと、握りしめていた右手をゆっくりと開いた。電子錠だ。
「じ・・循環器保管室の・・・」 市瀬と池内は顔を見合わせた。
「佐武やん、この人を病院で保護だ、ここはもちろん警察病院もだめだ」
「おうよ、仕方ねぇやお巡りがでぇ嫌えなトラひげのところがいい」


“そいつ”を見た者は、誰もがその奇抜な恰好に目を奪われるだろう。そして、“そいつ”とすれ違った者は、例えようのない威圧感に圧倒されるだろう。しかし本能的に感性の強い人間ならば、“そいつ“に隠された深い悲しみを見つけることが出来るのかも知れない。“そいつ”は赤い髪に、赤いジャンパー、赤い皮パンツ、赤いサングラスという出で立ちで、今日も同じ道を歩き、同じ道を引き返していた。
「立嶋さん!」と“そいつ”に声をかける者がいた。ひと目で堅気ではないという風体の男だった。
「どこ行ってたんスか?中西のおやじさんが探してます」
立嶋と呼ばれた“そいつ”はそれには答えず暗く低い声で「携帯貸せ」とだけいった。
「わかてるんスか立嶋さん。カチコミですよ、例のあの病院に!なんか50人掛かりの大出入りみたいで、今、手榴弾とかハッパとかが事務所に運ばれてる最中ス!」
「おやじには今夜こっちから連絡する。そう伝えとけ。」
立嶋神威は奪い取るように携帯を手にすると、踵を返して来た道を引き返した。
神威が中西に“拾わせて”から3年がたつ。
正式には盃を貰ったわけではないが、中西は神威をよくツレていた。
中西に男色の気があるという話しはなかったので不思議といえば不思議だった。
ただ神威にとってやくざ者に身を投じたことで、あらゆる場面でも感情を抑制する術を磨いた。
恐怖に身をすくめるサラリーマン、薬漬けにされ首を吊った女子高生、号泣しながら手を合わせて土下座する老人・・・・。
それらに対し「怒り」を感じない自分を手に入れることを中西から学んだといってもいい。
神威は雑居ビルが建ち並ぶ舗道を歩きながら心の底から湧きあがる可笑しさを噛み殺していた。
「田舎やくざが、笑わせやがる。兵隊50人だと?馬鹿が、全員死ぬぞ・・・・」


「おう!慎重に扱えや、煙草なんかくわえてんじゃねぇぞ馬鹿タレが!」
戦闘服の男たちが十数人。ダイナマイトを3本ずつの束にしてバッグに詰め込んでいる者たち。
チャカを油紙に包んでいる者。散弾銃の銃身を確認する者もいる。
中西組事務所は異常な昂揚感に包まれていた。
やくざ者同士の抗争と違い、ある施設を無制限にぶち壊してこいという通達は、
若者たちの破壊衝動を大いにくすぐるものがあった。
今日の深夜にはトラック部隊が続々と乗り付けてくる。自然に気分は高まった。
「おう鉄ちゃんよ、人に銃口向けるなや」
「悪りい悪りい、こんなもの好き勝手にぶっ放せるかと思うとたまらん気分じゃ」
鉄ちゃんとよばれた極道は、楽しそうにレミントンM1100ショットガンの銃身を磨いていた。
その瞬間、何か別の力が突然加わった!
“ズドン!”と突然の銃声。壁際の戦闘服の脳漿が吹き飛んでコンクリートに飛び散った。
一同、一瞬呆気にとられる中、ショットガンの銃口がゆっくりと旋回し窓際の男に止まる。
男の瞳孔が開くと、“ガシャーン”という音とともに窓ガラスごと男がふっ飛んだ。
「鉄!お前何しとるんじゃ!」
鉄ちゃんは顔面を蒼白にしながら首をぶるぶる震わせている。「知らねぇよ、違う!」
散弾は次々と発射された。血しぶきをあげてもんどり打つ男たち。
その衝撃で机の紙は散乱し、「任侠人制」と書かれた額のガラスが粉々になった。
「こんクソがーが!」特攻服の若者がマシンガンを乱射。
「やめ〜い!」と叫びながら鉄ちゃんの体が踊り狂った。
血の飛沫が散乱する中、男たちの得もいえぬ怒号が飛び交う。
「誰だ手前ェは・・・・?」鉄の背後に男が立っていた。
丸山秀樹は、もう笑いたくて仕様がないという感じで男たちの表情を眺めている。
「なにが可笑しんじゃボケがぁ〜!」マシンガンが乱射される!
しかし丸山はそのまま宙を舞うと天井に消えた。
特攻服の若者は呆気にとらわれながらも、次々と天井を破壊していく。
凄まじい破裂音で蛍光灯がショートし、ガラスが逃げまどう男たちの頭に降り注いでいる。
突如、フロアの奥の壁から丸山が現れダイナマイトを掴んでいる。
異変に駆けつけた男たちが尻餅をつく中、不敵な笑みでゆっくりと点火する。
怒号を悲鳴に変えながら一斉に出口に殺到する戦闘服たち。
強烈な爆音と爆風とともにビルの一角が吹っ飛んだ。


庭に放し飼いにしているドーベルマンが吠えている。
中西勝男は急いでバスローブを羽織った。「誰か来たのか・・・」
襖を開けると、そこには三途の川が広がっていた。
「!」中西は居間に駆け込み日本刀を取って身構えた。
障子に影が映っている。中西は刀を抜き影となっているものを袈裟斬りにした。
障子が斜めに別れた瞬間、斬られた自分の姿があった。
「な?」血の噴水が障子に弾け飛んだ瞬間、中西は目の前が真っ暗になった。
バスローブがはだけ、ウサギの入れ墨が露わになる。
そのウサギに瞬間「/」の字が走ると、次の瞬間に「×」の字が走った。
中西は声もなく縁側から血の池地獄に落ちた。
田村修二は中西が信じていた血の中で絶命したのを確認すると、ゆっくりと漆黒の闇に姿を消した。


その時、神威はかすかに“視線”を感じ立ち止まった。
『へえ、随分と感が鋭いね。上村亨介とは大違いだ』
ビルの壁から男が現れた。丸山秀樹だ。
「俺を“回収”しに来たってわけか?」
「そう、君には君の役割ってものがあってね」そう答えると丸山は舗道に沈んで消える。
「俺の役割?」
「そう君の役割」今度は神威の背後のビルから現れ、また舗道に沈む。
「面倒臭い野郎だな」
神威は舗道にしゃがみ、掌でアスファルトを叩いた。
突然、地面が裂け、もの凄いスピードで道路が避けていく。
その延長線上に真っ二つにされた丸山の顔があった。


プラスチック状の病院服を着た男が“彼”に近づき耳元で何やら囁いた。
“彼”は軽く頷くと銀縁の眼鏡を外し、丁寧にハンカチでレンズを拭きながらニヤッと笑う。
やがてチューブに囲まれるように眠っている者たちを神経質そうに眺めながら、
「岡松スグルです。さあ皆さん、そろそろパーティの幕が開きますよ」と呟く。
そして「クククク」と声に出して笑い始めた。
五十嵐亮太っていってたなあの小僧。


科捜研ラボ。
峰サオリはペンをくわえながらコンピューターのキーを叩いていた。
―――――――――――――――――――――――――
・・・・・・・・・KYOSUKE UEMURA・・・・・・・・・
・・・・・・・・KAMUI TATEJIMA・・・・・・・・・
―――――――――――――――――――――――――
データを入力する。
―――――――――――――――――――――――――
1975.12.22.PM15:30
―――――――――――――――――――――――――
カムイを制御装置としてキョウスケを完成させる。理論的には可能だ。
しかしお互いが長い喪失感の中で味わった時間。これが問題だった。
丸山秀樹を一蹴した神威の破壊力にサオリは今更ながら驚嘆せざる得なかったが、
場数の違いに過ぎない。享介も同等の能力を持っている。
もし仮にふたりが戦うことになったとしたらどうなってしまうのか・・・・?
サオリが抱いている不安感はそこにあった。彼らは厳密にいえば本体とスペアの関係だが、
根本的に嶋村優香とは違うのだ。彼らはある意味では一個体であったものが分裂したに等しい。
ふたりの感情が何らかの形で反発したときに生ずるパワー。
この可能性までをGENEが掌握しているとは思えない。
サオリが答えを出せないでいるのは、彼らに埋め込まれた「自殺防止プログラム」だ。
もともと一個体である彼らが殺し合うことでプログラムはそれをどう判断するのか。
永遠の戦いとなったとき、間違いなく核分裂にも似たエネルギーの放出も永遠のものとなる。
これだけは避けなければならない。プログラムを外部から解除するシステムを急がせる必要がある。ここに来てGENEの想定の甘さは否定できない。
サオリは今一度モニターを眺める。
―――――――――――――――――――――――――
・・・・・・・・・KYOSUKE UEMURA・・・・・・・・・
・・・・・・・・KAMUI TATEJIMA・・・・・・・・・
―――――――――――――――――――――――――
「28歳・・・・か・・・28!」
サオリは瞬間、身震いしキーボードを乱打する。
最後にもう一度 “1975.12.22.PM15:30”と入力した。
画面は切り替わり、次の文字が浮かび上がった。
―――――――――――――――――――――――――
1975.12.22.PM15:30
・・・SUGURU OKAMATSU・・・
―――――――――――――――――――――――――
サオリは思わずくわえていたペンを落とした。
『太陽にほえろ』が鳴った。「はっ」とわれに返り、携帯電話をとる。
「田村修二だ。どうした、なにを動揺した」
「・・・・ふっ、私の心も監視されてるってわけね」
「当たり前だ、お前はデカだ。しかもFBIのヒモ付きのな」


神威は友愛幼稚園の前まで来ると足を止めた。そして園舎の一角を凝視する。
『リョウタ来たぞ、聞こえるか?』
『あ、ベンおじちゃんのともだちだ。きょうはかくれんぼなの?』
「ちっ!」狙ってやがる・・・・右後ろのあたりか。あのビルか・・・・。
『リンコ先生はどうした?』
『あのねキヨコちゃんがウンチもらしちゃったんで、おトイレにいっちゃったの、テツオくんもいっしょに。でもどうしてテツオくんまでいくのか、ぼくにはまるでわかんないけど』
『そうか、どうだリョウタ。今から一緒にそのベンおじちゃんのところに行こうと思うんだ』
“視線”が念を送りはじめたようだ。
『え、ほんとう?わあい、いくいく。でもベンおじちゃんにはナイショだよ、ぼく、くちでしゃべるっておやくそくしてたんだ』
『そうかわかった』
距離は150メートル先か、そこそこだ。
『リョウタ、ちょっと耳をふさいでてくれ』
神威は振り向きざまにビルに向かって“視線”を返した。
刹那、ビルの3階部分東南の一角が突然真っ赤に染まり黒煙をあげた。
『もういいぞリョウタ』
『いまなんかワザつかったでしょ?』
『気にするな・・・光線技じゃないとだけいっておく。』


Dr.トラひげ診療所に幸村瑞穂を預けた池内と市瀬は蕎麦屋で酒を飲んでいた。
「市やん、中西がやられたとはなぁ」
「思えばああいうわかりやすい奴を相手にしていた頃が懐かしい」
市瀬はコートのポケットから電子錠を取り出した。
「佐武やん、これが事件解決のカギかも知れんぜ」
「しっかしなぁ、あそこは虹彩による個人認証システムを使ってんのに、なんでそこだけ鍵なんだ?」
「そりゃあ市やんよ、そういうこともあるってもんだぜ」
「はあ・・・しかし首を飛ばすとはな」
「人ごとじゃあるめえよ、おれらの首もスースーしてらあね」
「しっかし、ありゃひでぇ、こりゃほんとに人間のやることじゃねぇ」
「ああ、いくぜ、市やん」
「あいよ、佐武やん」
「罪は憎いが憎まぬ人を、斬るも斬らぬも人のため」
「闇を切り裂く男意気ってな」
池内と市瀬は気合いを入れ直し、セント・エルモス大学付属病院の方角を見据えた。

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