【第8話〜凌駕〜】   [ GIRAS  作 ]

「行くのよって何処にですかい?んでこの御仁はどなたで?」
佐武は享介の髪の色に瞬時に興味を抱いた。そして無邪気な顔で笑い出した。
「ひゃあ、見事に染めてますねえ。はははは、こりゃ凄い。
もしかしてミュージシャンですかい?
いい歳して髪染めるのは大体そんなとこだ。それにしても綺麗に染めてますなあ」
佐武は上から下まで享介を舐め回すように見た。
「それは地毛よ。この人紅い髪なの。そしてこの人の名前は上村享介。
あなた達に探して欲しかった一人よ。」
峰サオリは市瀬の方を向いて言った。
「んで、この紅い髪のロッカーは一体何に関係あるんです?」
「あなたたちも最初は自分達の意志で探してたでしょ。
この人は「ベン」よ。島村優香殺しの件で探してたじゃない。」
佐武と市の表情が変わった。その顔は疑念と怒りが同居したものに見えた。

その感情の変化を察知した享介は身構えて30cm程浮揚した。

佐武と市は享介の足元に視線が釘付けになった。今、目の前で起こっている事象は現実なのかが分からない。そうさ、夢なのさと結論づけたような幼稚な安堵の表情だった。
「・・・し・・しかしあれだねえ君。・・あっ!分かった!君、スラムダンクのファンだね。
紅い髪といえば桜木花道。そうだよね。
花道は坊主にしても紅い髪だもんね。地毛だよね、アレも。
そうかあ、君がモデルだったのかも知れないね。ははははは」
「佐武やん失礼じゃないか。初対面の人をマンガにたとえちゃいかん!
そういう佐武やんもサイボーグ004のハインリッヒの顔と
007のグレートブリテンの頭を持つ男じゃないか。人の事はいえんぞ!」
「こいつう!いったなあ!」
二人は向かい合って大声で笑った。どうやら壊れたようだった。
「ちょっとあなた達いい加減にしなさい!
現実から逃避してる人間の行動パターンの標本みたいな人たちね、全く。
今からちゃんと説明するから、はやく一緒にいっ・」
「ところで峰さん。あのパスワードの“yamasan-love”の「山さん」って誰なんです?
もしかして峰さんの恋人?」
峰サオリの表情が変わった。
その顔は初恋の少女の顔と熟れきった大人の女の恍惚の表情が同居したものに見えた。
「聞きたあい?ねえ、聞きたいの?「山さん」の事。
しょうがないわねえ、教えてあげる。あのね、「太陽にほえろ」って番組あったでしょう?
あのドラマにでてくるしぶーい刑事で・・」

『おい享介、行くぞ。長くなりそうだ』
「そうだな」享介は瞬時に峰サオリの部屋から姿を消した。

漆黒の闇夜を切り裂くように飛行する享介に影がささやく。
『ノロに会ってどうするべきかは分かってるな、享介』
「ああ、ノロをカプセルから救出する。そして直接ノロの口から真相を聞き出す。」
『それが享介自身を救う事に繋がるかもしれないしな』
「そういえばカプセルの爆破装置の残りの数字はどうする。携帯を置いてきてしまったぞ」
『なあに、場所とターゲットさえ明確であれば、思念を読みとる事が出来る。峰サオリが解読した時点の思念を探ればいいだけさ』
前方にセント・エルモス大学付属病院が見えてきた。享介は空中に立ったままゆっくりと降りてくる。そして、ノロのいる病室の壁の前に制止した。

『待て、享介!』影が急に叫んだ。
「ああ、いるな。それももの凄い思念を持ったヤツが。
カムイか?何故カムイがノロの病室にいるんだ」
『違う。カムイじゃない。もっと強烈で異質な思念だ。まさか、ノロが目覚めたのか?』
その時享介の脳裏に強烈な思念が入ってきた。
「さあ、ここに入っておいで。ノロの病室で私は待っている。
といっても君は入るのに壁を壊してしまうのだろうな。よし、そこにじっとしていなさい。」
次の瞬間、享介の体は壁を突き抜けてきた青いオーラのようなものに全身を絡まれ動けなくなった。そして壁に引き込まれたかと思うと、そこはノロのいる部屋の中だった。瞬時に移動させられた享介は唖然とした。

そこには異形の男がノロのカプセルの前に座っていた。真っ白な皮膚に青色の髪の毛、青色の瞳。微かな笑みをたたえながら享介たちの方を見据えている。その穏やかな表情とは裏腹の強烈な思念は享介を困惑させるには十分な材料だった。

「はじめまして。私の名前は佐々木脩一。君たちの名前でいうと「シュウ」。君たちと同族の山禍の民だ。いや正確にいうと「だった」だがね。」



山禍の里の桧の古木が激しく発光したかと思うと、おばば達が勢いよく飛び出して来た。
「なんという事じゃ。ありがたや、ありがたや」
「絶えておらなんだか」
「まことか、これはまことか」
「まことじゃまことじゃ。アイノロ様じゃ」
「カムイを呼べ。カムイを」
「ありがたや、ありがたや」
「なぜ絶えなんだ」

「どうしたおばば。何かあったのか?さっきから凄い思念が動いているが、これはキョウなのか?」
神威がおばばたちの前にやってきた。リョウタもその傍らに神威のそでを掴んで立っている。

「アイノロ様じゃ。アイノロ様。ああ。なんて事だ。ありがたや。ありがたや。」
「アイノロ?なんだそれは?あの思念はキョウじゃないのか?
まあ、いかにアイツが制御できないとはいえ、これだけの思念を放出するとは思えんがな。」

「カムイ!そこになおれ」
「ちっ!またかよ・・リョウタ、お前も聞いておけ。今から何百回も聞かされる事になるがな」
神威とリョウタはその場所に座った。

「今までお前に語らなんだ話をするでの、心して聞けい」
「はいはい。ったくよお。」
神威は観念した様子だ。リョウタはきょとんとしている。
「今を遡る事二百五十年前。ヤマトが村を襲ってから五十年後の事じゃ。
目なくしてものを見、耳なくしてものを聞く能力を身につけた我が山禍は、
恨みを抱えながらも平穏に暮らしておった。
我々山禍の民は純血を守る為に近親者と婚姻し、子孫を増やす。
しかるにすべてが生まれつき髪(くし)が紅いのじゃがな、ある年の事、亜種が誕生したんじゃ。
男の子が生まれたのじゃがの、髪が青かったのじゃよ。
先代もこれには驚かれてのお。血が汚れたなどどのたもうておったらしいが。」
「時はまだヤマトは戦いが多い頃での。
再び山禍の里に危機せまる事も考えて、攻撃する隊をつくる事にしたそうじゃ。
優秀なキジムナーとノロを選び婚姻させ子を授かる。
その中に生まれた青い髪の子供は20年経っても殆ど戦闘能力はなかったそうじゃ。
それゆえ迫害に似た行為が続いての。村にはおられんような雰囲気になってしもうたそうじゃ。」
「そんな時、ヤマトめが再び里を襲ったのじゃ。
もう以前とは山禍の民は違っていたでの。
急速に発達した我々の能力はヤマトめを圧倒したのじゃ。
里はヤマトの死体の山。当時のアラハバキはたいそう喜んだそうじゃ。」
「その時、アラハバキの首が飛ぶのをすべての民は見てしまった。
死に損ないのヤマトめが、至福の時を感じているアラハバキの背後から斬りつけたのじゃ。
即座にノロが治癒を試みるが、首のないものは治せない。
いくらノロとてそれは無理なんじゃ。
そこに青い髪の亜種がやって来て、アラハバキの頭と体を持ち、
なにやら青い光を放つとな・・・・蘇生したのじゃ、アラハバキが!」
「そう、この青い髪の男はノロだったんじゃ。それも強力に覚醒した。
男のノロははじめての事じゃ。里は7日間、宴会を続けた。
そしてこの青い髪の男のノロを「藍ノロ」と呼びあがめたんじゃ。」
「以来アイノロ様は我々民の平和の象徴となった。
アラハバキを越えた存在になったんじゃ。面白くないのは当時のアラハバキじゃ。
あろう事かある日アイノロ様を斬りつけた。
アイノロ様は自分を即座に治癒してこう言ったそうじゃ。

「悲しきかな山禍の民。ヤマトとなんら変わりなし。
 悲しきかなアラハバキ。ヤマトの長と変わりなし。
 我は問う。民とはなにぞ。
 我は問う。血とはなにぞ。」

そう言い残して瞬時に消えてしまったのじゃ。」
「それ以後はアイノロ様は二人生まれたのじゃがな。
すぐに何処かへ消えてしまったんじゃ。もうここ100年ほどは生まれてないのじゃがな」


「じゃあ何かい?そのアイノロってやつがまだ生きてるってでもいうのか?
馬鹿馬鹿しい。いくら凄い能力があっても100年以上もあの思念は保てないだろうが。
もっともあの強烈な思念は若いがな。」
「そこじゃ、カムイ。恐らく蘇ったのではない。存在しているのだ。アイノロ様の一族が。消えた二体のアイノロ様と一族を成しておったに違いない。」
「でもそのアイノロっていうのは男だろ?男だけでどうやって子孫を増やすんだ?分裂でもすんのか?アイノロ様は」
「堕ちたノロとのまぐわいか」
「そうじゃな。かつて里を離れたノロは山禍の歴史の中で十数人はおるしな」
「マキノもそうじゃ。マキノもそうじゃ」
「マキノもそうじゃな。キョウの姉か」
神威はあの事件を思い出していた。しかし、それは神威にはどうでもいい記憶でしかなかった。今でも何故あそこで狙撃を命じられたのがキョウなのか納得いかず、不服だったのだ。

「カムイ!あの強烈な思念の元へ行ってまいれ。そしてアイノロ様をここにお連れするのじゃ。」
「アイノロ様が里にもどれば、何も恐いものなしじゃ。ありがたや、ありがたや」
「ったく、キジムナーづかいが荒いばばあどもだな。まあ、行ってみるか、興味あるし。
リョウタ、お前も行くか?」
「うん!行く行く!」リョウタは目をキラキラさせていった。
「んじゃ、行ってくらあ、ばばさま達よ!」
神威とリョウタは夜空へと飛び立った。



享介は身構えた。この強烈な思念の持ち主であるシュウとの対決を想定した、本気の思念の解放の準備をしていた。
「おいおい。私は敵じゃないですよ。その力をおさめなさい」
『そうだ、享介。ここではマズイぞ。ノロもろとも吹っ飛ぶ事になる』
「おや、そちらさんは物分かりがよいようで。」
シュウは苦笑した。
「いいパートナーが頭の中に住んでいるようですね」
「おまえ、影の声が聞こえるのか?」
「もちろん。その影さんの穏やかな口調は好きですよ、私は。」
享介はこの若い男が何なのかが全く理解出来ないでいた。
この男は敵なのか味方なのか。
「あなた、私の存在を不審に思ってますね。後で説明してあげますよ。それよりこのノロを急いでここから出さねばなりません。手伝っていただけますか」
手伝うかといわれても享介にはまだ何も理解出来ない。当然のように拒否した。
「しょうがないですね。分かりました。自分でやります。邪魔はしないでくださいね。」
「おい、待て!オレもこのノロに用があるんだ。勝手にカプセルから出してどうするつもりだ!」
「静かにしててくださいね」
そうシュウがいった瞬間に享介の体は動かなくなった。
圧倒的な思念の力の差である。享介は自分をこんなに不甲斐なく思った事はなかった。
影がシュウに思念を飛ばす。
『まってくれ。あなたが敵ではない事はなんとなく分かる。恐らく味方だし、我々を助けてくれるのだろうと思う。だが、このカプセルには爆破装置が着いている。あと5桁の数字の解析を待ってる所なんだ。』
「大丈夫ですよ。私にはすべての生物の意志が伝わります。18桁ですよね。昨日ここの職員の頭の中を覗かせていただきましたのでご安心を」
というとシュウはカプセルの側面に付いた数字のボタンを淡々と押し始めた。
「これで最後です」
そういって7の数字を押した瞬間、ガスの抜ける音とともにカプセルがゆっくりと開いた。
そこにはノロが眠っていた。そして徐々に精気を取り戻して来た。
髪がだんだんと紅くなってくる。その見事な紅い髪と白いカプセルのコントラストが
この世のものとは思えない程の匂うような美しさを漂わせていた。
その瞬間、享介の体は自由になった。
「駄目です。まだ触れてはいけません。まだ触れる時期じゃない。
このノロは私が抱きあげます。何処か安全な場所へ移動しましょう。」
「いいかげんにしろよ、おまえ!何なんだおまえは?ちゃんと説明しろ」
「また動けなくされたいのですか?」
シュウは鋭い眼光で享介を見据えた。
「いいでしょう。時間がないのでさわりだけお教えします。私は元々山禍の民を祖先に持つアイノロ。突然変異の男のノロです。君たちの一連の行動や思念はすべて見てきました。この病院の事も理解しました。そして、すべてを滅ぼす危機が訪れようとしている事を理解しました。それをあなた達に警告に来たのです。信じてください。ここももうすぐ危険です。早く出ましょう」
そういうとシュウはノロを抱き上げた。
「さあ、追っ手が来てます。恐らく私の思念をたどってきているのでしょう。
ここに私の思念を少し置いていきます。ここにいると思わせないといけません。
追っ手は二人。あなたぐらいの思念を持つ青年と子供」
「カムイとリョウタか!」
「さあ、早く。彼らはおそらくここで大変な目に遭います。いや、大変な目に遭わせて時間を稼がなければならないのです。さあ。急いで!」
シュウは手のひらから光る青い球を出現させ、床に置いた。
「私は今から思念を切ります。さあ、どこか安全な場所へ!」
そして病院から紅い男と青い男、それに抱かれた紅い女が飛び出して宙に浮いた。
『何処へ行こうか、享介』
「しょうがない。あそこしかオレたちには帰る場所がない」
その色鮮やかな浮遊する一団は南の空へと消えていった。



「それでね、そこの場面の山さんがまた渋いのよ、これが」
峰サオリは絶好調だった。佐武と市もサオリワールドにどっぷりはまっているようだった。
「かああっ!渋いね!渋い!同じ刑事としてはかくありてえもんだ。なあ市やん」
「そうさね。うんうん。そうありたいもんだ」
「そしてね、それからが凄いのよ。山さんがね・・」
と言った瞬間にドアが開いた。

「まだやってたのか?おまえ達?」
享介が呆れた声で言った。
「あっ・・・・ご・・御免なさい。すっかり我を忘れてしまって・・
さあ、あんた達早く行きなさい!」
とそこに見事な青い髪の男が入ってきた。そしてこれまた見事な紅い髪の女を抱いている。
「ここに下ろしてもいいですか?」
シュウがそういうと享介は肯いた。シュウはノロをソファの上に寝かせた。

「・・・・・あははははは。わーい。今度はレイだ。北斗の拳のレイだ。抱いているのはマミヤさんかな?わーい」
佐武は再び壊れた。
「これ・・どういう事?この人は誰?紅い毛だの青い毛だの訳が分からないわ。説明してよ」
「オレにもこの男の事は分からない。だが敵ではないようだ。この女はセント・エルモスで寝ていた島村優香」
「しいまあむらゆかああ!?」
峰サオリと佐武と市は絶叫した。

「あなたたちに説明しても恐らく事態は好転しない。だが聞いておいてもいい。心構えというのは誰しも必要なものですから」
そうシュウがいうと島村優香の前に座った。
「あなたの名前はヤサカ。山禍の言葉で花を意味します。ヤサカ、今からあなたを蘇らせますね。綺麗な花を咲かせるのですよ」
そういうとシュウは額をヤサカの額につけた。その刹那、シュウの体が青白く発光した。部屋の電気がバチンと落ちた。
それはまるで神だった。圧倒的な生命の放出に見えた。だれも近づく事をゆるさない神秘がそこにあった。峰サオリは泣いている。その青白い思念の放出が終わると部屋の電気が点灯した。

そしてヤサカがゆっくりと瞼を開けた。

「おかえり。長かったね。もう大丈夫だよ」
シュウのその菩薩のような笑顔にそこにいる全員が引き込まれた。
「私は・・・・あなたたちはだれ・・ここはどこですか・・」
ヤサカの絞り出すような声は以外にもよく聞こえた。

「ヤサカも美しい花を咲かせました。私が今から話す事はこれまでの経緯、あなた達の現在、そしてあなた達の未来です。よく聞いて理解してくださいね」
そういうとシュウは事の経緯を話し出した。山禍の里の屈辱の歴史、アイノロの登場と消滅、現在の山禍の状況。そしてGENEとの繋がり。献体。おばば達の暴走。木偶の存在。すべてを語った。土台理解できる話でもない事はシュウにも分かってはいた。享介が心を閉ざしているのも容易に分かった。だが伝えねばならなかったのだ。今、ここで。

「という事は何か?オレとヤサカはそのおばば達の策略の材料にされてたって事か。そこをオレは抜け出したのか?分かったようで分からないぞ。そもそもオレは誰なんだ?何故思い出せないんだ?」
享介は声を荒げていった。
「あなたが全てを理解するのはもう少し後です。というか今は理解してはいけないのかも知れません。あなたがあなたである為にはそこのヤサカが必要です。だから今は触れてはいけません。アラハバキとして覚醒する為にはまだ早すぎる。あのカムイという男を待つのです。でももう少し時間が必要なのですよ。」
「何故分かる?何故おまえにはすべてが分かってるんだ!」
「そうですね・・・見えるんです。正確には分かるのですよ。未来が。今の言葉でいえば予知ですか。我々アイノロの能力です。それ故苦しむことも多々ありますが。でも未来は変えられるんです。だからこうしてやって来たんですよ」
『おばば達が作ろうとしている一万体のキジムナーが世界を滅ぼすのですか?おばば達の策略を止めるのであれば、あの病院を吹き飛ばせばよいのではないですか?』
影がシュウにいった。
「その通り。影さんは賢いですね。でもその行為を我々がする必要はないのですよ。もうすぐあの病院は壊滅しますから」
『何故壊滅するのですか?カムイとリョウタがそうするとでも』
「それがそこだけ漠然としているのですよ。今までに感じた事のない恐怖なんです。恐らくあの二人ではありません。あの二人は攻撃される。大変な目に遭うとはそういう事です。私はあの二人がその恐怖を倒してくれる事も期待しているのですがね」
部屋中が沈黙した。



岡松スグルは焦っていた。おばば達の要求に応えられない木偶の末路を良く理解していた。
このままでは、何も得るものはない。いや失う事すら出来なくなる。そこに死という末路が存在している事をよく分かっていた。
「所長、ちょっといいですか?」
研究員の吉田が岡松に声をかけた。
「何だ。何かあったのか」
「はい、実はキジムナーの複製の一つがおかしな事になっているんです」
岡松は吉田の案内に従い研究室へ急いだ。

「何だ?これは?どうしたんだ」
岡松の視線の先には青白く光るキジムナーの複製が一体あった。
「よく見てみてください、所長。ほら、ここの髪の毛、うっすらと青くなってきてるでしょう。山禍の献体からの複製ですよ。紅であるべきものが青いのです。これは変異体ですね。失敗作です。」
「待て・・」
岡松はある事を思い出した。確かおばば様がこう言った事がある。青のキジムナーが出来たら報告せよと。恐らくそれは男のノロ。最強のノロであるアイノロだと。
岡松はおばば様にコンタクトをとる事を決めた。

「うぎゃああああああああ!」
その時後ろから吉田の絶叫が聞こえた。岡松は振り返るとそこには青い男が立っていた。
吉田の首をぶら下げている。
「ああ・・・アイノロだね、君は。よく出てきてくれた。私は所長の岡松だ。さあ・・こっちにおいで・・さあ・・」
岡松は吉田の死を気にも留めてない様子だった。ただ、木偶としての仕事の成功の喜びが誇らしかっただけなのだ。
「さあ・・こっちへ・・」
そう岡松がいった瞬間にその青い男はもの凄い金色の発光を繰り返した。叫びとも咆哮ともとれるその絶叫は金色の発光量が増すたびに大きくなった。
「ああ・・・なんだ・・これは・・」
発光が終わった後にそこにいたものに岡松は愕然とした。
金色の長い髪、その形相はおよそ人間ではない。口は耳まで裂け、耳は上に向かって尖っている。眼は爛々と光る黄金色でその頑丈な体は金色に光っていた。筋肉質のその体は身の丈2メートル程もある。体は電気でも帯びているかのように小さな発光とスパークを繰り返す。しいていうなら、黄金の雷神のようだった。
「ああ・・また失敗か。しかしなんだこの異様な出で立ちの失敗作は。おーい。誰かこれをD地区で処分しろ」
その黄金の雷神は瞬く間に岡松の前に移動してきた。それは誰にも見えない程の速度だった。
そして、大きな口でニヤリと笑うと岡松の首を吹き飛ばした。
そしてその場所で気を溜めるように凄まじい放電を繰り返した。


神威とリョウタは思念の元であるセント・エルモス大学付属病院へと降り立った。
「ここが思念のある場所だな。それにしても途中からヤケに小さくなりやがった。
何故だ?まあいいか。ちょちょっとそのアイノロ様とやらに会って話つけてくるか。
行くぞリョウタ。」
と神威がリョウタの手を握った瞬間にもの凄い気の放出と明らかにさっきの思念
とは違う邪悪なそれを感じた。
「な・・何なんだこれは。アイノロ様はお怒りってか?しかし凄いねこりゃ。
オレやキョウの比じゃねえ。ばけもんだこりゃ」
とその刹那、病院の地下部分が激しく爆発した。未曾有の爆発とともに金色の
物体が飛び出してきた。その金色は宙に浮き、神威とリョウタの方を見据えた。
そこには黄金の雷神がいた。呼吸は荒く、だらだらと紅いヨダレを垂らしている。
「ありゃ。こりゃホントにばけもんだ。弱ったねどうも。」
神威は身構えた。最強の攻撃態勢に入る。リョウタもそれに習った。
「オレとリョウタの力を合わせれば何とかなるだろうよ。」
神威がそういった瞬間、稲妻の矢が飛んできた。
「あっあぶねえ!」
神威が辛うじてその矢をよけると、もう目の前10cmの所に黄金の雷神の顔があった。
「しゃあねえな」
神威がそう言い終わるかの瞬間、彼の体を稲妻が走る。圧倒的な力の差。その稲妻は
リョウタへと飛び火し、瞬時に彼ら麻痺させ地面に叩き落とした。
そして黄金の雷神は宙高く舞い上がると、病院の残った上層部に巨大な稲妻を落とした。

セント・エルモス大学付属病院は壊滅した。

「り・・リョウタ・・大丈夫か・・」
「うん・・・平気だよ・・でも腕が・・」
神威はリョウタの倒れている方を見た。
腕が半分千切れかかっていた。
「大丈夫だ。これならあのくそばば達にも治せる。飛べるか、リョウタ・・」
「無理みたい・・」
「じゃあ、オレが連れて行く。片方の手でしっかり掴まってろよ」
神威とリョウタは山禍の里を目指して飛んだ。その速度はセスナ機ほどに
落ちていた。



「ママあ・・飛行機ってどんぐらい速いの?」
日本航空大阪行き128便の機内で小学校2年の美貴は母親に聞いた。
「そうねえ、パパのブーブーよりはずっと速いわね。10倍かな?
100倍かな?」
「ふーん。じゃああれはもっと速いよね」
そう美貴がいうので機内の窓から外を見ると
激しく金色に発光する何かを見つけた。人間のようでもあるが
違うようでもある。ふとその物体と眼があった気がした。
その瞬間母親は凍りついた。尖った耳。金色の眼。裂けた口。
明らかに人間ではない何かが飛びながらこちらを見て笑っている。
いや裂けた口のせいで笑っているように見えただけかもしれなかった。
「ちょっと誰か!」
そう母親がいった瞬間、激しい轟音とともに旅客機は爆発した。
何事もなかったかのように、その金色はもの凄い速度で飛び続ける。
光の尾が夜空を駆け抜ける。
それを見たものは、きっと感動するであろう。邪悪なものとは知らずに。
キラキラとひかる流れ星のようにその金色は真っ直ぐ飛んでいく。
黄金の雷神は思った。
「オレは何だ?誰なんだ?まあいい。凄い力を持っているぞオレは。
誰にも止められん。誰も追うこともできん。
でも何故だ。何故オレはあそこに向かっているのだ。
分からないが本能ってやつか。そこでまた暴れればいいんだな。」
黄金の雷神はさらに速度を上げた。

彼が向かっているのは他でもない、山禍の里だ。

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